101 狂気と凶器(1)
夜が明けて、自分を空間移動させた瞬間の母親を思い出したかもしれないとショーヤに告げ、真実を明らかにするため、父親であるイツキノ皇子を大至急呼び戻すよう指示を出した。
犯人が誰なのかも、詳しい様子も教えていない。
私が過去を思い出したことは、誰にも教えてはならないと厳命もしておいた。
そして王妃を呼び出し、過去の記憶が少しだけ戻ってきた気がするので、母親とミリアーノが行方不明になった日の、行動記録を提出して欲しいと頼んだ。
聖人ホワイトではなく王孫ミリアーノのことなので、強い口調ではなくお願い口調にしておく。
王妃は特に孫のミリアーノを可愛がっていたらしいから、少しの間だけミリアーノの役を演じて、行方不明当日のことをしっかりと思い出してもらおう。
皇子妃と王孫が黙って城から出ることなどあり得ないから、行動記録はしっかり残っており、王妃が直接手渡してくれた。
◆◆◆◆◆
皇子妃アヤカ様は、ご実家であるアーレン公爵家に、王孫ミリアーノ様3歳を連れて里帰りされた。
異母妹であるディリーナ嬢は、皇子妃アヤカ様は物体空間移動の能力を自慢していた最中に操作を誤り、能力を暴発させ王孫ミリアーノ様と一緒に突然姿を消したと証言した。
第三皇子イツキノ様は、アヤカ様は決して能力を自慢したりしないし、自身を空間移動させたことも、原初能力を暴発させたこともなかったと、ディリーナ嬢の証言に疑念を抱かれた。
しかしアヤカ様が、他者を空間移動させる特異な能力を使えたことは事実であるため、ディリーナ嬢の証言を虚偽であると断定はできない。
異母姉アヤカ様の人の空間移動は、最大距離でも王都内だと知っていたディリーナ嬢は、近くに移動したものと考え、行方不明になるとは思っていなかった。
そのため、王宮から2人が戻っていないとの問い合わせを受け、慌ててアーレン公爵とディリーナ嬢が事の次第を国王に届け出た。
行方不明から半日経過した夜になって、王家と公爵家で捜索を開始した。
◆◆◆◆◆
……へーっ、皇子妃アヤカさんって、他人を空間移動させることができたんだ。
……だからあの時、娘のミリアーノを助けるため、できるだけ遠くへ移動させようとしたんだろうな。
……いや、だからって2つの国をまたぐ距離を移動させるなんて不可能よね。
……そこは、神の御意思的な、宇宙の管理者の操作というか・・・いやいや、深く考えるのは止めよう。
「ミリアーノは亡くなったと聞きました。憐れに思った神様が、ミリアーノの体に聖人である貴女様を降臨させたとか。
魂はミリアーノじゃなくても、私にとって貴女は可愛い孫のミリアーノです。
体だけでも生かしてくださった神様には、心より感謝申し上げます。
あの、本当に、本当に貴女様は別人なのですよね?」
王妃は私の顔を慈しみの眼差しで見て、涙を浮かべ縋るように訊ねた。
「ええそうです王妃様。ミリアーノの記憶も感情も全く残っていませんでした。
ですが昨夜、神はミリアーノの記憶を一瞬だけ私の脳に送ってくださいました。
ダグラス王には秘密なのですが、私には聖人ホワイトという名の他に、聖人エレルという名もあります。私はマーヤ・リーでもあるのです。
予言者の能力で、私は皇子妃アヤカさんが殺されるシーンを視ました」
今にも涙を零しそうな王妃に向かって、ショックであろう真実を告げる。
王妃に打ち明けるのは、犯人を捕らえて罰するためと、ミリアーノの味方になってもらう必要があるからだ。
あのヘタレな国王や第一皇子では、性悪女の正体を暴く役には立たない。
「ええっ! アヤカさんは誰かに殺されたのですか? では、やはり、あの狂人が、あのディリーナが・・・」
王妃は両手を強く握ると、奥歯をギリギリと噛み締め顔を怒りで歪ませた。
……やっぱり王妃は、あの女を疑っていたんだ。
「あっ、聖人エレル様ということは、神の怒りと【天のお力】を行使される予言者さま・・・王族の犯した数々の失態、お詫びのしようもありません」
ミレル大河地震、元王太子妃とバカ孫とバラス公爵の処罰を思い出したようで、怒りの表情から一転、恐怖と戸惑いの表情で跪き、私に向かって深く頭を下げた。
「お座りください。今の私は半分聖人で半分ミリアーノです、おばあさま。
神が予言者である私に見せたシーンと同時に、ミリアーノの恐怖の感情と、母様を見付けてという切なる思いが、私の胸に流れ込んできました」
私がそう告げると、王妃はぽろぽろと涙を零し両手で顔を覆った。
その手を胸の前に移動させると、左手で右手を固く握り、呼吸を整えるように深呼吸をして、声を震わせながらも覚悟を決めた表情で話し始めた。
「あの日、私はアヤカさんに、実家に帰るのは止めなさいと言ったんです。
あの女は、アヤカさんとイツキノの結婚が決まった時、義姉よりも自分の方がイツキノ様に相応しいから、今からでも婚約者を変えるべきだと要求したんです。
イツキノが是非にと望んだ婚約であり、アーレン公爵も祝福していたのに。
結婚後も、あの女はイツキノを諦めず執拗に迫り、ミリアーノが産まれた時には、黒布の産着を祝いの品として持ってきました。
アヤカさんも私も、あの頃からミリアーノの命が危険に曝されるのではと心配していました。
なのに、こ、これが最後の面会だからと・・・実家には両親も居るから、だ、大丈夫だと・・・あぁ、もっと本気で止めていたら・・・」
王妃はあの日のことを思い出しながら、再び後悔の涙を流し始めた。
「過ぎた時間は戻せませんが、ミリアーノの悲しみと、母アヤカの無念を晴らすことはできます。おばあ様、どうか私に協力してください。
一緒に母様を見付けて、あの悪女に鉄槌を下しましょう」
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
最終章がスタートしました。
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