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深遠の先へ ~20XX年の終わりと始まり。その娘、傍若無人なり~  作者: 杵築しゅん
大厄災

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72 マシロの選択

 後方から聞こえた「死ね平民!」という声と、キャーッという悲鳴を聞き振り返った私は、あまりの異常事態に息を呑んだ。

 ナイフを振り上げ鬼の形相で迫ってくるのは、我が校の男子学生だ。

 そして男子学生の後ろを追いかけるように迫ってくる、赤髪のポニーテールの女子学生の姿も見える。


 目の前で起こっている出来事に、どうすべきか瞬時に答えが出ない。

 ただ、振り下ろされるナイフを避けようと、上半身を後ろにのけぞらせた。

 それは一瞬の出来事だったけど、私の瞳は2人の学生を鮮明に捉えていた。


「ふざけるな!」と叫んだポニーテールの学生は、男の上着を後ろから掴んで引き寄せると、男の足首辺りを右足で思いっ切り蹴り飛ばし、仰向けに転倒させた。

 そして間髪入れず、ナイフを持っていた男の右手をダン!と踏みつける。

 全ての動作には一切の無駄もなく、訓練を重ねた騎士のように俊敏だった。


 駆け付けてきた私の護衛のアステカとスピカが、直ぐに犯人を取り押さえ、ポニーテールの彼女に「助かりました。感謝します」と深く頭を下げる。


「見事ね。ありがとう。お陰で助かったわ」


 ちょっとだけ肩で息をしている恩人に、私は笑顔で声を掛け、握手をするため右手を差し出した。


「いえ、お助けできて良かったです。尊いマシロさまを害するなど、万死に値する悪行です。あ~っ、もっと踏みつけてやればよかったわ。あっ、申し遅れました。教育学部1年のミレアといいます」


 未だ怒りが抑えられない様子の彼女だけど、差し出した私の右手を見ると、大きく瞳を見開き、両手で私の手をギュッと握って破顔した。

 なんとも男勝りな子だ。

 凶悪犯に素手で立ち向かうなんて、男でも難しいのに度胸があるというか頼もしいというか、貴族の女子には珍しいタイプだわね。


 深紅の髪に鮮やかなルビーの瞳。原初能力【炎】持ちだけど教育学部の入学者といえば、マセール王国の王孫だけだ。

 王太子妃とその息子の評判はすこぶる悪いが、確かこの子は入学試験で3位だったと記憶している。

 マセール王国の王族ということで教会は注視していたけど、どうやらこの子は規格外みたい。

 

 

 これはちょっと、危機感が薄れていたと自分に反省が必要かもしれない。

 まさか学生に襲われるとは・・・可能性はあると思っていたけど完全に油断していたわ。


「申し訳ありませんマシロ様、騎士団の手落ちです。あれはミレル帝国の宰相の息子で名はホバルです」


 青い顔をして駆け付けたソロン騎士団長が、捕えた犯人の名を告げて、教会地下にある留置場に入れたと教えてくれた。


「ああ、確か公式訪問の後で私の講義に乱入し、私の勘違いだから再び訪問しに来いって言ってた奴ね。なんか見たことある気がしたわ、は~っ・・・

 頭が悪そうだとは思っていたけど、自国を滅ぼしたいのかしら? 

 いや、あれは自分の仕出かしたことで教会に破門されるとか、国際問題になるなんてことも考慮できない愚か者ね」


 事件を聞き付け集まってきた学生会のメンバーや、教授たちに無事な姿を見せて、学生が混乱しないよう、予定通り学生会主催の新入生歓迎会を行うよう指示を出す。

 もしかしたら正義感の強い学生が、ミレル帝国の学生を吊るし上げるかも知れないから、騎士団に学内と寮内を見回るよう命じておく。




 私は直ぐに、緊急会議を行うため関係者に招集をかけた。

 メンバーは、賢者トマス、セイント・ロードス、総合大学の総長、医学部・教育学部・経済学部の学部長と、工学部・原初能力学部の副学部長、教会騎士団長である。ちなみに、工学部の学部長はトマスで、原初能力学部の学部長は私だ。


「ミレル帝国とマセール王国を襲う大災害を心配されたマシロ様は、救援隊を結成して備えてこられた。

 ミレル帝国の民を救うためにも尽力されているマシロ様を殺そうとするとは、正気の沙汰とは思えません」


 救援隊の活動に積極的に協力してくれている医学部の学部長が、恩人に対する暴挙は許すべきではないと怒りを滲ませる。


「しかもあの愚か者は、マシロ様に向かって、死ね平民……と叫んだとか。

 国王さえ跪く尊い聖人を見下すとは、破門は当然ですが処刑が妥当です」


 日頃温厚なセイント・ロードスは、犯人の処刑は当然で、ミレル帝国にも責任を問うつもりだと怒りを隠さない。

 対応次第では、総合大学も原初能力学園も、今後ミレル帝国からの受け入れを停止すべきだと強く言う。


「あの国は、聖人という尊い存在を理解できないようですな。

 時代遅れも甚だしく、プライドだけは大陸一高い。じゃが貴族としての責務は果たさない。

 ミレル帝国出身でも、真面目に頑張っている学生のことを思うと、余計に腹が立つわ」


 大学総長になった元医学学校長は、静かに怒っていた。

 医学部の学生は、何処の国の学生も優秀で真面目だ。たった一人の愚行が、学内の雰囲気を悪くし、国同士の関係にまで影響する可能性を憂いている。

 

 ……入学初日の大事件だもんね・・・夕方には聖地マーヤの住民まで全員知ってるだろうなぁ。


 ……は~ぁ、皆の怒りが関係のない学生や巡礼者に向かわないよう、慎重に処分を決めなきゃいけないな。



「処分について、私に任せていただけませんか?」

「情けは不要ですマシロ様」


 冷気を漂わせて言うのは、原初能力学部のドレン副学部長だ。

 彼とは二人三脚で研究所改革を行ってきたので、怒りの感情も大きいのだろう。


「フフフ、情け?

 マーヤ・リーデ(先導者)としての私なら処刑でも構わないと思いますけど、マーヤ・リー(予言者)として言わせてもうなら、あの腐った性根を叩き直し、どうか平民にしてくださいと懇願するまで、徹底的に鞭打って現実を分からせるべきでしょう? 当然、救援活動にも連れて行きますよ。


 昼間は囚人服で講義に出席させ、食事は毎食留置場で食べさせます。講義の無い時間は囚人として教会の奉仕作業です。

 講義は当然最前列で、居眠りなんて許しません。自分に向けられる視線に恐怖し、どれだけ愚かだったのかを理解させることは、教育者としての務めです」 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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