未来から殿下が追いかけてきた(後編)
回帰したアーロンがカメリアに会いにいきます。
誤字脱字報告を、本当にありがとうございます!
よろしくお願いいたします。
アーロン殿下の部屋は、子ども部屋なのに書類が山のように積み上がっていました。
まるで、アグニス公爵家の執務室のようです。
バランスを崩した書類の山が、ヒラヒラと室内を舞っています。
目の下に黒い隈がある殿下が、机の向こうから睨み付けていました。
表情は大人びていますが、まだ子ども。迫力はありません。
私はカーテシーをして挨拶します。
「ローズマリー・ハービーと申します。アグニス公爵家からの返礼を持ってまいりました。リヒト殿下からは、殿下とお茶を飲んでゆっくりしていってほしいとのことです。まずは一杯いかがでしょうか?」
私は鍛え上げられた侍女スキルで、素早く丁寧に熱い紅茶を入れて殿下の前に置きます。
殿下のお好きなチョコレートを横に添えます。
殿下は無言でチョコレートを食べて紅茶を飲みます。
「チョコ美味いな……って、そうではなくてだな!」
「キュウリサンドの方が良かったですか? それともラズベリームース? 」
「ラズベリームース……。だから、そうではなくて! フローラ嬢! どうして、ローズマリーになっているんだ!? 回帰に失敗したのか……?」
(やっぱり気づかれてました。ここは誤魔化しても駄目でしょうね。殿下に問い詰められのが続くだけですわ)
私は正直に答えることにしました。
「目覚めたら、ローズマリー・ハービーになっていたのです」
「だから、ずっと魂が戻ってこなかったのか。君が『時戻しの秘宝』を使った後、どうなったのか知らないだろう? 教えてあげるよ」
「私も気になっていました。教えていただけると嬉しいですわ」
アーロン殿下は話し出されました。
魂が抜けた私の体は衰弱して、ついには亡くなってしまったそうです。
『時戻しの秘宝』は、本来なら一週間ほど過去の自分に戻り、また未来の自分に戻るそうです。
その間、厳重に体を保護するのだそうです。
私は事前準備もなく秘宝を使ったので、うまく発動しなかったのだろうと殿下は言われました。
娘の死にショックを受けたローズ公爵夫人は、気絶してそのまま亡くなられたそうです。
……私は、ショックで言葉がありませんでした。
そんな酷いことになるなんて、思ってなかったのです。
その後、二人の遺体を前にして、アグニス公爵は泣き続けたそうです。
殿下達がお見舞いに行くと、公爵は彼らを見て「裏切り者」と言われました。
そして瞳から血を流して、みるみる魔力が膨れ上がり大地が揺れ出したそうです。
「ローズとフローラが安心して暮らせる国づくりのために、尽くしてきたのに……」
公爵の呟きとともに地震の揺れは激しくなり、公爵邸は崩れおちました。
殿下達が外に逃げると、大地に巨大な亀裂が走っていて地の底からマグマが見えたのだそうです。
マグマは吹き出し、国中を蹂躙し焼き尽くしました。地獄のような光景だったそうです。
私は、信じられない気持ちで話を聞いています。
アグニス公爵を止められなかったアーロン殿下達は、王宮まで逃げました。
それでも、炎とマグマが到着するのは時間の問題だったそうです。
アグニス公爵は、崩れ落ちた公爵邸からも平然と起き上がり、全身真っ黒になっていて人間ではなくなっていました。
「おそらく闇落ちしたアグニス公爵に、僕達が倒したはずの魔王がとりついたんだ……」
「そんな……!!」
殿下達は王立魔法学園に通われていた時、ダンジョン最下層にいる魔王を倒したことがあります。
その魔王が、お父様に取り憑いてしまったなんて…!!
他の側近達も、闇落ちしたアグニス公爵の手にかかって倒されたそうです。
殿下とカメリアは王宮の禁書庫へ行き、時戻しの秘術が書かれた本を見つけ出しました。
過去に戻って、魔王になる前のアグニス公爵を倒そうと考えられました。
しかし、秘術の行使には大量の魔力が必要でした。
『時戻しの秘宝』は、長年かけて大量の魔力を籠められていたのです。
その時、足りない魔力を補うために、カメリアが残った魔力と命を殿下に渡しました。そして、彼を過去へ送りだしてくれたのだそうです。
私はショックで、しばらく口がきけませんでした。
もう未来の自分に戻ることはできないと分かったのです。
そして両親の悲劇……。そんな未来は望んでいませんでした。
「フローラ嬢。これが君の仕出かしたことの結末だ」
「ローズマリーとお呼びください。今のアグニス公爵令嬢は、ちゃんとフローラ様がいらっしゃるのですから」
「何を企んでいるんだ!? フローラ嬢を王妃にしたいのか!」
「そんなこと企んでいませんわ。私は、幼いフローラには好きなことをさせてあげたいんです。いろんな可能性を知って、自分で道を歩いていけるようにお手伝いしたいのです」
「そうなのか……!?」
アーロン殿下と私は、睨みあいました。
書類の山がまた崩れて、書類が舞い散ります。
その一枚が、私の前にヒラヒラと落ちてきました。
その書類の中身が目に入ってきました。
「あら? これは確か……かなりの集客を目指したのに大コケしたイベントの事業案書。こっちは他国に建設を依頼したら手抜き建築されて、修理費と維持費で大赤字になった案件……」
「分かるのか!?」
「ええまあ、かなり大きな赤字になった事業でしたわ」
「そうか、ローズマリー。君も未来の記憶があるんだったな。実はここにあるのは、これから失敗する事業の書類なんだ」
「ええ!?」
「少しでいい。書類の仕分けを手伝ってほしい。失敗する事業を止めたいんだ!」
「いやです。なんで私が……。私はフローラ・アグニス公爵令嬢の侍女なんですよ!」
「少しでいいんだ。他に分かる人がいないんだよ。僕一人では手が足りないんだ!」
「私もフローラお嬢様の護衛と育児でいっぱいいっぱいです」
「頼む! そうだ、何か望みのものはないか? 僕でできることなら、何でもやるから!」
私は考えました。
ここで殿下に貸しを作っておくのは、いいことかもしれません。
「そうですね。では、今後アグニス公爵家には一切手を出さないと魔法契約をお願いいたします。それから、私がどんな無礼をアーロン殿下に働いても罪には問わないことも加えてください」
「なっ……!? ……分かった」
殿下はガックリとうなだれましたが、了承しました。
アグニス公爵家のことよりも、これから失敗すると分かっている事業を止めるほうが大切なようですわ。
まあ、未来の大赤字を減らせれば、国は豊かになりますものね。
こうして契約は結ばれたのです。
その後は、二人で書類を捌き続けました。
「いいか! 仕分けた書類に不備があったら許さないからな!」
「なめないでください! 何年王妃教育を受けたと思っているんですか!」
回帰前の不満からか、言葉が荒くなります。
「アグニス公爵が仕事をしなくなって家に帰るから、書類の仕事で王宮は困っているんだ!」
「何を言ってるんですか! 大体アグニス公爵家が家庭崩壊していたのは、王家のせいではありませんか! 王家の失態の後始末を、お父様が押し付けられて帰れなかったからでしょうが!!」
「ぐはっ! 失脚した伯父上の話は胸を抉る……」
「アーロン殿下も同じように婚約破棄してどうするんですか! 国が滅んでるじゃないですか !」
「それを言うなら君だろう! アグニス公爵が闇落ちしたしたのは、君が無謀にも時戻しするからだ! 」
「それは、殿下達が無茶な断罪するからです!」
お互い、本音で口喧嘩をしながら書類を確認していく。
こんなにも本音でぶつかり合ったのは、初めてですわ。
……やがて、書類の山が片付きました。
侍従達が書類を部屋から運び出していく。
また明日には、政策や事業の書類が山のように届くそうです。
アーロン殿下は、幼いながらも全ての書類をチェックしているそうです。
ぐったりしたアーロン殿下に、私は熱い紅茶を淹れてさしあげます。チョコも添えます。
殿下は紅茶を一口飲むと、ほうっと溜め息をつきました。
「未来を変えたいのは、君だけじゃないんだ……」
「そうですわね。より良い未来にしなくてはいけませんわ」
「フローラ嬢が無事なら、アグニス公爵は闇落ちしないだろう。あんなに子煩悩な方だとは思わなかったんだ」
「私もですわ。愛されていたんですね、私……」
未来のアグニス公爵を闇落ちさせないためにも、公爵家の平和を守らなければいけません。早く帰ってフローラのために働かなければ。
アーロン殿下が、帰り支度を始めた私に声をかけました。
「ローズマリー」
「はい、何でしょうか?」
「あと、ひとつだけ手伝ってくれ」
「何の書類が残っているんですか?」
「これだよ」
アーロン殿下は巻物を取り出しました。
転移魔法陣が書かれています。
「カメリアに会いに行く。手伝ってくれ」
私は、アーロン殿下の恋心に呆れて、開いた口が塞がりませんでした。
不敬な態度ではありますが、殿下とは魔法契約を交わしたので、もう本音を隠しません。
「父も母もカメリアを認められないというのだ!」
「まあ、そうでしょうね……」
「何か知っているのか!?」
私はため息をついて、アーロン殿下にカメリアのご両親のスキャンダルを教えたのです。
「そんな経緯が……! カメリアには関係ないだろう!」
「そもそも、殿下は今のカメリアに会ったことはあるのですか!?」
「ない! アグニス公爵邸にいると思って会いに行ったら居なかったんだ」
「彼女は今、静養地でご両親と幸せに暮らしているそうです。そしてカメリアと付き合いたいなら、まず国王夫妻を説得してからにしてください。反対されてるのでしょう?」
おそらく未来で、アーロン殿下とカメリアが付き合っても問題視されなかったのは、ご両親が亡くなっていて、アグニス公爵家の養女になっていたから。
今彼女のご両親は生きていて、カメリアは男爵令嬢である。この国で王族と結婚できるのは、伯爵位から上位だ。
現在の王との結婚を嫌って駆け落ちした女性の娘など、社交界に出られるわけがない。
王妃様も、当時いた相思相愛の婚約者と破談にさせられて、混乱をおさめるために結婚したと聞く。
カメリアのご両親を恨んでいることだろう。
「とにかくカメリアに会いに行く! これでカメリアのいる土地へ転移できる。僕一人でアグニス公爵家の静養地に行くと、勝手が分からないからな。おまえにも来てもらう」
「私には、大切な侍女の仕事が待っていますから!」
私は立ち去ろうとしました。すると殿下は走りよってきて私の腕を掴んだのです。
アーロン殿下は私を巻き込んで、転移魔法を発動させたのです。
彼の行動に、私は怒りで頭に血がのぼりました。彼の無謀な行動力は相変わらずのようです。新たな決意が沸き起こりました。
(いつか、ぶっとばして差しあげます……!)
★★★
私達は、小さな村の入り口に転移しました。
ちょうど教会でバザーをしています。
アーロン殿下は、教会のバザーのお手伝いをしている幼いカメリアを見つけました。
彼の顔が真っ赤になって涙ぐんでいます。
そして、駆け出してカメリアに抱きついたのでした。
「僕だよ! カメリア! 会えて嬉しいよ!」
「きゃーー!!」
幼いカメリアの悲鳴が響き渡りました。
いきなり見知らぬ男の子に抱きしめられたら、悲鳴をあげますわよね。
向こうにいる男性が、剣を抜いて走ってきました。
カメリアの父親でしょう。どことなく顔が似ています。
「カメリア! 何があった!?」
「急にこの男の子が……」
「カメリア? 僕だよ。アーロンだ」
「殿下、逃げますわよ! 」
私は、斬りつけられそうになった殿下をカメリアからひっぺがし、小脇に抱えて逃げ出しました。
真っ赤になって怒り狂っている父親からは、いったん逃げた方がよいでしょう。
ああもう! どうしてこうなったの!?
私達はカメリアの父から逃れた後、木の上に避難しました。そこでアーロン殿下と話し合います。
「さて、それではアーロン殿下。3つの付加価値を示してカメリアとまた会えるように交渉しましょう。私が彼と話して「信頼」を得ますから、殿下は王族という「身分」を使って交渉してください。最後の一つは……何か彼が認めるものを提供してください」
「僕が王子だから、言うことを聞いてくれるんじゃないか?」
「それは厳しいでしょう。彼らは現国王との結婚を拒否して駆け落ちしたのですから。王族の「権威」は有効ではないでしょうね」
「ううーん……」
アーロン殿下は考えこんでます。
私はブーツに仕込んである短剣を取り出します。
彼に勝てるとは思いませんが、これで時間を稼ぐことはできるでしょう。
アーロン殿下が探検を見て青ざめ、質問してきました。
「短剣に鞭って、アグニス公爵家の侍女はどうなっているんだ!?」
「短剣に鞭は、侍女の標準装備ですよ」
「絶対に違う!!」
「そうですか?」
そんなことよりも、早く交渉を終えて帰りたいです。
遅くなりすぎると、フローラが心配しますからね。
私は殿下を抱えて、カメリアの父親の前へ飛び降りました。
父親は私達を見るなり剣を抜いて斬りかかってきました。彼は剣の腹で斬りつけてきますので、本気で傷つける気はないようです。ふざけたクソガキを脅して、もうイタズラをしないようにしたいのでしょう。……気持ちはよく分かりますわ。
私は殿下を後ろに下がらせて、彼の剣を短剣で受け流します。
キンッ。ギーン。
剣撃が響きます。
「お話を聞いてくださいませ! 私はローズマリー・ハービー。アグニス公爵家の侍女です!」
「確かにこの剣筋はアグニス公爵家のもの! ……アグニス公爵家には返しきれない恩義がある。よかろう。話を聞くだけはしてやろう。バーン執事長はお元気かな? 」
「相も変わらずですわ! 短剣は彼に教わりましたの!」
「護衛侍女か! なるほど。俺が逃がしてしまったのも納得だな」
彼は剣をおさめてくれました。
元アグニス公爵家の護衛騎士と聞いていたので、剣で打ち合えば「信頼」を得られると思っていました。
バーン執事長の事を聞いてきたのは、さらに確認したのでしょう。
「彼は、アーロン殿下です。お忍びでこの静養所に来ました」
「アーロンだ。これで僕が王子だと信じてもらえるだろうか」
アーロン殿下は、王家の紋章が入ったブローチと王族の証とされる光魔法を発動させて見せました。
「アーロン殿下でしたか! 申し訳ありませんでした! 娘にイタズラする性質の悪いクソガキかと勘違いいたしました。お許しください」
「許す。カメリアに会わせてほしい」
「申し訳ありませんが、それはできません」
「なぜだ!? 僕は王子だぞ!?」
「カメリアは私達の娘なのです。アーロン殿下と娘が会っているのを知れば、国王夫妻様はご気分を害されるでしょう。それは、カメリアにとって危険を意味します」
「両親との確執の話は知っている。それでも僕はカメリアに会いたい。両親は僕が説得するから!」
「口で言うだけなら簡単です。王達を説得されてから娘と会うのならば、良いですとも」
「……分かった。それなら今、少しだけ話をさせてもらえないだろうか?」
「私同伴で、カメリアに触れないと約束をしてくださるなら」
「約束する!」
私達は、彼らが静養している宿へ案内された。
貴族用らしく部屋数は多く、綺麗な装飾がなされてます。
応接室で待っていると、カメリアが母親と部屋に入ってきました。
母親は、アグニス公爵によく似た美しい女性です。
「カメリア。先程は驚かせてすまなかった。僕だよ。アーロンだ。君に会いに来たんだ」
「……カメリアです。初めまして……」
カメリアは警戒して、母親の後ろから出てきません。
それはそうでしょう。いきなり抱きつかれたのですから。
嫌そうな顔をしています。
「カメリア。僕との記憶がないのか……。それなら僕と王宮に来ないか? 男爵家にいるより、いい暮らしをさせてあげられると思う」
「やだ。お父様とお母様といる」
アーロン殿下は考え込んで慎重に言います。
「あのね。両親が亡くなっていたら、アグニス公爵家の養女になって、王族と関わることができるって考えたことはない?」
「……最低!!」
「カメリア……」
「最低だわ、あなた! 両親が流行病で寝込んでいた時に、私がどんなに不安で怖かったか分からないの!? それを、亡くなってたら良かったみたいな事を言わないで!」
「悪かった! そんなつもりじゃなかったんだ……」
「近寄らないで!!」
カメリアは大粒の涙を流し、他の部屋へ走り去ってしまいました。
殿下は呆然としています。
私は深いため息をつきました。
「アーロン殿下。発言をお許しください」
「……許す」
「とんだ失言王子ですわ」
「ううう……。カメリアが僕を嫌いになったあ。うわああん……」
「えええっ!?」
アーロン殿下は泣き出しました。
子どもの体だから、感情の抑制がまだ弱いのかしら?
「カメリアとまた一緒に過ごすことが、たった一つの希望だったのに……」
「あんなことを言えば怒りますよ。仲のよい家族のようですから。あの子の幸せを喜んであげられないんですか?」
「カメリアと僕は、孤独な魂で繋がっていたんだ。会った瞬間に、お互いの孤独を瞳の中に見つけて通じあった。なのに……」
「アーロン殿下だって、仲の良い王弟殿下を助けたじゃありませんか。今は孤独ではないでしょう?」
「悲劇が起こると分かっていたら、防ぐだろう! 当然の事をしただけだ!」
「カメリアの両親が助かったのも同じことですわ」
「でも、カメリアが公爵家の娘じゃなかったら結婚できない……」
「ああもう! 『真実の愛』が聞いて呆れますわ! 愛しているのなら、今のカメリアも大切になさい!」
グズグズと泣き続けるアーロン殿下に、カメリアの父親が申し訳なさそうに話しだしまます。
国王夫妻に疎まれている自分達の娘なら、貴族達がよってたかって悪評をたてて苛め潰すに違いないと。
メディアも王公貴族に従うから、面白おかしく悪女の評判をたてられて潰されるだろうと。
娘が不幸になると分かっているのに、交際は認められない。
そんなことはさせられない。
国王夫妻にカメリアとの交際を正式に認めてもらえるまで、カメリアとの交際は認められない、と。
アーロン殿下は、今後は両親を説得し続けると約束されました。
説得できるまで手紙を送ることは許してほしいと、彼女の父親にお願いされたのでした。
私は泣き続ける殿下を抱えて、転移魔法の巻物を使い、殿下の部屋に戻ってきました。
殿下はやっと気持ちが落ち着いてきたようで、恥ずかしそうに言います。
「いろいろと世話になったね……」
「気になさらないでください。今後どうなさるんですか?」
「……手紙を書くよ。諦められないんだ。彼女に謝って親しくなりたい……。両親も説得してみせる」
「そうですか。応援していますわ」
「……声に心が籠ってない……」
「当然でしょう? 国王夫妻様は難攻不落ですよ。カメリアの両親を恨んでいるでしょうからね。それでもやる気ですか?」
「やるよ」
「そうですか。応援してますわ」
「……声に心が籠ってないよ。ローズマリー……」
殿下は、がっくりと落ち込んでしまいました。
眉間に皺をよせて溜め息をついています。
思い込んだら一直線なところは、変わりませんわ。
彼はふいに顔をあげて、私を見つめた。
「ローズマリー」
「何でしょうか。殿下」
「すまなかった」
「……はい!?」
あのプライドの塊のアーロン殿下が、頭を下げています。
「君がいてくれてよかった」
「突然、どうしました?」
「僕は回帰して、アグニス公爵も倒せず、カメリアと付き合うことも、僕一人ではできなかった。君は、僕への憎しみや恨みもあるだろう。それなのに手助けしてくれた。ありがとう!」
「……契約ですから」
私はツンとして答えた。まだ許したわけではありません。
でも、認めてもらえたことは嬉しいですわ。
「これからもよろしくね」
「ええ。よろしくお願いしますわ」
アーロンは思ったのだ。
ローズマリーが本当に悪女ならば、僕を貶めたり弱味につけ込んできただろう。
だが、呆れられたり口が悪くても、彼女はずっと誠実に対応してくれた。
今の彼女が本当の姿なんだろう。
回帰前のフローラ嬢は、悪い噂ばかりだった。
だが、彼女を妬んで悪い噂を流して、彼女を潰す者が多かったのかもしれない。
その噂を調査せずに、僕は彼女を断罪してしまった。その結果が…………。
ローズマリーがいなかったら、僕は未来の記憶を抱えて誰にも理解されず、たった一人で戦い続けることになった。そんな状況で、今を変えられるだろうか?
答えは否だ。
僕達に還る未来は、もうない。
ここで今を生きていくしかない。
誰にも理解されない、夢物語のような記憶を抱えて。
僕はローズマリーに手を差し出した。
ローズマリーは淑女の微笑みをもって、握手してくれた。
「たまには、僕と昔話……未来の話でもしよう」
「いやですわ。そんなことは、アーロン殿下がお酒を飲める年になってからにしてください。私は今、フローラのお世話で大変なんですから!」
「王子からの誘いを断るなんて不敬だよ」
「フローラの今は、貴重なんですよ? もう少し成長したら甘えてくれなくなりますわ。殿下もカメリアとの今を大切になさいませ」
「そうか。そうするよ。じゃあ僕がお酒を飲める年になったら、話に付き合うように」
「畏まりました。殿下」
ローズマリーは、美しいカーテシーをするとさっさと退室してしまった。
少しくらい余韻を楽しめばいいのに。
僕は窓から、廊下を急いで歩くローズマリーを見送ったのだった。
僕はぼんやりと回帰した時を思い出す。
崩れ落ちる城の禁書庫。
必死で探した『時戻し』の秘術の禁書。
過去に戻って、この悲劇を変えなければいけない。
その秘術には膨大な魔力が必要だった。『時戻しの秘宝』には必要な魔力が籠められていたのだ。
足りない魔力を、カメリアは自分の魔力と命を使って補ってくれた。
「必ずアグニス公爵を倒して、君とこの国を救ってみせる。愛してるよ。カメリア」
「私も。心からお慕いしています。過去に戻ったら、必ず私に会いに来てくださいね」
「分かった。約束する」
僕達は最後のキスをした。血の味がした。
カメリアの体は冷たく、幸せそうに微笑んでいて…………。
(たとえ君が僕とのことを覚えていなくても、僕は覚えているから。今度こそ守ってみせる)
僕ではアグニス公爵を倒すことは出来ない。命懸けで過去に送り出してくれた皆に申し訳ない。こんな僕が王に相応しいとは、もう思えなくなってしまった。
幼い体のせいか感情をおさえられない。
僕は声を殺して泣き続けた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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