57 ヨンド共和国(2)
「アステカ、あの方は新しい聖人かもしれないわ。聖人騎士の紋章入り剣を見せて教会特例だと告げ、私たちが引き取ると告げてきて」
これ以上騒ぎになってはいけないし、何が何でも逃げたいって感じだから、急いで保護した方がいいと判断した私は、走り書きしたメモ紙をアステカに渡し指示を出した。
……きっと彼は、これが現実の世界だってことを、まだ受け入れられないんだろうな。
凄く怯えている訳じゃないから記憶が残っているタイプで、ちゃんと宇宙の管理人から説明を受けてないのかもしれない。
……私がここに来て既に11年。あれから地球はどうなったんだろう?
アステカに視線を向けると、教会騎士団の中でも限られた者しか持つことが許されない、緊急教会特例を出すことのできる刻印の入った剣を警備兵に見せ、鋭い視線を向けながら指示を出している。
教会特例とは、教会のセント、セイント以上の地位の者が認めた教会の保護対象者や、教会騎士が護衛する者の命に危険が迫った時、各国は何をおいても保護しなければならないと教会が定めた法令である。
他には、聖人または聖人の護衛騎士が緊急事態であると認識し、国・軍・警備隊等に指示または要請を出した場合、最優先でその指示に従わねばならないという緊急教会特例法令がある。
緊急教会特例は、天聖ソワレ様が2年前に追加した法令だ。
もしも指示に従わず、聖人または教会が保護すべき対象者が負傷した場合、教会は学都への入学や各セイント・セントの派遣を中止すると、脅しをかけている。
……注意じゃないよ、完全に脅しだよ。聖人である私がマセール王国の貴族により襲撃を受け死にかけたことは、教会にとって全然極秘事項じゃないから。
警備兵は教会特例の刻印を知っていたようで、頭を下げ礼をとっている。
まあ明日には聖人が公式訪問してくると分かっているんだから、ちゃんとした国なら警備兵にも教育し指示を出しているはずだ。
……うん、この国は合格だ。一見教会騎士に見えないアステカの指示にも、ちゃんと従って礼までとっている。
アステカは私が渡したメモ紙を、まだ興奮している男性の前に差し出し、よく見るように指さして視線を誘導している。
「オー、ジャパニーズ」と涙声で言ったアメリカ人と思われる青年は、安心したのかその場に座り込んだ。
私はメモ紙に、メイ アイ ヘルプ ユー? アイ アム ジャパニーズと英語で書いておいた。
正直に言って私は英語が苦手だ。簡単な挨拶くらいなら笑顔で誤魔化せる程度だもん。咄嗟に書けた精一杯がこれですけど、何か?
スマホがあれば勝手に翻訳してくれて、勝手に会話してくれる時代になったから、スペルなんて書くこともなかったし、コピペすりゃ良かったもんなぁ。
英検3級で何とかなるかな? はは、ははは・・・どうしよう・・・
日本の漫画とかアニメ好きだったらいいなぁ・・・って現実逃避していたら、アステカがアメリカ人の男性を伴って教会内に向かい始めたので、私とスピカも教会に戻っていく。
ああそうそう、私は現在変装中だ。
なにせ私の濃紫の髪は珍しくて目立つから、直ぐに身分がバレちゃう。
そこで焦げ茶色のカツラを被り、ブラックオパールの瞳が曖昧になるスモーキークォーツを使ったサングラスをかけている。
この世界、結構太陽が眩しいので着用している人がいるんだよね。
……2代前のオリエンテ商会の商会長が、開発販売したらしい。
騒ぎを聞きつけてやって来たヨンド教会の警備騎士に、アステカは自分は聖人ホワイト様の護衛騎士だと小声で告げて剣を見せ、保護した男性と自分を聖人ホワイト様用の部屋へ案内するよう指示を出してくれた。
突然現れた聖人の護衛騎士が、逃げ出した男を伴ってやって来たと知った教会の神父や護衛たちが、バタバタと走り回っている。
明日来るはずの者が今いるということは、聖人に何かあったか、間もなくやって来ることを示しているので、大騒ぎになるのは当たり前か。
アステカたちの後ろをついて行こうとすると、一般人は入れない回廊のところで神父に止められたけど、サングラスを外してにっこり笑ったら、平伏すように礼をとってから私を部屋に案内してくれた。
本教会以外の教会に行くと、みんなこんな感じで恭しく礼をとってくれるんだけど、わたし、ただの地球人だから。しかも中身おばちゃんだから。
……よし、今日ここに居ることは極秘だって念押ししておこう。
案内された部屋に入ると、困り果てた表情のアステカがアメリカ人男性の隣に座っていて、私の顔を見て助かったーって感じで息を吐いた。
私用に用意されていた部屋は、ゆったり座れるソファーセットが入って直ぐの所に置いてあり、奥には執務机と本棚があった。衝立で仕切られた右側のスペースにはベッドとタンスが置いてある。結構広くて花も活けてあった。
「Nice to meet you, I’m Masiro. 」
私はこれでもかって笑顔で右手を差し出し、握手をしながら挨拶した。
私も会えて嬉しいですと英語で返した男性は、自分をトマス・ディ・ダイトンと名乗った。
……ディ? もしかしてあの【D】?
うっかり某漫画の海賊たちに意識がいったけど、妄想思考を直ぐに戻して微笑む。久し振りに地球人に会ったから、いろいろ思い出しちゃった。
トマス君は29歳で、アメリカの有名なM大学の学生だった。工学博士課程を終える直前で飛ばされてきたらしい。
そこまでは何とか聞き取れてフンフンと返事をしていたけど、研究内容を話し始めた辺りから、何を話しているか分からなくなった。
私は正直に、英語は得意じゃないのと謝り、知り合いにオランダ人が居るから、その人なら会話できると思うって希望を与えておいた。
……よし、工学部系キターーーーー!
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
夏バテで更新が遅れました。また頑張ります。




