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【番外編】王妃様の憂鬱

アーロン殿下の母親の王妃様のお話です。


よろしくお願いいたします。



王族が走ることなんてない、そう思うでしょう?

でも何にでも例外はある。

例えば、反乱があったり暗殺者に追われている場合。

まさに、それが今よ!



私達は暗殺者達に追われて走っている。

正確には、腰の抜けた私を、リヒト王弟殿下の婚約者ローズマリー様が抱き上げて逃げています。


ドレスを身につけ、私を抱えてヒールで走り抜けるローズマリー様。身体強化魔法を使っているのね。

さすが火魔法と戦闘を得意とするアグニス公爵家の養女だわ。


彼女のヒールの音と暗殺者達の罵声を聞きながら、私は事の始まりを思い出した。





ローズマリー・アグニス公爵令嬢。

公爵家の養女になった彼女は、立太子したリヒト殿下の婚約者になった。

次期王妃の彼女は優秀で、王妃教育の家庭教師達に「もう教えることはない」と言い渡されたのだ。

そんな彼女を放っておくわけにもいかず、私と二人だけのお茶会に招いた。

もし彼女が次期王妃に相応しいと判断できれば、王妃の心得や、王族だけの秘密を口伝で伝える。

相応しくないと私が判断すれば……、相応しくなるまで再教育するだけよ。


それにしても……はあ。

侯爵家出身の王妃である私が、元子爵令嬢でリヒト王弟殿下の婚約者ごときを、お茶会に呼ばなくてはならないなんてね。

……憂鬱だわ。


王妃個人の庭園に、優雅で上品で高級なお茶会の準備をさせる。

庭に咲く花々も、私好みで希少なものばかりよ。

子爵令嬢だったら見たこともなくて、目を丸くするでしょう。

それとも、価値も分からなくてボンヤリしているかも。そうだったら、みっともないわ。やだやだ。




待っていると、ローズマリー公爵令嬢が現れた。


「大地の加護をもち国の聖なる宝石、そして偉大なる王国の月にご挨拶申し上げます」


……あら。思っていたより上品な方ね。

それに、私の好きな賛辞の言葉を知っているなんて。なかなかね。

私は、土魔法を得意とする侯爵家の出。そして実家は、王国で大切な資源の魔石と聖石の発掘や加工を産業としている。その事を知っていて敬意をはらっていますという意味ね。

だから、今の挨拶は合格よ。


彼女は絶世の美女ではないけれど、カーテシーも美しく、私が声をかけるまで頭を下げ続けている。

リヒト殿下の色のドレスを纏い、髪を細いリボンを編み込んで結い上げて、宝石のついた簪をさしている。華美でなく清潔感がある。

マナーを心得ているわ。

私が気に入らなければ、声をかけずにずっとあの姿勢をさせるのだけれど。


「気楽になさって。お掛けなさい」

「ありがとうございます」


長年仕えてくれている侍女が、紅茶を私達のカップに注ぐ。

王宮の最高級のお茶よ。元子爵令嬢なんだから、飲んだことなんてないでしょう?

感動して恐れおののくといいわ。

ローズマリー様が、美しい所作で一口飲んだ。

マナーも所作も美しいわ。やるじゃないの。

私も一口、香りのよい紅茶を一口いただく。

ローズマリー様がするどく叫んだ。


「毒です! 王妃様! 飲んではなりません!」

「ゴフッ」


口から血が溢れた。胸の中が苦しい。

そんな……! ここは王宮よ!?

信じられない思いで侍女を見ると、涙を流しながら震えていた。


「お許しください。病気の娘が人質にとられて……お許しください、お許しください……」

「そんな……!」


彼女は、私が子供の頃から仕えてくれた信頼できる侍女だ。

私は、また信頼できる人が減ってしまったのね。


「王妃様! 毒消しポーションです! お飲みください!」


ローズマリー様が、胸元から小さな小瓶を取り出して私に飲ませる。

焼けるような胸の痛みがやわらいだ。


「この毒でこの症状ですんでいるのなら、毒耐性をつけておられるのですね。流石です、王妃様」

「ええ……。ありがとう」

「お許しください、お許しください。私はどうなってもいいです。娘だけは……」

「王族殺害は未遂であっても一族全員死罪よ……。長年仕えてくれたのに、本当に残念だわ」

「お許しください、お許しください……」


泣き崩れる侍女と、私の間にローズマリー様が立った。

この侍女を憐れんだのだろうか。

私だってショックなのよ。ずっと信じて仲良くやっていたはずなのに……。


ローズマリー様は扇子を握り締めて、何かを弾いた。テーブルの上の紅茶のポットが割れて、熱い紅茶がなみなみとこぼれた。


「王妃様! 新手です!」


紅茶のポットには、矢が刺さっている。

……え? あれを弾いたの? 扇子で???



鉄扇(てっせん)

親骨や小骨、扇面の一部などに鉄が使われている扇子。近世の武家の護身用武器として使用されていた。



ローズマリー様は、次々と矢を扇子で払い落としている。


「ここは危険です! 王妃様、走れますか!?」

「あ……腰が抜けてしまって……」


ショックと恐怖で、下半身に力が入らない。足がガクガクと震えている。

王妃としての矜持がなかったら、泣きわめきたい。


「失礼いたします!」


ローズマリー様は私を抱き上げると、凄いスピードで走り出した。

私は、彼女の肩ごしに侍女がひたすら泣き崩れているのを見た。

目に涙が浮かぶ。

本当に……信じていたのよ……。


ローズマリー様は頭の簪を抜くと、追ってくる暗殺者達に向かって投げた。

それらは暗殺者達の足に刺さり、彼らはうめきながら動けなくなったのだ。


「痛え! 信じられねえ! 貴族の女ってのは、スプーンより重いもの持てないんじゃなかったのかよ!?」

「くそっ! 人一人抱えて逃げてんのに、俺らが追いつけないって……!」




護衛騎士がいる詰め所まで逃げてくると、皆だらしなく眠りこけている。薬を盛られたらしい。

ローズマリー様は、ぷりぷりと怒っている。


「まったく……! なんて間抜けな警備なの!

こんなのは、地獄の再特訓コース行きだわ。あとでお父様に申請しておかなければ」

「随分余裕なのね。私達、ここで殺されるかもしれませんのに」

「死にませんし、死なせません。私に何かあると、後を追おうとする危なっかしい妹がいますから」

「そう……。強いのね」

「私は強くありません。守るべき者がいるので強くあろうとはします」


ローズマリーは、かつて自爆魔法を使って敵を殲滅したことがある。

その後、妹のフローラが自分の後を追って心中しようとしたと教えられたのだ。

(あの話を聞いた時は、本当にゾッとしたわ。フローラはもう大丈夫だと思っていたけれど、そうでもなかったのよね……)

心の中で溜め息をつき、ローズマリーは王妃を椅子にそっと座らせた。

護衛騎士達がどの範囲まで眠らされているか分からないが、王妃を抱えて移動するのは、危険すぎるだろう。

暗殺者がどこにいるのか分からないからだ。

騎士の詰め所は、いざという時に防衛できる作りになっているはず。

少なくともアグニス公爵家ではそうだった。

ローズマリーは、入り口で外の気配を確認して、ここで防戦することにした。


ローズマリーは、髪をほどいてリボンを手に握り締める。

(リヒト殿下。申し訳ありません。せっかくいただいたアクセサリーを汚してしまいますわ)


このリボンは、聖魔獣アルラウネの糸で編んだ特別なもの。

光る生地の美しさもさることながら、魔力を込めれば強化され、持ち手の意のままに動かせる。

リヒト殿下に贈り物のリクエストを聞かれた時、ローズマリーがねだったものだ。

(王族と会う時に、武器をもつことは許されない。それでは、あまりにも無防備すぎるもの。贈っていただいて良かったわ)


ローズマリーはリボンを鞭のように操り、襲ってくる暗殺者達を退けるのだった。


「くっそ、あの女は護衛だろ!? 誰だよ! 貴族女しかいない茶会だから簡単だって言った奴は!?」

「あら。つまり、王家の情報が漏れたのですわね。貴方達の言葉使いから考えて暗殺ギルドでしょうか? つまりギルドに王族暗殺を依頼できる金のある高位貴族の仕業ですわね」

「ああん!? おまえこそ何者だ!?」

「ただの公爵令嬢ですわ」

「絶対嘘だろ!! かまわねえ! 全員でとびかかれ! 」


黒づくめの男達が武器を手に飛びかかってきた。

ローズマリーは手のひらを男達に向け、静かに魔法をイメージする。


「ファイア・ショットガン」


無数の小さな火の玉が男達を貫き、彼らは倒れた。


「火魔法を使うと王宮に被害が出るので控えてましたの。まとめて来てくれて助かりました」


ローズマリーが彼らを縛り上げていく。

自決しないように、猿轡もしていく。


「あとでちゃんと黒幕を吐いていただきますわ。一掃しないと、安心して妹達を王宮に呼べません」




王妃はローズマリーの魔法を見て、かつて姉のように慕っていたラフレシア・アグニス公爵令嬢を思い出した。


ラフレシアお姉様も、美しい火魔法を操っていらしたわ。

学生時代は、未来の王妃になるラフレシアお姉様をお支えすることが夢だった……。

なのに、当時の馬鹿王子が身分の低い女に恋をして、お姉様を冤罪で断罪したのよ。冤罪は晴らすことができたわ。けれど、第2王子との婚約が決まった時に、お姉様は護衛騎士と駆け落ちしてしまわれた。

……私は、冤罪をかけられた時もお姉様を信じたわ。なのに、その私に一言もなく、お姉様は逃げてしまった。相談してくれれば、地の果てだろうとお助けしましたのに。

……あんなに信じていたのに、裏切られてしまった……。


その後、荒れた国政を建て直すために、私は相思相愛の婚約者と別れさせられ、ラフレシアお姉様に片想いをしていた第2王子と結婚した。

一度だけ、ラフレシアお姉様のことを調べさせた。片田舎で娘を産んで、幸せに暮らしていた。

でも、身分をもたない美しく魔力の強い女性だから、近くの領主や女好きの貴族に狙われていた。私は社交界で、ラフレシアお姉様を取り込もうとした者は罰すると発言したわ。王妃に嫌われた貴族は、この国で生きていけないでしょう? これでお姉様に手を出す愚か者はいなくなるわ。

お姉様なんて、片田舎で慎ましく平民のように生きていればいいのよ。

……だから私は、ラフレシアお姉様のことをこう呼ぶの。「あのアバズレ」と。



ふと見ると、ローズマリー様が暗殺者達を縛り上げ終わっていた。


こんな淑女なんていないわ。

アクセサリーで暗殺者と戦うなんて。

まるで護衛の騎士のよう。

そうですわ。リヒト殿下は、護衛として彼女と婚約したのではないかしら。

そうでなければ、貴婦人が武器を手に戦い、平然としているなんてありえません!


そしてリヒト殿下達が、護衛騎士達と駆けつけてくれました。

騎士達の後ろに王もいます。


「ローズマリー! 無事でしたか?」

「リヒト様! ……怖かったです……」


ローズマリー様が、声を震わせてリヒト殿下に抱きつきました。

リヒト殿下も愛しそうに、ローズマリー様を抱きしめていらっしゃいます。


あら、本当は彼女怖かったんだわ。

我慢していたのね。

私を守るために、気を強くはっていたのかもしれないわ。


私は、ローズマリー様に好感を抱いたのです。

二人は小声で囁きあっています。

きっとお優しく慰めていらっしゃるんでしょう。

……羨ましいわ。


王は、私の様子を見るなり、現場を片付ける指示を出した。私に手を差し出して立ち上がらせることもしない。

仕方ないわ。私達の結婚は完全な政略。愛はない。

お互いに想い人がいると知りながら、荒れた国政を治めるための結婚だった。

生まれた子もアーロン王子だけ。あの子を家庭教師達にまかせて、私達は国政に励んだのだ。両親の愛を受けられなかったアーロンは、リヒト殿下に懐いていた。リヒト殿下が留学から帰って来るときに、隊を率いて迎えに行くくらいに。




「リヒト様。この言動が王太子の婚約者に相応しい、で合ってるんですよね? 恥ずかしくていたたまれないのですが……」

「ああ。私のローズマリーが素直で嬉しい」

「あの、そろそろ離れてもよいのでは……?」

「幸せなので、しばらくこのままで……」

「えええ……」


ぎゅうぎゅうと抱き締めてくるリヒトに、ローズマリーは恥ずかしくなって赤面して震えている。


リヒトに、婚約者に相応しい言動を事細かに教えられた。

回帰前はアーロン王子の婚約者だったが、当時彼に嫌われていたので、何も教えてもらえなかった。

だから、リヒト殿下が教えてくれたことは正しいのだろうとローズマリーは思う。思うが、恥ずかしい。

ようやくリヒトに離してもらえた頃には、片付けもほぼ終わり、侍従や侍女達に生暖かい目で見守られていた。

恥ずかしくてローズマリーは、赤い顔をして涙ぐんでうつむいている。




リヒトが、王妃に近づく。

王妃は、ビクッと震えてリヒトを見上げる。


「それで……義姉上? 私のローズマリーが戦っていた時に、貴女は何をされていたのですか? 護身術の心得はおありのはずでしたが?」

「あ、あの、とっさのことで私……、ローズマリー様には感謝しておりますのよ!」


そうよ。長年仕えてくれていた侍女に毒を盛られ、暗殺者達に刃物を向けられて腰が抜けてしまった。ローズマリー様が助けてくれなかったら、私は今頃死体になっていたわ……。


「本当に……感謝していますの。ありがとうございます。ローズマリー様」


ローズマリー様は、真っ赤になって震えていらっしゃいます。


「恐縮です……。王妃様がご無事で良かったです」

「あの、私のことはピオニーと」

「光栄です。私のこともローズマリーとお呼びください」


私達は微笑みあった。

良かったわ。ローズマリー様となら、私良い関係を築いていけるわ。


「それで話は戻るのですが、義姉上? 肝心な時に腰が抜けてしまったのでは、護身術は落第ですよ? 再特訓が必要ですよね? 私のローズマリーだけに戦わせたんですよね?」

「わ、私は、王妃なんですよ。リヒト殿下……」

「ローズマリーがいなかったら、この国は今頃内乱の危機でしたね? それなのに王妃気取りですか?」

「分かったわよ! ちゃんと護身術の再訓練を受けるわ!」

「私が最愛のローズマリーに贈ったアクセサリーも汚れて使えなくなりました。希少なアダマントの簪や聖魔獣アルラウネの糸で編んだリボンでした……。あれは、ローズマリーの身を守れればと贈ったものであって、決してて義姉上の為ではなくてですね」

「分かりました! 弁償いたしたます! 実家のアシュトレト侯爵家にも伝えるので、リヒト殿下のお気に召す石を届けさせます!」


私の実家は、土魔法を得意とする家系。希少な石の発掘や加工も、うちの得意とする産業なのです。



私は、このリヒト殿下が苦手だった。

正論で言いくるめてくるのだ。

そして、王は私を助けてはくれない!

今、信頼できる侍女に裏切られて、メンタル削れまくっているのに!


……あの侍女の娘を助け出せたら、減刑を願い出て国外追放にしましょう。私個人の宝石を持たせてあげてもいいわ。国外で勝手にのんびり暮らせばいいの!

それにしても、リヒト殿下のお話が、容赦なくてとても長いわ。


……リヒト殿下のお小言は、小一時間にも及んだ。




私はその後、公務の合間に護身術の訓練を取り入れた。

今日も疲れた体をひきずって、訓練所へ向かう。



ああ……憂鬱だわ。








最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。


ピオニー王妃様は、真面目なよい方です。黒髪で金の目です。

学生時代、ラフレシア公女の取り巻きをしていて、いつか王妃になる公女をお支えしようと婚約者と誓いあってました。

王妃の元婚約者は結婚しましたが、一族で王妃を支える旗頭になっています。


回帰前のフローラ公女はラフレシア公女によく似ていたので、ついラフレシア公女のレベルに押し上げようと厳しく接していました。


裏切って毒を盛った侍女は、王妃様の嘆願で娘と国外追放になりました。こっそりと換金しやすい王妃個人の小さな宝石を持たせて、保養地が近い街道に置き去りにしました。

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