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未来から殿下が追いかけてきた(前編)

回帰前のアーロン殿下がやってきたお話です。

長くなりましたので、前編と後編に分けました。


よろしくお願いします。




「いいですか、アーロン殿下。人と取引をして何かをするとしたら、取引する手札は付加価値が三つは必要です。例えば、少女の怒り狂った父親をなだめて、娘と話をする交渉の手札はいくつお持ちですか?」

「なぜ三つ付加価値が必要なのだ?」

「人は同じ額を得る喜びよりも、同じ額を失うストレスの方が倍多いのです。ですから、交渉に付加価値が三つ以上あると交渉しやすいです。物を売る時も、商品に付加価値が3つあると売れやすいです。安い早い美味いとか、可愛い飾れる思い出になるとかですね」

「一つ目は、僕とカメリアの間には真実の愛がある。二つ目は、カメリアは最高に可愛いから僕に相応しい。三つめは、カメリアは最高にいい女性だから僕のものになる運命だ」

「頭の中お話畑!? 絶対にあの人は納得してくれませんよ!」



 私は現在、幼いアーロン殿下を脇に抱えて走っています。

私達の後ろを、怒り狂ったカメリアの父親が追いかけてきています。

 ダイエットのために早朝マラソンをしていて良かったわ!

 こんなところで役にたつなんて思いませんでした。


 私は、身体強化魔法をかけて走ってます。

 向こうも身体強化魔法をかけ、額に青筋をたてて食らい付いてきます。

 さすがに、彼が元アグニス公爵令嬢の護衛騎士だったことはあります。

 振りきれません。


「止まれ! この卑怯者!」

「落ち着いてくださいませ! 対話をしましょうー!」

「カメリアに会わせてくれ!」

「出会い頭に娘に抱きつく男など、娘に会わせられるかああ!!」

「アーロン殿下!? 相手をさらに怒らせてますよ!」


 彼を振り切れないと分かった私は、背後に火魔法で壁を作り出します。

 彼が怯んだ隙に、ポケットから鞭を取り出して高い木の枝に絡め、大枝の上にジャンプして飛んで隠れました。


「くそ! 見失ったか!」

「…………」


 私は、アーロン殿下の口をふさいで気配を消します。

やがて、カメリアの父は諦めて去っていきました。


幼いアーロン殿下の口から手を離し、彼の頬を摘んで思いきり横に引っ張ります。

 アーロン殿下は不満そうです。


「頬を摘むのは止めてくれ! いくら僕に無礼を働いても罪に問わない魔法契約書をかわしたといえど、淑女にあるまじき行為だぞ!」


 殿下は、ジロリと私を睨んで言います。怒っています。


「これくらいいいじゃありませんか。私がどれだけ苦労させられていることか」


 私はアーロン殿下の頬を離しました。


「どうすればいいんだ。こんな所までカメリアに会いにきたのに!」

「仕事中に乗り込んできて大騒ぎする彼氏は、嫌われますよ?」

「カメリアは、そんな事はない!」

「どれだけ俺様彼氏なんですか。私、もう早く帰りたいです……」

「契約しただろう! 僕の仕事を手伝ってもらうからな!」

「殿下とカメリアのデートが、お仕事とは思えませんが……」


 私は遠い空を見ながら、ため息をつきます。

 早く帰ってフローラに会いたいです。

 あの無邪気な笑顔に癒されたい。柔かな温もりと匂いに癒されたい。

 隣でブツブツ言ってるアーロン殿下を見ながら、私はもう一度深いため息をついたのでした。


(どうしてこんなことになったの……)





★★★





 断罪される未来を変えるために『時戻しの秘宝』を使い、私は過去へ戻りました。

 でも、私は幼い自分ではなく、モブのメイドのローズマリーになってしまったのです。




始まりは、王弟殿下が留学から帰国されて、アグニス公爵邸へ挨拶に来られたことでした。

王弟殿下リヒト様は、ローズ・アグニス公爵夫人の弟です。

 リヒト殿下は、幼いアーロン殿下と隣国の第二王子カエルム殿下をお連れになったのです。

 アグニス公爵家自慢の庭園で、お茶会が催されました。


 公女であるフローラも、このお茶会に出席しました。

 彼女の護衛侍女である私は、近くに控えています。

 フローラのマナーを見て、私は満足しました。


 お茶会のマナーが大事なのは、『紅茶を一杯飲む姿を見れば「育ち」が分かる』と言われるから。

 マナーも階級ごとに違いがある。

 フローラには、お姫様ごっこの遊びとして所作を見せてきた。

 フローラも喜んで真似をしてくれた。

 こうやってマナーを身につけて、TPOに合わせて使い分けられるようになってほしい。


 王家は、フローラとアーロン殿下を婚約させたがっています。

 今回、アーロン殿下が来られたのも、それが目的だと思われました。

 しかし、この時の殿下は暗い瞳をされてずっと俯いていたのです。

 リヒト殿下もカエルム殿下も、楽しそうに歓談されているのに。


 ローズ夫人は、フローラの頭を優しく撫でながら王弟に言いました。


「このようにこの子はまだとても幼くて、妃教育を受けたり親睦を深めるために頑張ったりするのは無理なんです。夫も一人娘だから、嫁に出したくないのよ」

「そのようですね。子どもの成長はそれぞれですから」


 アーロン殿下はその話を聞いて、不思議そうに顔をあげた。


「一人娘ですか? アグニス公爵家には、カメリアという娘がいるはずですが……」

「あら? カメリアのことをご存知なんですか? あの娘は夫の妹の娘なんですよ。今両親とも流行り病にかかってしまってね。静養地で家族と暮らしてるはずよ」


 アーロン殿下は衝撃を受けた顔をされました。

 リヒト殿下は、ローズ夫人の話の続きを促します。


「それは大変でしたね。公爵の妹というと、例の……? 」

「ええ。例の事件の娘よ。社交界には出られないでしょうね。王が激怒すると思うわ。それでも運が良かったのよ。忙しい夫が妹夫婦のことを調べたら、流行り病にかかっていたの。発見が遅かったら、カメリアは孤児になるところだったのよ。今は、ご家族と幸せに暮らしてると思うわ」

「それは良かったです!」

「本当よね」


 ローズ夫人とリヒト殿下が、微笑みあいます。

 リヒト殿下にお会いするのは初めてですが、感じの良い方です。

 アーロン殿下の顔色は、さらに悪くなりました。


「え……? カメリアはアグニス公爵家の娘ではなかった……?」

「そうよ。カメリア・カペル。男爵令嬢ね。アーロン殿下がどこから知ったのか分からないけれど、その話をお父上の前でしては駄目よ?」

「……なぜでしょうか?」

「カメリアのご両親は、そのねえ……あなたのお父上との婚約を嫌がって駆け落ちをしたからよ」


 私は、アーロン殿下に疑問を持ちました。

 回帰前ならともかく、どうして今、カメリアがアグニス公爵家にいると思ったのかしら?


「あの時の兄上の落ち込みは、酷かった……」

「当時の公爵様の怒りも凄まじかったわよ。草の根分けても娘夫婦を見つけて殺そうとしていたわ」

「アグニス公爵と姉さんが、必死で庇ってたよね」

「本当にあの時は大変だったわ」

「王都追放ですんだのは、姉さん達のおかげだよね。カペル夫妻は2回も命を救われて、姉さん達に感謝してもしきれないよね」

「ふふふ。本当によかったわ」


 ローズ夫人とリヒト殿下は、懐かしそうに昔話で盛り上がっています。

 フローラは、小さな可愛い手でクッキーを掴んで頬張っています。

 なんだかリスを思いだして、愛らしい姿にほっこりします。

 カエルム殿下は、フローラをじっと見つめておられます。

 これはなかなか好印象のようです。

 フローラと仲良くしてくれると嬉しいですね。


 アーロン殿下は、暗い瞳をされてうつむき、ブツブツと呟かれています。様子が変です。

 お体の調子が悪いのなら、公爵家の侍医を呼ばないといけません。

 私は、少し離れた所にいる侍従に合図を送りました。

 侍従は頷き、邸内へ向かいました。


 お客様達の様子に気を配りながら、疑問が湧いてきます。


 ……そういえば、リヒト殿下達にお会いした覚えがないわ。どうしてかしら?

 そうだわ! 小説『花乙女と貴公子たち』によれば、リヒト殿下とカエルム殿下は我が国の国境付近で、大雨で地盤が崩れる事故があって亡くなられたはず。リヒト殿下達と親しかったアーロン殿下は、それがトラウマになってしまう。

 そして孤独を抱えていた殿下が、同じように孤独を抱えているカメリアと出会い、お互いに癒しあい支え合って愛を育んでいくのよ。あれは、胸がトキメキましたわ。

 ……リヒト殿下達、生きて帰国されてますね!


「そういえば、アーロンが僕達に早く会いたいからって、近衛騎士団を連れて迎えにきてくれた時は驚いたよ」

「僕もびっくりした」

「おかげで、土砂崩れに巻き込まれなくて助かったけどね。アーロンは僕達の命の恩人だよ」

「あらまあ。アーロン様はご活躍でしたのね」

「いえ。大したことはしてません」


 アーロン殿下は、暗い表情をされたまま言われました。

 私は、この話を聞いて背筋がゾワっと泡立ちました。


 まさか、このアーロン殿下……私と同じで回帰してきてる!?

 秘宝は私が使ってしまったけれど、王族ですもの。

 国の魔法使い達に命じて、私を断罪しに追いかけてきましたの!?

 

 私は、アーロン殿下の様子を伺いながら青ざめてしまいました。

 やがて、公爵様がお茶会の場に姿を現しました。相変わらずの美青年です。

 アーロン殿下の顔色が、さらに悪くなられました。


「遅くなって申し訳ない。文官達が離してくれなくてね」

「いつもお疲れ様です。あなた」

「アグニス公爵……!!」


 アーロン殿下は急に立ち上がると、公爵の前へ駆け出しました。

 そして、攻撃魔法を撃ち込んだのです。 

 アーロン殿下を観察していた私は、いち早く気づいてアグニス公爵の前に飛び出ました。

 両手を広げて公爵様を庇い、目を詰むって攻撃魔法の衝撃を待ちました。


 ……なにも起こらない?


 私が目を開けると、私の顔の横からアグニス公爵様の腕が伸びていて、アーロン殿下の攻撃魔法を受け止めてました。

 そして、ゆっくりとその魔法を魔力で包み込んで潰してしまったのです。


 強いとは思ってましたが、まさかここまで圧倒的な魔力があるなんて。


 私は、驚きで座り込んでしまいました。

 フローラが慌てて走ってきました。

 心配そうに私を見つめます。


「ローズマリー!! 大丈夫!?」

「フローラ。お父様は?」

「お父様は、大丈夫そうだからいい!」


 アグニス公爵がショックを受けたお顔をされます。


「私も大丈夫ですよ。フローラお嬢様。心配しないでください」

「ローズマリーは頑張りすぎて、いつも『大丈夫』しか言わない……」


 私に抱きつくフローラお嬢様を抱き締めて、優しく背中を撫でてあげます。

 お優しいお嬢様に育ちました。嬉しいです。昔の自分を思い出すと反省してしまいます。

 アーロン殿下は、そんなフローラお嬢様に怖い顔をされて言いました。


「フローラ嬢! こんなところで何をやっているだ!? カメリアを田舎に追いやって、家族ごっこで遊んでる場合じゃないんだぞ!!」


 私は、その言葉を聞いて確信しました。

 今のアーロン殿下は、未来から来た殿下です。


 アーロン殿下はフローラに手を伸ばそうとしましたが、フローラはバシッと音がするほど勢いよくアーロン殿下の手をはねのけました。

 私が教えた身体強化魔法を使われているようです。

 ちゃんと練習に励んでいるのが分かります。先生として嬉しい限りです。


「アーロン殿下、大ッ嫌い!! 私の大切なローズマリーを傷つけようとした!! ……お父様も!」

「……お父様はローズマリーの次か……」


 フローラが、こんなにも私のことを大切にしてくれて嬉しいです。

 公爵様は、少し微妙そうです。


「……未来のフローラではないのか……? 回帰は失敗した……のか? じゃあ、僕達は何のために……」


 アーロン殿下がうずくまって、しくしくと泣き出されてしまいました。

 公爵様が、アーロン殿下に優しく諭されます。


「アーロン殿下、先程の魔法は子どものイタズラにしては悪質でしたよ。人が死んでいたかもしれない。反省してください 」

「公爵……。僕はまたしても公爵に勝てない……。皆が、命がけで送り込んでくれたのに……!」


 アーロン殿下は、ただ泣き崩れるだけでした。

 侍医がかけつけて、泣き崩れるアーロン殿下を診療されます。

 泣かれていること以外、特にお体に不調はないとのことです。

 リヒト殿下は、アーロン殿下を抱き抱えられて、帰ると言われました。


「姉上、今日はごめんね。アーロンの様子がおかしいから、今日は連れて帰るよ」

「そうね。いつもはきちっとマナーを守る子なのに、調子が悪かったみたいね」

「ローズマリーだったね。君にも悪かったね。後で謝罪を贈るから、受け取ってほしい」

「恐縮です」


 私はカーテシーをしました。

 王弟殿下は、私をじっと見つめられました。


 ……何かしら? お顔がアーロン殿下に似ていて、とても美しい方です。見つめられると照れてしまうので困ります。


 カエルム殿下は、フローラのところに駆け寄って手を軽く握り、頭をさげてフローラの手にそっと口をつけました。


「フローラ嬢。また遊びにきてもいいかな? 君がイヤならアーロンは連れてこないから 」


 フローラも驚いたようです。目を見開いています。頬を少し紅潮してます。


「……喜んで」

「手紙も書くよ。よければ、返事がほしい」

「はい!」


 小さな蕾が花開くように、ふわりとフローラが笑顔で答えました。

 これは……! いい感じではないでしょうか!?

 幼い恋の始まりに、私は胸が高鳴りました。

 公爵様は複雑そうです。


「まだこんなに小さいのに……! 女の子が早熟って本当なのか。でも婿養子ならフローラはうちにいてくれるだろう……」

「まあまあ、あなたったら気が早すぎますよ」


 夫人は公爵の腕に手を組まれ、クスクスと楽しげに笑っています。


「アーロン、ほら、お別れだよ? 公爵とローズマリー嬢に謝罪しなさい」

「……申し訳ありませんでした。アグニス公爵。ローズマリー嬢……」


 アーロン殿下は泣き止まれて、渋々と謝罪されます。


「謝罪を受け入れるよ」

「私も謝罪を受け入れます」


 公爵様は大人の余裕の態度が素敵です。

 私もアーロン殿下に謝罪されるなんて、気分がいいですね。一瞬笑ってしまいました。

 そして、丁寧にカーテシーをしたのです。

 アーロン殿下は、私の様子をじっと見つめて固まりました。目が見開いています。


「…………その動きは、まさかフローラ……? 」


 アーロン殿下の呟きは、私を驚かせるには十分な威力がありました。

 私は淑女の微笑みも忘れて、アーロン殿下と見つめあいました。


「アーロン! 気が多いのは紳士的ではないよ。そろそろ失礼しようか」


 リヒト殿下は、アーロン殿下を抱き抱えて馬車へと向かわれました。

 カエルム殿下も名残惜しそうにフローラの手にキスをして、お二人の後を追いかけられたのでした。



 その後、王家から謝罪の品と手紙が届いたのです。

 アーロン殿下からの手紙には、返礼の手紙をローズマリーという侍女にもたせて王宮へ来させてほしいとありました。

 手紙と返礼の品を、侍女が王宮へ持っていくのはよくあることです。

 けれど、私は嫌な予感がしました。





 私はアグニス公爵家からの返事と贈り物をもって、王城に着きました。

 なんとリヒト殿下が、迎えにきてくれたのです。

 アーロン殿下の部屋まで、話をしながら歩いていきます。

 アーロン殿下の部屋の前で、リヒト殿下は言われました。


 「アーロンは頭のいい子だけど、無茶をしすぎる。できれば、アーロンとゆっくりお茶でもしていってくれると助かるんだが」

「承りました。私でよければ」


 リヒト殿下は、お茶のセットが載ったワゴンとともに、私をアーロン殿下の部屋へ送り出しました。

 彼は気配りのできるお優しい人柄のようで尊敬できます。


 私がアーロン殿下の部屋に入ると、彼の声が室内に響き渡りました。


「待っていたよ、ローズマリー嬢。いや、フローラ・アグニス公爵令嬢」



 ……やはり、ばれてましたよね。

 私は冷や汗を流し、ゴクリと唾をのみ込みました。









最後まで読んでいただきありがとうございます!


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短編「召喚聖女は毒の王へ嫁がされる」が、

『偽聖女だと言われましたが、どうやら私が本物のようですよ?アンソロジーコミックス④』にて、コミカライズされました。

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一読していただけると幸いです。


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