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時計の針がホームルーム開始時刻の5分前を指し示す。
入学して早々に時間ギリギリの登校は貴族として致命的だ。高等部に入学する貴族の子息子女がそれを心得ていないはずもないので、全員揃ったと見ていいだろう。
王国立ルエール学園高等部の1年が使用する教室には、今年度私の同級生となる50名余りが各々自由に過ごしていた。友人とのお喋りに興じる者、読書をする者、私のようにクラスのパワーバランスを見極めようとする者と様々だ。
教室の中で一際目立つのが、王太子ユーグ・リン・ファルエールとその取り巻き達である。
王太子殿下の周囲では、誰が王太子殿下の隣に座るのか熾烈な争いが繰り広げられていた。
王太子殿下は高等部を卒業後、半年から1年の準備期間の後に王位を継ぐことが決定している。
しかし、王太子殿下には婚約者がいない。
国王は早ければ結婚の適齢期に入った直後、遅くとも戴冠式と同日に結婚式も執り行うのが慣習だ。ファルエール王国は他の国よりも、王家の子宝が多いことを尊ぶ気質がある。そのため、最低でも第五王妃までは国王にあてがうはずだ。特に王妃としての公務がある、一番目の王妃は早々に決めてしまう。
しかし、王太子殿下の婚約者は未だ1人も決まっていない。
そして、未来の王妃の位を巡り、令嬢たちのアピール合戦が始まっていた。
王太子殿下は、笑みを浮かべて令嬢たちの様子を穏やかに見守っている。図太いというかなんというべきか、国王はそのくらい図太くなければ務まらないものなのだろう。
王妃など国の為に犠牲となるただの捨て駒でしかないだろうに、皆その地位が余程魅力的に見えるらしい。
現に王太子殿下を取り巻いている令嬢の幾人かに私も牽制を受けた。
現王には12人の子がいるが、それが何の犠牲の上に成り立っているものなのか彼女たちは知りもしない。王家によって秘匿されているため知らないのも当然と言えば当然なのだろう。むしろ知っていた方が問題だ。
けれど、何も知らずに憧れていられることがただ少し羨ましい。彼女たちは、知らないということが許されるのだ。
王家と王国を存続させる為に払われてきた犠牲を知るのは、この国で一番高貴な血を引く者とその伴侶のみ。これからも彼女たちが知ることなどない。
彼女たちの望み通り王妃にでもなれば知ることもできるだろう。しかし、知ったところできっとその時必要になるのは、国と家のために次の犠牲者になる覚悟だ。知らずに済むのなら、それに越したことはない。きっと知らない方が幸せだ。
どうやら王太子殿下の隣は、ボワイデ侯爵令嬢が勝ち取ったらしい。この教室で二番目に高貴な令嬢が彼女なので妥当なところだろう。一番目は王太子殿下に興味がないようだ。
隣に座れなかった令嬢たちは、諦めきれないのか王太子殿下のなるべく近くを陣取ったようだ。最後の一人が着席してからそう間を置かず3年間担任となる教師が入室したことでお喋りもぱたりと止む。
そして、シンと静まり返った教室で時計の針がホームルーム開始時刻を指し示す。それと同時に時刻を知らせる鐘の音が響いた。
ほとんどが小等部の頃から一緒とはいえ、私やボワイデ侯爵令嬢のように飛び級をした者もいるので改めて自己紹介をするらしい。前に座っている人から順番のようなので後ろの隅に座る私は最後の方だろう。
「ユーグ・リン・ファルエールだ。今年度からは皆と同じように通う予定だ。よろしく頼む」
前の方の座席に座っていた王太子の簡潔な挨拶に、一際大きな拍手が鳴ったのは気のせいではないだろう。学園で家名を笠に着たり、平民の特待生を使い走りにしたりすることは禁じられている。それでも、家柄での優劣はつく。
貴族社会の縮図でもあるここは、身分に相応しい立ち回りが求められる。つまり、媚びを売れることも重要な能力なのだ。まあ、ただ媚びを売ることしかできない人間は、貴族社会で良い評価は受けないが。
拍手が大きい程度は些細なことだが、親の爵位が上の者ほどあからさまな優遇を受ける場面を時折見る。まあ、今回の場合、小等部入学から首位を一度たりとも譲っていない品行方正な王太子殿下そのものが羨望の的なので、拍手に自然と力が籠るのも当然の事なのだろう。
王太子殿下は、王太子に指名されてから王太子教育を理由にほとんど学園には通っていない。この学園は、正当な理由と優秀な成績があれば通わなくとも進級や卒業ができる。
ただ、貴族向けの王国立の学園に王太子が通わないのも問題のようで高等部は3年間通うことにしたらしい。しかし、まあ今更感が否めはしない。
表向きの理由はどうであれ、成績には一切問題がないにも関わらず今更通い始めるのは、妃と側近選びの為というのが大方の見方だ。
「オリアンヌ・ボワイデですわ。どうぞよろしくお願いします」
先程、王太子殿下の隣を勝ち取ったボワイデ侯爵令嬢だ。挨拶と共に教室の一通り見回した彼女と一瞬目があった気がするのは気のせいだろうか。目があったというより、睨まれたような。こちらを捉えた赤紫の双眸に一瞬険が宿ったのだ。後ろの人を睨んでいた可能性も考えた。しかし、生憎後方の席に座った私にはめぼしい後ろの人が存在しない。居たとすれば幽霊か何かである。
そういえば王国立ルエール学園でも数回程度だが、敷地内で自殺者や事故死した人がいたはずだ。
果たして、幽霊に魔法は有効だろうか。魔法が有効でないとしたら私はどうすれば良いのだろう。聖水や魔除けのアミュレットも有効だといいが。
さて、幽霊の可能性は一旦脇に置いておいて、最近平民の間で流行っている小説の色々と鈍感な主人公ほど鈍感ではないという自負が私にはある。
つまり、恨まれる理由に心当たりは一応あるのだ。
彼女は通常の進級試験よりも難しいとされる試験に合格し、見事一年間の飛び級を果たした侯爵令嬢だ。王太子殿下と同学年になる為に飛び級制度を利用したのだろう。
王太子殿下の同学年には伯爵以下の令嬢しかおらず、王太子殿下が中等部の時点では王太子殿下の同学年に有力な王妃候補はいなかったのだ。
そこに侯爵令嬢である彼女が飛び級で同学年となれば、クラスの令嬢たちの頂点は彼女となるだろう。同学年になれば、王太子殿下との接点もそれだけ多くなる。飛び級自体が滅多にあることではないので、その点も含め彼女は第一王妃候補として優位に立つことができる。
彼女の計画では、他の第一王妃候補より一歩も二歩もリードする予定だったのだろう。
彼女の誤算は大きく2つ。
その内の一つが私の存在だろう。飛び級試験を合格したのは彼女だけではなかったのだ。
しかも、私は小等部の時に一度、中等部の時に一度で計2回も飛び級制度を利用している。
王太子殿下より2つ年下の私が同学年になったのだ。小等部の飛び級はさほど難しいものではない。彼女が中等部で飛び級をしてしまえば容易に塗り替えられる記録だ。しかし、彼女より一つ年下の令嬢が同じように中等部の飛び級試験に合格してしまえば彼女の記録は霞んでしまう。
そして、中等部の最終試験で一位の王太子殿下に続き、私が二位となってしまった。それはまあ、憎いだろう。彼女の面子と計画を同時に私が潰したのだから。
手加減の要領が未だに掴めないのは仕方がないにしても、手の抜き方も下手なのはどうにかしたいものだ。
王太子殿下はいい。このような場面で手を抜かなくてもいいのだから。私の場合、点を取りすぎると悪目立ちしてしまうのだ。
私が二年も飛び級をしたことが、傍から見れば王妃になるためのように見えてしまうことも問題だ。
確かに私の飛び級の目的は、ユーグ・リン・ファルエールと同学年になることに違いはないのだが。
さて、ボワイデ侯爵令嬢のもうひとつの誤算が··········
「ナーディア・デリツィア・ルミエリと申します。皆様とこの国で学ぶ機会を得られてとても嬉しく思いますわ」
ナーディア・デリツィア・ルミエリ。
隣国のルミエリ教皇国の皇女であり、彼女の存在こそがボワイデ侯爵令嬢の2つ目の誤算だろう。
今年度から留学生として高等部に彼女が入学したことで、このクラスで一番高貴な令嬢がボワイデ侯爵令嬢のはずがナーディア皇女に変わったのだ。
そして、彼女は未来の第一王妃の最有力候補とも考えられている。
しかし王太子殿下の取り巻きに加わっていないところを見ると、もう既に彼女を王妃として迎えるという確約があるのか、王妃になるつもりがないのかのどちらかだろう。
彼女が第一王妃の最有力候補と考えられているのは、彼女を王妃に迎えた時に発生する国益からではない。
わざわざ王太子殿下と同じ年に高等部に入学した。
この1点のみである。他国の皇女である彼女がこの学園に留学するには国王の許可が必須だ。そして、何故か今年度それが許された。
たったそれだけでも、王太子殿下と皇女のただならぬ関係を勘ぐるには十分である。
昨年や言ってしまえば数年前でもよかったはずなのだ。クラスのパワーバランスが他国の皇女に傾くことを危惧するのであれば、第五王女殿下や第六王女殿下の入学にあわせるか、そもそも入学を認めないという選択肢もある。
わざわざ王太子殿下の入学にあわせて皇女が留学し、留学を許可された理由があるはずなのだ。
そして、皇女は王太子殿下に王妃にと望まれているのではないか、そのような推測が皇女の留学が決まってから絶えることがない。
ボワイデ侯爵令嬢は気が気ではないのだろう。
侯爵家以上の令嬢で王太子殿下と一番歳の近いのがボワイデ侯爵令嬢だった。王太子殿下は第五王子だったため王太子に選ばれる確率は低く、貴族は王太子殿下が生まれた時期にそこまで子を産んでいなかったからだ。
私よりも年下に公爵家や侯爵の令嬢もいるにはいるが、王太子殿下が第一王妃を迎えるのは遅くとも四年後なのだ。
簡単に言えば王妃教育が間に合わない。
王太子殿下は当たり前だが戴冠前までに王子教育に加え王太子教育を終えなければならない。
王妃も王太子教育と王妃教育という違いはあれど、高位の貴族と同等かそれ以上の教養が必要とされることには変わりない。
国王の崩御など不測の事態が起こらなければ王太子が王位を継ぐのは早くとも成人後だ。ファルエール王国の成人は18歳だが、まだ王国立ルエール学園の高等部に在学中であるため実質は卒業後となる。戴冠式は国をあげての行事になるため、諸々の準備や調整が必要となるので卒業後すぐという訳にもいかないが、前々から準備をしていれば半年程で戴冠式を執り行えるだろうか。
以上のことを鑑みると、19歳で王位継承する予定の王太子殿下が最短で王位を継承する計画を立てていることがよく分かる。
現王は王太子殿下の準備が整い次第王位を譲られるおつもりなのだ。
最短で王位を継承する場合に問題となるのが、教育期間の短さだ。教育期間には経験を積む期間も含まれる。
未熟な王は、それだけ貴族や他国に舐められる。
それを現王や現王の側近たちがみすみす見逃したりはしないだろう。
だから、きっと、王家は強引な力技で解決したのだ。
王家の人間は程度や得意なことに差はあれど、総じて皆優秀なのだ。12人いた王子王女様たちの半数以上が、学園に在学中、試験成績一位を一度も譲らなかったのは有名な話だ。
この話すら王家の力のゴリ押しに他ならない。
王家に優秀な子どもが生まれるのは、もちろん優秀な家庭教師がいることも理由ではあるのだがそれだけではない。
血筋が持つ恩恵による力技とでも言えば良いのだろうか。
この国で最も高貴な血筋が持つ恩恵は計り知れない。血を薄めている私の家と違い、王家は血を薄めないように細心の注意を払っているのだろう。
最短で王位を譲り渡すことができるように王太子教育を施したのだろう。最短で王位を継承すると決めたのであればそれに向けて整えれば良いだけだ。
つまり、戴冠式ありきの王太子教育だ。
19歳で王太子殿下が戴冠できるように、おおよそ決まった戴冠式の時期までに王太子教育を終わらせる日程を組み、その通りに進めたのだ。どれほど無茶な日程であれ、恩恵による優秀さでゴリ押したのだろう。
恐らく、内容は削っていない。削れば即位後、国王を支える者たちが大変だからだ。王太子教育にはその支える者たちも関わるので内容を削ることを良しとはしないだろう。きっと王太子殿下は19歳までに王太子教育を完璧に終わらせるはずだ。そして、その目処が立ったのか学園に通う余裕すらあるようだった。
19歳までに王太子教育を完璧に終わらせるなんて無茶苦茶ができるのは王家だからだ。
そして、それを王妃にも求めてはいけない。
ボワイデ侯爵令嬢以外を第一王妃に迎えるなら、必然的に16歳以下の令嬢が現行の淑女教育に加え、王妃教育受けて王太子殿下の隣に立つことになる。
第三王妃以降の王妃であれば王妃教育の内容を削れるだろう。第五王妃以降であれば好きなだけ削れるだろうし、最悪婚姻後でもなんとかなるだろう。
しかし、第一王妃の王妃教育を削ることはできないのだ。
15歳や16歳の令嬢は、漸く淑女教育が一段落したぐらいの年齢だ。それも完璧には程遠く、両親の付き添いで徐々に社交界に参加し、両親や周囲から社交界での振る舞いを実地で学び始めるぐらいだろう。
そのくらいの年齢で、淑女教育を終わらせ王妃教育まで施すのは無理がある。淑女教育の終了は、ただ授業受けて終わることではない。全て身につけ、立派な淑女になって初めて終了なのだ。
到底、15歳16歳の令嬢が達成できる目標ではない。
伯爵令嬢にまで範囲を広げれば、王太子殿下よりも幾つか年上で淑女教育をほとんど終えた令嬢を探して今から四年間で王妃教育を施すことも可能ではある。
しかし、第一王妃は基本的に他国の王族か侯爵家以上の生まれの女性がなるものだ。伯爵家の令嬢がなった例も無いわけではないが、それは非常事だったからに他ならない。
国内は災害も少なくいたって平和で、他国との関係も概ね良好。何の憂いもないという訳では無いが平穏なファルエール王国は、そのような非常事ではないのだ。
王太子殿下が公爵家の令嬢が成人して王妃教育が終わるまで即位を見送るつもりがあれば、4、5歳年下の公爵令嬢が第一王妃に迎えられたかもしれない。しかし、王太子殿下の最短で戴冠式を執り行うという決意が揺らぐことはなかった。
だからこそ、第一王妃の位はボワイデ侯爵令嬢のものだったのだ。
彼女以外に王太子殿下に歳が近く、王太子教育がギリギリ施せそうな高位貴族の令嬢がいなかったからだ。
しかし、圧倒的に他の候補より有利でありながら、一向に王太子殿下とボワイデ侯爵令嬢の婚約話は進まない。それに痺れを切らして、より有利な立ち位置に立つために飛び級まで彼女は果たしたのだろう。
彼女が王太子殿下の婚約者にいつまで経ってもなれないことを嘲笑う貴族もいる。彼女が王太子殿下に嫌われているからだと言う者もいたはずだ。
そこに現れた隣国の皇女は、侯爵家の彼女よりも高貴な血筋と言え、歳は王太子殿下の10歳も年上だった。
ナーディア皇女は一年の半分をセネヴィラ侯爵家の別邸に逗留していることで以前から社交界で有名なのだ。
セネヴィラ家は、王太子殿下の姉君の降嫁先でもある。
皇女が社交界で有名なのは、第四王女と結婚したセネヴィラ家の嫡男とナーディア皇女との不倫が囁かれたせいだ。さすがに関わっている人間が中々の大物なので娯楽として話題にするのには少々リスクのあるものだったが怖いもの知らずは社交界にもいたらしい。あっという間に噂は社交界に広まった。
結局不名誉な噂を払拭するためか、第四王女が社交界で堂々と惚気けたことをきっかけに収束した。その噂を一番知ってはいけないはずの第四王女の耳にも届いてしまうのだから社交界で不用意な発言はするべきでは無い。
ナーディア皇女がファルエール王国に定期的に滞在している理由が、セネヴィラ家の嫡男と不倫する為ではなく王妃教育を受ける為だとしたらどうだろう。密かに王太子殿下と逢い引きをする為でもあるかもしれない。
10歳程度の年の差なら政略結婚だとよくあることだ。まあ、女性が年上のことは中々ないだろうが。そして、その年上の女性は何か特別な理由がない限り完全な行き遅れだ。
ここで重要なのが、ナーディア皇女と王太子殿下の婚姻には国益がほとんど発生しないことだ。
ルミエリ教皇国側には多少は利益となるだろうが、ファルエール王国に利益は欠片も存在しないと言っても過言ではない。
そしてこれは、二人が結婚した場合、それが政略結婚ではないということを示すことになる。
まず、彼女を王妃に迎えても、ファルエール王国に大した利益がないのは何故か。
簡単だ。ルミエリ教皇国は交易しても旨みの少ない国だからだ。
現在もファルエール王国とルミエリ教皇国は交易をしているが、両国間の輸出入額には開きがある。
ルミエリ教皇国はファルエール王国から多くの魔石を買っているにも関わらず、ファルエール王国はルミエリ教皇国から色々と雑多に買ってはいるものの、額としては魔石の販売額に遠く及ばない。これはルミエリ教皇国よりファルエール王国の物価が高いことも起因している。
ルミエリ教皇国は、多少無理をして毎年交易をしているのだ。それが数年で終われば良い。しかし、長年にわたりこのような交易を継続すればいずれ限界がくる。
それでも魔石を買うことをやめられない。
ファルエール王国が一番他国に輸出しているのが魔石である。
魔石とはダンジョンの魔物から手に入るものだ。この国は国土を占めるダンジョンの割合が多く、他国と比べても有数の魔石の生産地である。逆にダンジョンが国内に二箇所しかないのが教皇国だ。
ダンジョンの管理を怠ると、ダンジョンから魔物が溢れることがある。異常発生する年もあるため完全に管理することはできないが、魔物が溢れるスタンピードの兆候さえ見つければ、避難や騎士の派遣も間に合う。そのため、対処法を確立した今では上手くダンジョンと付き合えている。
スタンピードすら儲け時だとヒャッハーしている冒険者もいるのだ。恐ろしいことに。
ただ危険と隣り合わせのことには変わりない。
ルミエリ教皇国は、ダンジョンが少なく危険が少なく暮らしやすいことが利点だった。しかし、近年は魔石の需要拡大と二箇所あるダンジョンの魔物が弱く、数も少なくなったことで魔石の価格高騰に歯止めがかからないらしい。強い魔物ほど、大きな魔石を持っている為、ルミエリ教皇国で手に入るのは大抵小型の魔石なのだ。
程度の差はあれど、魔物の弱体化に伴う魔石の減少と魔石の需要拡大による魔石の価格高騰はファルエール王国を除いた、大陸の国全てで起きている。特に深刻なのが教皇国というだけだ。
そして、ファルエール王国だけが魔石を他国に輸出できるほど魔石を生産している。他国は自国分の魔石を自国のダンジョンだけで賄えなくなってきたのだ。
そして、ファルエール王国は現在国交ののある国全てに魔石を輸出しており、各国に売買する魔石の総数と価格は国で徹底的に管理されている。高く売れるからといって無計画に他国に販売すると自国分の魔石が無くなってしまうからだ。
帝国からは輸入する魔石の量を増やしたいと打診されているようだが、王国は全て断っているのだろう。
ファルエール王国で生産している魔石の余剰分と各国の物価や魔石不足の困窮度合い、運送料など様々なことを考慮して価格と販売量を決定しているはずだ。
安く売りすぎて販売した国に転売されたら目も当てられない。
逆に相手の国の足元を見て暴利を貪るのも良いが、国家という大きな組織同士の交易なら程々に良い関係性を築くに限る。
ファルエール王国が魔石目当ての他国に侵略されないのは、様々な要因が噛み合わさっているからだ。そして、その均衡が崩れないようにファルエール王国を含めた各国が維持しているからに過ぎない。
まず、軍備を整えるには魔石が必須だ。魔石を使用した装備とそうでない装備は天と地の差がある。
魔石を得る為に魔石を消費して戦争準備をすることになるが、戦争を始めてしまえば魔石の供給が滞る。ファルエール王国は自国に侵略してくる敵に魔石を贈るほど慈悲深くはない。魔石の輸入ができないため、自国のダンジョンで手に入る魔石を買い占めるしかないが、貴族や国民が日常生活で使用する魔石がなくなるのだ。それに不足分を輸入していたのだから買い占めを行わなくとも魔石は高騰する。
次に、ファルエール王国にバレないように軍事力を強化することも難しい。そもそも他国に売っている魔石自体各国の困窮度合いにあわせて最低限の量だ。余らせて他国が他国に転売したり、戦争をする時の為に温存したりしないように管理している。ファルエール王国に、軍備に魔石を割く余裕があると知られれば割り当てられる魔石が減らされるのだ。他国からすればたまったものではないだろう。
また、各国で手を組むという方法もあるが、そんなやり取りをすればファルエール王国の密偵に嗅ぎつけられる危険性も上がる。
仮にファルエール王国に勝ったとしても魔石の配分できっと揉めるのだ。
ファルエール王国に降伏を求め、今より多くの魔石を安く輸出させることを強いても必要量が生産量を超過するだろうから結局は魔石の奪い合いだ。
たった一度でも魔石を得るために戦争をしてしまえば、二度目のハードルは大きく下がる。戦地は際限なく増え、次第に混沌と化すだろう。
更に、大っぴらにはされていないが、ファルエール王国以外の国では魔力量の多い人間が少なくなっているのだ。個人の魔力量は、その両親の魔力量に依存する。魔力量が多い夫婦には魔力量の多い子供が生まれる。しかし、両親の魔力量と同等かそれ以下の子供しか生れなくなっているのだ。両親の魔力量を超える子供は滅多に生まれず、その分魔法使いの質の低下を招いている。
ファルエール王国に密偵を放てば、ファルエール王国では魔法使いの質が低下どころか向上していることに気付くだろう。戦争を仕掛けるのも躊躇するほどファルエール王国と各国には戦力差が生まれている。
そして、その差を埋める為には魔石が必要となる。
魔石を得るには魔石が必要になるという、どうしようもない状態に各国は陥ったのだ。
敵国への魔石の輸出をやめた分、軍備に使えるファルエール王国と魔石不足の中侵略を始める他国。どちらに軍配が上がるのかは火を見るより明らかだろう。
どれほどファルエール王国に有利であってもそこは戦地に他ならない。必ず予定調和の結末にたどり着くとは限らないが、ファルエール王家の人間こそイレギュラーな存在だ。
第三王子が敵軍を何度か焼き払えば相手の国も諦めるだろう。魔物のように素材を回収する必要もないので、焼き払ってしまえば良い。遺品の回収はほとんどできないだろうが、火葬の手間が省けるし、疫病の心配もない。焼き討ちは動植物にも影響が出るのが難点だが、国民に被害者が出るよりマシだろう。
ダンジョンでスタンピードが起これば、堂々と正面から最深部まで魔物を倒しながら突き抜ける様な第三王子だ。敵軍の中を一人で駆け抜けるぐらいは平然とやってのける。
王家の血筋が受ける恩恵がある限り、ファルエール王国は負けはしないだろう。
ファルエール王家は、なんというか各国を生かさず殺さず管理することが上手いようだった。
魔石を独占に近い形で所有するファルエール王国は他国民から憎まれやすい。先王はその点にも手を打っていた。
魔石を独占してしまえば、ファルエール王国に向けられる悪感情は留まるところ知らないように膨れ上がるだろう。
しかし先王は本当に上手くやった。
まるで各国が魔石に困窮することを予知したように、魔石不足が深刻化し始めた各国と和平交渉を行ったのだ。魔石の交易をちらつかせて。
実際、先王はこうなることを見越して周辺国との関係を整えたのだろう。今の平穏な日々は、老獪な先王と魔石不足の深刻化にあわせて魔石の輸出量を管理している現王の手腕によるものだ。
魔石を売る国を、魔石を独占せず安く譲ってくれる国と受け取るのか、魔石を独占して売ることで利益を得る国だと受け取るのかで他国民の心証は大きく変わる。
どんどんと深刻化する魔石不足で高騰し続ける魔石を一定額で売ることでそれに歯止めをかけているのも本当だが、魔石の売買で大きな利潤を得ていることも本当なのだ。やっていることは同じでも人によって受け取り方は大きく変わる。
そして、人間は自分にとって都合の良いことの方が信じやすい。
この国民の感情を利用して戦争を正当化する国も存在する。
そこまで見越していたのか先王が周辺国全てと魔石の交易を始めていたおかげで色々と手が打てるのだ。
他国の王家が、国民にファルエール王国を憎むように誘導し、その感情を煽る動きがあれば、すかさず魔石の取り引き中止をちらつかせる脅迫まがいの方法もそのひとつだろう。
ファルエール王国一強の情勢だが、魔石が採れない土地を手に入れても大した利益は得られないこともあり、ファルエール王国が国土を拡大しても利益はない。
その他にも様々な要因が複雑に絡み合い、今のこの均衡が保たれている。
ナーディア皇女と王太子殿下の婚姻はこの均衡を崩しもしないが、役立ちもしないのだ。
それだけではない。
そもそも、ルミエリ教皇国はファルエール王国民の心証もあまりよろしくないのだ。
現王のご逝去された第四王妃様は、現在もルミエリ教皇国を治める教皇の妹だった。侍女などにキツくあたると、7人いた王妃の中でも評判が良くなかったのだ。
第二王子と第六王女の母君でもあるが、第六王女の我儘っぷりは有名だ。それが第四王妃に良く似たと社交界で囁かれてもいた。
ファルエール王国では4代ほど前の国王からマリンブルーの瞳が受け継がれており、近頃は王家のマリンブルーを尊ぶ傾向にある。
ルミエリ教皇国は、ファルエール王国以上にそれが顕著だ。教皇国では、教皇の血筋だけが持つ紫の瞳が尊ばれている。紫の瞳の男性でなければ教皇になれないほど徹底しているそうだ。
現王に嫁いだ第四王妃は、その紫の瞳の持ち主だった。人質の意味もあったのだろう。大切な紫の瞳を外に嫁がせてでも、魔石が欲しかったらしい。
そして、教皇国はもう一つ欲しいものがあった。
魔石不足の深刻化で、教皇国民の心が教皇から離れつつあったのだ。先代教皇が人民の心を取り戻す為に目をつけたのがファルエール王国の聖女であり、今の現王の第一王妃である。
教皇国は、聖女と皇太子の婚姻を求めたのだ。先王はそれを跳ね除け、現王の第一王妃に聖女を迎えさせた。
この時の騒動は、貴族と平民の両方から支持を受ける聖女を強引に連れ去ろうとしたとして、王国民の教皇国への心証が一気に悪化した。
それでも、ルミエリ教皇国は諦めなかった。
時が経ち現王と第一王妃の間には、二人の王子と一人の王女が生まれた。第一王子と、第五王子で王位を継ぐユーグ王太子殿下、そして現在はセネヴィラ侯爵家に嫁いでいる第四王女だ。
この第四王女が第一王妃の若い頃と瓜二つだったことや聖女と呼ばれ始めたことで、再び教皇国の皇太子と聖女の婚約話が持ち上がったのである。
ファルエール王国は王太子が決定するまで、王子王女に婚約者をあてがわない慣習がある為、それを理由にファルエール王国はまたその婚約話を跳ね除けた。
そして、王太子が第五王子になることが内々で決定した頃から王太子の発表前までに、第四王女の婚約者を見繕ったのだろう。
現王は第四王妃を教皇国からもらっていることもあり、正当な理由がなければ断りにくいという事情もあった。
第四王女の子供にまで執着されても困るので、ファルエール王家は、第三王女を代わりに教皇国の皇太子と婚約させた。
そして、第三王女はルミエリ教皇国にある学園に留学していった。これで一時期は聖女を発端とする婚約騒動は終結したようにおもわれた。ところが、第三王女は一年も経たずに婚約を破棄して出戻ったのだ。
第三王女と同じ歳の皇太子は、学園で仲良くなった別の令嬢にうつつを抜かして、第三王女に婚約破棄を突きつけたらしい。
これ幸いと第三王女は婚約破棄を了承して帰国。
ルミエリ教皇国が欲しかった第四王女ではなく第三王女で手を打ったのは、提示された持参金に目が眩んだからだろう。今のルミエリ教皇国は経済的に困窮してしまっているので仕方がないことなのだが、皇太子はそれをあまりよく理解できていなかったらしい。
第三王女と結婚しなければ、輿入れと共にやってくる持参金も綺麗さっぱり消え失せるのである。
ルミエリ教皇国からやって来た使者は、手違いがあったと謝罪し第三王女に戻って来て欲しいと懇願した。
ファルエール王国は、その使者に対し、謝罪を受け入れはしたが第三王女は皇太子に裏切られたショックで帰国以来親類以外の男に怯えるようになり、深く傷ついている、療養をさせてはいるが良くなるかは分からないから婚約は白紙に戻そうと提案したのだ。
使者はそれでも婚約の継続を願ったが、男に怯える王女には皇妃の位は務まらないとファルエール王家は婚約を破棄した。
それだけでは収まらず、第一王子と現王の妹の子供を使者としてルミエリ教皇国に送り付け、ルミエリ教皇国側が所有していた婚約書類の破棄と現王の第四王妃が嫁いだ時に交わされた両国間の交易に関する取り決めの大規模な見直しを行った。幾つか教皇国側に不利な条件が付け足されたそうだが教皇国は条件を呑むほかなかったそうだ。そもそも現王に第四王妃が嫁いだことで、教皇国側に多少有利な取り決めで合意していたので今は対等な交易になっているはずだ。
この一件で第三王女はキズモノにされたと噂が広がり、ルミエリ教皇国の評判は更に落ちた。
私にはファルエール王家の筋書き通りにことが運んだようにしか思えないのだが、真相は不明のままの方がいいだろう。
第三王女が他国の皇太子と婚約したことから、まずおかしいのだ。
ファルエール王家が持つ血の恩恵を他国の王家にやる訳にはいかない。
これは変わることの無い不文律だ。それにも関わらず、第三王女は婚約した。
婚約破棄ありきの婚約だったのなら、向こうの皇太子にちょっとばかり同情してしまう。婚約者がいるにも関わらず他の女性にうつつを抜かすような人間は、私も御免被りたいが。
ナーディア皇女は教皇国の皇太子の腹違い姉であり皇妃の子供だ。彼女には兄もいるが、兄妹共に紫の瞳ではなかった為、彼女の弟で紫の瞳を持つ愛妾の子供が皇太子となったらしい。
本来、教皇の伴侶は一人で皇妃も一人しかいない。しかし、紫の瞳を残す為に愛妾が黙認されている状態だと言う。
第四王妃はご逝去された為、ルミエリ教皇国から新たに人質を迎えても良いが紫の瞳ではない彼女は、はっきり言って人質としての価値が薄い。
政治的に見ても、金銭的な利益の面を見ても、王太子殿下とナーディア皇女の婚姻は利益にならない。
だからこそ、王太子殿下に望まれているという言葉が真実味を帯びるのだ。
一国の皇女という身分があるだけで、他には何もない皇女様が王妃になるのだとしたら、それは王太子殿下に望まれてのこと。
国や家のための政略結婚ではないということは、王太子殿下が望んだという事実に他ならない。
いつまで経っても婚約者になれないボワイデ侯爵令嬢ではなく、王太子殿下のお心は皇女にあるのではないか、そんな憶測だ。
ボワイデ侯爵令嬢はそれが許せない。
恐らく、ボワイデ侯爵令嬢にはボワイデ侯爵家で王妃教育に準じるものを施されているはずなのだ。
思いがけず手元に転がり込んできた第一王妃になれる可能性。ボワイデ侯爵家はそれをみすみす手放すつもりはないだろう。それも第一王妃は彼女でほとんど確実だったのだ。彼女は第一王妃になるためにたゆまぬ努力をしてきたのだろう。血筋の恩恵のない人間が飛び級をするのは容易ではない。あと四年足らずで王妃教育を終えなければならない彼女はその厳しさも知っているだろう。
まるで献身だ。婚約者でもない王太子殿下とファルエール王国、ボワイデ侯爵家に向けた献身とでも言えば良いのだろうか。
だから、だからこそ、ボワイデ侯爵令嬢は、ぽっと出の皇女が許せないのだろう。
私から見れば第一王妃は彼女がそこまでの献身を捧げるに足る地位ではないと思うのだが。
それに王太子殿下は··········
「イレーヌ・フォートリエルですわ。よろしくお願いいたしますわ」
聞き慣れた声に、思考の海から引き戻される。一度考え込むと話しかけられるなど外部からの刺激がないと戻ってこれないのは私の悪い癖だ。
イレーヌ・フォートリエルは私の2つ年上の姉だ。彼女は、父の前妻に似たらしく私とは全く似ていない。欠かさず手入れをしている薄紫の髪を腰まで伸ばし、片方だけサイドを編み込んでいるようだ。後ろから眺めているので、爛々と輝いているのであろう彼女のオレンジの瞳が見えないことを少しだけ残念に思う。教室全体を把握するならこの席が一番なのだが。
そしてイレーヌの自己紹介をあからさまに嘲笑った三名の令嬢と、僅かだが人を嘲る笑みを浮かべた令嬢と令息を計12名、嫌悪感を滲ませた令息を一名を捕捉した。
あまり得意ではないのだが顔を見えなくても、それを把握する術はある。血筋の恩恵に頼った力技なので、私も王家と同じ穴の狢だろうか。
姉の敵は少なくとも16ほどいるらしい。
他の令嬢と一緒に座っていないところを見るとクラスで孤立しているようだ。
敵は最低でも16、味方は一人もいない現状を見るとイレーヌの3年間は中々ハードになりそうだ。
私もぼっちなことには変わりないので私もだろうか。私は飛び級をしたのだからクラスに友人一人いなくても仕方ないのだ。
イレーヌの母は、侯爵家の令嬢で評判が良くなかったのか、良い年頃の公爵家や侯爵家の令息がいなかったのか伯爵家のお父様と結婚した。
そして、イレーヌを産んだ後、侯爵家から連れて来た使用人のひとりと駆け落ちをしたのだ。乳母はいたものの、乳飲み子を伯爵家に残して。
イレーヌの母君の生家である侯爵家は娘の駆け落ちを全て父のせいだと社交界で吹聴した。お父様にも非はあったのだろうが、イレーヌの母君に全く非がなかったとは思えない。
それから間を置かず、お父様は出会って間もない私の母と恋愛結婚をしたこともあり、社交界には結婚前から夫婦共々不義があったと噂されたのだ。
貴族が愛人を囲っていることは珍しくないが、未婚や新婚の若い貴族が愛人を囲っているのは醜聞になる。それが婚約解消や離婚の原因になれば尚更だ。
そしてお父様から直接聞けたわけではないが、イレーヌの母君の愛人を名乗る男が6人も伯爵家の屋敷を訪ねてきたらしい。本当に愛人だったのか、男が手切れ金欲しさに大嘘をついたのか、当人が駆け落ちをして行方しれずのため真相は分からないままだ。
この自称愛人さんが登場したことで、いよいよイレーヌの父親が誰なのか分からなくなった。当初は、お父様か駆け落ちした使用人のどちらかである可能性が高かったが愛人さんの登場で、父親候補が一気に増えたのだ。
仮にイレーヌの母君に愛人がいたとして、愛人が名乗り出た6人だけとは限らない。
イレーヌは髪も目の色も母親に似ており、赤子の顔立ちはから父親を予想するのも至難の業だ。
イレーヌの母君の娘であることは確かだったので、一時期は侯爵家でで引き取る話も出たらしい。しかし、イレーヌの祖父母は父親が誰かも分からない子供を引き取ることに難色を示した。
イレーヌを孤児院に入れる選択肢もあったはずだが、お父様はそのままフォートリエル伯爵令嬢としてイレーヌを育てている。
そのため、フォートリエル伯爵家自体、社交界での評判があまりよろしくないのだ。イレーヌの父親が分からないことすら社交界では有名な話なのだ。イレーヌと私が優秀なことで多少払拭できた気もするが、優秀なことを妬む人間もいるため15年以上経った今でもあまり評判は良くなっていない。一般的に評判が悪いところはもっと嫌われ方が派手なので、良くもなく悪くもなく程度かもしれない。
自己紹介ももうそろそろ終わりらしい。次は私の番だろう。ただ椅子から立ち上がるだけでも優雅さを忘れてはいけない。年下だと舐められようがやり返す自信はあるが、私は手加減が下手なのだ。なるべく穏便に済ませた方がいい。
「エリーズ・フォートリエルです。皆様より2つほど年下なので至らぬところがあればお教えいただけると幸いです」
意外にも私は嘲笑の対象になっていないようだ。嘲笑うというより、不愉快そうにした人間が若干名。ボワイデ侯爵令嬢には明らかに睨まれた。あれはやはり睨まれているようだ。ナーディア皇女の視線は興味だろうか。ナーディア皇女と共に留学生として入学した女騎士の視線も興味だろう。ユーグ王太子殿下は、私の魔力量が足りていないせいで読み取れない。やはり王家は化け物の集まりだ。こんなことを言えば不敬罪で首が跳ぶだろうが。イレーヌには微笑み返したのだが、気づかなかったのか顔を背けられた。あの暖かなオレンジ色の瞳が一瞬見えたので良しとする。
不愉快そうな人達は、2つも年下の小娘に負けたことでプライドがさぞ傷付いたのだろう。
いじめは禁止されているが指導と称して、いびられることぐらいはあるかもしれない。私のついでにイレーヌも標的にされたりしないように気を配らなければ。イレーヌにはなるべく迷惑をかけたくないのだ。
それと、飛び級をした目的も忘れてはいけない。
もうあの子に残された猶予は少なく、私も手段を選んでいられないのだから。