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2/15

メイドから護衛侍女になりました

初の10万字越えを目指しています。なかなか難しいと実感してます。



たくさんの物語の中から、ここを訪れてくださってありがとうございます。

楽しんで読んでいただけると幸いです。

よろしくお願いいたします。



「身体強化を使うメイドとは、おまえか? ちょっと付き合ってもらおうか 」

「私はメイドではございません。見習い侍女です」


 アグニス公爵家の騎士団長ウィリー・オズウェルが、突然話しかけてきた。

 彼は不穏な雰囲気を漂わせている。

 ローズマリーはウンザリした。


 私は今、フローラに読み聞かせる絵本を大量に運んでいて忙しいのです。

 この抱えている絵本の山が見えないのかしら。

 読み聞かせは、回帰前の私がやってほしかったことの一つなのです。

 とても大事なことです。


「申し訳ありませんが、フローラお嬢様をお待たせしています。忙しいので失礼いたしますわ」

「待てよ」

「しつこいですよ」


 私は不満を目にこめて、ウィリーを睨み付けた。

 彼は、赤茶の髪と琥珀色の瞳の背の高い青年です。

 回帰前はフローラの護衛術の先生でした。

 幼い私に過酷な訓練を施して、何度も血反吐を吐かせてくれました。

 こいつのおかげで、治癒術と身体強化魔法を死ぬ気で身につけたものです。


「執事長の頼みでね。あんたの実力を測らせてほしいのさ」

「……仕方ありませんね。お嬢様にお断りをいれてから、お相手いたします」

「分かった。じゃあ、訓練場で待っている」


 ああ。面倒くさいです。

 フローラに絵本を全部読んであげて、2回目をねだられたら、それにも応えてあげたいのに。

 そうだわ。歌もたくさん聞かせてあげなければ。

 そしてフローラの五感を大切に育てたいの。

 私にはなかった才能が芽生えるかもしれないわ。


 ああ! どうしてこの世界には、知育玩具や子ども用ドリルがないのかしら?

 それらを手作りしないといけないわね!



 騎士団長ウィリーは、やがて幼いフローラの護身術の先生になる。

 前世の記憶があるから分かったけれど、幼い体を痛めつけるトレーニングや打ち合いをさせられました。

 この世界では、幼子へのトレーニングの知識が低いのです。

 これも、今後の課題ですね。


 私はフローラに、騎士団長に呼びだされたことを伝えました。

 絵本を読んでもらうのを楽しみにしていたフローラは、寂しそうな心配そうな顔をします。

 これは、早く帰ってこないと駄目ですね。


 私は、公爵家の訓練場へ向かいました。

 訓練場は木で作られた建物で、地面がむき出しになっています。

 多くの騎士達や執事長が見学に来ていました。

 ざわざわと噂しているのが、聞こえてきます。


「おいおい! あんな細い女が団長とやりあうなんて死ぬんじゃないか?」

「大丈夫かよ?」

「医者を先に呼んできたほうがいいぞ」


 執事長はピクリとも動かず、黙ってこっちを見ています。

 彼が何を考えているか分かりません。

 団長は、私に訓練服を渡して着替えさせました。

 そして、二人で訓練場で向かい合いました。


「剣を使ったことはあるか?」

「一応……」

「これからこの木剣で、ちょっと俺と一戦やってもらおう。どの程度動けるか見させてもらう」


 ウィリーが、剣の切っ先を私に向けて言い放ちやがりました。

 公爵令嬢にそんなことをすれば、鞭打ちの上に死刑になっても不思議じゃないわよね。

 しかし、哀しいかな。

 今の私はただの侍女見習いなのです。

 ならば、実力で相手を納得させなければいけません。


「分かりました」


 私は木剣を受け取って構えます。

 ウィリーは、驚いた顔をしました。


「驚いたな。その構えは、アグニス公爵家の騎士団の正式な構えだ。どこで習った?」

「……亡き父にです」


 本当は、未来のあなたに習いました。

 そんなことは言えないので、ローズマリーの亡き父に習ったことにした。

 ごめんなさい。ローズマリーのお父様。

 勝手に、騎士の心得があることにしてしまいました。


「ちょっとは期待できるかもな」


 ウィリー団長が、木剣を振りかぶって打ち込んできました。

 木剣を合わせ、右側へ彼の動きを流します。

 まともに受けたら怪我をする勢いです。

 女だから手加減しようとか思ってくれないんでしょうか。

 知っていました。 そういう人です。


 私は、重心がずれて体勢を崩したウィリー団長の喉元へ、木剣を突きいれます。

 ウィリー団長は、咄嗟に後ろに下がって体勢を整えました。

 惜しい。残念です。


「やるなあ! 始めての手合わせとは思えないぜ」

「そうですか」


 初めてではありませんよ、私にとってはね。

 ウィリー団長は、不敵に笑いだしました。

 こういう時の彼は、ろくなことを考えていないものです。


「さあて、身体強化とやらをかけてくれ。思ったよりも出来るみたいだ。手加減はしない。あんたが使える人間か、知りたいんでな!」


 初めから、手加減なんてしてませんでしたよね?

 いいですわ。

 私も、使える人間だと思ってもらわなければいけません。

 全力でいきます。

 もう一人の私、フローラの側にいるために。


「私は忙しいので、なるべく速攻でいきます」

「威勢はいいが、言葉だけで終わるんじゃないぞ!」


 ハッっと彼は鼻で笑いました。

 回帰前、彼は過酷な訓練で私を痛めつけてくれた。

 今こそ、その恨みを晴らす時ですね!

 あなたの弱点は知っていましてよ、 先生!


 私は、身体強化を全身にかけます。

 彼も全身に身体強化をかけたのが分かりました。


 ウィリー団長は、連擊で木剣を打ち込んできました。

 私は、ひらりひらりと華麗に素早くかわします。

 ウィリー団長は、驚きの表情を浮かべました。


 俺の剣を避けただと!?

 一撃入れて泣いてたら終わりだと思っていたのに。

 身体強化だけでなくスピードもあるってことか!

 面白いじゃないか!


 ウィリー団長は、前よりもスピードをあげて打ち込んできます。

 私は、それを難なくかわしつづけます。

 彼に、少し焦りが見えてきました。

 思わず、唇の端が上がってしまいます。



 ウィリーは、打ち込んでいるうちに冷や汗が出てきた。

 こいつは、素人の動きじゃない!?

 ただのメイドじゃないのか!?

 執事が見ているのに一回も当てられなかったら、減給ものじゃないか!?



 私がかわしつづけるので、ウィリー団長は頭に血がのぼってきました。

 技の切れが、段々と雑になってきたのです。

 隙が見えてきた。

 頭に血がのぼりやすいのが、彼の弱点だ。



 動きが大振りになってきたのを見計らって、私はしゃがみこんだ。

 彼には、私が消えたように見えただろう。

 彼の体がわずかにバランスを崩したところに、思いきり私の足を、彼の軸にしている足へ蹴りこむ!


 ウィリー団長は、地面に腹這いになって倒れこんだ。

 彼が体勢を立て直す隙をあたえず、私は彼の腕を背中に捻りあげて身動きを封じたのだ。

 観客席からどよめきが起こった。


 それから私は馬乗りになって、彼をボコボコに殴りつけます。

 渾身の力を込めて。

 鍛え上げてるんだから、女の拳なんてたいしたことないでしょう?


 これは、回帰前のあの時に私に痛い一撃をいれた分です。

 これは、あの時に私を転ばせて泥だらけにして泣かせた分です。

 これは……


「そこまで!」


 執事長からストップが入りました。

 私は、殴るのを止めました。

 あと100発は入れたかったのですが、ここは我慢です。

 執事長は、騎士団長を見てため息をつきました。


「情けないぞ……。勝者!ローズマリー!」



 歓声があがります。

 執事長が私に近づいてきました。

 あやしげな笑顔です。


「よくやった。ローズマリー。これなら、フローラお嬢様の護衛兼侍女まかせられるだろう」


 私は認められて嬉しくなりました。

にっこりと笑って答えます。

 メイドから護衛侍女へ昇進しました。

 これで、フローラにもっといろんなことをしてあげられる権限を得られたのです。

 街への買い物や観光にも連れていってあげたいです。


「喜んでお受けいたします。それから、お嬢様に護身術を私が教えてもよろしいでしょうか」

「ああ。もちろんだ。よろしく頼むよ」

「ありがとうございます」


 本当によかったわ!

 ウィリー騎士団長の脳筋トレーニングは、幼女にはトラウマレベルだ。

 幼いフローラには、私が年齢にあったトレーニングをさせてあげるのよ。


 ……本当のところ、今回は勝てたけれど、次回彼に勝つのは難しいだろう。

 負けた理由を分析して特訓を繰り返し、もっと強くなってくる。

 彼はそういう人間だ。

 だから、彼は公爵家の騎士団長でいるのだ。


 私は、ウィリー騎士団長へ右手を差し出した。


「いい戦いでしたわ。今回は運良くギリギリで勝てました」

「あ、ああ……」


 私達は握手をする。

 今後は、戦いを断り続けたいわね。



 ウィリーは、勝てると思っていた戦いに負けて呆然となった。


「俺が負けた……? 」


 かつて冒険者だった母と武者修行をしながら旅をした。

 母は、強く気高く美しい女性だった。

 その強さを認められて、アグニス公爵家騎士団長の父と恋に落ちたそうだ。

 俺に闘い方を教えてくれて、俺は負け知らずだった。


 俺も、母のように強い女性と結婚したいと考えている。

 しかし、なかなかそんな女性には出会えなかった。

 今、この瞬間までは。

 ……胸の高鳴りが止まらない。

 こんな気持ちは初めてだ。


 ローズマリー!

 彼女の微笑みが頭から離れない!

 負け知らずだった俺の驕りを打ち砕いてくれた。

 これは……、これがきっと恋というものだ!


「待ってくれ! ローズマリー!」

「まだ何か?」


 ローズマリーは、淑女の微笑みをもって彼を見た。

 叩き込まれた淑女教育のおかげで、微笑みを忘れない。

 ウィリーは、その笑顔に顔を赤らめる。


「おまえに惚れた……。俺より強い女なんて、母以外でおまえが初めてだ」

「そうですか。私は自分より弱い男に興味はありませんわ」


 ローズマリーは、ウンザリした。

 早くフローラの元に戻りたいのだ。

 こう言えば、諦めてくれると思った。

 今はフローラを守り育てるだけで、手一杯なのだ。


「待ってくれ!」

「忙しいんです」

「俺が貴女より強くなったら、認めてくれるのか!?」

「丁重にお断りします」

「残念だ。だが気が変わったら、いつでも俺の所へ来てくれ」


(脳筋の相手はしてられないわ。次は勝てないかもしれないから、とりあえず戦うことは避けましょう)


 ローズマリーは、これ以上巻き込まれないように、さっさと訓練場を後にした。




 ……私が王妃教育を受けていた頃、いつも何をするのか指示を待つ人間だった。

 幼いフローラには、自分で決めて、考えて、問題を解決する力をつけてほしい。

 そして、大人になって輝いてほしいのよ。

 だから、私はフローラのそばに寄り添って見守っていこう。

 できないことだけを手助けするようにしよう。


 回帰した時はメイドでしたが、今は護衛侍女になれました。

 そのおかげでお給料も上がって、住む部屋も広い部屋へ移動します。

 何より護衛侍女ならば、フローラお嬢様のお買い物や旅行への付き添いも可能なのです。

 王宮への付き添いもできて、幼いフローラを守れるのです。

 少しの間、お世話して分かりました。

 フローラは大変お転婆です。

 王宮でも目を見張らせておきたかったので、本当に良かったですわ。



 フローラお嬢様の様子をよく観察し、適切に甘えさせて情緒を安定させ、成長に合わせた玩具を手作りするのです。

 この時代に知育玩具なんて、またがって揺らす馬のオモチャくらいしかありません。

 それに最近は私、メイド達への教室や侍女の相談相手もしているのです。

 恋愛なんて、優先順位100番目くらいですわ!



 それなのにウィリーは、私を見かけると声をかけてきます。


「わがままな貴族のお嬢様の世話なんかやめて、俺と英雄を目指そうぜ!」


 彼は私の地雷をぶち抜いてきます。

 誰が、我が儘な貴族のお嬢様ですか!?

 私のことですよね!?


 私は右手に渾身の魔力を込めて、彼との間に魔法の壁を作りました。


「子育てをなめるな!! あと、お嬢様は我が儘じゃありません!!」

「驚いた! ファイアウォールゃないか! 魔法も強いのか」

「私はお嬢様のお世話で忙しいのです! 失礼します!」


 彼は、炎の壁に阻まれて近づけません。

 私はお嬢様に読んできかせる絵本の山を抱えて、その場を去りました。


 幼いフローラには、もっと楽しく魔法や護身術を身につけてほしいものです。

 ……フローラに火魔法の感覚を身につけるのに、簡単なお料理をさせるのはどうかしら。

 もちろん、私がお手本を見せて、ちゃんと安全を見守っていればいいわ。

 貴族がお料理をするのは下働きの仕事を奪うからよくない、と言われるけれど、魔法の訓練のひとつだとお願いすれば、台所の隅を貸していただけるでしょう。

 よし! 早速段取りを組まなければ!


 ああ! 忙しい!

 私は、フローラと一緒に台所で料理をするのを想像して楽しくなってきたのです。




 この後騎士団長は鍛練に明け暮れた。

彼はさらに強くなっていく。

 空き時間には、ローズマリーを追いかけ回した。

 対戦を願いでては断られる光景が、公爵家で見られるようになったのだった。






 その夜、ローズマリーはベッドに入って大きく息を吐き出した。


 今日は本当に疲れたわ。

 それに魔力を使いすぎたのかしら。

 頭が痛いし気分が悪い……。


 そのまま私は眠ってしまったらしい。

 夢を見ている。

 ふわふわと部屋の上に浮かんで、眠っているローズマリーの体を見下ろしている。

 あんなに気分が悪かったのに、楽になったわ。


 天から、キラキラと輝く光の階段が降りてくるのが見えます。

 なんて綺麗なの。あそこへ行ってみたい。全てを許される気がする…………。

 私は階段の方へ歩きだした。

 すると、後ろから腕を捕まれて戻されたのです。


「フローラお嬢様! そちらへ行っては駄目です!」

「え、誰……?」


 よく知っている声だった。

 誰だったかしら?

 次の瞬間、私はベッドから跳ね起きた。


「夢? なんて生々しい。……魔力が少し回復してる。魔力切れを起こすと、この体と魂が離れてしまうようね」


 魔力を使いすぎないようにしなければいけない。

 幼いフローラは、まだ自分で人生を切り開いていくことはできない。

 私が守り育て、王子妃以外の道を選ばせてやりたいのだから。







 幼いフローラは、こっそりとこの戦いを見にきていた。

 大好きなローズマリーが、騎士団長と戦うと聞いて心配になったのだ。


 ケガをするかもしれない。

 泣かされるかもしれない。

 痛い思いをするかもしれない。

 なんとかして助けてあげたい。


 こっそりと訓練場の壁に隠れて、ローズマリー達の戦いを見ていた。

 子どもの自分が訓練場に来ることは、危ないから駄目と止められている。

 見つかったら追い出されて、ローズマリーを守ってあげられない。

 もし大好きなローズマリーが痛い思いをしそうになったら、自分が出ていって彼女を守ってあげたかった。


 そして……

 ローズマリーは、騎士団長の攻撃を総て避けた。

 その動きは美しく、最後にはウィリーを倒して殴り続けた。

 淑女の微笑みをもって。

 なんてかっこよくて素敵な女性なんだろう!


 幼いフローラは心が震えた。

 強くて賢くて美しくて素敵なローズマリー!

 何故かはよく分からないけれど、ローズマリーは、自分にとってとてもとても大切な存在だ。

 そう強く感じる。

 絶対に失いたくない。失ってはいけない。


 優しくて暖かくて、愛情のこもった瞳で見つめてくれる女性。

 大切にしたい。

 ローズマリーのようになりたい。

 彼女に少しでも近づきたい。


 自分はこんなに何にもできなくて子どもだけど、とにかくローズマリーのそばにいたい。

 ローズマリー大好き!



 フローラは、胸をドキドキとさせながら自分の部屋に戻った。

 部屋に入ってきたローズマリーに駆けよってきて抱きついた。

 言いたいことを全て言葉にできないけれど、一生懸命伝える。


「ローズマリー! わたし、ローズマリーみたいになる!」

「フローラお嬢様、ありがとうございます。嬉しいですわ」


 フローラは、キラキラした純粋な瞳で真っ直ぐにローズマリーを見つめた。

 ローズマリーは、照れ臭くなってしまった。

 くすぐったい気持ちになってしまう。

 ずっと抱えていた、迷子のような不安が消えていく。


 ……大切にしたい、もう一人の私フローラ。

 幼い自分に憧れられるなんて、こんなに光栄なことはない。

 私が与えられる良いものを、できるかぎり与えてあげたいわ。



 ローズマリーはフローラを優しく抱き締めた。

 幼い頃は、ずっと誰かに抱き締めてほしかった。

だから今、私が幼いフローラをたくさん抱き締めてあげたい。

 フローラは、大好きなローズマリーに抱き締めてもらえたのが嬉しくて、輝くようなあどけない笑みを浮かべた。




☆☆




 ローズマリーの護衛侍女としての最初の仕事は、フローラを王宮のお茶会に連れていくことだった。


 ある日、王宮からフローラへお茶会の招待状が届いた。

 王子の婚約者候補を決めるためのお茶会だ。

 確か、このお茶会でフローラは王太子の婚約者に選ばれたはず。


 ローズマリーは思った。

 できれば婚約を回避したい。

 将来、義妹と浮気する王子と婚約なんて、フローラにさせたくはない。

 でも、フローラ自身の気持ちは?


 幼いフローラをじっと見つめる。

 彼女の気持ちはどうなんだろう。



 幼いフローラは、可愛らしいピンクのレースのワンピースを見つめている。

 着てみたいのだろう。

 しかしフローラは、諦めたような表情をしている。


「お嬢様、よかったら試着してみませんか?」

「ううん。きっと私には似合わない……血のような赤毛でグシャグシャの髪だもん」

「……!」


 そうだったわ。子どもの頃は、侍女に言われた言葉が全てだった。

 女の子らしい可愛い服なんて、似合わないと思いこんでいたわ。

 好きでもない派手なものが似合うと着せられて、そのイメージが固まっていったのよね。


「大丈夫ですよ。お任せください。可愛くなりますよ」

「本当……?」

「はい」


 失敗して恥ずかしいと思うよりも、やりたくても諦めないといけない方が落ち込むのよね。

 それに今の私なら、可愛くコーディネートできる!

 全体の色のバランスを整えればいいの。

 同系色でまとめれば、柔らかい印象になる。

 反対色を組み合わせれば、強い印象になる。

 最も強い印象になる比率は2:8

 前世の記憶で、動画で習ったことがある。


 長い赤毛とピンクのワンピースは、暖色で膨張色だけれど、同系統の色だから落ちついた印象にもなる。

 私はフローラの髪を編み込み、2つのお団子にする。リボンは白がいいわ。

 パッと見たらメイン色はピンク。小物や靴は白。アクセント色に赤い髪。

 こうすれば、とても可愛らしい暖かい印象になる。


 フローラは、鏡の中の自分を不思議そうに見つめた。


「これが私……?」

「はい。とても可愛らしく似合っていますよ」

「ふわあ……!」


 お嬢様は、とても嬉しそうに頬を赤らめて微笑みました。

 うん。いい感じだわ。

 私はフローラと鏡を見ながら、彼女を優しく抱き締める。


「フローラお嬢様は可愛らしいですよ」


 フローラはとても楽しそうに笑った。


「私、ローズマリー大好き。ありがとう」


 幼いフローラは、笑ってていいのだ。

 回帰前は私が笑うと、叩き潰しにくる人達がいた。味方のふりをして。

 そんな人達からは逃げればいい。今ならそれが分かる。

 幼い私が、大人になった時に味方を見分けられるように。自分が笑うのを喜んでくれる人を見分けられるように。

 そう願って、私はフローラを何度も抱き締めた。



 ローズマリーは、フローラと王宮へ向かう馬車に乗り込む。

 今日のフローラは、いつもよりおとなしい。

 緊張しているのだろうか。


 お茶会は、季節の花が咲き乱れる美しい庭園で行わていた。

 ガゼボを中心に、周りに美しくセッティングされた椅子とテーブルがある。

 幼い令嬢達だけでなく、令息達もいる。

 側近候補といったところだろう。


 フローラは公爵家筆頭の令嬢だから、一番にアーロン王子へのもとへ案内された。

 アーロン王子は、幼いながらも気品あふれ、笑顔も所作も完璧だった。


 ローズマリーは、回帰前を思い出した。

 初めて会ったアーロン王子に、彼女は一目惚れしたのだ。

 しかし、アーロン王子はずっと冷たい目でこっちを見ていた。

 それでも、冷たいところも素敵だと思っていた黒歴史がある。

 どうして最初から嫌われていたのだろうか。


 ローズマリーが2人を見守っていると、ずるずると音がする。

 ローズマリーが音のする方を見ると、フローラが鼻をすすっていた。

 フローラは風邪を引いていたのだ。


 ……あれほど注意していたのに!!

 おそらく夜中にかけ布団を蹴飛ばして、風邪を引いてしまったのだろう。

 ローズマリーは、目にも止まらぬ早さでハンカチで彼女の鼻をふいた。


「殿下。誠に申し訳ありませんが、フローラ様はご気分が優れないようです。これにて御前を下がらせていただきます」

「あ、ああ……」


 ローズマリーは、音速の早さでフローラを抱えてその場を離れる。


(あああ……! 殿下が初対面から冷たい態度だったのは鼻をすすっていたから!? そりゃあ冷たい態度になりますわ……)


 とりあえず、王子に最低の印象を与えることは阻止できたと思う。

 しかし、後でローズマリーの管理不行き届きとして、侍女長に酷く叱られてしまったのだった。


(侍女って、本当に大変だわ……。頑張っても怒られてしまう)


 その夜、ローズマリーは部屋で泣いた。



 このお茶会で、アーロン殿下の婚約者は決まらなかった。

 その後、アーロン王子とのお茶会は、何度も続けられた。

 回帰前は、フローラがアーロン殿下を好きになって、婚約が結ばれたのだ。

 しかし今は、フローラはアーロン殿下よりもローズマリーにくっついている。

 お茶会でも、ローズマリーとばかりお喋りを楽しんでいる。

 そして殿下の婚約者は、なかなか決まらないようだった。



 アグニス公爵家は、四大公爵家の筆頭だ。

 その長女ならば、王家にとっても一番の婚約者候補なのだろう。

 今ならばそれが分かる。


 ローズマリーとフローラは次のお茶会でも、挨拶もそこそこに食事エリアへ移動する。

 王宮のパティシエが魂をこめて作ったお菓子を、フローラの皿にのせてあげれば、彼女は大喜びで食べ始める。

 アーロンは、多くの子息令嬢達に囲まれていた。


 次のお茶会でも、フローラはアーロンに興味を持たない。

 ローズマリーの手を引っ張って、王宮の庭園散策に夢中になっていた。


「ローズマリー! はやくはやく!」

「お嬢様! 危ないですよ」


 子どもは注意を聞いてないことがある。

 幼いフローラは、思いついたらやらずにはいられない。

 危険だと理解するまで突撃していく。

 ローズマリーは常に身体強化を駆けて、フローラを追いかけていた。


(こんなにも私ってお転婆だったんですね!)


 ローズマリーがフローラを捕まえて抱きしめると、フローラは嬉しそうに笑う。

 その笑顔を見て、フローラの願う道を守ってあげたいと彼女は思うのだった。


「フローラ様、将来なりたいものはありますか?」

「うん! あのね、わたしね。ごえいじじょになりたい」

「……え? 王妃ではなく?」

「わたしは、ローズマリーみたいなごえいじじょになる!」


 ローズマリーはそれを聞いて固まった。

 かつての自分は、王妃になって皆に愛されるのが夢だった。

 もう一人の自分であるフローラの夢は、今の自分、護衛侍女になることだっ。


 これは……子どもの頃の自分に憧れられているということ!?


 ローズマリーは、言葉にならない嬉しさが込み上げてきた。

 誇らしくもあり、気恥ずかしくて頬が紅潮する。

 なるべく幼いフローラが失望しない自分でいたいと願い、それが己の誇りになったのだった。











読んでいただきありがとうございす。



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執筆のモチベーションがあがります。

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