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3/15

公爵夫人の病を解決します

よろしくお願いいたします。




 未来から時間を巻き戻して過去に還ってきた。

 他の人には信じてもらえないだろうけれど、公爵令嬢フローラはメイドのローズマリーになってしまった。



 ……ローズマリーはフローラ•アグニス公爵家のメイド。

 ……身内を亡くして天涯孤独の少女。

 間違えて、過去の自分ではなくメイドになったと分かった時は、戸惑うばかりだった。

 幼いフローラを叩いた侍女を締め上げたり、なぜか公爵家の騎士団長と戦うことになったり。


 回帰前に、長年頑張った努力を否定されて婚約破棄された私。

 別人のローズマリーになったこともあって、かなり気持ちが荒んでいた。

 その頃のことを思うと、胸が締めつけられるように苦しい。


 私が安らぎを感じられるようになったのは、幼いフローラが私を受け入れてくれたから。

 メイドの私を暖かく受け入れてくれた、もう一人の私。

 それからは、この公爵家でフローラの専属護衛侍女として、彼女を守り成長を楽しみにしている。


 フローラは、王妃を目指すよりも私のような護衛侍女になりたいと言ってくれる。

 そのことによって、私の中に新しい生き方を模索する気持ちが生まれ始めた。




 フローラの母である公爵夫人の部屋を訪れたのは、そんな時だった。

 公爵夫人に、フローラのためのピアノを買ってくれるようにお願いするつもりだった。

 フローラにピアノの音を聞かせて、音感を身につけさせるためだ。

 フローラには音楽の可能性も与えてあげたい。


 「絶対音感」と「相対音感」というものがある。

 3才くらいからピアノの音色を聞かせていれば、全ての音から音階を聞き分けられる耳ができる。

 それが絶対音感。

 あまりに絶対音感を育てると、音がずれると気持ち悪くなるらしいので程々にしよう。

 ピアノならば良いが、変則チューニングするギターを演奏する時などには大変らしい。

 ドの音が分かれば音階が分かるのが、相対音感だ。

 フローラが、ピアノか弦楽器かどちらを好むかは分からないが、素質を育ててあげたい。


 私が公爵夫人の部屋の扉をノックすると、中からすすり泣く女性の声が聞こえてきた。

 続いて、何かが壊れる音がする。

 トラブルを予感した私は、公爵夫人の返事を待たずに扉を開けた。


「お母……公爵夫人! 大丈夫ですか!?」

「ううう……! どうしてあの人は帰ってこないの!? ずっとずーっと待っているのに!!」


 部屋の中は、暴れていたのかグシャグシャになっていた。

 窓が大きく開かれて、その前でローズ公爵夫人が泣き崩れている。


 ローズ公爵夫人は王妹である。

 ふわふわのハニーブロンドと空色瑪瑙の瞳が美しく愛らしい女性だ。


 ブレイズ・アグニス公爵は、仕事が忙しくてほとんど帰ってこない。王宮に泊まり続けている。

 私が覚えている公爵夫人は、ずっと気鬱の病で部屋からあまり出てこない女性だった。

 政略結婚だから夫婦関係が冷めきっているのだろう、そう思っていたのだけれど。

 ……実は違ってたの?


「もう! もう! こんなの信じられない! もうやだ! 」

「待って……!」


 ローズ公爵夫人は、窓に手をかけるとそのまま飛び降りてしまった。

 私は慌てて部屋の中を走り抜け、窓枠に足をかけて夫人の体を掴んだ。

 ずるずると重みに引きずられてバランスを崩してしまい、私も一緒に落下してしまう。


「もうやだあ…!」

「くっ」


 公爵夫人の部屋は3階にある。

 このまま落ちれば下は石畳だ。

 公爵夫人は大怪我をしてしまうだろう。

 私は身体強化魔法を全身に張り巡らせて、思い切り外壁を蹴った。

 落ちる方向を変えて、植えられている常緑低木の上に夫人ごと落下する。

 私の体を下にして、夫人の体を抱き止める。

 メキメキと枝の折れる音がして、私達の落下は止まった。


「いたた……。さすがに切り傷はしちゃうわね」

「うっうっう……。どうして助けてくれるの? 私なんかこの家に居てもいなくても同じでしょう ……」


 泣き崩れる公爵夫人を抱きしめて、私は彼女の背中を小さい子をあやすようにポンポンと叩いた。


「そんなことありません。貴女は大切な方です。少なくともフローラお嬢様と私は、貴女のことを大切に思っています」

「ああ……フローラ……。ごめんなさい。ごめんなさい。助けてくれてありがとう」

「お怪我はありませんか?」

「痛むところはないわ。あなたのほうが重症よ…!」


 公爵夫人は気持ちが落ち着いてきたようで、泣き止んで私のことを心配してくれた。

 お優しい方だ。

 警備をしていた騎士が、真っ青になって走ってきた。


「公爵夫人! 侍女殿! 大丈夫ですか!? 医者を呼べ! 早く手当てを!」

「たいした怪我ではないです」

「血が出てるだろうが!」


 私は、思ったより深く切ってしまったらしい。侍女服が血で紅く染まっている。

 そのまま医療室に運ばれた。手当てをされて寝かされてしまった。

 公爵夫人にお怪我はなかった。

 飛び降りたのは、きっとお気持ちが動転されていたのだろう。

 一瞬の気の迷いで大怪我をされなくて、本当によかった。


 今は別人だけれど、私はお母様を助けられたのだ。

 それがとても嬉しい。


 公爵夫人の指示で、ベッドの周りにはたくさんの果物やお菓子が積み上げられた。お見舞いの品らしい。

 ふと気配を感じて入り口の方を見ると、フローラが扉から顔だけをのぞかせている。

 不安そうな顔をしていた。


「ローズマリー……だいじょうぶ?」

「フローラお嬢様。お見舞いにきてくださったんですね。ありがとうございます。私は大丈夫ですよ」


 フローラは部屋の中に入ってくると、ベッドの横にある椅子にちょこんと座る。

 お人形のように可愛いらしい。

 サイドテーブルの上にあるカットされた果物を、フローラはフォークでさして私に差し出した。


「ローズマリー。あーん」

「ふふ。ありがとうございます。お嬢様」


 私は微笑ましくなって、笑って果物を口に入れて咀嚼した。果物の果汁が口いっぱいに広がる。甘くて美味しい。

 フローラが病気で寝込んでいる時、私がこうやって彼女に食べさせていた。

 それを今、私にしたいのだろう。

 フローラは嬉しそうに笑うと、次々と果物を差し出してきた。

笑顔で、私はそれらを口に入れていく。

 正直お腹いっぱいになってきたのだが、フローラの好意を受け取りたい私は食べ続けた。


「ローズマリーのいたいのいたいのとんでけ」

「うふふ。もう痛くありません」


 フローラは嬉しそうに笑い、なでなでと私の手をさすると椅子から降りた。


「またくるね」

「ありがとうございます。お嬢様も素敵な一日を」


 フローラが部屋から出ていくと、入れ替わるように、同僚の侍女やメイド達が部屋へ入ってきた。

 見舞いにきてくれたのだ。心優しい同僚達に胸の中が暖かくなった。

 彼らは見舞いの品も持ってきていた。

差し出された皿の上には、香ばしく焼かれた肉料理が盛り付けられている。


「お肉を食べると元気になれますよ」

「料理長が作ってくれたのよ。元気が出るわ。どうぞ食べてください」

「ちょっと待って。もうお腹いっぱいで……」


 みんなの気持ちは嬉しい。

ただ、私の口に食べ物を突っ込もうとするのは程々にしてほしい。本当にお腹が苦しいのだから。

 その後、執事長と侍女長も顔を出してくれた。


「よくやった。ローズマリー」

「奥様がご無事で本当によかったわ。石畳の上に落ちていたら、大怪我をして動けなくなっていたかもしれないもの」


 回帰前の記憶では、ローズ公爵夫人はほとんど部屋から出てこない人だった。

 それは、もしかして大怪我をしていたから?

 子どものフローラには、母親が窓から飛び降りたことを教えていなかったのかもしれない……。

 それなら、私は母が部屋に籠ることを防げたのだわ!


 回帰前、母に会いたくても具合が悪いからといつも断られていた。

 とても寂しかったのを覚えている。

 また一つ、悲劇を止められたわけです。

 あの時、部屋を訪ねて運がよかったわ。


「公爵夫人を助けられて嬉しいです!」

「うむ。旦那様は、お仕事が忙しすぎて帰ってこられない。奥様はお寂しいのだろう」

「そうですわよね。大恋愛でしたもの……」

「そうなんですか!」


 大恋愛だったのね。あまりに交流がなかったから、政略結婚だと思っていました。

 なんとかしてあげたいです。

 公爵夫人が飛び降りるほど思い詰めてしまったのだから。



 奥様を助けたことで、私は特別ボーナスをもらえました。

 私はそれを使って懐中時計を買いました。

 フローラが遊ぶ時に、それを見せて言います。


「お嬢様、この針が上に来るまでなら遊んでいてもいいですよ。針が上に来たら、お茶の時間です。今日のおやつはキャロットケーキです」

「うん。わかった! キャロットケーキだいすき!」


 時間の条件をつけて自由に遊ぶ。

 これで時間の感覚をつけられるようになると思います。

 そして人参をすりおろしてスポンジ生地に入れたキャロットケーキはヘルシーで、フローラの大好物です。

 苦手な野菜も、料理人の工夫で乗り越えています。料理人達には感謝しかありません。

 今日もよい感じです。


 フローラは、ニコニコとよく笑うようになりました。

 私の幼い頃の記憶は、恐怖や寂しさばかりでした。

 フローラの笑顔を見ていると、私の記憶も浄化されていくようで幸せです。


「ローズマリー! みてみて!」


 フローラがお尻ダンスを踊っている。楽しそうです。


(さすがもう一人の私! お尻ダンスでも可愛いらしい)


「もうすぐわたしのたんじょうびなの。そうしたら、おとうさまとおかあさまと、またバレエをみにいくの。おかあさまも、げんきになってわらうの。たのしみ!」


 お尻ダンスではなく、バレエのつもりだったのですね。

 ピアノを用意できたら、躍りにあわせて弾いてあげましょう。

 きっと楽しいわ。


「まえはね、おとうさまとおかあさまと、バレエをみにいったの。おかあさま、ずっとニコニコしてた。だから、わたしがバレエをしたら、おかあさまニコニコになれるよね」

「そうなんですね」


 そういえば、幼い頃の夢はバレリーナになることだった。

 忘れていました。

 どんなにダンスを練習しても、父母に見てもらえることはなかった。そう気づいた時に、あまり踊らなくなったのよね。


 仕事人間で、帰ってこない父親は仕方ない。

 けれど、部屋に籠ってばかりいた母親の大怪我を防げたことで、母にダンスを見てもらえるだろう。

回帰前、幼い頃はいつも1人で寂しかった思い出を、また変えられた。


(もうすぐフローラのお誕生日。楽しい思い出にしてあげたいです)


「ローズマリーも一緒に踊ろう!」

「はい」


 ローズマリーもフローラに合わせて踊りだした。

 ローズマリーはフローラのやりたいことは、できる範囲で満足するまでやらせてやりたいと思う。

 子どもは満足すれば次の段階に進むものだ。

 もう一人の自分が、次の段階で何を望むのかを見てみたかった。




☆☆☆




 ローズマリーは再び、公爵夫人の部屋を訪れる。

 フローラの誕生日の打ち合わせをするためだ。

 部屋の中から、また何か暴れる音が聞こえる。

 ローズマリーは返事を待たずに扉を開けた。



 公爵夫人が、部屋の窓から高価な宝石を庭の池へ投げ捨てていた。

 ローズマリーは、思わず部屋に飛び込んで公爵夫人の手を掴んだ。


「こんなもの! こんなもの! いくら美しく着飾ったって、見る相手がいなけりゃ意味がないわ!」

「奥様! 落ちついてください!」


 夫人は、膝から崩れ落ちて泣き始めた。

 貴族とは感情を見せるものではない、誰につけこまれるか分からないからだ。

 ローズマリーは、泣く夫人を見て呆然とした。


「……奥様、何があったんですか?」

「あの人が……あの人が帰ってこない。ずっと待っているのに……。フローラの誕生日がくるのに…」


 公爵夫人はテーブルの上にある手紙を指さした。

 アグニス公爵かららしい。

 フローラの誕生日も帰れないと書かれてあるのだろう。

 夫人は再び涙を流した。


「フローラが生まれた時は、涙を流して喜んでくれたのに……。産んでくれてありがとうって、生まれてきてくれてありがとうって……ううう……」


 このままではいけない。

 何か公爵に強く訴えかける方法があれば……。

 そう、例えばフローラを失うかもしれないと思わせれば、公爵も考え直すかもしれない。


 ローズマリーは、ちょっとしたドッキリを思いついた。


「ねえ奥様。例えばこんなイタズラはどうでしょうか」

「え……? あの人を騙すの? でもそうね、それはいいアイデアね」


 ローズマリーとローズ公爵夫人は、黒い笑顔で笑い合った。


 執事長と侍女長が、公爵夫人の部屋の呼ばれる。

 ローズマリーのちょっとしたイタズラに、彼らも賛同してくれた。


「公爵様は働きすぎですからな」

「無理矢理にでも、公爵様を休ませないとお体に悪いですからね」


 悪い顔をして、彼らの心は一つになったのだった。



 ローズマリーはフローラの部屋へ行き、お願いをする。


「お嬢様。公爵様と公爵夫人のためにお芝居をしていただきたいのです」

「おとうさまとおかあさまのため?」

「はい」

「ベッドに横になって、小さな声で公爵様に助けてと言ってもらえますか?」

「うん。いいよ。ローズマリーのおねがいだから、がんばる」


 フローラをベッドに横にならせ、ローズマリーは霧吹きで彼女に汗をつける。

 髪を乱し、顔色を青く見せる薄化粧をする。

 フローラは、ローズマリーに教えてもらったセリフを小さな声で呟いた。


「……くるしい…おとうさま。たすけて……」


 ローズマリーは、映像と音声を録音する魔道具を使って、フローラの演技を録音した。

 そして、魔導具を執事長に渡す。

 執事長は手紙を書き添えて、王宮にいるアグニス公爵の元へ早馬で届けさせた。

 手紙の内容は、子どもによくある事故で、フローラが大人の薬を間違えて飲んでしまい苦しんでいる、というものだ。


 子どもに大人と同じ量の薬を与えたら、具合が悪くなることがある。体の大きさや体重にあわせて減らさないといけないのだ。

 間違えて誤飲したら、飲んだものを調べてすぐ医者にみせなければいけない。

 公爵家のかかりつけ医もいるので、大事にはならないとアグニス公爵も分かってはいるだろう。


 ちょっとアグニス公爵を心配させて、フローラの様子を見に帰って来てくれたらいいな、というイタズラのつもりだったのだ。




 王宮に連絡してから30分と経たないうちに、玄関ホールが輝きだした。

 ローズマリーは、それを見て青ざめた。


(これは確か、王族に何か緊急の事件があった時のみ使える転移魔法だったはずです。

王宮で謀反が起きた時の緊急避難用の一つです。王宮で何かあったの!?)



 魔方陣の光が収まると、アグニス公爵が現れた。

 燃えるような赤髪、深緑の瞳、すらりとした長身で彫刻のような美男子だ。

 公爵が、王家専用の転移魔法を用いて帰って来たのだ。

 入り口にいた使用人一同は、驚きすぎて固まってしまった。


 そして、公爵は腕に何かを引きずっていた。

 引きずられているその人は、白と青の豪華な神官服を着ている。

 あの服を着られるのはこの世にたった一人。

 神官長である。


 ローズマリーは、驚きすぎて一周回って冷静になった。


(……ま、まさか大神官様を引きずって、帰還ですか……)



「フローラー!! もう大丈夫だよ! お父様が神官長を連れてきたからな。今すぐ治してやるから!」


 大神官様は父に引きずられて、頭がガクガクと揺れています。顔色も青いです。

 執事長ははっと我にかえり、青ざめたまま公爵の後を追いかけます。

 侍女長も顔色を悪くさせて、私の方を見ました。


「ローズマリー。これはまずいですね」

「……はい」

「あなたも表情が抜け落ちているわ。大丈夫?」

「申し訳ありません。久々に表情筋が死にました……」


(私としたことが、淑女の微笑みを忘れるなんて。人間って呆れすぎると表情筋が死ぬのね。初めて知ったわ。

まさか、公爵が神官長を引きずって王族緊急避難用魔法陣を使って帰ってくるなんて思いもしませんでした。

私もまだまだ甘いですね)


 公爵様は、真っ直ぐフローラの部屋に入っていきました。

 私達も部屋の中へ入ります。

 部屋の中には公爵夫人もいて、フローラの手を握っています。

フローラは、演技力たっぷりに息も荒く苦しそうにしています。


「大神官! フローラを今すぐ治してくれ!」


 大神官様に診察されたら、仮病だと一発で分かってしまいます。

 そして、それをやらせた私は処罰されるでしょう。

 不敬罪による断頭台の幻が、私の周りをぐるぐると動いています。



 大神官様はフローラを診られました。

 しばらく考え込まれて、公爵夫妻を見つめ、部屋に集まった使用人一同を見られました。

 髭を撫でられて考えこんでいます。

 公爵様が、神官長に鋭い語気で問われました。


「神官長! フローラは助かるのか!?」

「ストレスですな。子どもは不安が強いと体調を崩すことがあるのです。何かお心当たりはありますか?」

「3ヶ月帰ってこなかったし……」


 公爵夫人がボソッとが呟きます。

 公爵様は慌てて言い訳します。


「それは緊急の仕事が……いや、私が悪かった……」


 公爵様は、夫人とフローラを抱きしめました。

 そして仕事を部下の方にお願いされる連絡をしたのです。

 神官長様は全てを見通されたお顔をされて、深く頷かれています。

 使用人一同、神官長様に最大限の礼をもって尽くし、たっぷりのお土産を持たせて、公爵家で一番いい馬車でお見送りさせていただいたのでした。



 公爵様は一晩中、夫人と手を繋いでフローラについていてくれました。

 私はそんな家族の姿を見て、胸の中がポカポカと暖かくなったのです。

 そして、少しだけ寂しくなりました。


(嬉しいわ。私は両親に愛されていたんですね。いらない子どもじゃなかったんです。

……ただ、今の私が、もうその家族の中に入ることはないのね……)



 フローラは胸がいっぱいになったようです。グスグスと泣いています。

 公爵様が心配してハンカチで涙をぬぐってくれてます。


「代われるものなら代わってやりたい」


 彼が哀しそうなお顔をされて、そう言うのを見届けるとフローラは安心したように眠りにつきました。


 それから公爵様は、家でできる仕事は家でするようになったのです。




 フローラの誕生日は、バレエを家族で観に行き、夜に家族だけのパーティーを開くことになりました。


 公爵夫妻は商人を公爵邸に招きました。

3人でイチャイチャと楽しそうに買い物をしています。

 公爵様は、君はこれが似合うとか言っては、嬉しそうに全て注文しています。

 夫人と娘をお揃いにしたりして、楽しそうです。

 回帰前にはなかった光景です。


「君は、きっとお母様によく似た素晴らしい美人になるよ、フローラ」

「いやだわ。あなた譲りのルビーのように美しい髪、深い森のようにきらめく緑の瞳。あなたにそっくりな美人になるわ、フローラ」


 側に控えているローズマリーは、甘い言葉にクラクラしてきた。


(砂糖を吐きそうです。ここまで溺愛されると、幼いフローラがチベットスナギツネみたいな表情になってるわ)


「赤い髪は、火魔法を得意とするアグニス公爵家の特徴なんだ。フローラは、その特徴を受け継いでいる。立派な後継にきっとなれる」

「あなたの妹さんの子は、赤い髪じゃなかったですわよね」

「そうなんだよ。護衛騎士と駆け落ちしたあの子は元気だろうか。忙しくて放っておいてしまったな。調べさせよう」

「それがいいですわ」


 ローズマリーは、義理の妹になったカメリアの話題が出たので驚いた。


(確か、カメリアは両親が流行病で亡くなって、公爵家に引き取られるのよね。今はまだご両親は生きているはず……)


 初めて会った時のカメリアは、両親を亡くして孤児院にいたのを連れてこられたのだ。

 ガリガリに痩せ細って虚な目をして、心を閉ざしていた。

 それを見たフローラは、カメリアに笑ってほしいと思った。

 しかし、当時の彼女は人との関わり方が分からなかったために、カメリアとうまく付き合えなかったのだ。


(公爵がカメリアのご両親について調べたら、流行病から助けようとするはず。両親が生きていたら、幼いカメリアも今のフローラのように笑っていられるかも……)


 ローズマリーは、仕掛けたイタズラが大きな変化を生みそうで楽しくなってきたのだった。








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