3 幼女で養女
あれからパンとスープをご馳走になり、なんとか意思疎通を試みた結果、アンバーの瞳のイケおじは、エドモンドさんということが分かった。
当然、私の名前を訊かれたけど、思い出せないから不安そうな顔で「ましろ?」って答えて首を傾げておいた。
お医者さんらしき人はフランさんという名前で、如何にも貴族令嬢が着ますって感じの赤い子供用のドレスを私に見せて、懸命に何かを質問する。
たぶん、このドレスを覚えてるかって感じのことを訊かれてる気はするけど、何にも覚えてないから、悲しそうな表情で首を横に振る。
食事の後、エドモンドさんの執務室っぽい部屋に連れていかれ、大きな鏡の前に立たされた私。
……誰? この可愛い幼女は・・・
……宇宙の管理者さん、悪口言ってごめんなさい。美幼女にしてくれてありがとう。
年齢は3歳くらいかな? 日焼けとは縁遠い感じの白い肌に、ちょっとウエーブのかかった長い髪。濃紫色の髪って・・・
瞳はブラックオパールみたいで、右目は光沢のある黒の中に透明感のある紫の部分があり、左目は光沢のある黒の中にゴールドかキラキラと散りばめられている。これってオッドアイ?
……この世界って、髪の毛も瞳も派手なんだ。
いやでも、医者のフランさんはブロンドの髪に普通の青い瞳だ。
ご飯の給仕をしてくれた女性は、金髪にちょっと薄い青い瞳だった。
イケおじのエドモンドさんは、こげ茶の髪だけど瞳はアンバーで宝石みたいな光沢があって、他の人とは輝きが違う気がする。
……言葉が通じないって本当に不便。質問ができない。
ご飯の後はお昼寝。まあ、幼女だし。
部屋に時計がないから分からないけど、太陽の位置から考えると、午後2時くらいかな。
いや、そもそも1日は何時間で、1年は何日だろう? この星の自転は?って考えたら疲れた。
……ふーっ、大人の知識があるってイラッとくるわね。
ベッドから起き上がり、カーテンの隙間から窓の外を覗いてみた。
部屋は2階だったようで、眼下にたくさんの人たちの往来が見えた。
ここは港町かな? 石畳の通りには荷車を押す人や肩に荷袋を担いでいる人が多く、路肩には露店も出ていて賑やかだ。
外見は地球人とさして変わらないし、文明は……大航海時代のスペインとかに似てるかな。
目線の先には港があり、帆船が停泊している。
3本マストのカラック船ぽい船とか、ちょっと上をいくガレオン船みたいな船が停泊してるってことは、かなり大きな港町じゃあないかしら。
再び往来する人々に目を向け服装をチェックする。
ルネサンス期の服装に近いけど、女性の服はコルセットで絞めてる感じじゃなく、ゆったりしたものが多いから良かった。
まあ貴族とか金持ちは、どうか分からないけど。
……ふむふむ、どうやらイケおじエドモンドさんはお金持ちのようだわ。
さっき見せられた赤いドレスだけど、似た服装の子供もご婦人もいないわね。あれが自分の服だとしたら、それなりの家の子供ね。
地球を参考にすると文化や文明は1600年代のヨーロッパに近く、肌の色、瞳や髪の色は様々だから、他種族が共存しているのね。
奴隷のように働かされている人は・・・う~ん居ないみたいだけど、大航海時代に地球の主要国は、奴隷制を認める大罪を犯したわ。
そんな文明や文化は嫌だな。
道を間違えると、宇宙の管理者が粛清を・・・ってことになりかねない。
まずは知識よ。この星のこと、この大陸のこと、国のことを知らなくちゃ。
季節は今、春とか秋っぽい。この国には四季があるかなぁ……あったらいいな。
一通りの推論を終えた頃、エドモンドさんが1枚の紙を持ってやってきた。
当然何が書いてあるか分からない。でもきっとエドモンドさんは善人だ。
長年占い師をしていた私の感がそう言っている。
「この町を出るにも私のところで生活するにも、身分証が必要になる。
お嬢ちゃんの身の安全のために、子供の居ない私たちの養女として迎えようと思う。
私はこの国、シュメル連合国でオリエンテ商会の代表者をしている。
お嬢ちゃんのその特殊な瞳は危険なんだ」
言葉は理解できないけど、とても真摯に説明されていることは分かる。
私はエドモンドさんの見本と同じように、差し出された朱肉のようなモノに自分の人差し指をつけて、目の前の紙の下の部分にぺたりと指を押した。
……契約完了で書類が燃えた・・りはしない。うん、ちょっと妄想しただけ。
エドモンドさんが安堵の息を吐いたから、きっと大事な書類なんだろう。
この時は、自分が大商会の一人娘になったなんて思ってもみなかった。
商人だろうなとは思っていたけど、2日ほど馬車に揺られて辿り着いた首都シュメルの、店の建物・倉庫・屋敷を見て思わず心の中で叫んじゃった。
……ラッキー! って。
金持ち万歳!
貧乏しながら頑張って這い上がっていくのは素敵だけど、58歳まで生きたおばさんとしては、一から苦労するのは精神的にきついわ。
万歳って喜んでいたけど、そこから始まったのは猛勉強の日々。
言葉も文字も何も分からない私を指導してくれたのは、エメラルドの瞳に深緑色の髪の美人さんで、なんと、エドモンドさんの妻オリアナさんだった。
「今日から私がお母さんよ。よろしくね」って。
イケおじの父様36歳と、森の精霊みたいに美しい母様34歳。
全然似てない親子だけど、これからよろしくお願いします。
でも中身がおばさんだから、上手く甘えられるかな?
微妙な娘でごめんなさい。真っ先にありがとうを覚えたわ。うん。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
本日は3話同時掲載しています。明日も更新予定です。