優香さんと秘密
「誠ちゃん、どうしたの。こんなところで寝て。しかも、小説なんか抱えて。誠ちゃんって本読みながら寝ちゃうタイプじゃないでしょ。本になったら熱中して寝れなくなってしまうタイプでしょ。それにこんなところで寝ないの。」
「優香せんぱーい。好きです。」
「はいはい、寝ぼけて変なこと言わないの。起きて。勉強するよ。」
僕は結構本気のつもりで言ったのだがやはりそこは年上の余裕か軽く流されてしまった。
「あっ、そうだ。この本読み終わったので返します。」
「さすが、読み終えるのが早いね。誠ちゃんは。で、どうだった、読み終わったとたん寝ちゃったくらいだから、よっぽどつまらなかった?」
優香先輩はこういうところは鈍い。僕の言いたいことは直前に察してくるのに思ってることは察してくれないのだ。
「その逆ですよ、逆。ほぼ徹夜で読んじゃいました。それくらい面白かったですから。で、読み終わったとたんにその疲れがどっときて寝ちゃったってことです。」
そう僕は説明する。
すると、優香先輩は少し残念そうにしていた顔をぱっと輝かせて、僕に弾丸トークをし始めた。
「でしょ。この小説面白いでしょ。この作家さん前から注目しててさ。だから、誠ちゃんって私と結構趣味合うでしょ。だからね……。」
優香先輩の正直さに今日も尊敬の念を抱く。決して皮肉ではない、正直な気持ちだ。
僕と優香先輩はいろいろなところで似ていると僕も思っている。小説の好みもそうだし、好きな色、好きな動植物まで似通っている。
好き放題話す優香先輩のことを受け流しながら、僕は優香先輩のことを見つめていた。
優香先輩はキレイとまではいかなくてもかなりかわいい部類に入ると思っている。ひいき目が入っているのかもしれないが、優香先輩の友達にもそういわれると優香先輩は言っていたので実際そうなのだろうと思う。優香先輩はナルシストが入っているところがあるから、その言葉の真偽はわからないけれど、そこは僕は気にしないことにしている。なぜなら、優香先輩は前述のとおりすごく正直だから。
「さてと、近況トークが終わったところで、今日の目的地に出発しますか。」
小説の話が近況トークといえるのかはさておき、僕は彼女の言う目的地に心当たりはなかった。
「今日っていつも通り勉強するんじゃないんですか。」
「あれ、ごめん。言ってなかったっけ、今日は買い物に付き合ってもらおうと思って。」
「聞いてないですよ。そんなこと。というか、それ僕が行く意味ありますか。」
「荷物持ち!」
「そんな即答されるとさすがに引きます。いくら優香先輩がわがままで自分勝手だからといってそれはないと思いますよ。」
「いつもお世話になってる先輩にもっと感謝してくれてもいいと思うんだけどね。じゃあ、なんか買ってあげるから、ねっ。」
「わかりましたよ。守銭奴の先輩がおごってくれるなら、行きます。なんだか、モノにつられたようで、嫌なんですけど。」
「何回も先輩を馬鹿にして、その言い草。さすが誠ちゃん。」
この先輩には断りなど通じないのだ。彼女がやるって決めたことはめったに覆らない。それを僕は十分わかっていたので、ただ文句を言うだけにとどめておいた。
「どこに買い物にいくんですか?」
「○○ショッピングモールだよ。最近できたばっかりのあそこ。」
○○ショッピングモールはつい先週にオープンしたばかりのショッピングセンターだ。ここらへんにはない珍しいものだったので、確かたくさんの人が押し寄せているという情報を聞いた気がする。そのことを優香先輩に伝えると、
「そのための誠ちゃんでしょ。エスコートよろしくね。」
「わかりました。優香先輩をせいいっぱいおいていきます。」
そのつもりはもともとないのだが、優香先輩にむかついたので言ってみた。
でも、そんなことは優香先輩には筒抜けで軽く頬を膨らましただけで、スルーされた。
○○ショッピングセンターに着くと僕が予想したとおりにショッピングセンターは混んでいた。本当に人だらけといってもいいほどに。
「どこに行きますか。というか、人に流されないようちゃんといてくださいよ。」
といって、優香先輩のいたほうに振り替えると、言ったそばから、流されていた。
「誠ちゃん、一回入り口戻ってるね。そこで待ち合わせで。今距離離れていってるし。」
「わかりました。」
そして、次に優香先輩と合流できたのは、実に三十分後のことだった。
「大丈夫ですか先輩。」
優香先輩は顔を青くして待ち合わせばしょである入り口にきた。まるで大事件に会ったような顔で。
「大丈夫、だけどね、私。」
「なんですか。」
「うん……」
優香先輩はなんだかただ単に人ごみに流されただけではない何かを抱えているように見えた。
「なにか、あったんですか。なんだか青い顔をしていますけど、そんなに人込みにがてでもなかったでしょう。」
「うん……。」
それでも、優香先輩は何があったのか話してくれなかった。話すか話さないか迷っているような様子で。
「話してくださいよ。僕が慰めますよ。」
「ごめん、やっぱりなんでもない。誠ちゃんには関係ないことだし。」
「なんでですか。言ってくださいよ。」
僕は優香先輩を助けたかった。彼女が苦しそうな顔をしているから、それを直してあげたかった。でも拒絶された。関係ないから、それだけの理由で。
関係ないわけはない。でも、そのことを言われれば、黙るしかない。そのことを僕は身に染みてわかっていた。
母もその言葉で僕の助けを拒絶したのだ。
僕が小学校四年生の時、母は父のことで悩んでいた。そして、僕は母が僕にそうやってくれたように大丈夫と声をかけたのだ。でも、母はそれを拒絶した。
やんわりとでも、関係ないと拒絶して。
僕が黙っていると、優香先輩がさっきの青い顔はまるで嘘だったかのようにこっちに微笑みかけてくる。
「今日は混んでいて買い物できそうにないし、私も疲れちゃったから帰ろうか。」
「はい……。」
「ごめんね。時間無駄にしちゃったね。でも、私はちょっと楽しかったよ。」
あの時、もっとちゃんと問い詰めていればよかったのかなと帰ってから思った。
これは事件が起こる一週間半前のことである。




