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6/15

ローズマリーの休日

ローズマリーがお休みの日に、美味しく大変な目にあうお話です。


よろしくお願いいたします。




 スコーンにドーナツ、ロールパン、ショコラバゲットにコーンが練り込まれたチャパタ。

 目玉焼きがのった朝食用パンも美味しそう。食パン系の焼き色が綺麗で、食欲をそそられる。分厚く切って生卵とチーズをのせ、塩胡椒をして焼いたら、きっと凄く美味しいわ。

 季節の野菜を甘く煮詰めて丸い団子にして、生ドーナツにはさんでいるのも素敵すぎる……あら、三種類もあるのねっ。


 今日は久しぶりの休日。

ローズマリーは街を散策して楽しんでいた。

フローラのために何か良いものがないかと考えていたら、小さなパン屋さんを見つけたので入ってみたのだ。店の名前は「マ・シェリ」

 週に1日だけオープンしているらしい。 快活な女性と気遣いのできる男性が店をやっている。店の奥から、パンの焼けるいい匂いが漂ってくる。


 回帰する前は公爵令嬢だったローズマリー。

 街のパン屋で買い物などしたことがなかった。

楽しくて仕方がない。


(お試しで、生ドーナツを食べてみましょう)


 ローズマリーは、ドーナツ三種類を全部買うことにした。美味しいかったら、リピートして買うのもいい。

アグニス公爵家の自分の部屋に戻ると、台所から熱々のコーヒーをもらってきた。ちょっぴりシナモンをコーヒーにいれて、シナモンコーヒーにする。ダイエット効果があるのだ。

 苦いコーヒーを一口飲み、お皿にのったドーナツを頬張る。ふわふわの柔らかさと生ドーナツの甘さが口の中にいっぱいにひろがる。


(くう……! 美味しい! 幸せ……)


(生ドーナツに切れ込みが入って、芋や小豆を甘く煮詰めた団子がはさんであって、本当に美味しいわ!)


 生ドーナツにかけてある、きなこの粉の風味がよい。それがさらに美味しさを引き立たせている。

 再びコーヒーを口に含むと、口の中の甘さがスッキリと消えた。ドーナツをまた食べたくなる。

 ローズマリーはあっという間に二個も食べてしまった。

 皿に残った最後の一個を見つめる。


(さすがに食べ過ぎたかしら。でも、シナモンコーヒーは、ダイエット効果があるわ。だから、この一個分のカロリーはきっとカウントされないはず……!)


 ……そんなはずはない。

美味しいドーナツの前に冷静な判断ができなくなったローズマリーは、最後のドーナツを口に入れて噛み締めた。

 ベリージャムの香りと甘さが口いっぱいに広がった。


(これはこれで凄く美味しいですわ!)


 夢中で噛んで飲みこみ、最後にコーヒーを飲みほすと、ほうっとため息がもれた。

 かつてないほどの満足感が、全身を満たしている。


(コルセットもなく、お腹いっぱい甘いものが食べられて幸せですわ……。でも、カロリーが気になるから、今夜の夕食はサラダだけにしましょう)



 ローズマリーが幸せに浸っていると、ドアをノックする音がした。


(誰かしら? 今日はフローラは家族で外出しているはずなのに)


 自分の部屋を訪ねてくる者に心当たりがない。

 ローズマリーが部屋の扉を開けると、モンストラが立っていた。

モンストラは、幼い頃に両親に魔の森に捨てられて、魔物に育てられた少女だ。ローズマリーが魔の森から彼女を連れてきたのだ。


彼女は腕に大きな籠を抱えていた。篭の中には、ローストチキンが丸々1羽入っている。香ばしくスパイシーな香りがしている。焼きたてのようだ。色よく焼けた焦げ目の皮は、食べるとパリパリとしているだろう。美味しそうだ。

 モンストラは、ローズマリーを見て頬を赤らめて、嬉しそうに笑った。


「こんにちは。ローズマリー」

「こんにちは。モンストラ。どうされました?」

「これ、狩ってきた。料理長、焼いてくれた。ローズマリーはモンストラと一緒にこれを食べる」

「まあまあ、わざわざ狩ってこられたのですか? ありがとうございます。ですが、今私はお腹が……」


 お腹がいっぱいなので食べられそうにないと断るつもりだった。

すると、モンストラの瞳に涙がみるみる浮かんでくる。眉を八の字にさげて、今にも泣きそうな顔になった。


「ローズマリーは仲間! 魔物の仲間は、狩った獲物の肉を一緒に食べる!」


(しまった……! これは断ったらいけないわね。モンストラは、将来強い魔法剣士になるのだから。ここは一緒に食べて、仲間だと思ってもらいたいわ)


「そうでしたか。では、立ち話もなんですから、部屋の中で一緒に食べませんか?」

「ほんとか!? ローズマリーの巣に入るの嬉しい!」

「ええ、どうぞ」



 ローズマリーがモンストラを部屋の中にいれて扉を閉めようとすると、背の高い緑の服の男が早足でやってきた。

 エルフのセイジだ。

彼も、ローズマリーが人材確保で連れてきた一人だ。


「ローズマリー! 私も中へ入れてもらっていいだろうか? 君にお土産があるのだよ。人間は一緒に食事をして親交を深めるのだろう? 」

「お土産ですか? 一体何でしょう?」

「ああ。森の恵みの木の実と、鹿と兎の肉を焼いたものだ。エルフは精霊から力をもらうから、それほど食事は必要としないのだが、人間である君のために、森で狩りをして用意して持ってきたのだ」

「そ、それは、ご丁寧にどうも……」


 セイジは賢者である。貪欲な知識欲をもっており、将来その知識を使ってアグニス公爵家に役立つ存在になるはずだ。セイジは期待に満ちた目で、ローズマリーを見つめている。断ったら、酷くがっかりするだろう。アグニス公爵家のために、働く気が失くなるかもしれない。


(ここは仲良くしておいたほうがいいわよね)


「ありがとうございます。では、セイジ様も部屋の中へどうぞ。狭いところですが……」

「ローズマリーの巣に入れて嬉しい!」

「うむ。失礼する」


 ローズマリーが二人を部屋の中に招き入れて扉を閉めようとした時、男が駆け込んできた。

 黒髪黒瞳の青年ヒルモスだ。彼は神官系の術を極めており、某国の第2王子である。

彼も、ローズマリーが人材確保のために連れてきた人物だ。戦争をしている彼の国から連れてきた記憶が懐かしい。

彼は手に大皿を持っていた。大きな肉団子の料理のようだ。


「ローズマリー殿! 俺も仲間に入れてくれ!」

「ヒルモス様。そのお皿は一体……?」

「わが国の郷土料理だ。茹で卵を挽き肉で包み、パン粉をつけて焼き上げたものだ。ローズマリー殿にぜひ俺の国の料理を食べてほしくてな。料理長にお願いをして作らせた。もちろん俺の給金から支払いはした!」

「ど、どうも……ありがとうございます……?」


 ヒルモスはこの国の言語を勉強していると聞いていたが、ずいぶんと上達したものだとローズマリーは感心した。

 彼も近い将来、アグニス公爵家を支える人員になるのは間違いない。彼だけを断るのは、後味が悪すぎるだろう。

 ローズマリーは、三人とも室内に招き入れることにした。


(それにしても……! こんなことになると分かっていたら、ドーナツを3個も食べませんでしたわ!)


 ちょっぴり涙目で後悔するローズマリーであった。





 テーブルを部屋の真ん中へ運び、料理が並べられる。小さなテーブルと椅子とベッドとクローゼットがあるだけの部屋だ。

 ベッドにローズマリー、モンストラ、ヒルモスが並んで座る。椅子には背の高いセイジが座った。

 モンストラの篭の中には、小皿と切り分け用のナイフとフォークも入っていた。ローズマリーは、それを使って料理を取り分けた。


 モンストラは、ヒルモス達を不思議そうに見た。


「おまえたちも、ローズマリーの仲間か?」

「そうだね。これから仲間になりたいと思っているんだ。よろしくね」

「ローズマリーの仲間なら良い。私の狩った肉を分けてやる」

「それは、ありがとう。俺の料理も食べてみてくれ。とても美味しいから」


 ヒルモスがにこやかに、モンストラの相手をしている。

 モンストラも得意気に返事をして楽しそうだ。

 セイジも森の恵みや肉料理を小皿に分けている。


「君達のことは、話を聞いて知っている。ローズマリーに救われてここへきたと。私も同じだ。彼女に救われたんだ。よろしくね」

「そうなのか。なら、あたしの狩ってきた肉を分けてやる。たくさん食べろ」

「俺の郷土料理も食べてほしい。エルフにも受け入れられると嬉しい」

「そうだね。初めて見るよ。食べてみるのが楽しみだ」

「「「それでは、ローズマリーに! 乾杯!」」」


 モンストラはジュースで、ローズマリー達はワインで乾杯をした。

 ローズマリーは一口だけワインを飲む。少しだけ料理を食べた。


「まあ、皆様のお役に立てたことを嬉しく思いますわ……」


(美味しいけど、く、苦しい……! どうして全員肉料理なんですか!? ボリュームがあって胃が痛い……)


 三人とも、ローズマリーのお皿に一番多く料理を盛って載せてくる。嬉しそうな笑顔でローズマリーを見つめ、彼女が食べて喜ぶのを期待して待っていた。

ローズマリーは脂汗を流しながら、淑女の微笑みをもって肉料理を食べた。


「どれもこれも、本当に美味しいです。こんなに美味しいものをいただいて、私は幸せ者ですわ……」

「やった!」

「ローズマリーに、エルフ風の食事を気に入ってもらえて嬉しいよ」

「俺の国の料理が舌にあってよかったよ!」


(身体強化魔法って消化に効いたかしら?)


 ローズマリーは胃の辺りに強化魔法をかけてみる。治癒術も胃に施す。胃の痛みは消えるけれど、満腹感が減ることはない。


 ローズマリーは、彼等にたくさん話しかけた。消化する時間を稼ごうとしたのだ。

 しかし、ローズマリーのお皿が少しでも空くと、素早く料理が盛り付けられて、期待に満ちた目で見つめられる。

 美味しくて辛い、ローズマリーのフードファイトが始まった。




 食べて飲んで喋り続けて、ついに持ち寄られた料理もなくなった。

三人は名残惜しそうに、ローズマリーの部屋を出ていく。

 ローズマリーは、彼等を見送るとベッドに倒れこんだ。


(食べ過ぎたわ……。あとで、胃腸にいいお薬をもらいにいきましょう。まあ、もうこんなことは起こらないでしょう。それに、明日は早起きして走り込みましょう。カロリーを少しでも消費しなければ!)


 ローズマリーは、胃の辺りをさすりながら深いため息をついたのだった。



 その頃、ローズマリーの部屋を出た三人は睨み合っていた。


「ローズマリー、あたしのママ! 盗るな!」

「ローズマリー殿は祖国の恩人だ。俺には恩を返す権利がある!」

「ローズマリーほど、私の知識を伝えるのに相応しい人間はいない。彼女は私の弟子にすると決めたのだ!」


 しばらくお互いに牽制しあっていたが、エルフのセイジが提案をした。


「では、ローズマリーの次の休日に、彼女に一番たくさん料理を食べてもらった人が、発言優先権を得るというのはどうだろう? 彼女を一番喜ばせられたということになるからね」

「あたし負けない! たくさん狩る!」

「俺の祖国の料理ならば、彼女の舌をうならせるのは造作もないことだ」

「クックッ。私の知識をもってすれば、女性の舌を喜ばせるのは難しいことではない」


 次の休日も、三人がローズマリーの部屋へ駆け込み、彼女が大量に食べることになるのが確定した。




 次の日の朝早く、ローズマリーは動きやすい服装で訓練場を走っていた。


(少しでも運動して、カロリーを消費しなければ。あれが全部脂肪になったら、恐ろしすぎるわ)


 すると、遠くから騎士団長のウィリーがやってきた。彼の服装を見るに、彼も早朝訓練らしい。

 彼はローズマリーを見つけると、嬉しそうに話しかけてきた。


「ローズマリー! ついに体を鍛えることに目覚めてくれたんだな!」

「違いますから!」

「筋肉はいいぞ! 俺と一緒に最強を目指そう!」

「だから、違うって言ってますでしょう!!」


回帰前は休日なんてなかった。分刻みで予定が組まれ微笑むことを強要された。ずっと孤独を感じて苦しかった。

今は同じように忙しいけれど、毎日いろいろな出来事があって騒がしく賑やかだ。泣くこともあれば、楽しいと感じる時もある。


(こんな毎日も悪くないですわ)




 それからは、アグニス公爵家では早朝に走り込む二人の姿が見られるようになった。












読んでいただきありがとうございます。


下にあるブックマークやいいね、★★★★★を押していただけますと、執筆のモチベーションが大変爆上がりし、嬉しく思います。

よろしくお願いします。



別作品の『召喚聖女は毒の王へ嫁がされる』が、9/30発売の

『偽聖女だと言われましたが、どうやら私が本物のようですよ? アンソロジーコミック4』にてコミカライズされました。

マンガ家さんは、鱧永あるひ先生です。

とても素敵で美麗な絵柄で描かれています。


どうぞよろしくお願いします。


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