親友の存在
僕が家に帰ると家の前には大地がいた。
大地は僕に気づくと僕に向かって手を合わせてきた。
「ごめん、昨日は珍しくだいぶ酔っちゃって誠治が声をかけてくれたのは覚えてるんだけどなんの用だったか忘れちゃって、それでよいが覚めるころには誠治がいなくなってて。つまらなかったから、帰っちゃったのかと思って、だから一応お詫びに来ようと。」
僕は大地のこういうところが大好きだ。ふざけることも多いし、迷惑をかけられることもかなりあるけれど、結局謝ってくれる。
だけれど、今回のお詫びは大地の勘違いだ。だから、受け取ることはできない。
「大丈夫だよ。僕は多田さんに誘われて、外の喫茶店で話してただけだし。でも、ちゃんと自分が食べた分のお金は置いてったから、大丈夫だろ。それとも、お金足りなかった。」
と僕はおどけて言った。それに対して、大地はほっと安心したような顔をして、親指を立ててきた。
「まさか、それだけの用事で来たわけじゃないだろ。」
それだけなら、メールでも済む話だ。わざわざ、二十分もかけて、僕の家まで来る必要はない。
「ああ、外で話すのもなんだから、家に入れてくれないか。」
「うん、いいけど、結構散らかってるよ。」
昨日から片づけていないから、昨日家に帰った時とあまり変わらない散らかり具合なのだ。
「そんなこと気にする間柄でもないだろ。」
「まあ、そうだね。」
僕はカギを取り出し、大地に渡した。大地が家の前にいて、僕は郵便を見たかったからだ。もしかしたら、僕にも何か届くことがあるんじゃないか。と思って昨日からしょっちゅう見てしまう。
多田さんは優香先輩が死ぬ前にもらったといっていたから、あまり現実的なことではないのだが、僕はあのことだけは疑っている。
なぜなら六年も気づかなかった郵便物を急に見つけるなんてことがあり得るだろうか。
僕はそんなことはほぼあり得ないと思っている。だから、多田さんは最近誰かから受け取ったのではないかと思う。
かといって、その誰かが僕の住所を知っているわけはないのだが。
「うわ、想像以上に散らかってんな。まるで泥棒が入ったみたいだ。」
普段だったら失礼な話である。でも、本当に泥棒が昨日入ったようなので、なにも言い返すことはできない。
「で、話って何?」
「大学の話なんだけどな。」
「うん、大学がどうかしたの?」
「昨日、俺は大学の教授に用があって、教授に会いに行ったんだよ。そしたら、なんていうのかな。政府の役人……。」
「官僚?」
「ああ、それだ。官僚の人が大学の教授と話してて、その話がどうもお前のやってる研究の話らしいんだよ。」
「大地って僕の研究の内容知ってたっけ?」
「いや、知らなかったよ。でも、お前の所属している学部の話をしてたから、多分あってると思う。」
「その研究は?」
「タイムマシーン。」
僕は愕然とした。そんなことを官僚が話してたとなったら、大問題だ。
なぜなら、この研究は国が知っているものではないから。この研究は秘密なのだ。
「悪ふざけじゃないよな。」
「こんな悪質な悪ふざけ俺がやるかよ。それに俺はそれまでお前の研究のことを知らなかったのはおまえ自身が知っているだろう。」
「そうだね。ごめん、あまりのことに動揺してしまって、大地は悪くない。」
僕は冷静さを失っていたようだった。自分が大地に話したことはないということは自分がよくわかっていたはずなのだ。でも、それは同様に役人がこのことを知っていたことにも通じる。誰かが漏らしたのだとしか考えられない状況だが、誰かが漏らすことはあり得ないのだ。なぜなら、その時点で自分にも危険が迫ることを意味しているのだから。
もし、情報を漏らしてしまうと、他国の研究者に目を付けられることにつながる。話し合いなんて穏便に済めばよいが、殺してまでも奪いに来る可能性だってある。それは、研究室の全員が共有していることだ。
「で、どんな話だったの。役人はなにをもとめているんだい。」
それだけは聞いておかなくてはならない。目的を知ることで解決できることもあるからだ。
「その役人も半信半疑みたいだった。なんだか、匿名の告発状が来たらしい。『あそこの研究室には実用性のあるタイムマシーンがあるらしい。』って言ってた。それで、タイムマシーンのことを調べに来てただけだったみたい。」
「それで、教授はなんて答えてたの?」
「『知らないから、聞いてみる。』とだけ言ってた。ここからは俺の推測だけど、多分あの教授は何も知らないんじゃないかな。」
僕は少しだけ安堵した。どうやら、タイムマシーンのことは完全にばれてしまったわけではないらしい。
ただ、重要な国の目的はわからずじまいだ。その技術を国家事業にしたいというなら、いい。まだ完成していないならその可能性もあったが、もう完成しているのだ。
この国においてタイムマシーンというのは複雑な立場にある。なぜなら、タイムマシーンが日本だけにあると他の国々にねたまれるからだ。それに加えて、そこまで必要性のあるものではない。開発途中を発表すればそんな立場にはならなかったと思う。
それなら、フェアだからだ。
でも、それはあくまでも国の事情だ。国はそう思っていても、研究者たちは途中で研究を奪われたくもないし、研究結果を発表したくないなら、発表しない権利もあるのだ。
でも、大地にはそのほかに言いたいことがあった。
「なんで、そんな重要なことを昨日言ってくれなかったの。対策も立てなくちゃいけないかもしれないのに。」
「それは、ごめん。でも、研究のことほかの人に知られるわけにはいかないだろ。あのときいっぱい人いたし。」
「メールで教えてくれてもよかったじゃん。」
「ああ、でもお前メール見ない可能性があるだろ。」
「それはわかった。」
と僕は言って考えに耽った。僕は自分の選択肢を天秤にかけていたのだ。
一つ目の可能性は、研究室の人に連絡すること。その場合のメリットは研究がばれる心配が減ること。デメリットはこの研究がしばらくお蔵入り状態になる可能性があること。研究を続けることで、ばれる可能性が高まってしまうことが原因だ。
それは同時に僕の計画の消滅を意味する。僕の計画に必要なのはもちろんタイムマシーン本体だ。多田さんはいてもいなくても何とかなるかもしれないが、タイムマシーンはなくてはできないことなのは確定事項だ。
僕はまだ覚悟ができていない。でも、計画がおじゃんになるのはそれだけはごめんだ。ただのわがままにすぎないが、自分のことは自分で決めたい。ほかの人に決められたくない。
二つ目の可能性は研究室の人たちに伝えずに僕の計画を遂行することだ。
この場合、時間との勝負になる。時間がオーバーすれば、確実に国にばれるだろう。いままで注目されていないから、いいだけで、注目を浴びれば、簡単にばれてしまうと考えられる。
でも、確かなメリットはある。それは研究室の人たちに警戒心が生まれないので、計画を邪魔される心配がなくなるということだ。
さて、どうするべきなのだろうか、僕は目の前にいる大地のことすら忘れて、考え込む。
「えーと、誠治?大丈夫なのか、こんなところにいて。研究室の人に教えなくてもいいのか?ばれたら困ることなんだろう。」
考えはまとまらない。どっちにも、リスクはある。もっと時間が欲しい。でも、時間が惜しい。
「誠治。しっかりしろ。」
目が覚めた。大地に顔を思いっきり張られたのだ。
「大事な研究なんだろ。ちゃんと守らないといけないものなんだろう。お前はいつもそうだ。大事なものを守るのにも、どこか第三者目線で、積極的にかかわろうとしない。確かにお前は頭がいいよ。でも、お前には必死さがない。」
そうだ。僕は頭がいい。計算高い。だから、失敗せずに物事をこなせる。
「でも、それはおまえの馬鹿なところだ。」
そうだ。馬鹿なところだ。僕は確かに失敗をしない。何事も慎重だから。
でも、
「お前は肝心な時に間に合わないじゃないか。」
そうだよ。間に合わない。僕はこの二日間、いや、この六年間。絶えず思い出していた。こざかしい理由をつけて、僕のせいだとか。そんなのこざかしいただの理由じゃないか。僕の一番の後悔に僕は向き合わなかった。
なんで、あの時あの場所で、僕は優香先輩を探しに行かなかったんだろう。
火事に合っている。そんなことは思いもよらなかった。でも、僕は優香先輩を迎えに行かなかった。
あの日は暑い日だった。もしかしたら、優香先輩は熱中症で倒れていたかもしれない。
あの日は、暴走族の音が一日中鳴り響いていた。もしかしたら、優香先輩はその人たちに絡まれていたかもしれない。
もしかしたら……
そのことを僕は一つも思い浮かばなかった。想像の中で何度も僕は優香先輩を殺した。
でも、あの時いかなかった。その事実は変わらないのだ。
「なあ、あの研究もあの事件を解決するためのものなんだろう。」
僕は驚いた。大地がそんなことに気づいて
いるなんて、思わなかったからだ。
「なんで大地はそんなことを知っているの?今まで研究のことも知らなかったのに、なんでそんなことを知ってるの?」
「知らなかったよ。でも、お前が優香先輩の事件のことをずっと気にしていたのは知ってた。」
僕は覚悟を決めた。大地にはこのことを話さなくてはいけない、その覚悟を決めた。
「わかった。今まで話さなくてごめんね。でも、今から話すことを聞いてほしい。」
そして、僕は話し始めた。僕が今まで考えてきたことを話し始めていた。
「で、誠治はどうするんだ?どちらの方法にもデメリットがあるのはわかった。でも、誠治の考えがわからなかった。お前がどうしたいのかそのことは全然わからなかった。どっちにするんだ。」
「正直、言って迷ってる。」
「誠治、迷うなら、後悔しないほうを選べ。」
「それがわからないんだよ。」
僕は思わず叫んでいた。自分がふがいないのもわかる。自分が感情の起伏が激しく、いまだって八つ当たりしていることもわかっている。
でも、大地はなんで僕の気持ちをわかってくれないのだろうか。僕はどっちが後悔するのかなんてわからなかった。
「そういうとこだよ。さっき言ったこともう忘れたのか。」
大地は僕に向かってそう怒鳴った。
「お前、優香先輩のためにやってるんだろ。優香先輩と研究どっちが大事なんだよ。」
もちろん優香先輩だった。大地の言葉を聞いてようやく僕は僕がどうするべきなのか気づいた。
「気づいたなら、行けよ。自分自身に決着をつけて来いよ。」
なんでだろう。僕の目からは涙があふれていた。僕は泣きたくなかったはずだった。泣いたらダメだ。
泣いたらすべてダメになってしまう気がしたのだ。せっかく、この六年間悩み続けていた答えが出たのだ。僕がどうするべきなのかその答えが出たところなのだ。
その答えが出た瞬間僕はうつむくことを許されない存在になるのだ。なぜなら、優香先輩のために生きていくのだから。そのためには止まってはいられない。
それでも、僕は泣いてしまうのだ。優香先輩のために泣くことはまだ許されない。まだ決着をつけていないことだから。
僕はこんな自分に安堵してしまったのだ。自分がもっと弱かったらどうしようと思っていた。ここまで解決できなかったこと自体は自分を許せないが、ここで解決できることで、自分を許すことができるのだ。
「ごめん……泣いちゃって。」
「大丈夫。」
僕は涙を拭いた。泣いていいのはここまでだ。ここから先は弱音を吐くことももちろんなくことも許されない。
僕は進まなくてはいけないのだ。
「ありがとう、大地。おかげで、覚悟が決まったよ。僕がんばるね。」
「なんか、手伝ってほしいことがあったらなんでも言ってくれよ。」
「うん、わかった。」
僕はそう答えはしたが、大地に手伝ってもらうつもりはなかった。大地は優香先輩に関係がない。だから、巻き込みたくないのだ。
―だから、あとは僕たちだけでやる。僕と多田さんだけでー
僕がそう思ったことはもちろん大地は知るはずもなかった。
「もしもし、多田さん……。」




