85 対面と体面(5)
◇◇ バラス教会長 シド ◇◇
神父が学ぶ教会の書物には、聖人が起こした奇跡や天罰、発明品の数々を記載したものが多くある。
その中でもマーヤ・リーに関するものは、史実だと分かっていても疑いたくなるような恐ろしいものが残されている。
【天のお力】については、基本学校でも習うのだが、長いことマーヤ・リーが降臨されなかった弊害か、次第に王族や貴族たちは聖人を敬う心を忘れ、教会さえも侮るようになってきた。
マーヤ・リーデ様が降臨されてからは、その恩恵を受けようと躍起になっているのに、マーヤ・リー様の予言は蔑ろにされてしまった。
そんな中でマーヤ・リー様が発せられた予言は、マセール王国とミレル帝国の全教会に激震を走らせた。
必ず厄災が起こると断言されており、マーヤ・リーデ様は聖マーヤ救援隊を結成され、厄災に備えていらっしゃる。
……前の大寒波の予言も当たっているのだ。間違いなく厄災は起こるだろう。
そして本当に大地の怒りに襲われ、領都バラスの建物の半分が倒壊した。
多くの人が死傷し、信者は教会に救いを求めてきた。
教会にもできることの限界があるので、日頃から教会に足を運んでいる信者と弱者のみを受け入れると決めた。
ところが厄災から2日目になると、金に困っていない商人や準貴族までもが、王孫や公爵の指示だと身分を振りかざし、頑丈な作りの教会内に避難させろと押しかけて来た。
「そんな時でした。神と教会を冒涜した王孫や貴族や暴徒に、天が怒りを示されたのです。教会の人間など斬り捨てろと命じた王孫の後方に、倒壊した教会の白い柱の一部が、天から降ってきました。
そして、そしてマーヤ・リーであられる聖人エレル様が、天の光を浴びながら神々しくご降臨なさいました」
緊急事態を告げる教会の鐘の音を聞いた住民たちを前に、私は何故鐘を鳴らしたのかを熱く語っていく。
「皆さんも、領主屋敷の迎賓館が倒壊したのを見たでしょう?
あれは王孫や公爵が民を救わず、教会を攻撃するという愚行を観ておられた天の、天のお怒りによるものです。
聖人エレル様は、どうか善良な民をお救いください、この国を滅ぼすのはお許しくださいと、涙ながら懸命に天に赦しを請われた」
話しながら、熱い涙が溢れていくのを止められない。
私はこの目で天の裁きを見て、聖人エレル様のお声を聞き、突然お姿を消される奇跡の瞬間に立ち会ったのだ。
善良な民を思うお気持ちが痛い程に伝わり、天を畏れぬ不敬者に対するお怒りも伝わり、あまりの尊さに全身が震えた。
「そうだ! 俺もその場で見ていた。間違いない! 聖人エレル様は、俺たちの為に天に向かって赦しを請われたが、全く反省しない馬鹿者たちのせいで、天罰が下ると仰られた!」
感動と恐怖の入り混じった表情で、あのシーンを目撃していた男が叫んだ。
「そうだ、私もしっかりお聴きした」と言いながら教会騎士が前に出る。
「聖人エレル様は、不敬者たちが全財産か命を差し出しても、天罰は免れないと悲しそうに仰られた。
そして、3時間以内にこの街から出るよう命じられた。
聖人エレル様と天を信じる者は、我々と共に街を出るのだ。生き残りたければ、必要最低限の荷物を纏め南門の外に向かって進め!」
私は次々と集まってくる住民たちに何度か同じ話をして、町の外に避難するよう説明した。
信じない者を無理に動かすつもりもないし、そのような時間も無い。
動ける者は、ケガ人を戸板にのせて教会から運び出し、私と神父は本教会から預かっていた収納ボックスに、残っている食料や必要な物を入れていく。
……この収納ボックスは、聖人ホワイト様の手作りだ。なんと有難いことか。
そして避難すると決めた者たちを連れて南門を出た5分後、再びゴゴゴーと地鳴りがして地面が揺れた。
人々は「キャーッ!」と叫びながら、その場にしゃがみ込んだ。
領都を囲む壁の一部がドーン、ドシャーと崩れ、街の中でも何かが壊れるような音がして、皆の顔が恐怖で歪んだ。
先日の揺れとは違い、立っていられない程の揺れではなかったが、聖人エレル様が直ぐに避難せよと命じられたのは、これを予知されたからだろうと人々は囁き合った。
領都の外に出て初めて分かったのだが、東のミレル大河の方から大きな地割れが領都に向かって伸びていた。
「ああ、この地割れは、領都を目指して来たのだ」と、思わず私は呟いた。
幾筋もの地割れが、領都バラスに向かっているのを見た避難者たちも、同じように感じたようで、避難して良かったと胸を撫で下ろしている。
善人と名高い小麦商人のナッツル52歳が、避難場所と決めた大樹ボアボアの下で、荷車から小麦袋を降ろして、教会の炊き出しに使ってくれと提供してくれた。
正直なところ、もう教会には食料が殆ど残っていなかったので、急いで太麺を作り少しの野菜と共に煮込んでスープを作った。
金を持ちだせた者には普通の椀で100トール、何も持ち出せなかった者には小さい椀に入れて食べさせた。
夕食後は、避難する途中で瓦礫の中から集めた木を燃やして暖を取る。
元気な男性たちは、ケガ人が夜露に濡れぬよう荷馬車で運んできた板やレンガを使って、簡易小屋のようなものを作ってくれた。
……今、この場には貴族が居ない。威張り散らす金持ちも居ない。だからこその譲り合いや助け合いだ。
何とか無事に夜を過ごせたと安堵しかけた夜明け頃、再び大きな揺れが起こり、寝ていた避難者たちは慌てて飛び起きた。
この揺れで、残っていた領都を囲む壁は全て崩れ、領都内では至る所で土煙が上がっている。
もしも残っていたら、崩れそうだった家の下敷きになっていただろうと皆は恐怖で顔を歪め、聖人エレル様の御導きに感謝し祈りを捧げる。
「みな聞いてくれ。本日中には、聖人ホワイト様が率いる聖マーヤ救援隊が救済にきてくださるはずだ。
昨日の教会前での愚行を再び繰り返すことがないよう、くれぐれも聖人様を敬い感謝し協力して欲しい。天は我々の行いを観ておられる」
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