3-07 デュエリストのカード転生 環境カードに俺はなる!
伝説のレアカード《唯一なるもの、セルミラージュ》の強力コンボに気づいた「俺」は、デッキを披露することなく死亡……気づくとカードそのものになっていた!
男装の美少女シンシアに買われてデッキINした「俺」は、彼女とともにワールドコロシアムへ挑む。
世界を席巻するトレーディングカードゲーム……《ウィザーズ・ハンド》。そのプレイヤーを《デュエリスト》と呼ぶ。
ひとりのデュエリストが死んでカードに転生……なんておとぎ話みたいだが、俺は本当に伝説のカード、《唯一なるもの、セルミラージュ》になってしまった!
まさかこんなことが起きるなんて思いもよらなかったぜ。
ここはカードショップ、10円コーナーの箱。中をのぞきに来る客は多い。
期待の目でカードをあさり、俺を見つける。レアリティを示す紫のマークをみて目をかがやかせ、カード名を見てため息をつく。心にともった期待の火が消えた表情には、なんともいえないものがあった。
新弾の汚点・最弱の伝説レア・紙以下……《唯一なるもの、セルミラージュ》は、いわゆるカスレアだった。
違う。違うんだ。
生前つくりあげたデッキは俺の血とともに沈んだ。まだいないのか……あのコンボに気づいたヤツは?
いつものように店のドアがひらき、ひとりの客がはいってきた。めったに見かけないレベルの、さわやかで中性的な顔の少年だ。中学生か?
モデル顔負けの細身で整った容姿はまさに伝説レア。歩く人権カード、いや禁止カードと言っていい。そわそわとカードの棚を手早くまわり、10円コーナーに視線を向けてきた。
興味深そうにカードを眺める瞳には、今までの人間とは違う感情があるように感じられた。
カードの束が一枚ずつめくられていき、ついに俺の番がやってきた。すると、目を丸くして花のように笑った!
「わあ、あった。《唯一なるもの、セルミラージュ》!」
弾ける笑顔を目の当たりにして、なにかが俺の中で生まれた。表面をやさしくなでる、なめらかな細い指に離されたくなかった。うう、心の鼓動が止まらない!
「店員さん。このカードをください」
やった、やったぞ!
とうとう買ってくれるヤツが現れた。
「10円になりまーす」
少年はなんと、クレジットカードをとりだした。
「あのー、ウチはクレジットやってないんすけど。現金でおねっす」
「え?」
1秒の沈黙のあいだに、俺は絶望で目の前がまっくらになりかけた。最近のカードは値上がりが激しい。クレジットに対応しても損はない……と思うぜ。
まあこれで買えません、なんてことにはならないさ。俺は10円なんだから。そうだよな?
「ん……と、すみません現金ですね。はいどうぞ」
代わりに出したのは10000円札。10円玉、ないのか!
ふと、無地の黒いポーチから化粧品らしきものが見えた。かなりの数だ。身だしなみに気を使ってるみたいだな。隣のはデッキケースがやたら浮いて見えるぜ。
「あざーす、お釣り9990円っす」
「やった」
小さく握りこぶしを作り、くちびるがほころぶ。
なんだかテキストボックスのあたりがむずむずする! うれしい気持ちが俺の中にも流れこんでくるみたいだ。買ってもらえたのは喜ばしいが、なぜこんなにときめくのか。
待てよ……こいつ、ひょっとして――?
「笑止!」
とつぜん大きな声が、体をビリビリふるわせた!
横からくってかかってきたのは大柄な男だった。いかつい体格とピンク色のフリルつきエプロンが、なんとも言えない雰囲気をかもしだしている。
「そのカードを《唯一なるもの、セルミラージュ》と知ってシングル買いしておるのか!? 伝説レアにあるまじき弱さで炎上した代物ぞ!」
「し、知ってます」
「ブハハハハハ! 聞いたか皆の衆!」
男は高笑いして客たちに呼びかけたが、誰も反応しない。みんな迷惑そうに視線をそむけるだけだ。
『うわあ。君、変なやつに絡まれたな』
「みたいだね……」
『ん?』
「えっ?」
今の反応はまさか、俺の声が聞こえた?
でも俺はカードだ。口がない。どんなに呼びかけてもこたえてくれる人間はいなかった。もういちど念じてみるか。
『コホン。俺は君がもってる《唯一なるもの、セルミラージュ》だ。君に話しかけてるんだよ!』
「頭に直接きこえて……もしかしてテレパシー? すごいっ!」
おお、伝わってるぞ!
俺は歓喜に打ち震えた。
『はははは! 俺の声が聞こえるんだな。話ができてうれしいぜ!』
「わあ……よろしくねセルくん! ボクはシンシアっていうんだ!」
『シンシア? じゃあやっぱり女の子だったのか!』
化粧品を見てもしやと思ってはいたがビンゴだったらしい。
「うん。ナイショのお出かけのときは変装してるんだ」
『なるほど。見つめられたときやけにドキドキすると思ったぜ』
「ドキドキ?」
『な、なんでもないぞ!』
あぶないあぶない。心の独り言まで伝わってしまったようだ。
「さっきからなにをブツブツ言っておるのだ! この儂をなめているのか!!」
くっ! エプロン男め、まだ突っかかってくるのか!
「この人、こわい……」
小動物のようにおびえる姿を見て、いてもたってもいられなくなり全力で吠えた!
『ちょっと待った!!』
が、俺の叫びに耳をふさいだのはシンシアだけ。
「……セルくぅん……」
『ゆ、許せ。つい熱くなった。どうやら君だけが俺の声を聞けるみたいだな』
「なんでだろう、不思議だね」
「無視するな! 儂を”ゴールド・ライセンスの本田雄一郎”と知っての狼藉か! もう我慢ならん、貴様にデュエルを申しこむ! 儂と闘えぃ!」
「えーーーーデュエル!?」
『このオッサン、プロだったのか!! シンシア、足もとに気をつけろ!』
「ま、待って。心の準備が――」
「ゆくぞ! デュエルスペース展開!」
本田が拳をつきあげると、手の甲に金色の紋章が浮かびあがった。黄金の光がまばゆくかがやき、一瞬だけ全身が浮きあがる。
『デュエルか……なつかしい感覚だぜ』
はじめに青みがかった漆黒の空間が現れた。足もとに青いグリッド線が地面に走る。俺たちはデュエルスペース……戦うための仮想空間に転移したのだ。見上げれば星や銀河の浮かぶ美しい景色がある。宇宙の中心に立っている感じだ。
「ここがデュエルスペース! 配信で見るよりずっとすごい! きれい!」
「ブハハハハ! 初めてか? ずいぶんなヒヨッコだな。クズカードをマジメな顔で買うのも未熟ゆえだろうな!」
「む。クズだなんて言わないでください。《唯一なるもの、セルミラージュ》はきっと強いですよ!」
「笑止笑止! 伝説レアではあるが、現に10円だったではないか。ブハハハハハハ!! さあデッキを出せ!」
シンシアの下唇がぎゅっと締まるのを見て、声をかけた。
『自分でいうのもなんだが、俺は強いぜ。秘策があるんだ。君のデッキを見せてくれ』
予感があった。わざわざ探しにくるほど欲しがっていたなら、シンシアは俺と同じ答えにたどり着いているのかもしれない。彼女のデッキを見て、俺は確信した。
「えっと……これがボクのデッキだよ。キミをいれたらテストするつもりだったんだ」
『……ああ、間違いない。かつての俺と同じだ。シンシアさえよければ、戦いながら案内しよう。君がめざす勝利への道筋を!』
デュエル開始!!
【シンシアのライフポイント:2000】
【本田雄一郎のライフポイント:2000】
「儂の先攻! モンスターカード”幽冥の秘術使い”を召喚。フィールドカード”天空の舞踏会”をセットしてターンエンドだ!」
『いきなり高額レアのお出ましか。シンシア、ひるまずに場を固めろ!』
「フ……”フクロウ男”を2体召喚します!」
「ブハハハハハハ!! なんだそれは。ただのノーマルカードではないか!」
『この初手は上々だ。シンシア、耳を貸す必要はないぞ!』
「う、うん!」
本田よ、油断してると痛い目をみるぜ。
「よいか、強いデュエリストは強いデッキを使う者。強いデッキとは強いカードの集合体。では強いカードとは何か? それは……高額で取引されるカードだ!」
次々とレアカードをくりだす本田。カードパワーを押しつけられ、防戦に徹するしかなかった。
「すべてのモンスターで攻撃だ!」
『”幽冥の秘術使い”を通すな!』
「”立ちふさがる雲”で”幽冥の秘術使い”をブロックします! さらに”ミステリアス・ミスト”で全モンスターの攻撃力を300ダウン!」
【シンシアに400ダメージ!】
【シンシアに100ダメージ!】
【シンシアに400ダメージ!】
「うぅぅぅ!」
【シンシアのライフポイント:500】
「ブハハハハ! 弱い弱い! 弱すぎる! ターンエンドだ!」
守るだけではいずれ押し切られる。敗北は時間の問題だった。だが、その時間はこない。
『……よく耐えたな、シンシア』
「セルくん……ありがとう。でも、このターンで最後みたい」
『君の言うとおりだな。俺たちが勝って終わる』
「え? でも、ボクの手札に逆転できる力はないよ」
『おいおい、ターンがまわってきたんだぜ? ドローフェーズで1枚ひけるじゃないか。実をいうと、いま君のデッキの一番上にいるんだ』
デュエルの最中、どのカードがどこにあるか伝えたらルール違反だ。だから状況が確定するまでは黙っていた。
『今の手札と俺を使えば勝てる。さあ勝ち筋をたどれ……《唯一なるもの、セルミラージュ》の力を示すんだ!』
シンシアの顔がみるみる力強くなっていく。そしてデッキに指をそえた。
行くぜ相棒!
「ボクのターン!」『俺をドロー!』