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公爵様の過労死を防ぎたい

護衛侍女になったローズマリーが、奮闘して失敗して癒されるお話です。

読んでいただけると嬉しいです。



 コツコツと、1人分の足音が夜更けの公爵邸に響き渡る。

 ローズマリーの前を歩くバーン執事長の足音は聞こえない。

 その事実に、ゴクリとローズマリーは唾を飲み込んだ。


(バーン執事長の足音が全くしない。彼は一体何者なの? 気配も足音も消せるなんて、只者じゃないわ。長年一緒に過ごしていたはずなのに、気がつかなかったなんて……)


 バーン執事長は、代々アグニス公爵家に仕える伯爵家の出身だ。

 柔らかな物腰で、印象が薄い。

 よく観察してみると、動きに隙がなかった。


 執事長は、公爵邸の一室の前で立ち止まる。

 扉から明かりがもれている。

 部屋の中の音は聞こえない。

 こんな夜更けに二人きりで、何を話すというのだろうか。

 ローズマリーには、護身術の心得がある。

 しかし、彼に勝てるイメージがローズマリーは浮かばなかった。


 執事長が扉に手をかけた。


「今日はお疲れ様でした。ローズマリー」

「ありがとうございます。バーン執事長……」


 彼は勢いよく扉を開けはなつ。

 ローズマリーは、逃げるべきか迷った。




「「「お疲れ様!! ローズマリー」」」


 部屋の中から、使用人仲間が笑顔で飛び出してきた。

 ローズマリーは、驚いて固まってしまった。

 そして、彼女は彼らに腕を組まれ背中を押され、部屋の中へと押し込まれてしまった。

 椅子に座らされ、目の前に大皿に盛りつけられた料理とジョッキが置かれる。


「なっ、なに……? これは一体?」

「お疲れ様会よ!」

「ローズマリーがなかなか来ないから、執事長が迎えに行ってくれたのよ」

「今夜はここで、好きなだけ飲み食いしていいの。部屋に防音魔法もかけてあるから、大声で騒いでも大丈夫なの!」

「そ、そうだったの」


 部屋の中を見渡せば、パーティーの残り物や賄い料理が、壁際のテーブルに綺麗に盛りつけられている。

 ワインやジュースもたくさん並べられている。

 使用人達が、大声で歌い騒いでいる。

 執事長が飲み物が入ったコップを持ち上げ、挨拶を始めた。


「旦那様から、明日の朝はゆっくりでいいと承っている。皆も楽しんでくれ。アグニス公爵家に乾杯!」

「「「乾杯!!」」」


 皆が、一斉に手にしたドリンクを飲み干す。

 好きな料理を皿に取り、気のむくまま食事と談笑が始まった。


(びっくりしたわ。使用人達のお疲れ様会だったなんて。こんなことをしていたのね。知らなかったわ)


 回帰前の18年間、公爵邸で暮らしていたはずなのに、ローズマリーは知らないことが多すぎると思った。

 小説の中でも、使用人達のお疲れ様会の記述はなかったはずだ。


(……私、何を見ていたのかしら)


 楽しげに笑っている彼らを見ていると、胸の中がほっこりした暖かい気持ちでいっぱいになる。

 この世界は、小説の中だと思っていた。

けれど、記述にない部分でも、人はそれぞれ動き喜び働いている。


(これはもう、小説に似た世界というだけかもしれない……。だとしても、それを証明するのは難しいわ。まさに『悪魔の証明』ね)


 『悪魔の証明』とは、否定的な命題を証明する事は困難である事を比喩的に表現した言葉である。



 ローズマリーは、皿の上の肉料理を口の中にいれる。

 お腹が空いているから、口の中いっぱいに広がったスパイシーな肉汁の美味さに感動した。


(美味しい……!)


 思わず、次々と料理を夢中で食べてしまう。

 ジョッキを飲み干して、一息つく。


「ぷはっ! はあ~……」


 公爵令嬢であった頃は、こんなマナーは許されなかった。

 解放感と酔いで、いい気持ちになった。

 ローズマリーが室内を見回すと、肩を組んで大声で歌う者、何皿も積み上げて食べている者、デザートに突入してお喋りに興じる者。皆楽しそうである。


(もう一人の私フローラ。あの子の誕生日が、こんなにも素敵なものになったのは、皆のおかげね)


 回帰前の孤独な思い出。

 お祝いに贈られたのは、侍女からの義務的な祝いの言葉、それだけだった。

 とても寂しくて、その気持ちを言葉にすることさえ許されなかった。

 ずっと孤独だった。


 今日のフローラのお誕生日は、最高に素敵な1日になった。

 劇場へ行くことも、素晴らしい料理も、心のこもった暖かい贈り物も、本当に感謝しかない。

 回帰前に、彼らのことを何も知らなかったのが残念だ。


(彼らを知ろうともしなかった自分が、恥ずかしい……)


 ローズマリーはお皿が空になったので、料理を取りにいった。

 好きな料理を皿にとり、席に戻って食べ始める。



 黙々と食べているローズマリーの両脇に、バーン執事長とリリー侍女長が座ってきた。

 手には、大量の料理とデザートを盛った大皿がある。


「食べていますか? ローズマリー」

「もう少し食べた方がいいですよ。私達の仕事は肉体労働ですから」


 執事長と侍女長は、ローズマリーの皿に次々と料理を盛り付け始めた。


「あ、ありがとうございます。でももう大丈夫ですわ。もうお腹いっぱいに……」

「うふふふふ」

「デザートは別腹と申しますから」


 今度はデザートをお皿に盛りつけられた。

 この皿を食べきらないと、作った料理人達が号泣するだろう。

 その姿がローズマリーの脳裏に浮かぶ。

 罪悪感を感じたローズマリーは、覚悟を決めて料理を口に入れ始めた。


(うう……美味しいけれど。く、苦しい……)


 執事長は美しい所作で黙々と食べると、ローズマリーに話しかけてくる。

 彼の皿の上は、驚く早さで空になっていた。


「さて、ローズマリー。お食事中ですが、話をしましょう。……公爵様についてですが……」


 急に話題をふられて、ローズマリーはむせこんでしまった。

 執事長は、静かにローズマリー達の周りに防音魔法を展開する。


「これで話声は周りに聞こえません。皆も食事に夢中ですからね」

「……こ、公爵様がどうかされたのですか?」


 侍女長が、むせたローズマリーに飲み物を渡してくれた。

 ローズマリーは、それを一口飲んで気持ちを落ち着かせる。


「食事はそのまま続けて大丈夫ですよ。ここでの話は秘密にしてください。実はですね、文官達の書類が少しばかり見えたのですが……。本来なら他家がする仕事も、旦那様に持ち込まれているのです」

「このままでは公爵様が過労死されてしまいます」


 執事長達の話にローズマリーは驚いた。

 昼間、自分が心配していたことを言われたからだ。


「そ、それは……他家の後継ぎが幼かったからと伺いました。一時期なものだったのでは……?」

「そうではなかったのです。公爵様がいくら天才とうたわれた優秀な方でも、このままでは潰されてしまいます」

「なんとか、我々でも対策を取りたいのですよ。あなたなら、何かアイデアがあるかもしれないと声をかけたのです。ほら、あなたはフローラ様の教育で独創的なアイデアをたくさん出しているでしょう」


 ローズマリーは、その話を聞いて気がついてしまった。


(回帰前のお父様が、誕生日にも新年にも卒業パーティーまで顔をださなかったのは、他家の仕事を押しつけられてたから? それじゃあ、アグニス公爵家が家庭崩壊してたのは、あいつらのせい!?)


 断罪してきたアーロン殿下や他公爵家の子息の顔がちらつく。

 ローズマリーは胸がムカムカしてきた。


(絶対に……許さない!!)


 バーン執事長は話を続ける。


「そこでだね。旦那様の仕事を減らし、旦那様の仕事を手伝える人材を確保したいのだ。それについて、何かいいアイデアはあるかね?」

「……そうですわね」


 ローズマリーは、前世の記憶を引っ張り出そうと考え込む。

 うっすらとだが、働いていたこともあるようだ。

 侍女長も意見を出した。


「高給で優秀な人材を引き抜いてくるのは、どうでしょうか。即戦力になる気がします」

「……それは、おすすめしません。鳴り物入りで採用された経験豊富な年配者が使い物にならず、高いお給料の割には若手より仕事ができないことも多かった……そうです。……亡き父から聞いたことがあります。それよりも新人への教育を充実させて、教育後のフォローにもお金をかける方がいいと思います。全体的に考えれば、その方が業務効率も上がるし、金銭面も安くつくはずです」

「ふむ。お父様はさぞ優秀な方だったのでしょうね」

「ありがとうございます。亡き父も喜んでいることでしょう」


 執事長達へ、前世の記憶をローズマリーの亡き父からだと言って意見を伝えた。


(本当は前世の記憶だけれど、私が公爵家以外の仕事場を知っているのはおかしいものね。亡くなったローズマリーのお父様、いつもお世話になっています。ご冥福をお祈りしますわ)


 侍女長もローズマリーの考えに賛同する。


「そうね。いい考えだわ。それなら、あとはいい新人を見つけないといけないわね」

「そうだな。情報ギルドと冒険者ギルドにも、いい新人がいないか頼んでみよう」

「あの、そのことなんですが……。私に何人か心当たりがあります。亡き父から噂を聞いたことがあるんです」


 ローズマリーには、回帰前と小説の知識がある。

 だから、小説で活躍する人物を知っているのだ。

 彼らを見つけ出して、アグニス公爵家に迎えればいい。

 彼女はそう考え、バーン執事長達に彼らについて話した。


「ふむ。そういう人物がいるのか。それならば、ローズマリーにも人材集めに協力してもらおうか」

「いいですわね。やはり、その人達について一番詳しいのはローズマリーですから。あなたに勧誘を頼みましょう」

「……はい?」

「ローズマリーだけでは大変だろうから、公爵家の諜報部隊『カラス』も貸し与えよう。君にはフローラお嬢様のお世話の後に、働いてもらうことになる。大変だと思うが、我々も協力は惜しまない」

「……『カラス』ですか? あのアグニス公爵家の秘密の諜報部隊『カラス』でしょうか?」

「ええ。彼らは優秀ですからね。新人を迎えにいくのに役に立つと思うわ」


 諜報部隊『カラス』

 代々アグニス公爵家当主に仕える謎の組織。

 アグニス公爵家の闇の部分を司ると聞いたことがある。

 その組織を当主以外に動かせるのは、組織の長だけ。

 つまり……バーン執事長は『カラス』の長ということだ。


 ローズマリーは、執事長が恐ろしくなった。

 鳥肌が立って寒気がする。


(……足音がしないのも気配が感じられないのも、諜報部隊だったから。そんな組織を貸してくれるなんて。それだけお父様……公爵様のお仕事の内容が過酷なんだわ。フローラが両親と過ごす時間を守ってあげたいわ!)


 フローラは、あんなにも両親と過ごせる時間を楽しみにしている。

 仕事中毒の公爵も、家族といると幸せそうなのだ。

 貴重な家族の団欒を守らなければいけない。


「おまかせください!」

「うむ」

「私達も出来るかぎり手伝うわ」

「ありがとうございます!」


 ローズマリーは気合いを入れた。

 集めたい人材をリストアップして、出来る限り早く集めようと考えた。

 やがて、料理も食べ尽くされ、お疲れ様会は和やかな雰囲気でお開きになったのだった。




 ローズマリーは部屋に戻ると、小説の内容を紙に書き出していく。

 アグニス公爵家に迎えたい人物は、三人だ。

 本来なら、アーロン殿下やカメリアが彼らと出会い、仲間になるはずだった。

 優秀な彼らなら、きっと公爵様の役に立ってくれるはずだ。


 次の日の夜から、ローズマリーの人材集めが始まった。





☆☆☆




 月も天空に高くのぼった深夜、フローラを寝かしつけた後、ローズマリーは支給された服に着替える。

 黒いシャツにズボン。黒いブーツに黒マント。

 軽量の防具や剣まで真っ黒だ。

 そのまま公爵家の裏口へ向かうと、執事長と黒づくめの男が2人立っていた。

 カラス部隊から、二人の青年が護衛に付いてくれたのだ。

 彼らは顔も頭も黒い布で覆っているため、本来の姿が分からない。


 お互いに無言で頷くと、ローズマリーとカラス達は静かに外へ出た。

 音もなくローズマリーの側を歩くカラス達の姿は、彼女の影のようだ。

 執事長は、小声で『ご武運を』と呟くと扉の鍵を閉めた。



 月明かりの下、ローズマリー達は一人目の人材確保へ向かった。

 目的の人物の詳細な居場所は、カラス達が突き止めてくれていた。


 1人めは、深い森の奥に住む賢者セイジ・フィロソファー。

 エルフだ。

 長い金髪を一つに束ね、ダークブルーの瞳、深緑色の服を着た痩身優美な青年。

 小説では、彼は知識を求めるあまり、エルフの仕事を怠り書庫に閉じこもってばかりいる。

 それが、父親の逆鱗に触れて喧嘩になり、トラウマを抱えるのだ。

 カメリアが、彼と出会って話を聞いて励まし、彼の心を癒す。

 そして、彼女の優しさに救われたセイジは、彼女達の仲間になって助けてくれるようになるのだ。


 直情的なローズマリーは、まだるっこしい事は嫌いだった。

 要は、彼を迎えてアグニス公爵家で働いてもらえればいい。

 ローズマリーは、エルフ族長であるセイジの父親の元へ向かう。

 大量の贈り物を渡し、駄目息子をうちで更正させますという魔法契約書を交わし、族長からセイジを迎える了承を得た。

 ローズマリーは、驚き慌てふためくセイジをカラス達と共に縛り上げ、アグニス公爵家へ連行したのだった。



 二人目は、小説ではスラム街で倒れていた亡国の王子。

 名前は、ヒルモス・キュアロン。

 彼は心優しい青年で、政治の世界よりも人々を癒す神官系の術を極める。

 しかし、他国からの侵略に国は滅びてしまうのだ。

 命からがらこの国へ逃げてきたが頼る当てもなく、スラム街で倒れているところをカメリア達に救われるのだ。

 そして、彼女達の仲間になって助けくれる。

 黒い髪に黒い瞳、浅黒い肌、目元のホクロがセクシーで癒し系ワンコと人気だった。


 せっかちなローズマリーは、現在戦争中の彼の国へ忍び込む。

 カラス達とともに魔法陣で転移した。

 焼け落ちる城の中で、王達に取引を持ちかける。

 王子ヒルモスをうちで働かせてくれるなら、王達の逃亡を手助けすると。

 王達はヒルモスの意思も聞かずに即了承して、魔法契約書にサインをした。


 そしてローズマリーは、得意の火魔法で巨大な火の海を国の境に展開する。

 火の海で敵国が攻めあぐねている間に、この国の王達は難攻不落な砦へと避難したのだ。

 ローズマリー達は、急な展開に青ざめているヒルモスの首根っこを掴んだ。

 見知らぬ黒づくめの女達に捕獲されて、ヒルモスは恐怖で固まっている。

 固まったままカラス達に抱えられて、彼はアグニス公爵家へ連れてこられた。



 三人目は、魔の森で魔物に育てられた女性剣士だ。

 彼女は親に魔の森に捨てられたのだが、気のいい魔物に拾われて育てられる。

 そして、とてもとても強くなった。

 しかし育ての親である魔物が死んでしまい、落ち込んでいるところにカメリア達と出会う。

 カメリア達の仲間になって寂しさを忘れ、強い魔法剣士へと成長していくのだ。

 名前はモンストラ。ボサボサの青い髪と金色の瞳の少女。


 ローズマリーは、幼い女の子に弱い。

 フローラを思い出してしまう。

 ローズマリーは、料理人に頼んでお肉料理と甘いお菓子を大量に魔の森に持っていく。

 少女モンストラがいる道に、少しずつ食べ物を置いて魔の森の外へ誘導した。

 他の魔物達は、護衛のカラス達が追い払う。

 お腹いっぱいになって眠ったモンストラを、ふわふわの毛布で包みこみ、アグニス公爵家へ抱いて帰った。

 体を綺麗に拭いて傷んだ髪を整えてあげると、ボブカットの大きな瞳の可愛い少女になった。

 少しずつ人の環境に慣らしていく。

 モンストラは、美味しいご飯をくれる料理人達に懐いた。



 黒いマントを被り、真夜中に現れて人を連れていくローズマリー。

 そんな彼女を、街の人達は見ていた。

 その姿を見た人々は彼女を畏怖した。

 噂が噂を呼んで、彼女は『人材狩りの魔女』と呼ばれてしまった。

 街の人達は、幼い子ども達が夜中に外で遊んでいると、「人材狩りの魔女に連れていかれる」と脅して躾けたのだ。

 その話を聞いて、ローズマリーは気落ちしてしまった。


(夜中まで働いて頑張ってるのに……酷いわ)


 そんな時、騎士団長のウィリーがローズマリーの所へやって来る。

 彼は、いい笑顔で言った。


「人材狩りの魔女か! やるじゃねえか! さすが俺のローズマリーだな!」


 ローズマリーはこめかみに青筋を浮かべて反論した。


「その名で呼ばないでください! 魔女と呼ばれて嬉しい女性は居ません!」

「なぜだ!? 俺の母は“獄炎の魔女”と呼ばれて喜んでいたぞ!」

「それは特例でしょう! あなたのお母様は冒険者ですから! 」

「おまえなら、直ぐにS級冒険者になれる!!」

「なりませんから! デリカシーを学んで出直して来てください!」

「ナイスパンチだ! ローズマリー!」


 ローズマリーは憤慨して、思わずウィリーに手が出てしまう。

 魔女と呼ばれて嬉しい女性なんていないのだ。

 回帰前には、王宮の紅薔薇と呼ばれていたのに。

 ウィリーの本気か冗談か分からないトークに、ローズマリーは余計に疲れてしまったのだった。




 ふと、フローラが両親と手を繋いで、幸せそうに笑いながら、庭を散歩しているのが、ローズマリーには見えた。

 回帰前にはなかった光景だった。

 心暖まる光景に、ローズマリーは胸の奥が暖かくなる。


(公爵様には、仕事を他の人に頼るようにしてほしい。決裁権をもつ公爵が仕事を抱え込むようにならないように。デキる部下に権限を委譲していってほしい。できれば、委譲された部下が、判断に伴う責任を自覚して成長してくれるタイプが望ましいわ)


 ローズマリーは気を取り直して、連れてきた新人達の様子を見にいくことにした。

 きっと大活躍をして、アグニス公爵家を盛り上げていることだろう。

 様子を聞いてみると、執事達から芳しくない返事をされた。


「誰もまともにお仕事につけてないのですか?」

「そうなんだよ。賢者セイジ様は、人間社会のやり方を知らなくてね。一から教え込んでいるところだ。学習意欲は高い。神官のヒルモス様も、この国の言葉がうまく喋れないんだ。今語学の講習をしているところなんだ。モンストラちゃんは、料理人達が、仕事の合間に人間らしい生活習慣を身につけさせている。剣は危ないので、まだ握らせてはいない」

「そ、そうだったのですか。それは、その、なんと言ったらいいか……。申し訳ありません……」

「気にするな。彼らに飛び抜けて優秀な才能があるのは分かっている。時間がかかるだけだ」


 ローズマリーは絶句した。

 育成担当でない者達にまで、彼らの世話をさせている状態だったのだ。


 人には、置かれた場所で花を咲かせられるタイプもいる。

 繊細すぎて、己にあった静かな環境でなら花を咲かせるタイプもいる。

 花を咲かせるのは、時間がかかる。


 ローズマリーは、彼らを連れてくれば、即戦力になると思い込んでいた。

 彼らがアグニス公爵家の役に立つには、時間がかかる。


 自分は連れてきただけで、彼らの育成は人任せになることに申し訳なさを感じた。

 自分の1番の仕事は、フローラのお世話なのだから。

 せめて、連れてきた彼らの様子を時々チェックしよう。ほったらかしはいけない。

 出来そうなことがあれば、手伝おうとローズマリーは心に決めたのだった。


 人を活かして仕事をまわして成果をだす。

 なんて難しいのかしら、とローズマリーは反省する。

 小説ならば、数行で人は成長して活躍する。

 回帰前では、彼らのメンタルケアと成長の手伝いは、カメリア達が行っていたので気づかなかった。

 ローズマリーは、新人育成担当者に深く頭を下げる。


「……ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」

「気にするな。彼らが優秀であることには間違いない。もともと新人教育に予算を増やす予定だ。俺達はアグニス公爵家を支える仲間だろう。協力しあっていけばいい」


(協力しあう……。回帰前には聞いた事がない言葉だわ……)


「ありがとうございます」


 ローズマリーの声は涙声になっていた。

 顔を上に上げて、涙がこぼれないようにする。


「そうだ。フローラお嬢様が、おまえを探していたぞ」

「フローラお嬢様がですか。分かりました」


 フローラの元へ、廊下を歩いていく。ローズマリーは深く落ち込んでいた。頭痛もする。


(回帰前の私は一人だった。協力しあえる仲間なんていなかった。……私は王妃に向いてなかったんだわ。人に能力を発揮してもらって成果を出す。それが、こんなに大変だなんて。人材確保も新人育成も、皆の協力がなければ出来なかった事よね。回帰前の私は、ただ命令して叱りつければいいと思っていた。あれでは、それしか出来ない無能を晒していただけ。味方がいなかったはずだわ……)


 深いため息をついて、気合いを入れ直す。

 フローラの部屋の前で、身支度を整えて淑女の笑みを作る。


(幼いフローラも私のようになるかもしれない。でも……私だけは何があっても、フローラの味方でいましょう!)




 ローズマリーが扉をノックすると、小さな足音がして扉が開く。

 フローラが華のような満面の笑顔で迎えてくれる。

 ローズマリーの手を取り引っ張った。


「ローズマリー! こっちこっち!」

「どうされたのですか? フローラお嬢様」

「あのね! ローズマリーとおなじおちゃを みつけたの! ローズマリーとのもうとおもって、まってたの!」

「私と同じお茶ですか?」

「うん!」


 フローラは、テーブルの上にローズマリー葉のハーブティーを用意していた。

 そして、教わったばかりの火魔法で、ポットの中の水を温め出す。

 やがて、ローズマリーのハーブの爽やかな香りが部屋いっぱいに広がった。


 ハーブのローズマリーは、血管を広げる効果があり、頭痛改善やリフレッシュの効果がある。

 気分転換にもいいのだ。


 フローラは、拙い仕草でハーブティーをティーカップに注いで、蜂蜜をたっぷりと入れた。

 ニコニコと達成感を感じる笑顔だ。

 このハーブティーをローズマリーに飲ませたかったのだろう。

 ローズマリーがハーブティーを口に含むと、気分の重苦しさが蜂蜜の甘さと爽やかな香りに溶けていった。


「とても美味しいです。お嬢様」

「よかった! ローズマリーがよろこんでくれたらいいなって、おもってたの。うれしい!」

「ありがとうございます。とてもうれしいです」

「うふふふっ」


 フローラは引き出しから、チョコレートがのったお皿を取り出してテーブルに置く。

 昼間に出されたおやつを残しておいたらしい。


「これも、おいしいよ。食べて! ローズマリーとたべようとおもって、のこしてたの」

「ありがとうございます」


 これは、あまり行儀のいい行為ではない。

 フローラの身分なら残しておかずに、新たにチョコレートを持ってくるように指示を出すものだ。

 だがしかし、今はフローラの気持ちを大事にしたい。

 誰かと美味しいものを一緒に食べたい、と考えてした行動を、今注意して気持ちを潰すべきではない。


 マナーは、ゆっくり身につけていけばいい。

 社交界に出るまで、まだ時間はある。

 それに、今はフローラの優しさにローズマリーが救われていた。


(やり方を身につけるのは、ゆっくりでいいわ。何もかも最初から全部出来る人間なんていない。……それに時間はかかるけれど、彼らもいつかきっとお父様……公爵様の助けになってくれるはず)


 ローズマリーは、ゴクリとハーブティーを飲み込む。

 全身にフローラの優しさが染みるようだった。

 フローラとチョコレートを食べて微笑みあう。

 胸の中がじんわりと明るく暖かくなって、元気が出てきた。


(私がこんな気持ちになるなんて。フローラの笑顔は、私に元気を与えてくれる。……思い通りにならなかった事もあるけれど、また頑張っていけるわ)



 ローズマリーが微笑むと、フローラも嬉しくてたまらない。

とても誇らしい気持ちになったのだった。

 いつか大きくなって、ローズマリーのようになりたい。その憧れは少しも衰えることがないのだ。不思議なくらいだ。


(ローズマリーがわらってる。うれしそう! このおちゃかいは、だいせいこう! またやろう。だいすきなローズマリーといっしょ!)


「ローズマリー大好き! ローズマリーは? フローラのこと、その……どう…おも……」


 フローラの声がだんだん小さくなっていった。

 自信がもてない。

 何でもできる優秀なローズマリー。

 彼女に比べて、今のフローラはあまりにも小さく非力で無能で何もできない。

 そう思ってしまう。


「フローラ様は、私の大切な大切な希望なのです」

「きぼう……?」

「はい。まだ難しいかもしれませんね。私はフローラ様に受け入れてもらえて救われたのですよ」

「フローラはローズマリーのやくにたててる……?」

「ええ」

「うれしい! わたし、わたしもローズマリーはとてもだいじなひとなの。うまくいえないけど、ローズマリーみたいになりたい。すこしでも、ちかづきたいの!」

「……!! ありがとうございます!」


 フローラは、ローズマリーが未来の自分の姿だと分かってはいないだろう。

 それでも、今の自分に憧れをもってくれている。

 婚約破棄され、回帰魔法にも失敗し、モブになってしまった。

 それなのに、こんなにも自分を大切に思ってくれている。嬉しくてたまらなかった。


 ローズマリーはフローラを抱きしめた。

 フローラもローズマリーのぬくもりを感じて、嬉しそうに笑う。


(過去の自分を否定しては駄目よね。それは、幼いフローラの愛情を否定することになるわ。今出来ることをやっていくの。フローラも私も幸せに生きていくのよ!)


「お茶とお菓子、とても美味しかったです。フローラ様。ありがとうございます」

「また、ふたりでおちゃしようね」

「嬉しいですわ」

「うふふ。やくそくだよ」



 その後、ローズマリーとフローラの二人だけのお茶会は、何度も行われた。

 お互いに癒される大切な時間になったのだ。














読んでいただきありがとうございます。


下にあるブックマークやいいね、★★★★★を押していただけますと、執筆のモチベーションが大変爆上がりし、嬉しく思います。

よろしくお願いします。



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どうぞよろしくお願いします。

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