フローラお嬢様のお誕生日
よろしくお願いします。
暗い劇場の中に浮かびあがる、キラキラと輝く舞台。
洗練された音楽、カラフルな大道具、白いチュチュをきたバレリーナ達。
片脚でつま先だち美しく華麗に踊る姿は、見ているだけて心が弾む。
劇場のボックス席で、アグニス公爵一家はバレエを楽しんでいた。
公爵令嬢フローラは、舞台を見ながら何度も振りかえって両親を見つめる。
公爵様は妻の肩を抱きしめ、夫人は頭を公爵の肩に嬉しそうにもたせかけている。
その様子を確認すると、フローラは安心したように笑った。
両親が笑っているのを見るが、嬉しいのだろう。
ボックス席の隅で控えているローズマリーは、公爵一家の様子を見て心から安堵した。
(本当に良かったわ。一時はどうなることかと思ったけれど、無事にフローラのお誕生日に家族でバレエを観に来られたわ! 皆のおかげよ! 本当にありがとう!)
フローラの護衛侍女ローズマリーは、遠い目をする。
公爵家で、今も戦っているであろう同僚達を思い出したのだ。
アグニス公爵は、わが国一番の権勢と財力を誇る宰相一家だ。
火魔法を得意とする家系である。
公爵は王宮に泊まり込んで、ずっと仕事に忙殺され、3ヶ月も帰って来なかった。
娘のフローラの体調不良をきっかけに、彼は深く反省した。
その後、なるべく家で仕事をするようにしたのだ。
だがその結果、アグニス公爵家には文官が連日押しかけるようになってしまった。
大量の書類を持ち込み、アグニス公爵に相談する列ができている。
昼も夜もなくだ。
驚いたのは、公爵家の使用人達である。
今日も公爵家の中には書類が舞い、指示と決裁を待つ文官達が待ちかまえている。
バレエの観劇をしに劇場へ行くために、使用人達と騎士団で公爵一家を護衛して馬車に乗り込ませ、送り出したのだ。
侍女長リリーはローズマリーに指示をとばした。
「行きなさい、ローズマリー! フローラお嬢様はあなたに一番懐かれています。速やかにお嬢様を馬車に乗せ、すぐに劇場へ向かうのよ!」
「イエス、マム! 侍女長!」
侍女長の勢いに、思わず前世のよく分からない言葉で受けてしまうローズマリーだった。
子どもがぐずれば出発が遅れて、公爵様が文官達に捕まってしまう。
ローズマリーはフローラを抱き抱え、光の早さで馬車に乗り込んだ。
公爵様もローズ夫人を胸に抱き上げて、馬車に素早く乗り込む。
騎士団達も、公爵一家の馬車の周りに騎馬隊を配置して護衛する。
到着した劇場でも、ボックス席の扉の外にも廊下にも、アグニス公爵家の騎士団が立っている。
ローズマリーは、こっそりとため息をついた。
(まさか暴漢相手の護衛じゃなくて、文官達が持ってくる仕事からの護衛なんてね……。この仕事量は異常だわ。まるで、国中の仕事が公爵様に集中しているみたい。帰宅してからのお誕生日パーティーも大丈夫かしら……)
その頃、執事長バーンは、公爵邸に押しかけてきた文官達に祝い酒をふるまっていた。
「皆様。いつも大変お疲れ様です。本日はフローラ公爵令嬢のお誕生日。皆様に公爵家からの祝い酒がふるまわれます。どうぞ、ご存分にお楽しみ頂けると幸いでございます。おかわりもあります。お好きなだけお召し上がりください」
文官達は、甘く高級な祝い酒を差し出されて飲み出した。
「うまい! 疲れが癒やされる!」
「甘くて飲みやすいな。祝い酒だから、飲まないと失礼にあたるだろう」
「おかわりをお願いします!」
「どうぞ! 何杯でもいいですよ!」
次々と差し出される甘いカクテルに、文官達は酔いしれたのだった……。
使用人や騎士団達の活躍で、国一番の大きな劇場にアグニス公爵家の馬車が到着することができた。
アグニス公爵家は、劇場支配人にボックス席へと案内される。
ボックス席ならばゆったりと談話を楽しめるし、フローラも安心して過ごせるだろう。
劇場側に飲み物や軽食、甘いお菓子などを用意してもらう。
公爵一家は座り心地のいいソファーに座り、談笑しながらバレエを観劇を始めた。
フローラは小さな手で一生懸命拍手をする。
そして、ローズマリーはボックス席の隅に控えたのだ。
華麗に舞うバレリーナ達を、フローラは目をキラキラさせて見ている。
公爵様は夫人の頭に時折キスをして、夫人は照れたように微笑み幸せそうだ。
ローズマリーは、フローラの習い事にバレエもいいと候補に考えた。
バレエの習い事は、「身体面」「精神面」「芸術面」でさまざまな恩恵が受けられる。
正しい姿勢やバランス感覚、集中力や忍耐力が向上する。
習い事にかかる金銭面も、アグニス公爵家ならば心配はいらない。
フローラが興味をもつならば、バレエの習い事も試してもいいかもしれない。
プロのバレリーナは、身長がどんなにあっても体重が50kgを越えてはいけない。また、自分の頭で考えて練習できるようにならないと上達しないといわれる。
フローラがプロのバレリーナになるのは、身分のこともあって難しい。しかし、子どもの頃に学ばせるのは成長にいいだろう。
私は、ほくほくとした気持ちでバレエを観劇するアグニス家の皆様を見ていた。
バレエの内容は、王子が湖で出会った悲運の王女の呪いを解くために、真実の愛を誓うというものだった。しかし魔王の娘が王子を騙して、真実の愛を自分に誓わせてしまい、絶望した王女は湖に身を投げてしまうものだった。
このバレエのラストは、アレンジが加えられていた。
湖に身を投げた王女の後を追って、王子の護衛の騎士が飛びこんで王女を救い出す。
そして彼女に愛を誓って呪いをとき、二人は幸せに暮らした。
悪魔の娘にたぶらかされた王子は、全てを失うという終わり方だったのだ。
公爵夫妻はそれを見て、困った顔をされた。
「このラストって、あの事件を参考にしてるわよね……」
「ああ。後で劇場主に注意するよ。何年も前の話だが、王族とうちのスキャンダルを扱われるのはどうもね」
「それがいいと思うわ」
「うちとかんけいがあるバレエなの? おとうさま。おかあさま」
フローラが不思議そうに両親にたずねた。
「フローラにはまだ難しいと思うんだが、他から聞かされるよりも、うちでちゃんと話しておこう。私の妹が学生だった時にね。先の王太子が卒業パーティーで好きな娘と結婚したいと、うちの妹に冤罪をかけて婚約破棄してきたんだ」
「そうそう。あの時は本当に大変だったわ」
公爵夫妻の話に、思わずローズマリーは聞き耳をたてる。
「その場で妹の冤罪は晴らしたんだ。その結果、王太子は廃嫡、相手の娘ともども辺境へ重労働送り、加担した騎士団長子息、魔法師団長子息、軒並み貴族席剥奪になったよね」
「それで婚約破棄された妹君が、私の弟の第二王子と再婚約する話になったんだけど、妹君が護衛騎士と駆け落ちしたのよね。さらに、冤罪事件の責任をとって宰相も騎士団長も魔法師団長も辞任。大混乱でしたわ」
「うん。おかげでこの国の体制が弱くなって、周囲の国が攻めてきたんだよ。政治的にも軍事的にもね。あれから本当に大変でね……」
「あなたは、よくやっているわ」
「君がいてくれたから、私は頑張れるんだよ。いつも君は王宮で俺を庇ってくれたね」
「当たり前よ。あなたが居なかったら、この国はとっくに滅ぼされていたわ」
「ローズ……」
「あなた……」
見つめあって甘い雰囲気が漂っています。
私は気配を消して空気と化しています。
夫婦の仲が良いのはいいことです。
フローラの顔が、梅干しを食べたチベットスナギツネのようになっていますが。
梅干しってこの世界にあったかしら?
今度、市場で探してみてもいいかも。
公爵様は、王家の失態の後始末を一手に引き受けることになってしまったのね。
それであんなに仕事が集中してくるんだわ。
でも、この状態はよくないわ。
優秀な公爵様一人にすがりつく体制では、国力は衰退します。
公爵様も人間なので限界があるのです。
「駆け落ちした妹は、結婚して男爵夫人になっていた。あの時の父は、怒り狂って大変だった。妹夫婦を見つけ出して八つ裂きにする勢いだった」
「たしか、娘さんが1人いたよね」
「うん。カメリアという女の子だ。あの時も君が父を宥めてくれたから、妹夫婦は生きながらえた。感謝している。本当に」
「ふふ……」
公爵夫妻は、熱いキスをされました。
アチチチ。目のやり場に困りますね。
フローラは、そんな両親を見て微笑んでいます。
よかったね。幼い私。両親の仲がいいって幸せだね。
「まあそれで、他の後継ぎが皆幼かったから、うちに相談にくるようになったんだ……」
「トラブルが起こるたびに、この人が駆り出されて寂しいわ……」
「寂しい思いをさせてごめんね……」
公爵は疲れきったように、夫人を抱きしめました。
「ああ……癒される……」
いつもピリピリと緊張した雰囲気をもつ公爵様が、液体化した猫のように、夫人に甘えてリラックスされています。
甘々です。
そんな事情があったなんて。
アーロン殿下は親の代でそんなことがあったのに、またやってくれたわけですね。
……婚約破棄は王家の伝統行事なのでしょうか?
回帰前を思い出して、私は頭痛と目眩がしてきました。
いけません。しっかりしなければ!
侍女たる者、主の会話に取り乱してはいけないのです!
この後は、フローラのお誕生日パーティがあります!
私の回帰前にはなかった、家族揃ってのお誕生日会!
絶対に成功させたいわ!
帰れば、押し寄せる文官達とやりあわねばならない。
気合いを入れ直すローズマリーだった。
ローズマリーが達が公爵邸に到着すると、文官達は全員酔い潰れて眠っていた。
公爵家から祝い酒がふるまわれて、飲み潰れたらしい。
残ったカクテルを見て、ローズマリーは驚愕した。
(こ、これは……! 前世の記憶にあるわ! 確か……!)
【ビトウィーン•ザ•シーツ】
アルコール度数35度
飲みやすく甘い香りのカクテル
ブランデー•コアントロー•ホワイトラム•レモン•ジュースと氷をシェイクしたもの
(こんな度数の高いカクテルを何杯も飲めば、疲れた文官達なら起きてはいられないわ。寝酒として人気だったカクテルだもの。執事長! 恐ろしい子……!)
ローズマリーが執事長を見ると、彼はいつものように優雅に微笑んでいる。
淑女の微笑みというものがあるが、紳士の微笑みもあるのかもしれない。
彼の底知れなさに、畏敬の念を抱くローズマリーだった。
1番大きな応接室に、お誕生日会の用意がされていた。
きらめくカラフルなキャンドル、少人数の楽団が盛り上がる曲を演奏する。
床にはプレゼントの箱が積み上げられていた。
テーブルには、可愛いらしい巨大なケーキや美しく盛りつけられた軽食が並んでいる。
使用人達も集まって、フローラにお祝いの言葉をかける。
「フローラお嬢様! お誕生日おめでとうございます!」
「アグニス公爵家の小さな月に幸あれ!」
「わあ……! みんな、ありがとう! ありがとう!」
フローラは小さな淑女らしくカーテシーをすると、使用人一人一人の所へ行き、握手をしたのだった。
使用人達も、握手に感動して大喜びをしている。
本来なら、公爵令嬢が使用人一人一人と握手をするのは止めなければいけない。
安全面を考えると、使用人の中に暗殺者がいる可能性もありうるからだ。
しかし、ローズマリーはフローラの行動を止めなかった。
(回帰前の記憶によれば、今いる人達は全員アグニス公爵家に忠誠が厚い。むしろ、親しくなっておくほうが良い。回帰前は、侍女に使用人との接触を止められていたけれど、公爵家で孤立するだけだった……)
ジュースで乾杯をして、皆に見守られて、ケーキの蝋燭をフローラは吹き消す。
公爵夫妻も、嬉しそうに笑っている。
公爵からは巨大なヌイグルミを、夫人からは可愛らしい守りの魔石がついたアクセサリーを贈られた。
使用人達からは、木彫りの鳥が贈られる。
他家の貴族達から贈られたプレゼントボックスも、いろいろなものが入っていた。
王家からも、花束と子ども用の小さな指輪が贈られていた。
アグニス公爵は眉間に皺をよせて、フローラに質問をしたのだ。
「……フローラは、アーロン殿下は好きかい?」
「ううん! わたしはローズマリーがだいすき! ずーっといっしょにいるの!」
「そうか。それならこの指輪はお返しして、お礼の返事だけ送るよ。フローラは、ずっっとこの家にいていいからね」
公爵はとてもいい笑顔になった。そして、執事長に王家からの指輪を渡したのだった。
ローズマリーは、このやり取りに心から安堵した。
(幼い頃に、私が望んだから婚約したのね。そうでなかったら、お父様……公爵様は王家との婚約を望まなかったんだわ。……私は何も見えてなかったのね。王妃になればお父様に愛してもらえるというのは、思い込みだった……)
フローラは、父と母と使用人達にお祝いされて嬉しかった。
ただ、彼女にはたった一つだけ心配事が残っている。
(ローズマリー。ローズマリーはわたしのたんじょうび、どうおもっているのかな? プレゼント……くれるのかな? わたしローズマリーのプレゼントなら、なんでもうれしい。でも、ほしいっていえない……)
フローラは、ローズマリーのスカートにぎゅっとしがみついた。
(ほ、ほんとうは、わたしのことキライだったらどうしよう!? ローズマリーのたんじょうびにプレゼントおくったら、好きになってくれる? ……そういえば、わたしローズマリーのたんじょうびをしらない……。ちゃんとあとできこう。つぎはぜったい、プレゼントする。だけどもしかして……)
グルグルとフローラの頭の中で悪い想像がふくらんできた。
「ローズマリー……あの……」
「お嬢様、おねむですか? お疲れが出たのかしら」
「そうじゃなくて、その……ね」
ローズマリーからのプレゼントが欲しいと言い出せないフローラ。
そんな彼女を、ローズマリーは軽々と抱き上げて、皆に挨拶をはじめた。
「フローラお嬢様がおねむのようです。ここで失礼させていただきます。フローラお嬢様、ベッドまでお連れします」
「う……みなさま。ありがとう……フローラはたのしかったです……」
「ああ。ゆっくりお休み」
「お休みなさい、フローラ。愛しい子」
「おやすみなさいませ。フローラお嬢様」
公爵夫妻達に見送られて、ローズマリーとフローラはパーティ会場を出た。
フローラの部屋にたどり着いて、優しくベッドの上におろされる。
布団の中に入れられて、かけ布団をかけられた。
フローラはガックリと落ち込んだ。
ローズマリーから、お誕生日のプレゼントはもらえないらしい。
ローズマリーは悪くない、きっと忙しかったのだ。
ただ、ちょっと、かなり、とてもローズマリーからもらいたかった。
ちょっと涙ぐんでしまうと、左手に小さな違和感を感じた。
見上げると、ローズマリーがフローラの左手を手で包み込んで真剣な顔で何かを唱えていた。
「ローズマリー……?」
「少しお待ちください。お嬢様。これは、他の人に見られるとまずいのです。私からの秘密のお誕生日プレゼントですわ」
「……!! うん! わたしまつ! ずっとまってる!」
フローラは、嬉しくて嬉しくて叫び出しそうだったが我慢した。
ローズマリーは、誕生日プレゼントを忘れたりしなかったのだ。信じていた。でも不安で心配していたのも本当だ。
フローラはワクワクした気持ちで、ローズマリーのしていることを見つめる。
ローズマリーは、未来で開発される強力な魔法をフローラに施すことにしたのだ。
今はない魔法を使うところを、他の人に見られるわけにはいかない。
怪しまれて、フローラの護衛侍女から外されたら困るからだ。
公爵令嬢であり王太子の婚約者だったフローラは、回帰前にそれはもう狙われていた。
謎の暴漢に襲われたり薬を盛られることは、日常茶飯事だった。
公爵家の護衛が守ってくれてはいたが、自衛手段は多い方がいい。
毒消しと危険に対して発動する魔法を、フローラの体に施す。
キラキラとした魔法の光が、フローラの体に吸い込まれていく。
フローラは、その光をうっとりと見つめた。
そして、あることに気がついた。
(ローズマリーのまりょくは、わたしとおんなじ? なんだかうれしい!)
ローズマリーの体の中に未来の自分が入っているなんて、フローラは夢にも思わなかった。
フローラにとって、ローズマリーはいつか彼女のようになりたい、一歩でも近づきたいと思える尊敬できる女性だ。
ローズマリーに愛される自分になりたいと強く願っていた。
その想いは、燃え盛る炎のようだった。
やがて、眠気でフローラは意識が遠のいていく。
(ねむっちゃダメ……。このまほうをみていたいのに……。ローズマリーがわたしにくれる、きっととくべつな……)
ゆっくりとフローラの瞼が閉じていく。
うすれゆく意識の中で、フローラはローズマリーの声を聞いた。
「おやすみなさい。幼いフローラ。絶対に幸せな未来を一緒につくっていきましょうね」
(ええ! わたしもそうよ、ローズマリー! だいすき……)
眠っているフローラの姿は天使のように可愛いらしかった。
ローズマリーは、もう一つのプレゼントである刺繍をさしたリボンをテーブルの上に置く。
メッセージカードを書いて添えると、静かにフローラの部屋の扉を開けて部屋から出ていった。
扉の外には、執事長がいつもの微笑みをたたえて静かに立っていた。
気配を感じなかったローズマリーは、驚いて目を見開いた。
「ローズマリー。話がある。着いてきなさい」
「はい……」
今はないはずの魔法を使っていたことに気づかれたかもしれない。
ローズマリーは焦った。
執事長の微笑みは、いつもと変わらず考えが読めない。
動揺すれば怪しまれる。
ローズマリーは淑女の微笑みをして、執事長の後を静かに着いていくのだった……。
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