103 狂気と凶器(3)
公爵は直ぐに執事を呼び、必要な物を用意するよう命じた。
「ああ、必要な物を用意する間、公爵夫人とその娘には知られないよう細心の注意を払ってください。私は聖人ホワイトです。その意味が分かりますよね」
何故夫人にまで秘密にするのでしょうという顔をした執事に、私はしっかり脅しをかけておく。これは聖人としての命令なのだと。
「そ、それでは、アヤカを殺したのはあの2人なのですか! やはり・・・」
イツキノ皇子は椅子から立ち上がり、怒りの感情を隠すことなく私を見て問う。
「フッ、何をいまさら。怪しい、おかしいと思っていたのに、貴方はこの屋敷を捜索しなかった。
大事な妻と娘の捜索を他人に任せ、被害者面して悲しむなんて亡くなった2人に対して失礼です。何が何でも探す気があったなら、簡単に見付けられたのに」
まさかここで娘であるミリアーノが、父親に歩み寄るでも慰め合うでもなく、怒りをぶつけるとは誰も思っていなかっただろう。
だからイツキノ皇子本人だけでなく、同じく懸命に捜索しなかった王妃も公爵も項垂れて下を向く。
「公爵、貴方はあの狂人ディリーナを好きにさせ過ぎた。注意するくらいじゃ何の役にも立たないと分かっていての放置。この場に居る誰よりも貴方の罪は大きい。
ディリーナが最初に殺し屋を差し向けたのは、教会がシュメル連合国に行方不明の娘と似た者が居ると知らせた、私が6歳の時からでした」
そこから私は、あの悪女が行ってきた悪行を暴露していく。
マシロ・オリエンテであった6歳から、12歳の時に下級貴族を脅して30人もの殺し屋を使って私を殺そうとしたことまで。
「ミリアーノは、自分を庇って母親がナイフで刺される瞬間を見ていた。
母アヤカは、大事な娘を異母妹に殺されないよう最後の力を振り絞り、王都に戻るなと言い含めて空間移動させた。
でも座標を確定せずに移動させた結果、ミリアーノは異空間を出ることができずに亡くなった。憐れに思った神が見付けて、聖人である私を降臨させたのです」
ショーヤ以外の者は、自分の不甲斐なさと罪を痛感し声を押し殺して泣く。
「私が必ず断罪します」と、王妃が決意したように申し出る。
「いいえ母上、全ては私の優柔不断な態度が招いたこと。私が、私が断罪しなくてはアヤカとミリアーノに申し訳が立たない。わ、私が・・・」
拳を震わせながら、イツキノ皇子は私を見て自分が断罪すると言い、我慢できずに泣き崩れる。
アーレン公爵に至っては、怒りと悲しみと後悔が入り混じり、青い顔から白い顔になって滂沱の涙を流している。
「姉さま、大丈夫ですか」と、ショーヤが心配そうに私の顔を見て、膝の上で強く握っていたらしい右手を優しく撫でてくれる。
どうやら私も涙を零していたようで、護衛のスピカがそっとハンカチを差し出してくれた。
いつまでも泣いてはいられない。作戦決行の時はきた。
私はショーヤと一緒に屋敷内を見て回りたいと言って、スピカとアステカ、王宮騎士団長だけを連れ悪女の正体を暴く餌を撒きにいく。
「王宮騎士団長、もしも私が危機的状況に陥ったとしても、貴方は決して手を出してはいけません。
聖人である私を害するような狂人は、マーヤ教会が教会法で罰します。
貴方が守るのは王孫であるショーヤです。分かりましたね」
「ハッ、ご命令に従います」
騎士団長は跪き、深く頭を下げて了承する。
彼はミレル大河地震の時、バラス公爵領に国王とイツキノ皇子の護衛として同行していた。だから、聖人の怖さは身に染みて経験している。
「ショーヤ、これからも学園監察官を続けるなら、悪人の裏の裏をかく必要性を学ばねばなりません。
罪人の多くは自分の罪を知られたくないし、罪から逃げ続けようとします。
ですが今回のように追いつめられると、開き直る可能性が高いでしょう。
どうせ処刑されるなら、憎い相手や愛しい人を道連れにと考え、その機会を作ろうと必ず近付いてくるはずです。罠を仕掛けます」
「えっ、開き直って道連れ?」
ショーヤはそう呟いて、辺りをきょろきょろと見回し警戒する。
「ショーヤ、裏の裏をかくためには、何も気付いていない振りをするのです。
犯人が誰なのか気付いていない振り、犯人を捕らえようなんて考えていない振り、犯人を罠に嵌めようとしていることを、決して気付かれてはなりません」
私は厳しい表情でショーヤに教え、ショーヤが頷くのを見てにっこりと微笑む。
いつも通りの態度で接して、おどおどしたり怒りをぶつけてはいけないと、騎士団長やスピカやアステカにも、きっちりと言い聞かせておく。
「犯人は、現行犯で捕らえるのが一番です。その為に犯人を自由に泳がせ、さあどうぞと誘うのが今回の作戦です」
「ですが姉さまが危険な目に遭うのは嫌です」
「ふふふ、大丈夫よショーヤ。私は瞬間移動ができるから」
そう言って私は、5メートル先の廊下に転移してみせた。
ショーヤは目をぱちぱちさせ、騎士団長は恐怖で顔を引き攣らせる。
突然姿を消すという能力は、予言者である聖人エレルの持つ能力だと認識していたはずだから、ゴクリと唾を飲み込んだ騎士団長の顔色は悪い。
……まあ、わざと脅してるんだよね。皇子妃と王孫行方不明事件は、王宮騎士団が調査していたからね。
私たちは4階建ての屋敷を上からゆっくりと移動して行く。
2階で王妃たちと合流してからは、ショーヤは私を姉上と呼び、王妃はミリアーノと呼び始める。
私はイツキノ皇子をお父様と呼び、公爵をお爺様、王妃をお婆様と呼ぶ。
「可愛いショーヤ、貴方は姉のアヤカに似て、姉のミリアーノはイツキノ様に似ているわ。ねえミリアーノ、本当に私を覚えていないの?」
悪女は私たちと会うチャンスを逃すまいと、1階のロビーで待っていた。
ショーヤと私を舐めるように見て、狂気の宿った微笑みを私に向ける。
……ああ気持ち悪い。ねっとりと絡みつくような視線に吐き気がする。
「ええ、全く覚えていませんわ。だって私、3歳だったでしょう?」
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