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3-08 小説家になったら400万稼げるんだって

僕にはひとり、妹がいる。妹はバカだけどいつも自信満々でやったことないこともできると勘違いしている。今日だってほら、小説を書こうなんて言いだした

 僕には一人、妹がいる。

 西尾祢蒔にしおねまき

 ボブカットの茶色い髪。

 まつ毛が長い、吊り目。

 あどけなさの残る童顔。

 いつも自信満々な表情をしていて、ふんす。と鼻を鳴らすのが癖。

 身内の贔屓目というものもあるとは思うけど、それを抜きにしても、妹はいわゆる、美少女というやつである。


 自慢の妹だが、最近――数年前に僕がニート兼引きこもり生活を始めてからは、そんなに話していないし、顔も合わせていない。

 十四歳。中学二年生。

 絶賛思春期。


 やっぱり、ニートな兄を家族だと思いたくないし、あんまり話したくないのだろうか。

 気持ちは分かる。

 僕も逆の立場だったら、同じように話しかけたりしなくなるだろうし。

 ……多分。

 どうだろうか?

 自信はない。

 僕は妹ほど、自信家ではないのである。


 そんなダメ人間こと、この僕、西尾晴儀にしおはれぎが『毎日が日曜日の夕方みたいな気分』であるニート生活を送っていたときだった。

 部屋の外からなにやらドタドタ慌ただしい足音が聞こえてきたのは。


 僕の部屋は階段の前にある。

 だから誰かが階段を上がっていることは足音ですぐに分かる。

 しかし、元気な足音だ。楽しそうとも言ってもいい。

 もしかして、母さんがまた、近所の子供を預かってたりするのだろうか。

 ああ、嫌だ。今日は部屋から一歩も出ないことにしよう。子供っていうのは無邪気に殺しに来るからな。『なんでお兄ちゃんはお昼なのに会社に行かないの?』とか行ってくるからな。ごめんね、行ってなくて。


 部屋から出ないという気持ちを新たに、僕はパソコンと向かい合う。特にやることは決まってない。動画サイトを見ては消して見ては消してを繰り返しているだけだ。

 あ、お気に入りの実況者が新しい実況動画をアップしてる。これでも見ようかな。


 と、動画をクリックしたと同時に。

 僕の部屋のドアが勢いよく開いて、妹――祢蒔が飛び込んできた。


「兄貴、兄貴、兄貴! これ見ろこれ見ろこれ見ろ!」

 うちの妹は美少女である。

 ただし、口調はそんなに可愛くない。

 あと僕のことはなぜか『兄貴』と呼ぶ。


 突然のことに僕は背筋をビーンと伸ばして、ノートパソコンを閉じてしまった。

 どっくんどっくん跳ねている心臓の音を聞きながら振り返ると、妹は訝しむ目を僕に向けていた。


「ん? 今なんでノートパソコン閉じた? 見られたくなかった? あ、ごめん。エロサイト見てたか」

「こんな真昼間に誰が見るかよ」

「真昼間じゃなかったら見るんだ」

「まあそれは追々協議しないとして。驚いて反射的に閉じちまっただけだよ。というか、人の部屋に勝手に入ってくんなよ」

「いいじゃん、私と兄貴の仲なんだしー」

「親しき仲にも礼儀ありだ」

「兄貴と私って親しかった?」

「そこを否定されるとは思わなかった。お前が僕の部屋に入ると言うのなら、僕もお前の部屋にも勝手に入るぞ」

「え、いいけど」

「いいんだ」

「兄貴にそんな度胸があるとは思えないし」

 妹はひひひ、と笑う。

 確かにそんな度胸はない。

 小学校の頃、自分のクラス以外の教室に入ることが一切できなかったのが、僕である。


 深くため息。

「それで、なんの用だよ。祢蒔」

「これだよ、これ。見て!」

 妹が僕に突きつけてきたのは、一冊の本だった。

 へえ、こいつ。本を読んだりするのか。

 本の大きさは手のひらサイズ。小さいほうの本。

 こういうの、なんて言うんだっけ。


 妹はとあるページを開いている。

 それは、本の一番最後のページで、小説の文章は一文字も書かれていない、広告のページだった。

 そのチラシを読み上げる。


「『エンタテインメントの魅力あふれる、次代のエンタメを担うような才能を募集します。』……小説募集の広告? そんなのあったのか。小説家っていうのは、どうやったらなれるものなのかさっぱり分からなかったけど、こうやって募集しているものだったんだな」

「そこじゃあない! こっち、こっち!」

 妹は広告の真ん中辺りを指さした。

 そこには『大賞 400万』の文字がデカデカと印刷されていた。

 へえ。と僕は声をあげる。


「すげえな、小説を送って、大賞? になったら400万もくれるのか。小説業界ってやつは太っ腹だな」

 多分、つまり、就職したらお金をあげるよ。ということだから、もはや、意味が分からない。もしもそんな企業があるのなら、僕も就職活動を必死にやるかもしれない。


「すごいでしょ、すごいでしょ。すごいでしょ!」

「ああ、すごいな。で、これがどうかしたのか?」

「私、これに応募しようと思うんだけど!」

「……は?」


 しばしの硬直。

 再起動。

「え、なに。お前。小説家になりたいのか?」

「んーん。全然?」

「……待て、おかしいだろ。お前が言ってるのは、『医者になりたいとは露も思わないけど、医学部に行って医師免許を取ろうと思うんだ』と言っているのと、殆ど一緒だぞ」

「医師免許はいらなーい。取ってもあんまり意味がなさそうだしー」

「医師免許を持っている。と言うとなんだか偉そうに見える」

「言うと、なんか緊急のことが起きたときに頼りにされてしまうかもしれないじゃん。私やだよ。押し付けられるの」

「確かに無責任に責任を押し付けられたくはない。だから僕は、そんな社会に反発するべくニートをしているわけだが」

「兄貴は単純に仕事したくないし人と仲良くするのが極端に苦手なだけのクズでしょ?」

「現実を押し付けられた!」

「それで、私。これに応募しようと思うんだけどさ」

「それで。と話題を修正されても、ちょっと意味は分からないぞ。どうして、小説家になりたいわけでもないのに、応募しようと思うんだよ」

「え、だって400万だよ?」

「……つまり、お前は400万が欲しいから応募しようと思ってるわけか」

「だってー、小説書いたら400万だよ。そりゃあ、応募しない方が損でしょー」

「まるでもう受賞が確定している。みたいな言い方だな」

「え、私だし。大賞ぐらい取れるでしょ」

 きょとんとした。それこそ、自分の言っていることは『赤は止まれで青は渡れ』と同じぐらい当然のことだと言わんばかりの表情に、僕は頬を引きつらせる。

 こ、この自信家が……!


「と。いう訳で、よろしくね。兄貴」

「ああ、分かった分かった……なにがだ?」

 ぴしっと敬礼をしながら、流れで言ってくるものだから、つい了承してしまったけれども、なにが『という訳で』なんだ?


「いやあ、だって。私天才じゃん?」

「『私って左利きじゃん?』ぐらいの自然さで自分のことを持ち上げるな」

「でも、小説ってどうやって書いたらいいのかさっぱり分からないんだよね。あんま読んだことないから」

「おい、天才」

「天才だってできないこともあるもんだね。天才とは全知全能である。と勘違いしているわけじゃあないけど」

 大体全部できるのが天才ではなくて。なにか出来る人間が天才なんだよね。と妹は言う。


「まあ、大体できちゃうんだけど私」

「全てを台無しにするな」

「でもさすがに、読んだこともない小説を書くのは無理かなーって」

「お前、それでよく応募しようとか思ったな」

「それで、兄貴にも一緒に手伝ってもらおうと思って」

「俺に?」

「そう、共作ってやつをしようじゃあないかってこと。よろしくね!」

「いや、そんな急に言われてもな」

「暇でしょ。ニートだし」

「家族だからって心に傷を負わせてもいいという法律はないぞ」

「いいじゃーん。ねえーお願い!」

 妹は両手の指を交互に組ませて、僕のことを上目遣いで見てきた。

 うっ……いや、しかし。

 でも、久々に妹と話せてるしなあ。これを断ったら、次、いつ話せるかどうか、分かったもんじゃあねえし……。

 少し考える。

 しばし考える。

 熟考して熟考して熟考して……。

 深くため息をつく。


「……いいよ。分かった。手伝ってやる」

「やりい!」

 パチン。と妹は指を鳴らす。

 やりい! って。


「約束だからね。破ったら警察に婦女暴行で訴えるからね! 指切りげんまん!」

「社会的に殺そうとするなよ、こええよ」

 疾風怒濤。

 妹は約束をこじつけると、さっさと僕の部屋から出ていった。

 バタン! と閉じたドアを暫く眺める。


「しかし、手伝う……か」

 そんなことを言ってしまったけれども。

 僕も、小説というものを読んだことがないんだよな……大丈夫なのか、これ?

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