【番外編】リヒト殿下の想い ①
リヒト殿下から見たお話です。
3話予定です。
よろしくお願いします。
荘厳な扉が開かれた。
中へ入ると、雲ひとつない青空に地の果てまで広がる花畑、山には澄んだ水滝が流れていた。
金と銀の竜が滝をのぼり、その水しぶきに虹がかかっている。美しい光景だった。
「綺麗な世界ですね」
私の最愛ローズマリーが、感動した声で呟く。
「ええ。あの金と銀の竜を捕まえて祝福を受けることが、私達の儀式なんです」
「まあ! あの可愛らしい竜達と鬼ごっこですか。楽しそうですね」
王家を守護する金と銀の竜の祝福を受けないと、この結婚は認められない。
国の繁栄も難しくなる。
だが、我が婚約者殿は楽しそうに笑っている。
彼女の笑顔が、こちらまで楽しい気持ちにさせてくれた。
金の竜は太陽と光を司り、銀の竜は月と闇を司る。
そして王家を守護する大切な存在だ。
彼らは王宮の奥にあるこの異空間で暮らしている。
この異空間では時間がゆっくり流れているので、加護を得られるまで挑戦することができる。
諦めたら、そこで儀式は失敗だ。
結婚する2人の相性も、試されているのだろう。
まず王妃になる女性は、竜に愛される人でないといけない。
幸いなことに、ローズマリーはアグニス公爵家の守護竜に気に入られている。
王家の守護竜達も、彼女を気に入ってくれるだろう。
「あの可愛い竜達を捕まえたら、皆でお茶会をいたしましょう。たくさん用意してきました。守護竜様達の気にいるものがあれば嬉しいですわ」
「きっと気に入りますよ。守護竜様達も喜びますよ」
私達は笑い合うと、守護竜達を追いかけて走り出した。
楽しそうに駆けていくローズマリーの背中を見つめ、リヒトは幸せを噛み締める。
かつて乳母に言われた言葉を思い出す。
「リヒト殿下。いつかきっと…………出会えますよ…………」
(そうだね。出会えたよ。思ったよりも長くかかったけれど。あの言葉は本当だった……)
★★★★★
物心ついたころから、私達兄弟は大抵のことは何でもできた。
嫌味な奴と言われようが、親の七光りと言われようが、言った奴らは何もしなくても社交界から消えた。
老若男女を問わず、皆がすり寄ってきた。
こんな環境では、子どもの成長に悪いのは分かっていた。
そして、ついにやらかしたのが長兄だった。
婚約者のラフレシア公爵令嬢を、王宮のパーティで冤罪をかけて婚約破棄したのだ。
そして、すぐにラフレシア様の兄ブレイズ様に、完全論破されて兄上の方が捕まった。
長兄はアホだ。成績は良かったのにアホだった。
大事なことなので二回言った。
王家は、軍事や治安を担うアグニス公爵家とその派閥の支持を失ったのだ。
アグニス公爵家は、それだけのカリスマ性をもった家門だ。
長兄が愛人に貢ぐためにした借金も発覚した。
王宮内の治安が悪くなり、家臣達の不満が爆発した。
ある日、酒に酔った騎士が私を襲ってきた。
幼い私をかばって、乳母が大怪我をした。
私は震えて泣いていることしか出来なかった。
乳母は怪我が元で退職して、王宮を離れることになったのだ。
「行かないで。王宮は恐い……! 誰も信じられない!」
「リヒト様。いつかきっと貴方が信じられる方に出会えます。だから、それまでどうか生き抜いてください」
乳母は目に涙を浮かべて、私を抱き締めた。
「最後までお守りできずに申し訳ありません……」
「行かないで……。お願い……!」
「どうか、お健やかに……」
「…………ばあやもね……」
私達は泣きながら別れた。
門番はしらけきった目で、私達を見ている。
兄上が婚約破棄騒動を起こす前は、誇りをもって仕事をしていた彼らが、今は私達王族を軽蔑している。
人は裏切る。
信じられる人なんて、現れるわけがない。
乳母は私を慰めるために、希望を言ってくれたのだろう。
だから、信じたふりをしよう。
私のために大怪我をした優しい乳母のために。
私の無邪気な子ども時代は終わった。
大人達の顔色を伺い、笑顔で綺麗な嘘をつく。
信じたふりをして相手を観察して見極める。
優しくすれば恩を感じるタイプなら、優しさを与える。
優しくすると付け上がってくるタイプなら、冷たくする。
私の好き嫌いは関係ない。
たくさんの人達に囲まれ笑顔で歓談しながら、私はずっと孤独だった。
気持ちが休まる時などない。
その後も揉めに揉めて国力が下がった。
近隣諸国に、経済的にも軍事的にも攻めこまれて大変だった。
やがて次兄と土魔法の家門の侯爵令嬢が結婚し、長女とアグニス公爵家令息が結婚した。
王宮は少しずつ落ち着きを取り戻していくことができた。
甥のアーロンが生まれて、アグニス公爵家にもフローラ公爵令嬢が生まれた。
アーロンは、両親が多忙で放っておかれて寂しそうだった。
可哀想なので食事を一緒にとるようにして、一緒に遊んだり勉強を教えてやると、私にとても懐いてくれた。
私もアーロンは可愛かった。
しかし、土魔法の派閥の母をもつアーロンと水魔法の派閥を母にもつ私とで、王位継承で周りが騒ぎだした。
そこで私は、隣国に留学することを願い出たのだ。
ちょうど隣国には、私が興味を持っている召喚術がある。
それを身につければ、将来アーロンが王になった時に助けてやれるだろう。
私が留学する時、アーロンは泣きながら馬車を追いかけてきた。その姿に胸が痛む。
留学先では、アーロンと同じ年のカエルム殿下と親しくなれた。
アーロンとも手紙のやり取りをして、私達は親しくなっていくことができたのだ。
やがて私の留学期間も終わり、カエルム殿下と一緒に帰国することになった。
驚いたことに、アーロンは国境まで近衛騎士達と迎えに来てくれたのだ。
もっと驚いたのは、無邪気なアーロンが気難しい顔つきになっていたことだ。
話し方もとても大人びていた。
アーロンの提案で帰国への道を変えた。
道中、どこかで大騒ぎがあったらしいが、無事に帰国することができた。
その後、アグニス公爵家へ嫁いだ姉の所へ、挨拶に行くことにした。
なぜかアーロンとカエルムも着いてくると言い出したのだ。
アグニス公爵家の庭園は美しく整えられ、花が咲き乱れていた。
ローズ姉様とフローラ公爵令嬢は、私達を快く出迎えてくれた。
姉様は幸せそうに笑っていて、私は安心した。
王家の失態の償いとして降嫁した……なんて噂もあったのだ。心配していたが良縁だったようだ。
娘のフローラ公爵令嬢も愛らしい少女だった。
カエルムが見とれて固まっている。
困ったな。フローラ公爵令嬢はアーロンの妃になってほしいんだが……。
お茶会の間、アーロンはずっと俯いて暗い顔をしている。
どうしたのだろうか。心配だ。
フローラ嬢は、自分付きの侍女を見ては嬉しそうに笑っている。彼女にとても懐いているようだ。
その侍女は所作がとても美しく品がよく、目が吸い寄せられる女性だった。
なぜか乳母の言葉が浮かぶ。
『リヒト様。いつかきっと貴方が信じられる方に出会えます。だから、それまでどうか生き抜いてください』
その女性がローズマリー・ハービーだった。
読んでいただきありがとうございます。
なるべく近いうちに次をアップしたいです。