【番外編】ローズマリーの宝物
番外編を書かせていただきました。
挿絵を描いてアップしました。
青く澄んだ空を、アグニス公爵家の守護竜が舞うように飛んでいる。
赤い鱗が陽の光に宝石のようにきらめいて、とても美しい。
その姿を、ローズマリーとフローラは庭園のガゼホから、うっとりと眺めていた。
「ローズマリーお姉様は、あの守護竜に乗ったのですよね。素晴らしいです」
「あの時は学園で大事件があったから、竜が特別に乗せてくれたのだと思います」
ガゼボには、香りの良い紅茶や可愛らしいお菓子が用意されている。
それらを口にしながら、二人はゆっくりした時間を楽しんでいた。
フローラは、ふと心配そうにローズマリーを見つめた。
最近、ローズマリーに元気がないのだ。
先日王宮で暗殺されかけたそうだし、心配ごとが尽きないのだろう。
ローズマリーの気分転換になればいいと、フローラは彼女をお茶に誘ったのだ。
ローズマリーは、元メイドだった。
いろいろな出来事があり、彼女はアグニス公爵家の養女になって、フローラと家族になった。
彼女の優秀さと功績、そして何よりフローラへの深い愛情と献身。
フローラの孤独と苦痛の幼少期を、丸ごと幸せな思い出でいっぱいにしてくれた。
ローズマリーは世界で一番素晴らしい女性で、フローラの憧れで理想なのだ。
ローズマリーが白いものでも黒と言えば、それは黒なのだとフローラは思っている。
尊敬を込めて、フローラはローズマリーに微笑む。
その時、ローズマリーの体が急にふらっと傾いた。
そして、彼女はテーブルの上に突っ伏して動かなくなってしまった。
「ローズマリーお姉様!?」
フローラは、慌ててローズマリーに駆け寄った。
彼女の体に触れると、とても熱い。
「酷い熱だわ! 大変だわ! カメリア、こちらへ来て!」
「はい! フローラお嬢様!」
「ローズマリーお姉様を急いで寝室へお運びして! それからお医者様を呼んできてちょうだい!」
「はい! 直ちに!」
フローラの護衛侍女であるカメリアが、ローズマリーを抱き上げて走る。
カメリアの後をフローラも追いかける。
ローズマリーに護衛侍女はついていない。
彼女自身が元護衛侍女だったので、誰かに守られるのが落ち着かないと担当者を選べないらしい。
ローズマリーが選べば皆喜んで護衛につくだろうに、損な性格である。
ローズマリーは自室のベッドに運び込まれて、アグニス公爵家専属の医者の診察を受けた。
公爵家の侍女達も仕事が手につかず、部屋の外で心配そうに扉を見つめている。
公爵夫妻も彼女の部屋へ見舞いに訪れた。
医者は診断を伝えた。
「魔力過多症です。信じられないことに、ローズマリー様は常人の何倍もの魔力をお持ちなのです。今まで、よく無事だったものだ」
「魔力過多症ですか」
「ええ。小さなコップの中に大量の水が詰め込まれたような状態です。高熱と苦痛が酷いので、お薬を処方します」
「先生! 魔力過多症の治療方法は何ですか?」
「常に魔力を放出し続けることですよ。空っぽになった魔力石を集めて、ローズマリーお嬢様の体のそばに置いておきましょう。少しは魔力を吸い取ってくれます」
その言葉を聞いた使用人達は、邸中の空っぽの魔力石を集めに駆け出した。
ブレイズ・アグニス公爵は、少し考え込むと部屋を出ていった。
ローズ夫人は、意識のないローズマリーの手を心配そうに握って見守り続けた。
ローズマリーは、夜中にふと目を覚ました。
部屋の中には誰もいない。
全身が痛くて熱っぽい。
(……そうだわ。フローラとお茶をしていて……。それからの記憶がありませんわ……)
考えがまとまらず、彼女は弱気になってしまった。
メイドから公爵令嬢になり、皇太子の婚約者にもなれた。
でも、本当の自分は嫌われ者の悪役令嬢にすぎない。
回帰前のように、また婚約破棄されるかもしれない。
転生前もただのオタク庶民だ。
王族なんか、動画で見たことがあるくらいだった。
その自分に王族が務まるのか、不安だらけである。
……皇太子妃になって、うまくやれるの?
王族は、服装から歩き方、会話の内容や座席の位置までチェックされる。
メイドをやっていた経験から分かる。
何気なく捨てたゴミまで、片付けるものは見ているものだ。
フローラ達は褒めてくれる。
でも、いつか失敗してしまうかもしれない。
また、以前のようになってしまうかもしれない。
私は、本当にこの立場に相応しいの?
膝を抱えて、ローズマリーは声を殺して泣いた。
部屋の外には、お見舞いに訪れたフローラが立っていた。
すすり泣く声を聞いて、扉を叩く手を迷いながら止める。
部屋に入って姉を慰めたいと思うのに、彼女にかける言葉が出てこない。
いつもローズマリーから与えられてきた。
だから、ローズマリーに何かしてあげたかった。
フローラはローズマリーの部屋には入るのをやめて、アグニス公爵家の図書室へ向かう。
図書室は広く、天井まで何段も棚があり、蔵書が詰め込まれている。
奥の方には鍵のかかった部屋があり、禁書とされる本が入っている。
その部屋は魔法がかけられていて、入室はアグニス公爵の許可が必要だ。
フローラは、図書室にある魔力過多症の本を片っ端から探し出して、読み始めた。
翌朝、ローズマリーは、医者に薬を飲んでしばらく安静にするように言い渡された。
部屋には、お見舞いの品と魔力が空っぽの魔力石が積み上げられている。
護衛侍女をしていた頃は、常に身体強化魔法を使って働いていた。
夜もろくに寝ずに働いた。そうやって魔力を消費しつづけていた。
だから、魔力過多に気づかなかったのだ。
公爵家の養女になってから、魔力を使うことが減って魔力が余ってしまったのだ。
今、ローズマリーの体は悲鳴をあげている。
火魔法の5、6発でも打ち込めば症状は軽くなるだろう。
だが、それは一時凌ぎにすぎない。
フローラが心配そうにローズマリーをのぞきこんだ。
「ローズマリーお姉様。ご気分はいかがですか? 何か食べられそうですか?」
「大丈夫よ。心配させてごめんね。すぐ元気になるからね」
「……ローズマリー姉様の『大丈夫よ』は、あてにならないわ! いつも無理ばかりして!」
「そ、そうだったかしら?」
「そうよ!」
フローラは力強く言いきった。
部屋に控えていた侍女カメリアも頷く。
唖然とするローズマリーを置いて、フローラは部屋を飛び出した。
一晩中読んだ本の中にあったのだ。
使い魔という存在がある。
使い魔は、主の魔力を食べるのだ。
ローズマリーの魔力を常に消費させるなら、彼女に使い魔を作ってあげたらいいのでは?
使い魔の素材に、アグニス公爵家の守護竜の鱗がいいと思いついた。
フローラの知っている中で最強の生き物だ。
その鱗で出来た使い魔も強く、ローズマリー姉様を守ってくれるだろう。
アグニス公爵家の守護竜は気が荒くて有名だった。
守護竜は、公爵家当主の言うことしかきかない。
フローラが父にお願いすれば、鱗をきっともらえる。
けれど、フローラは鱗を自分の力で手に入れたかった。
(鱗一枚くらいなら、探せば落ちてるんじゃないかしら?)
フローラは動きやすい服に着替えて、森や守護竜の住む場所の近くを探しまわった。
淑女教育や次期公爵家の勉強の合間に、必死で広大な庭や森を探す。
しかし、なかなか見つからなかった。
それでもなお、フローラは諦めずに頑張った。
毎日疲れてきって部屋に戻るフローラを、カメリアが心配した。
「フローラお嬢様。何をお探しなのか、教えていただけませんか? 私にもお手伝いさせてくださいしたい」
「私、ローズマリーお姉様のために、使い魔を作ってあげたいの。その素材を探しているのよ。できるだけ自分の力で成し遂げたいの。カメリアは、アーロン殿下の妃になるための勉強をしなくちゃいけないでしょう。気持ちだけいただくわ。ありがとう」
「お嬢様をお守りすることが、私の仕事で生きがいなのです。生きがいを奪わないでください。それに今は、お嬢様の護衛侍女なのですから、お嬢様のお力の一つだと思ってください」
「うーん……分かったわ。私が探しているのは守護竜の鱗なの。きっと、ローズマリーお姉様の魔力過多症もよくなって、守ってくれる強い使い魔ができるわ」
「素晴らしいお考えですわ! さすがフローラ様です!」
「ふふ。ありがとう」
翌日から、2人での鱗を探し始めた。
アグニス公爵家の使用人達も話を聞きつけて、鱗探しを手伝ってくれだしたのだ。
なかなか見つからなくて疲れたフローラは、嬉しくて涙ぐんでしまった。
「本当にありがとう、皆……」
「皆で探せば、あっという間に見つかりますよ。なあ皆!」
「おおー!」
ローズマリーは、部屋の窓から邸の庭や森を探索するフローラ達を見て不思議がっていた。
(一体何をしているのかしら? 執事長も侍女長もフローラ達も、聞いても笑うだけで教えてくれないなんて……)
鱗探しが難航していたある日、森の中にいるフローラの元に竜神官の服をきた男が現れた。
赤髪金目で背が高く、長い髪を後ろで一つに束ねている。
見かけない男だった。
カメリアが、フローラを庇うように立つ。
男は、気の毒そうにフローラへ話しかけてきた。
「こんにちは。落ちてる守護竜の鱗を探してると聞いてきたんだ。竜の鱗ってのはとても高価でね。一枚残らず、公爵様ご本人の元に届くように魔法がかけられているんだよ。だから、鱗が欲しかったら、守護竜に認められて鱗を分けてもらうしかないんだよ。分かるかい? お嬢様達」
「そんな……。フローラお嬢様も皆も、あんなに必死になって探していたのに」
「守護竜に認めてもらうのって、どうすればいいの?」
「お嬢様!?」
フローラは、毅然として言った。
「守護竜と一対一で戦うんだ。それで、竜に一撃入れられたらいいのさ」
「やります。それで認めてもらえて、鱗を分けてもらえるのね」
「ああ。細かい手続きは俺がやっておくよ。都合のいい時に神殿へ来てくれればいい」
「分かったわ」
「お嬢様!? 危険です!」
「お願い、やらせて。自分の力で出来るとこまでやりたいの」
神官はそれを聞くと、笑顔で去っていった。
フローラの決意は固かった。
アグニス公爵家は、情熱的な家系である。
一度その気になったら、突っ走ってしまうのだ。
フローラ装備を整えて、守護竜のいる竜神殿へ向かう。
神官の姿はなかったが、竜のいる広場への扉は開かれている。
巨大で赤い竜が静かに座り、待っていた。
フローラは一人で竜の前に行く。
カメリアや護衛騎士達、侍女や医師たちも来て、広場の隅で待機している。
フローラは剣を抜き、挨拶する。
「守護竜様、フローラ•アグニスです。本日は、あなた様の鱗を一枚分けていただきたく参りました。よろしくお願いします」
竜は、まるで人の言葉が理解できるように頷いた。
フローラは、全身に身体強化と防御魔法を展開して、剣を打ち込んだ。
何度も何度も剣を打ち込むが、一撃も当たらない。
目では見えないが、竜の体の周りには分厚い魔力の壁が張り巡らされているのが分かった。
この魔力を越える一撃を、撃ち込まなくては当たらない。
しかも、守護竜の動きは素早く、翼は暴風を生み出し、足踏みは大地を揺らした。
カメリアは戦いを見守り、噛み締めた唇から血が流れるのも気づかなかった。
(私は護衛侍女なのに、何も出来ないなんて! ああ、何かお嬢様方をお助けできる方法があるのなら、この魂を悪魔に売り渡してもかまわないのに……!)
カメリアの魔力がどんどんと黒ずんでいく。
やがて、彼女の体が黒い魔力で覆われてしまった。
その時、不思議なことが起こったのだ。
自分の影を通して、戦っているフローラが見えたのだ。
竜の尾がフローラを叩きのめそうとしていた。
カメリアは何も考えずに、自分の影の中へ一歩踏み出す。
彼女の姿は、影の中に吸い込まれて消えた。
フローラは揺れる地面に足を取られて転んでしまう。
その時、竜の尾が凄い勢いでフローラに向かってきた。
尾に吹き飛ばされたら、軽い怪我ではすまないだろう。
フローラは恐怖で思わず目を閉じた。
フローラの影の中から、カメリアが飛び出してきた。カメリアは魔力で壁を作り、竜の尾からフローラを守り抜いた。
「フローラお嬢様! 大丈夫です! 私が影としてお守りします!」
「どうやって一瞬でここまできたの? カメリア」
「私にもよく分かりません!」
堂々とカメリアは言い切る。
カメリアは闇魔法の才能を開花させたのだ。彼女に自覚はまだない。全身を黒い魔力に覆われたカメリアは、フローラの影のように見えた。
竜の金の瞳が、戸惑ったようにフローラ達を見つめる。
まるで人間のように大きな息を吐き出すと、戦いが続行された。
フローラは己の未熟さに腹が立ってきた。
ローズマリーお姉様にあんなに大切にされてきたのに。大事な姉のために、こんなに役に立てないなんて!!
惨めでひ弱な幼い頃から、全く成長できてない!
……いいえ。違う!! 違うわ!!
「ローズマリーお姉様が愛してくれた! 大切に可愛く育ててくれた! もう昔の私じゃない! 私は最強に可愛い!」
フローラから、キラキラと輝く魔力が溢れ出した。
蠱惑的で見るものの心が吸い込まれそうな美しい魔力の光。
炎竜は、その光に見惚れて動きが止まってしまう。
『魅了』の魔法使いフローラが爆誕した。
「えいっ!」
フローラは渾身の魔力を込めて、剣を守護竜に打ち込んだ。
剣は確かに守護竜の体に届いたのだ。
竜はフローラが剣を当てた所の鱗を爪で剥がすと、フローラに手渡してくれた。
フローラは、守護竜の鱗を一枚手に入れたのだ。
見守っていた騎士達から歓声があがる。
「やりましたな! フローラお嬢様!」
「ありがとうございます! 守護竜様!」
フローラが礼をすると、守護竜は満足そうに頷き、翼を広げて飛び立っていったのだった。
フローラは、鱗を大切に抱えてローズマリーの部屋へ向かった。
ローズマリーは熱が下がらず、ベッドで横になっていた。
フローラ達が嬉しそうに部屋に駆け込んできた。
「ローズマリーお姉様! 守護竜の鱗が手に入ったの。これでお姉様の使い魔を作れば、きっと魔力過多症がよくなるわ!」
「守護竜の鱗って……。全身ボロボロじゃありませんか。何をしているのかと思えば、まさかあの守護竜と戦ったのですか?」
ローズマリーが、強張った声で言った。
喜んでもらえると思っていたフローラは、その声に焦った。
確かに全身汚れて服は破れ、公爵令嬢のする姿ではない。
「あ、あの、これは……!」
「ああ。こんなにも苦労して大変な思いをして、あの守護竜から鱗をもらってきてくれるなんて……。私なんかのために。ありがとう。ごめんなさい。フローラ……」
ローズマリーは、ポロポロと涙を流してフローラへ駆け寄り抱きしめた。
フローラは驚いたが、ローズマリーの温もりが嬉しくてたまらない。幼い頃にローズマリーに抱きしめられた時のように、胸がいっぱいになった。
「お姉様は私の大切な大切な家族なの。なんか、じゃないの。さあ使い魔を作りましょう」
「ええ。あなた達が苦労してもらってきた鱗だもの。素敵な使い魔にして、ずっとずっと側において大切に可愛がるわ」
カメリアが持ってきた魔法書を受け取り、ローズマリーは使い魔を作る魔法陣を描き、呪文を唱える。
鱗が宙に浮き、キラキラと輝き始め形を変えていく。
やがて、それは白い動物の姿に変わった。
「ローズマリーお姉様。これは何という動物ですか?」
「白い狐よ。名前は、ビャッコ……ビャク、ビャクがいいですわ」
「綺麗な名前ね。ローズマリーお姉様にピッタリです!」
ローズマリーは転生前日本で生きていた。神社で慣れ親しんだお狐様が、頭に浮かんだのだ。
そして、ローズマリーが魔力過多症に苦しむことはなくなった。ビャクを作ったことで、熱は下がり体の痛みも消えたのだ。
(心配事は尽きないけれど、私にはフローラ達がいてくれるわ。それに、このスベスベしたビャクの毛皮を触れながら眠ったら、いい夢が見れそうですわ)
★★★
その日の夜のことだった。
ローズマリーは、公爵の執務室へ呼ばれた。
彼女が執務室の扉を開くと、舞い散る書類の山や積み上げられた本の中にブレイズ公爵がいた。
そこに、窓から赤髪金目の野生的な青年が入ってきたのだ。
ローズマリーは驚いたが、ブレイズは笑って青年に話しかける。
「珍しいな。おまえが人の姿をとるなんて。バルカン」
「まあ、ちょっとな」
「怪我をしているな」
アグニス公爵が、ブレイズの傷を魔法で癒して治した。
「鱗をフローラ嬢にやった。その傷跡だ」
「そうか。フローラと遊んでやったのか。うちの娘はいい子だろう」
「なかなかやる娘だったよ」
「あの、お父様。その方は一体……?」
会話の流れから彼の正体は想像できたが、信じられなかった。
あの守護竜が人の姿になれただなんて。
ブレイズは麗しい笑顔で答えた。
「うちの守護竜のバルカンだ。人の姿は初めてだったかな、ローズマリー」
「はい……!」
(やっぱり、守護竜様なんだわ!)
ローズマリーは、慌てて淑女の礼をとった。
バルカンは笑っている。
「気楽にしてくれ。ローズマリー。俺の鱗で使い魔を作ったんだろう? 役に立てて嬉しいよ」
「恐悦至極にございます。おかげさまで魔力過多症も良くなりましたわ」
「そうか。それはよかったよ! それでだな、別の大事な話があるんだ」
「大事な話とは……?」
守護竜とは、学園に魔王が現れた時に一緒に駆けつけて戦ったことがある。
それ以外の接点が思い出せなかった。
バルカンは、金色の瞳でローズマリーを見つめて言った。
「俺には人の魂が見えるんだ。どうしてローズマリーの中に、フローラと同じ魂が入っているんだ? しかも別のものも混じっているみたいだし、どうなっているんだ?」
ローズマリーは息が止まった。
ローズマリーという侍女が魔王達を自爆魔法で倒した後、王族のリヒトが到着した。その直後に、ブレイズ・アグニスがアグニス騎士団長ウィリーとともに到着した。ブレイズは辺りを一瞥すると、呪文も唱えずに残った魔獣を燃やし尽くしていく。
ウィリー騎士団長はへらへら笑っているが、王宮の騎士達はその光景に青ざめた。まあ怖いだろう。ブレイズが歩くだけで魔獣が燃え尽きていくのだから。……だから、面倒くさいからって無言でやるなよ!周りが驚いて固まってるぞ。ニヤニヤしながら俺は見ていた。相変わらず規格外だな、ブレイズは。
顔色一つ変えずにやってのけるブレイズは、本当に人間なんだろうか。笑いがとまらねえぜ。その気になれば、この国を焼き尽くせるんじゃないだろうか。
ブレイズは、愛娘のフローラを抱き締めた。彼女は泣き叫んでいたが、ブレイズの腕の中で落ち着いてきた。
リヒトは必死な様子でローズマリーを治療している。しかし、自爆魔法を使ったんだぞ? 肉体は残っているようだが、亡くなるのは時間の問題だろう。
ブレイズは俺のところに来た。
「何が起こった? 何故ローズマリー嬢が、公爵家直系だけが知る自爆魔法を使った痕跡がある?」
「ああー。それな」
俺は、念話で今までのことをブレイズに伝えた。
「…………そうか。フローラの魂が入っている娘なのか」
ブレイズが笑った。
ローズマリーは、うまく息が出来ない。
誰にもばれていないはずだった。誤魔化せていると思っていた。話しても信じてもらえないだろうし、気づかれるわけがないと思っていた。
嫌な汗が流れていく。正体がばれた。
しかも、混ざりものと言われた。おそらくローズマリー本人に分け与えられた命だからだろう。
偽物のフローラとして追い出されるかもしれない。
やっと全てを手にいれたのに、その全てを失うかもしれない。
恐怖に体が震えた。
「お、お父様……」
アグニス公爵がゆっくりと近づいてくる。
その瞳は憂いに満ちていた。
「わ、私は……」
何か言わなければいけないのに、喉がカラカラに渇いてうまく発言できない。
回帰前、父に認めてもらいたくてたまらなかった。それなのに、一度もまともに会えなかった孤独と絶望。
あの時の気持ちが甦る。
公爵が腕をローズマリーにのばしてきた。
ローズマリーは恐怖でゴクリと唾を飲み込んで目を瞑る。
カチャリと音がして、ローズマリーの首に何か鎖のようなものがかけられた。
ローズマリーは恐る恐る目を開けた。
「……?」
「これはローズマリーへのプレゼントだよ。君の魔力の質に合わせて調整していたから、時間がかかってしまった。すまない」
アグニス公爵が、赤く輝く魔石のついたネックレスをローズマリーにつけてくれていた。
複雑な魔方陣が魔力石に刻まれている。
「余った魔力を吸いとって貯める。魔力の足りない時は、使うこともできるようにしてある」
「……お父様が作ってくださったのですか?」
「ああ。気に入らなかったら、また何個か作るが」
ローズマリーは昇天しそうなほど嬉しかった。
父からの手作りの魔道具なんて! 国宝レベルですわ!
そして部屋に積み上げられた本は禁書だと気づく。
どうやら禁書を調べあげて、彼女の為に魔道具を作っていたらしい。
ただでさえ忙しいアグニス公爵に何個も作らせたら、罪悪感が半端ないだろう。
「とても気にいりました! 嬉しいです! 大切にします!」
「そうか。気にいってよかった」
ふわりと嬉しそうにアグニス公爵が笑った。
「ローズマリー、魔力過多は大変だろう。いつも身につけていなさい」
「はい! ありがとうございます! 」
父からの心のこもった大切な大切なネックレス。
フローラがボロボロになるまで頑張って手にれた鱗で作った使い魔ビャク。
こんなにも暖く美しい贈り物をローズマリーは知らない。
ずっとずっとずっと……大切にします。
社交界には侮り蔑んでくる人達もいる。
それでも顔を上げて、淑女の微笑みをする。
弱った所を見せれば、つけこまれてしまうから。
戦い続けることに心が弱ってしまう時もある。
でもこの贈り物があれば、そんな不安な心を落ち着かせてくれるだろう。
使い魔の白狐が嬉しそうに体をすりよせてきた。
白狐をなでながら、キラキラと輝く美しいペンダントを、ローズマリーはいつまでも見つめた。
★★★
翌日、リヒトが殿下が見舞いに来てくれた。
ローズマリーは、自室で彼と話をすることになった。
まだ病み上がりなので、無理はさせないことになったのだ。
「こんな姿で申し訳ありません。リヒト様」
「気にしないでください。容体がよくなって安心しました。可愛らしい使い魔ですね」
「ありがとうございます。フローラ達が頑張ってくれたおかげでなんです」
ローズマリーはこの数日のことを彼に話す。
ブレイズ公爵に作ってもらったアクセサリーの事も話した。
倒れて魔力過多症が分かったので、王太子妃に相応しくないと思われているだろう。
元子爵令嬢が、守護竜の鱗から作った使い魔や国宝レベルのアグニス公爵手作りの魔道具を持つなんて、叱られてしまうかもしれない。
リヒトが、希少な贈り物を羨ましがるかもと思ってしまった。
「あなたは、アグニス公爵家で本当に大切にされているのですね。私も嬉しいですよ」
「リヒト殿下は誠実な方なのですね。ありがとうございます」
リヒトは、ローズマリーに起こったことを純粋に喜んでくれた。
彼の嘘のない様子に心が軽くなる。
彼の誠実さは信じられるとローズマリーは思った。
涙がこぼれる。
悲しんでいるわけではない。幸せだった。
こんなにも穏やかな生活が、私にとってあまりにも特別で、あまりにも嬉しくて幸せで涙があふれてくる。
なのに、回帰前に隠れて泣いていた時のように、膝を抱えて声を殺して泣いてしまった。
リヒトが心配そうに寄り添ってくれる。
「悲しくて泣いてるわけじゃないのです」
魑魅魍魎が跋扈する社交界、隙を見せれば攻撃される。
実際に王妃との茶会でも毒を盛られ、暗殺者達に襲われた。
リヒトが心配そうにローズマリーを抱きしめてきた。
彼の温もりに心が癒される。
ローズマリーは不器用に恥ずかしそうに、リヒトを抱きしめ返した。
(もっと上手に感情表現ができればいいのに……。恥ずかしいわ)
部屋の隅に控えている侍女や護衛騎士達が、息を殺して空気のように気配を消していた。
はっとローズマリーは我にかえる。
侍女達の存在を思い出したのだ。
侍女だった経験があるので、彼らの考えていることに敏感になってしまう。
「も、申し訳ありません……! お恥ずかしい姿を見せました」
「ローズマリー。皇太子妃はこういう時、膝の上に乗って甘えるのが正しい行動なんだ」
「……はいっ!?」
「さあ早く!」
「ほ、本当……?」
リヒトは真顔で頷いた。
ローズマリーは、真っ赤になりながらも膝の上にちょこんと座る。
恥ずか死にそうな気持ちだ。
(ううう……お母様も、よくお父様の膝の上に座っているわ。た、正しい愛情表現なのよね……!?)
恥ずかしさで涙ぐみ、リヒトに頬を撫でられて、ローズマリーは真っ赤になりながら、ぎこちなく彼に微笑んだ。
リヒトは嬉しそうに笑った。
天空では雲一つない青空を、赤い宝石のようにきらめく守護竜バルカンが、楽しそうに飛んでいる。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
ブレイズ•アグニス公爵。親バカです。
ローズマリーの中に、どこかの世界から娘のフローラが逃げてきたのだろうと思っています。
ローズマリーの素性を調べて、彼女が高度な教育を受けていないこともわかっています。
後でローズマリーは、フローラが魅了魔法を開花させて、カメリアが闇魔法を開花させたことを知って苦悩します。回帰前とも小説とも違う世界になってしまってます。
フローラとカメリアは、仲良しです。
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