みたことない世界は見ることができない
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例えば こう考えてみよう。世界は一つだって。
いくつもの宇宙がのみ込まれて、それでも一つだって。
こんな歌、どっかで、どっかで聴いたことある。
だいぶくたびれてきたように見える大きな、真っ直ぐにのびる幹線道路。自動車は走っていない。傍には街路樹もレイアウトされている。木々と金属板の防音壁が、いつでも夕暮れ時の空に輪郭を切り出している。街路樹とガードが途切れたところに、駐車場を構えたファミレスが一軒だけ、すんなりおさまっていた。不思議とあのたたずまいは、いつでもだれかを待っているような顔に見える。
いつもと同じ位置までやってきたところでウインカーを出す。同じタイミングでハンドルを切る。窓の風景がぐうんと回る。駐車場はそれなりの敷地があって、おまけに一台も車両が停まってないからどう停めたってかまわない。夕焼けはピンクにオレンジを混ぜて雲の群青が滲み出している。点々と生えた枯れ木のような街灯が血色の良くない光を放ち出す。彼は車を、店から駐車スペース3列分離れた枠の中に、バック一回で停める。いつもと変わらない要領で。エンジンを切り、キーを抜いてドアを開ける。かすれ気味の枠線から車体は斜めにはみ出している。ドアを放り投げるようにして閉め、鍵をかける。一連の動きのまま、腰に差してあるブロックを抜き取って構える。瞬時にブロックは伸び、カクカクと細やかな、無機物の動きをして腕に絡みついた。引き金を引く。車は色を失い、輪郭を失って、時間とともに黒々としてきたアスファルトに溶けて消えて行った。戻ったブロックを腰にしまいながら、車が停めてあった駐車スペースを見やった。痕跡すらない。遥か以前から一度も車をのせたことがないまま年を重ねた駐車場があるだけだった。夕焼けはもう暮れかかり、赤みが増した紫色になっている。
二重になっているガラス扉を開けて店に入る。店内は薄暗いが、フロアに足を入れた途端に間接照明やら天井から下がった丸いランプやらが光を灯しだす。店内はもちろんガラガラで客はいない。客はおろか、店員もいる気配はない。正方形に近いフロアで、客席はコの字型のエリアに配置され、それ以外中心にドリンクバー、セルフサービスの類、厨房、スタッフルーム、トイレがまとまったつくりだ。あたりの空席は気にもとめず、入って右手奥の角二辺をソファ、向かいをイスに囲われたテーブルに歩み寄る。ちょっと立ち止まり何かチェックするように、一つ一つのアイテムに視線を這わして行く。何も変わっていない、ように見える。ソファには前と同じ形でブランケットが情けなくへたり込んでいる。裾をちょっとどかして腰を鎮める。上半身も背もたれに預けてじっと店内を眺める。
「ここには大したものなんかない。変わるようなものなんてありゃしない。」
そうセリフ長でつぶやいてみて口の端で笑ってみる。それもまた演技っぽい。なんだか全てが大したことのないものの演技をしているみたいでそのことが妙に嬉しく、おかしい。体を起こして、テーブルに広げた状態で置かれたままのメニューを手に取る。表紙には色あせてるんだかそういう色なんだかわからない色調の、季節限定メニューなんかの印刷デザイン。めくって行くとグランドメニュー(通常メニュー)、セットメニュー、付け合せ、ドリンク、デザート、テイクアウトなんかがページを埋めている。みんなお祭り屋台や見世物の山車を紙面にしたみたいに爽やかで賑やかだ。特に決める意思もなく、適当にぱらぱらとめくっては組み合わせなんかを考えてみる。テーブルはなぜか真四角の形で、二人が同時に頼んだらそのほか何も置けなくなるぐらい狭い代物だ。その上、テーブルセットのカトラリーが入るプラスチックのケース、紙ナプキン、限定の別刷りメニュー、注文用タブレットまで並んでいる。タブレットには外の夕暮れがもう深い紫に変わっている様子が反射している。彼はソファーに座ったまま前をみた。入ってきた入口が店内にせり出している。そこから向かって右にあるドリンクバーコーナーに、向かい側奥のテーブルとソファが隠れて行く。大きなガラス窓を背負っている。夕闇である。左を向けば、出入り口のコーナーで折れて、こちらに向かってきているガラス窓の端っこが目に入る。縁に十分に育った観葉植物が並べてある。
タブレットを台座から抜いてタッチする。フワッと画面が光を帯びて表示される。まわりの薄明かりが瞬間、闇に吸い込まれたように感じられる。メニューは、、、さっき見たやつとおんなじ。なに注文してもいいけど、なんでもできるんならあえて普通がいい。何かすごいスペシャルはとっとくぐらいがちょうどいい。あ、でもこの季節のドライキーマ、この間食べたな。とりあえずグリルチキン、ライス、スープ、ドリンクバーのセット。注文ボタンを押すと通信したことを知らせる音が鳴った。フーっと息をついてドリンクを取りに立ち上がる。ドリンクバーにはコーヒー用のマシン、炭酸飲料などをサーブするマシン、スープバー、お茶のコーナーに、ドリンクの水槽を備えた蛇口が並ぶ。マグカップを下の水切りカゴから取ってコーヒーマシンにセットする。ブレンドコーヒーを押す。ガラスコップは別のマシンに持っていき、ジンジャーエールを入れる。ちょうどいい頃にコーヒーも入っている。それぞれ回収して席に戻る。湯気を立てるコーヒーを一口。普通、な気がする。でもおいしい。ジンジャーエールが泡を吐いては、行くあてもなく消えて行く。気づけば窓の外は闇になっていた。
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