ローズマリー、公爵令嬢になる
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数年が経って、フローラ達は仲良し4人組で王立魔法学園へ入学した。
フローラは、隣国の第二王子カエルム殿下が婿入りすることが決まり婚約した。
カメリアは、フローラの護衛侍女として学園へ一緒に通っている。
彼女のフローラ崇拝は健在である。
そして、アーロン殿下は頑張った。
剣も魔法も勉学も政務も努力して、優秀な王子になった。
今なら近衛騎士達にも勝てるらしい。
そして、今もカメリア一筋である。
私は、アグニス公爵家からの使いでアーロン殿下の所へ行く時は、アーロン殿下のお手伝いをしている。
そんな時、リヒト王弟殿下も来られてアーロン殿下を手伝われている。
お二人の仲はいい。
そんなある日のことだった。
ローズマリーはフローラ達を学園へ送り出した後、フローラの部屋を掃除していた。
突然、体がふらついて気が遠くなった。
まるで、自分が世界から消えそうになった気がする。
フローラの悲鳴も聞こえた気がする。
ガンガンと痛む頭を手で揉んだ。
きっと、フローラに何かあったんだわ。
この時期に学園で何かあったかしら?
……そうだわ。学園には地下があって、そこを生徒会のメンバー達で探検するのよね。
そして、眠っていた魔王が目覚めた所に鉢合わせをしてしまうのよ。
地下にいる魔王が目覚め、地上に出てくる。
この時、回帰前のフローラは避難した。公爵令嬢として適切な行動だ。
しかし、後からその行動は非難されたのだった。
アーロンと側近達、カメリアと彼らの仲間になったエルフ達は、学園を守るために残って戦った。そして魔王を倒して封印したのだ。
その功績を称えられて、アーロンとカメリアは結婚することになる。
嫌われ者のフローラは婚約破棄されて、北の極寒の修道院へ送られるのだ。
今のアーロンに、かつての側近達はいない。
仲間になるはずだったエルフ達は、ローズマリーが仲間にしてしまった。
彼らは今、アグニス公爵家で元気に働いている。
ローズマリーは致命的なことに気がついた。
これって、魔王を倒すのに火力が足りないんじゃないかしら……?
ローズマリーは全身の血の気が引いた。
先程、一瞬自分が消えてしまうような感覚があった。
過去の自分であるフローラが、死にそうになっているのかもしれない。
彼女が消えれば、未来の自分も消える。
すぐにでも、彼女達を助けに行かなければいけない!
こんな時にかぎって、アグニス公爵は騎士団長を連れて王宮に行っている。
転移の魔法陣を使うには、複雑な手続きをしなくてはいけない。
そんな時間はない。今すぐ王立学園へ行かなくてはいけない。
他に高速で移動出来る手段はないか考えた。
アグニス公爵家には、炎の守護竜がいる。
守護竜に乗って飛んでいけば、きっと間に合うはず。
それに魔王に従う魔獣達への戦力になるだろう。
ただし、守護竜は気が荒くてアグニス公爵家の血筋にしか懐かない。
怒らせれば、私を焼き殺すだろう。
躊躇う時間はない。
私は領地内の炎の守護竜がいる竜の神殿へ駆けつけ、炎竜にためらわずに近づいた。
竜の神殿には、竜に仕えお世話をする竜神官がいる。アグニス公爵家の傍系で、赤い神官服を着た小柄な男だ。
「よせっ! そいつは公爵様にしか懐かないんだぞ! 大怪我するぞ!」
「かまわないわ」
手をこまねいて待っているだけなんて、この私に出来るわけがない。
私は炎を手のひらの上に出すと、炎竜に見せた。
「私が誰か分かるわよね? ……分かってちょうだい。お願いよ」
炎竜は目を見開いて、不思議そうに見つめてきた。
私はゴクリと生唾を飲み込んだ。
この炎竜の気性の荒らさは知っている。
竜神官が何人も怪我をしては、交代をしているのだ。
でもなぜかフローラにだけは懐いてくれていた。
炎竜は私の出した炎をパクリと食べる。
そして、ゆっくりと巨大な頭を私の体にこすりつけてきた。
「いい子ね。分かってくれたのね」
この子はフローラの出した炎を食べるのが好きだった。
私の炎を食べて、同じ魔力だと分かってくれたのだろう。
「お願い。もう一人のフローラを助けたいの。私を乗せて飛んでちょうだい」
炎竜は嬉しそうに巨体の頭を下げて、私の前に座り込んだ。
「ありがとう。無事に帰ったら、たくさんおやつをあげますからね!」
私は炎竜の背に乗りこんだ。
炎竜は私を乗せると翼をひろげ、高く高く舞い上がる。
炎竜は飛び続け、眼下に王立学園の建物と森が見えてくる。
「今助けに行きます! フローラお嬢様!」
呆然と見ていた竜神官は、はっと我にかえり叫んだ。
「あんた! 無茶がすぎるぞー!」
ローズマリーから返事はなかった。
彼女を乗せた炎竜は、あっという間に空へと消えていったのだった。
★★★★★
王立学園の広大な敷地は魔獣に溢れ、全身真っ黒な巨大な男が立っている。魔王である。
ぬらぬらとした質感で、顔はなく魔獣を生み出している。
時折、鋭い刃物のような魔力を全方位に放ち、建物も破壊されていく。
生徒達や先生達も、皆倒れていた。
護衛の騎士達も血を流して倒れている。
王宮へ緊急事態の連絡をしたが、救援はまだ来ていない。
傷ついて倒れたカメリアを抱きしめて、フローラは迫り来る魔獣達を炎の魔法で倒していた。
アーロンもカエルムも、魔力を使い果たし傷つき倒れている。
倒れた三人を庇うように、フローラは戦い続けた。
三人がフローラを庇ってくれたおかげで、フローラはまだ魔力に余力が残っていた。
それも尽きようとしている。
王宮からの救援はまだ来ない。
フローラは怖くて涙が出てきた。
ローズマリーに会いたくてたまらない。
強いローズマリーなら、こんな時でも臆さず戦い続けるだろう。
涙で前がよく見えない。
次の魔力波がきたら、防ぎきれないだろう。
フローラは大好きな人の名前を呼んだ。
「ローズマリー、助けて…………」
魔王から魔力波がとんでくる。
フローラは恐怖で目をつむった。
その時魔王とフローラの間に、空から人が落ちてきた。その人は魔力波を、魔力を込めた鞭で叩き落とした。
ローズマリーである。
「よく頑張りましたね。フローラお嬢様」
「ローズマリー! 来てくれた……本当に来てくれた……」
「大丈夫です。救援が来るまで、私がお守りします!」
「ありがと……ううー……」
フローラは安心して涙が止まらなくなってしまった。
炎の守護竜が、周りの魔獣達を炎の息で焼き尽くしている。
きっともう大丈夫だろう。
ローズマリーは武器に魔力を込め、距離をとりながら魔王と戦い続ける。
小説の情報で、魔王のことは知っていた。
魔王に直接触れたら、アンデッドの呪いがかかってしまうのだ。呪いは、一気にこちらの生命力と魔力を低下させてしまう。だから、アンデッドの呪いを解く神官職と体力を回復させる光の魔力持ちが必要なのだ。
次々と生まれる魔獣を倒しながら、アンデッドの呪いや魔力波を防ぎ、魔王の生命力を削りきらないといけない。
それからやっと、魔王を封印できるのだ。
(厄介だけど、王宮から救援が来れば何とかなるはずよね。呪いにさえかからなければ、持ち堪えられはずだわ)
ローズマリーは、フローラ達を庇いながら戦い続ける。
そんな時だった。
苛立ったように魔王が咆哮をあげた。そして魔王の背中から、腕がもう2本生えてきたのだ。
予想しない魔王の増えた腕に、ローズマリーは鞭を叩き落とされてしまった。
「しまった! 呪いが……!」
「ローズマリー!?」
魔王に触れた手から、ローズマリーはみるみる呪いにおかされていく。
生命力も魔力も失われていくのが分かる。
フローラは心配そうに、ローズマリーを見ている。
ローズマリーは、フローラを見つめた。
その目に焼き付けるために。
もう一人の私、フローラお嬢様。
あなたを愛して、愛されて過ごす日々はとても楽しいものでした。
ありがとう。
あなたが生きてくれたら、フローラ・アグニスの魂は死なない。きっと貴女は過去に戻るような生き方はしない。
それでいいのです。
アグニス公爵家には、最後の手段として使う魔法がある。
命を火魔法に変換して使う自爆魔法だ。
自爆だけでは、この魔王達は倒せないだろう。
だから、前世で有名な武器と魔法をアレンジさせる。
ローズマリーの体の周りに、大量の火の玉が浮かび上がる。
ローズマリーはフローラに微笑むと、魔王を見つめ魔法を解き放った。
「ファイア・マシンガン」
無数の火の玉が魔王達を襲う。
残った魔王の生命力を蹂躙していく。
魔王の眷属も、繰り返し打ち出される炎の攻撃になす術もなかった。
……やがて、周りは静かになったのだった。
あまりの威力に、フローラは目をつむってしまった。
フローラがおそるおそる目を開けると、魔王は倒れ、ローズマリーが一人立っていた。
ゆっくりとローズマリーは崩れ落ちた。
フローラは慌てて駆け寄り、ローズマリーの体を抱き起こす。彼女の目は閉じられて、体がみるみる冷たくなっていく。
フローラは理解した。
ローズマリーは、自分達を守るために力を使い果たしたのだと。
「ローズマリー! ローズマリー! いやぁぁ!」
フローラは、ローズマリーを抱きしめて泣き続けた。
「ローズマリー! あなたは私の夢で憧れなの。お願い……逝かないで……」
フローラは、自分の全ての希望や可能性が打ち砕かれたように感じた。
世界が闇に閉ざされたようだ。絶望と不安と恐怖でおかしくなりそうだった。
(……そうだわ。今一緒にローズマリーと逝けば、ずっと一緒にいられる……)
フローラの魔法の火が、自分とローズマリーの体を包み始めた。
突然、力強い男性の腕にローズマリーの体を抱き上げられてしまった。
フローラは悲鳴を上げて、男を睨んだ。
「落ち着くんだ! フローラ嬢!」
「……え? リヒト殿下……?」
「今度こそ、ローズマリーを助ける! 王国騎士団も王宮医師団も来ている!」
「こ、今度…こそ……?」
フローラが周りを見ると、王国騎士団達が残った魔獣達を倒し、医師達が生徒や先生達の手当てを始めていた。
リヒト殿下に横抱きにされたローズマリーを、医師達が囲み治療を始めたのだ。
★★★★★
ローズマリーは、真っ暗な世界でふわふわと浮かんでいる。
痛みも苦痛もない。体も軽い。
フローラやカメリアは無事だったでしょうか。
彼女達の無事を確認する前に気を失ったようです。不覚です。
やがて、一つの光が私に近づいてきました。
それは、私。
ローズマリーでした。
ニコニコしています。
『ありがとうございます』
「私にお礼を言われるなんて、奇妙な夢ですわ」
『ずっと見ていました。フローラお嬢様を守ってくれて、本当に嬉しいです』
私の姿だけれど私ではない。もう1人のローズマリー。
ひょっとして、彼女は……。
「……あなたは、本来のローズマリー?」
『そうです。私はフローラお嬢様が苛められているのを知っていました。クビになりたくなくて、見ないふりをしていたんです。でも結局、仕送りをしていた唯一の肉親を喪いました。罰が当たったと思ったのです』
「それで薬を飲んだのね」
『はい。神様の所へ行きフローラお嬢様を助けてくださいと、お願いしようと思ったのです。貴女は来てくれた。お嬢様を守り育ててくれた。本当にありがとうございます』
本来のローズマリーは、深々と頭を下げました。
「そう。良かったわ。今、お嬢様達は無事なのかしら」
『ええ。そのかわり、貴女は力を使いはたしてしまいました。このままだと魂ごと消えてしまう……』
「仕方ありませんわ。あれは公爵家に伝わる秘術を込めましたから」
炎の公爵家に伝わる秘術。命も魂の力も使い果たして、広範囲の敵を殲滅する必殺技。
使えば術者の命はない。
その技と転生知識のマシンガンをイメージした合わせ技だ。
魔法はイメージで作りあげるものだから。
『貴女は本当に頑張ってくれました。だから私の魂の力をお分けします。私の体になってしまいますが、今度こそ幸せに生きてください。フローラお嬢様』
「……ローズマリー! あなた、知って……」
ローズマリーは光の玉になって、私の中に入りました。
暖かく優しい光です。
ローズマリーの記憶が伝わってきます。
私が叩かれる音に震え、泣きながら謝り続ける彼女の悲しみと苦しみが。
そうだったの。
回帰前に私のために泣いてくれる人がいたのね。
私は胸がいっぱいになって、涙があふれてきました。
この命はローズマリーのものでもある。
ローズマリーの命を背負って生きる。
だから、軽々しく命を投げ出すなんてしてはいけない。
重いわ、人の命って……。
凄く重いわ、人の想いって…………。
世界が少しずつ明るくなってきます。
私は胸にそっと手を当てて、私の中のローズマリーに語りかけました。
ありがとう……。ローズマリー……。
目覚めると、涙で顔をグシャグシャにしたフローラが私を覗きこんでいました。
「ローズマリーが起きた! お父様! お母様! ローズマリーが起きたよ!」
アグニス公爵とお医者様が部屋に入ってきました。
お医者様の診察でもう大丈夫と告げられると、皆が安堵の息を吐きました。
私は3日も眠っていたそうです。
アグニス公爵御一家が部屋に集まりました。
何事でしょうか。
公爵様が真剣な表情で話を切り出します。
「ローズマリー。どうだろうか? 公爵家の養女にならないか?」
「……はい? 私がですか?」
何を言われたのか、理解できません。
私はただの護衛侍女で、身分も子爵にすぎない。
「そうだ。妻とも相談したんだがね。妻も君を娘のように思っている。フローラも君を実の姉のように慕っていて、将来は子爵位をもらって護衛侍女になりたいと言い出してね……」
私の中身はフローラの未来の姿でもあります。その影響で、フローラは私を目指したいと思うのかもしれません。
「知っての通り、フローラはこの国で三番目に高貴な女性だ。護衛侍女はさせられない。君は礼儀作法も知識も教養も、公女として申し分ない。そこで皆と話し合ったんだ。ローズマリーには、公女としてフローラのお手本になってほしい」
「ほら、ローズマリーは私の命を救ってくれたでしょう。それに、ローズとローズマリーって名前も似てるじゃない。あなたとフローラを見てると、二人とも娘みたいに思えるのよ」
「光栄です……」
私は胸がいっぱいになって涙が溢れてきた。
体は別人でも、フローラは家族のように慕ってくれている。
ローズ公爵夫人も、私を娘のように感じてくれていたなんて。
こんなにも嬉しいことはない。
私も家族の一員になれるなんて。
「養女のお話をお受けしたいと思います。よろしくお願いいたします!」
「嬉しい! ローズマリーと家族になるのね!」
「よろしくね。ローズマリー」
「公女としての仕事も大変だとは思うが、よろしく頼むよ」
「はい……! こんなに嬉しいことはありません!」
私の瞳から熱いものが零れ落ちます。
嬉しい!
ずっとずっと心の中では、呼び続けていました。お父様、お母様と。
本当にそう呼べる日がくるなんて!
なんて素晴らしいの!
私は嬉しくて涙が止まりません。
お父様とお母様も、私達を抱き締めてくれました。
ああ、今なら分かる。
子どもの頃からずっと求めてきた。
どこにあるのか分からず、探し続けてきた。
それが今、ここにある。
ずっと欲しかったものを手にしている。
幸せだわ。
ウィリー騎士団長や侍女仲間達も、お仕事の合間に見舞いに来てくれました。
「アグニス公爵家の養女になるんだってな。おめでとさん!」
「ローズマリーなら、公女でもやっていけるって皆で話してたのよ!」
「皆……ありがとうございます。こんな私で務まるか分かりませんが、一生懸命頑張ります」
回帰前の私は、酷い公女だった。
世間知らずで、働いている皆のことを何も分かっていなかった。
メイドのローズマリーになったからこそ、皆のことが理解できたのだ。
「おまえが、護衛侍女でも公女でも王妃でも俺が守ってやるよ。心配するな」
「……私が背中を安心して預けられるのは、あなただけだわ。ありがとう。ウィリー騎士団長」
「私達もいるわよ! 困ったら相談してね」
「ありがとう、皆。本当にありがとう……!」
アーロン殿下もお見舞いに来てくれました。
魔王は完全に封じられたそうです。
これでもう、アグニス公爵が魔王に乗っ取られて国が滅びる心配はなくなったのです。
「本当によかったですわ。これでもう悲劇になる運命は変えられたのですね。皆平和に生きていけるんですね」
「ローズマリー、君は変わったね」
「アーロン殿下は変わらないですね。カメリア一筋です」
「回帰前は、あんなに王妃になることに必死だったのに」
「忘れましたわ。私の脳内メモリーは日々上書きされていますの」
可愛い私のフローラ。
彼女の笑顔で、私は満たされています。
ニコニコと嬉しそうに笑って、私に絶対の憧れを持ってくれているのです。
幼い自分のヒーローでいられるなんて、こんなに誇らしいことはありませんわ!
私はもう自分を全肯定できますのよ。
フローラを思い出すと、私は思わず笑みがこぼれるのです。
「羨ましいな。僕は国を滅ぼした王子だ。王になる資格なんてない。リヒト叔父上が王になるべきだと思っている」
「立太子をされないのですか?」
「ああ。叔父上の御代を支えていくつもりなんだ」
「そうでしたか……。前言撤回しますわ。アーロン殿下もお変わりになられましたね」
「そうだろうね。お互いにより良い未来に向かっていこう」
「ええ」
アーロン殿下はそう言うと、見たこともない屈託のない笑顔になられたのでした。
アグニス公爵家で、私のデビュタントをしてくれることになりました。
ローズマリーは、子どもの頃からアグニス公爵家のメイドをしていました。だから、社交界で成人女性の証とされるデビュタントをしていなかったのです。
アグニス公爵家の大広間に豪華なパーティの用意がされます。
フローラとカメリアも、一緒にデビュタントをすることになりました。
フローラのパートナーは、婚約者のカエルム殿下。
カメリアのパートナーは、アーロン殿下です。
アーロン殿下は、学園卒業時にカメリアにプロポーズされるつもりだそうです。ずっとカメリア一筋で頑張ってこられましたもの。 きっとうまくいきますわ。
パーティが始まりました。
大広間の階段の上から、アグニス公爵……お父様に手をひかれて私は登場します。
緊張しましたが、皆の拍手に迎えられてホッとしました。
私は階下に降りてカーテシーをします。
音楽が鳴り響き、私達三組がダンスを始めました。
私は……一度でいいから、お父様と踊ってみたかったのです。
回帰前の父は仕事が忙しくて、踊ったことはありませんでした。
とても嬉しい。幸せです。
ファーストダンスが終わった後は、お祭り騒ぎになりました。
フローラが私の所に来て、私と踊ります。その後はカエルム殿下とずっと一緒に踊っていました。
カメリアは アーロン殿下とお喋りをしたりダンスをして笑っています。
カメリアに近付こうとする男性達は、アーロン殿下が眼力で祓っていました。
そしてアグニス公爵は、父として、私とフローラをお客様達に紹介してくれました。
これも回帰前になかったことです。夢のようですわ!
私のデビュタントは、楽しく華やかな美しい思い出になったのです。
賑やかなパーティの中、リヒト王弟殿下が、私の所までやってきました。
彼は私に右手を差し出します。
「ローズマリー・アグニス公爵令嬢。私に踊っていただける名誉を与えてはいただけないでしょうか」
会場ににどよめきが広がります。
私も驚いて笑顔がひきつりましたが、断るなんて出来ません。
私は彼の手をとり、彼と共にダンスホールの中央へ行きます。
私達は息をあわせて軽快に踊り出しました。
「あなたはダンスもお上手だ」
「まあ、お上手ですこと」
「私は本気ですよ。魔法も戦闘力も高く、アーロンの信頼を得て、政治・教養・民間の知識も深い。マナーも完璧で、まるで王妃教育を受けた淑女のようです」
私は心臓が跳ね上がるほど驚いて、リヒト殿下を見つめた。
リヒト殿下は、イタズラが成功したように笑いました。
「詳しくは聞きません。ですが、いつか私を信頼できたら、秘密を共有したい」
「あ、あの……、身に余るお言葉ですが、何のことやら……」
「ふふ。今は何も聞きません。もっと重要なお話があります」
「はい」
私達は、ダンスをしながら会話を続けます。
「王族には、時間を巻き戻す秘宝があるのです。本来なら貴女は亡くなっていました。酷い事件でした……。私は貴女を喪って、自分の気持ちに正直になろうと思いました。時間を巻き戻して貴女を救い、共に人生を歩もうと……」
「……!」
彼は突然、私の前に膝まずきました。
私は驚いて固まってしまいました。
アグニス公爵家のパーティーといえど、国中の貴族が集まっている公式の場だ。
フローラ達も驚いてダンスをやめて、こっちを見ている。
音楽も止まってしまった。
会場がシンと静まりかえった。
彼は私の手の甲にキスをする。
「ローズマリー。君ほど美しくて気高く優秀な貴婦人を私は知らない。どうか私と結婚してください。君が頷いてくれるまで、私は求婚し続けると神に誓う」
会場中から、ゴクリと生唾を飲みこむ音が聞こえてきた。
私は、おそらくゆでダコのように真っ赤になっていると思う。
こんな展開は、回帰前にも小説にもありませんでしたよ!?
王弟殿下はもう亡くなっていたはずで、私はモブのメイドだったはずで……。
だから……つまり…………その……もしも……いえその……。
私は、もう一人の私であるフローラを見た。
フローラは、カエルム殿下に大切そうに抱きしめられて私を見ています。
彼女は、私と目が合うと嬉しそうにサムズアップしてきました。
唇をパクパクさせて、メッセージを伝えてきます。
「お・し・あ・わ・せ・に!」
「…………!!」
私は、ゆでダコを通り越してレッドドラゴン並みに顔が赤くなったと思います。
……だって今までは、子育てで頭がいっぱいだったのですから!
いきなり恋愛脳に切り替わりません!
ええもう、頭が追いつきません!
そうだわ! 決められない時は、可能性ががより広がる道を選ぶと良かったはずです。
それはつまり……
「私でよければ……よろしくお願いします」
私は、震えて蚊の鳴くような声で返事をしました。
王弟殿下は、泣きそうな顔で立ち上がり、両手を広げて私を抱きしめたのです。
私は驚いて、ただただ硬直しています。
会場中が歓声と拍手で湧きました。
扇子やタイを投げてる方もいます。
楽団は一際賑やかな曲を始め、そこかしこでプロポーズを叫ぶ声が聞こえだしたのです。
深夜、アグニス公爵家の令嬢として用意された部屋のベッドに、ローズマリーは座っていた。
今日の出来事が夢のようで、彼女は膝を抱えて考えこんでいる。
私はフローラと家族になれたことが、とても嬉しい。
同じ魂を持ちながらも、別人になった私達。
これからは家族として彼女と過ごしていけたら、こんなに誇らしいことはないわ。
リヒト殿下からのプロポーズ……。
あれは、ない。
もう考えようとするだけで、頭の中が真っ白になって苦しくて悶絶してしまう。
こんなことは、回帰前も前世でも小説でもなかったわ。
どうしましょう……!
リヒト殿下は、心から尊敬できる信頼できる御方。
彼の目指す国作りは、私が求めるものと同じ。
彼ほど仕事のパートナーとして頼れる人を、私は知らない。
彼が私でいいと仰ってくださるのなら、こんなに嬉しいことはない。
だからきっと結婚することが最適解なのよ。
思考が停止したまま、顔を両手で覆い、悶絶し続けるローズマリー。
やがてローズマリーが目をつぶると、彼女は夢も見ない深い眠りの中に落ちていったのだった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!