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3-06 食い倒れたい獣人たちは旅をする

戦争が終わり、無職となった元傭兵の猫獣人のウナと犬獣人のキアラン。貧乏な食事に耐えかねた彼らは、いっそ食い倒れの旅に出ようと思い立つ。道中で食べる肉、珍味、甘味、肉。それらにかじりついては舌鼓を打ち、時には酷く不味いものに遭遇して辟易し、喧嘩し、仲直りし、共に美味い飯を食らう。そんな二人の愉快な食い倒れ道中!

 ”食は全ての根源である。故に、全ての事象より優先すべし”

 

 そんな言葉を吐いたのは偉大な先人の誰だったか。決して良いとは言えないお(つむ)では思い出せない。だが、その食欲が最大の欲だと言わんばかりの言葉は己が行動原理となっている。

 美味いものを食べれば力が出るし、気持ちだって満たされる。幸せな感情は美味いものから生まれるといっても過言ではなかろう。

 逆もまた然り。不味いものは力どころか気力も奪っていく。戦場で糧食をつまむ機会も腐るほどあったが、湿気ったビスケットを齧るだけの時は皆動きに精彩を欠いていたものだ。

 美味いものを食べることは、生きる力の根源だ。腹が減っては戦もできないのだ。

 だから。


 「……なんか、美味いものが食いたいなぁ」


 心の底からの呟きが、口から溢れた。

 今は昼の食事時。街外れの掘っ立て小屋と大差のない質素な家の中で、同じくらい質素な木のテーブルに二つの人影が座っている。どちらも、眼前の食事を睨みつけながら口に運んでいた。

 二人の目の前に置かれているのは、これまた簡素な食事だ。

 薄く切った黒パンに、塩味の豆のスープ。肉なんて贅沢なものは別の更に乗っているわけでもなければ、スープにも入っていない。まさに質素を絵に描いたような食事だった。

 食事を睨んでいるうちの一人は猫の頭を持った女だ。金と黒の縞模様の毛並みと長い尻尾が見事である。だが貧乏生活のせいか、少し毛並みは荒れていた。毛色と揃いの金色の目をじっと木椀に入ったスープに注ぎ、具を確かめるように木匙を沈めては出し、沈めては出しを繰り返している。その腹からは盛大な音が鳴っていた。


「そんなことしても肉は出てこないっすよ、ウナ姐さん……貧乏なんすから」


 腹の音と食器の音に、もう一人のしょぼくれた声が加わる。

 声の主は大きな犬だ。否、犬ではない、犬の頭を持つ男だ。体格はいいが、その雰囲気から一回りは小さく見える。その大きな手で黒パンを少し千切っては口に運び、千切っては運びを繰り返していた。

 ふかふかとした白い毛並みが腕や胸元を覆っていて、思わず飛び込みたくなるほどだ。毛量の多い尻尾は左右に元気なくゆっくりと揺れながら、床の埃をかきわけていた。猫の頭の女と同じく、毛並みが貧乏生活で少し荒れている。

 こちらの犬からも、大きな腹の音が聞こえていた。二人そろっての大合唱だ。


「言うなよキアラン……悲しくなるだろ」


 ウナと呼ばれた女は簡素過ぎる食卓から目線を上げると、犬――キアランを睨んで腕組みをした。頭の上の尖った耳が、不機嫌そうに後ろに倒れている。

 

 二人は獣人と呼ばれる種族だ。

 獣人は、この国では荒事を主に請け負うことが多い。彼らは人間よりも筋力や俊敏さが高く、戦では欠かせない存在となっているのだ。この二人も漏れなくそんな仕事についていた。

 つい、最近までは。

 というのも、長らく続いていた魔人たちとの戦が終わったのだ。

 世界を混沌に陥れていた魔人たちの王が、めでたく人間の勇者様に倒された。世界は勇者の偉業を称え、平和に沸き、各地で争っていた魔人たちも退治された。今では魔人の残党のざの字もないくらいだ。

 だが同時に、護衛の仕事も戦の仕事も激減した。

 傭兵稼業を営んでいた二人にとって、平和は失業とイコールだ。しかも、二人は頭があまりよろしくない。他の仕事を見つけようにも、戦争という荒事からあぶれたら出来る仕事がないのだ。戦が永遠に続けばいいと考えていたわけではないが、勇者をほんの少し恨んだこともある。

 傭兵時代に稼いだ金を食い潰し、街の細々とした仕事をこなして小銭をようやっと稼ぐ日々――ギリギリの生活だ。

 だが二人とも食欲は人一倍。種族の特性でもあるその食欲を満たせる金もない。いつも腹四分目ほどの食事を流し込んでは、酷くひもじい思いをしていた。

 

 ウナの鋭い視線にキアランは少し縮こまったものの、悲しそうな目は変わらない。食卓とウナを交互に見て、また腹を鳴らした。


「……姐さん、俺、肉が食いたいっす……」


「じゃあ稼ぎなよ……アタシだって食べたい」


 切実なその声に、こちらまで悲しくなってくる。ウナの耳はぺたりと完全に寝て、食卓のどんよりとした空気がまた濃くなった。

 

 肉は高い。今の心許ない所持金では、一番安い鶏の肉すら買うことも憚られる。しかも二人が満足する肉の量となると尚更だ。

 やがて諦めたのか、二人は同時に黒パンに齧り付いた。微かな酸味が口に広がる。美味くはない。その酸味を消すように豆のスープも啜った。塩気で酸味は中和されたが、これもやはり美味くはなかった。煮込まれて柔らかくなった豆は黒パンよりは美味いと思える物だが、豆と煮込むならスープではなく腸詰とトマトが一緒に入った酒場の味が食べたいところだ。

 無理矢理口の中にトマトと腸詰の味を蘇らせながら咀嚼し終えると、ウナは音を立てて椅子から立ち上がった。その毛並みは興奮したように逆立って、大きな毛玉の塊のようになっている。

 その剣幕にキアランはびくりと体を震わせた。尻尾が椅子の下に入りかけるのを堪えると、胡乱気な黒い目でウナを見遣る。こういう勢いだけで押し通そうとする気配がする時はろくなことがないと、経験で知っているようだった。

 そのキアランの心配を他所に、ウナはスプーンを握ったままの拳を突き出した。


「よし。旅に出よう」


「は?」


 キアランが目を瞬かせる。間抜けな声の出た口はぽかんと開いたままだ。咀嚼しかけの豆とパンがそこからのぞいている。

 黒い眼は涙を浮かべて、ウナを憐れむように見ている。腹が減りすぎてとうとう気が触れたと思われたのかもしれない。大きな手が、祈りの形に組まれている。

 そんなキアランの様子に気づかない振りをして、ウナは続けた。


「このままこの街で腐ってたってなんにもならないだろ!

 旅に出て、美味いもん食い倒してやる!

 肉に、甘味に、珍味! 食べたいものなんて山ほどある! 全部食い尽くすぞ!」


 天井に拳を突き上げ、己が決意を表明する。その金色の目には輝かしい食べ物(希望)が映っているのだろう、きらきらと輝きを増したように見えた。さながら木匙は勇者の剣だろうか。


「姐さん……貧乏すぎて頭おかしくなりました?」


 とうとう思考を言葉に出し、キアランはウナを見つめる。完全に異常者を見る目だ。自分の姉貴分が突然そんなことを言い出したのだ、そんな目にもなろうというもの。

 二人は旅に出る金さえ惜しいのだ。どこからその食い倒れられるほどの金が沸いて出るというのか。

 だがウナはそんな現実を直視したくない。駄々っ子のように地団駄踏みながら、主張を繰り返した。


「アタシは! 肉が! 食べたいの!」


「やっぱりおかしくなっちゃった……」


 とうとうさめざめと泣きだしてしまった弟分の一瞥をくれると、鼻を鳴らしてその嗚咽を無視する。

 とりあえずはと、椅子に座り直して腕を組み、良くない頭に思考を巡らせる。

 先立つものがない。どうしようか。稼ぐ手段もさっぱり思い浮かばない。

 仕事は小銭稼ぎばかり。戦も起こる気配もない。あるのは己の肉体のみ。だがしかし、身一つさえあればきっと。


「なんとかなる!」


 そう自分に無責任に宣言して、ひとまず目の前の食事を平らげにかかった。

 腹が減っては、戦はできないのだ。

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