思い出
「もしもし、誠ちゃん。今出てこられる?」
それはあのショッピングモールの出来事があってから、一週間後のことである。
なぜか優香先輩は僕の家の電話番号を知っていて、家の電話にかけてきた。
お互いの携帯番号は教えあっていないから、当たり前のことなのだが、それにしても家に掛けられると、出る僕のほうは結構困ったりするものだ。
「なんでですか。この前みたいに荷物持ちにさせられるのは勘弁ですよ。」
僕たちの間ではあの日のことを話すのは優香先輩が避けようとするので、あまりしないようにしていたのだが、また同じような思いをするのはごめんである。よって、僕はショッピングモールに誘われたら断るつもりでいた。
「この前のことは言わないでよ。本当は私とデートしたかった?」
それは本当のことなのだが、さすがにそんな質問にはいと答えてしまうわけにはいかない。
「そうじゃないですけど。でも、なんとなく優香先輩のことが心配で。」
「だから、大丈夫だって。この前も言ったでしょ。私が大丈夫だって言ったら、大丈夫なの。そんなに先輩のことが信じられない。」
「いや、信じられないです。」
「えー、ひどい。それでも私のかわいい後輩?これでも私結構誠ちゃんのこと気に言っているんだからね。」
「はい、はい。」
「もう、そんな返事して。そんな返事するなら、もう知らない。」
なんだか、ごちゃごちゃ言っているが、この先輩の言っていることはまともに聞くと損をする。
字面だけ聞けば、まるで優香先輩が僕のことを好きなのかと思うような口ぶりだが、全然そんなことはないのである。前、半ば寝ぼけて、半ばふざけて好きといったことがあるのだが、その時もはぐらかされてしまったのである。
だから、先輩が僕のことを好きなどありえない。
「それで、何ですか。僕を呼び出す用事って。」
「君の声が聞きたくて。」
「先輩。」
「ごめんごめん、いや、そこまでの用事でもないんだけど、一緒にひまわり見ない?」
「いつも、見てるじゃないですか。」
「いつも、見てるのは誠ちゃんか私だけでしょ。どっちかが早く来たら、ヒマワリを見てて、どっちがが後から到着したら、すぐ違う場所に移動しちゃうんだから。」
「わかりました。じゃあ、先輩の手作り弁当待ってるんで。一緒に花見と行きましょう。」
「えーなんで急に私がお弁当を作るはめに。でも、私が誘ったし、作ってきてあげる。おいしくね。」
僕はこんな感じで意外とちゃっかりしているのである。先輩の料理がどんなものなのか食べてみたいってずっと思っていたから。
でも、完璧な人間にも弱点があるというのが、この世界の習わしであることは、既存の事実談や小説、漫画が証明している。そして
そのテンプレートが歌下手や口下手、そして料理下手である。
優香先輩にはその可能性がある。なぜなら、完璧人間と僕は感じているから。いや、子供っぽいという欠点があるか。でも、それを言ったら、また喧嘩になりそうなので、そのことは僕の中だけにとどめておく。
「ほら、結構うまくできているでしょ。」
一時間半後、優香先輩がひまわり畑に持ってきたお弁当は思ったよりも、というかものすごくきれいだった。見た目はきれいだった。
でも、こういう時はだいたい見た目だけで中身はいまいちってことが多いよな。
「ね、おいしいでしょ。」
おいしかった。僕はいつもお弁当を母親に作ってもらっているのだが、それと同じくら
い、いやそれ以上においしかった。
「先輩、おいしいです。」
なんでだろう。この人には欠点がないのだろうか。この人は完璧人間なのだろうか。
「そうでしょう。これでも結構料理はうまいほうなのよ。」
「そういうところは先輩らしいですね。」
「どういうところがですか。誠ちゃん、説明してください。なんだか、ものすごく失礼なことを思われている気がするんだけど。」
「ごめんなさい、でも何でもないです。」
優香先輩はすぐ自慢してくるのだ。じっと黙っていれば素直にほめる気になるのに先に自慢されると不思議とそういう気分にならなくなってくる。
「で、急にどうしたんですか。先輩こんなところに理由なしに来ることはないでしょう。」
「誠ちゃん、ありがとうね。誠ちゃんは私のこと心配してくれてるんでしょ。」
「はい、心配はしてますが、先輩何も言ってくれないじゃないですか。」
「ごめん、ごめん。でも、あのことは忘れてね。」
優香先輩は今まで見せたことがないほど、真剣な表情で言ってきた。でも、そんなことを僕は許すわけにはいかない。そういう人たちはだいたい大丈夫でないことが多い。だから、それは見落としてはいけないサインなのだ。経験則で知っている。
「大丈夫じゃなさそうですよ。そんな真剣そうな顔を偽っても僕はわかりますよ。先輩は必ず無理しています。だから、助けてほしいなら、言ってくださいね。」
僕は優しさを込めてそう言ったつもりだった。でも、それは優香先輩の心の琴線に触れたようであった。
「だから、誠ちゃんには関係ないって言ってるでしょ。大丈夫じゃないよ。大変だよ。でも、誠ちゃんを巻き込むことはできない。だから、私をほっといて。」
優香先輩は僕に向かって、そう怒鳴った。本気で僕に向かって怒っているようだった。それと同時に僕のことを心配していることが優香先輩の顔にはあった。
「ごめんね。私もう帰るね。会えてよかったよ。またね。さようなら。」
その時引き止めておけばよかったと今では思う。無理やり聞きだしてたら、なんか、助けられたのかなと。
でも、僕は引き止めなかった。それを後悔するばかりである。
これがあの事件が起こる三日前の出来事だった。そして、僕が生きている優香先輩を見るのはこれが最後になったのだった。




