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3-25 暴食の悪魔が、株主優待券で食べ放題に連れてってくれます!

 今井スグルは暴食の悪魔であるアルゼと共に暮らしている。


 暴食であるからにはさぞ食費がかかるだろうと警戒していたが、そんなことはなく。地味に余裕のある生活を送っていたが。問題があった。


「店内で人の腕を捕食する女はな、出禁決定なんだよ」

「……我慢できなかった」


 なぜか、噛みついてくるしスキンシップも激しい悪魔だったのだ。公衆の面前でそれをされるため、近場のスーパーに寄れなくなったスグルは。アルゼが取り出した株主優待券で食べ放題にいくことに。


 そしてそれは、アルゼによる策略に過ぎなかった。


「平服せよ、スグルは私の物」

「はったおすぞ」


 こうして数々の出禁伝説を打ち立てる、食べ放題探訪が始まった!


 暴食の悪魔と一緒に暮らしても、食費は思ったより増えなかった。


 せいぜい同居人が0.5人増えた程の出費に驚いたのは記憶に新しい。


 ただ別の問題が彼を襲っていた。

 

 「もうあのスーパーいけない……」


 段々と夜の肌寒さが暖かくなっていく初春にて。


 人気も少なくなった道を二人組が歩いている。市内で最も大きい店舗から逃げる様に退店してきた平均的な身長の男、今井 スグルは嘆いていた。


 背中をポンポンと、慰めるようにたたくのは。白色の長髪に高貴な雰囲気の服を着こなす美少女、アルゼという。


 築40年の手狭なアパートにて住居を構えている彼にとってこの事態は急務であった。


「いいかいアルゼちゃん……店内で人の腕を捕食する女はな、出禁決定なんだよ」

「……我慢できなかった」

「よっしゃ見ろこの立派な歯型を」


 彼の着用しているパーカーの袖を捲り、スーパーに近寄れなくなった原因でもある物を見せる。前腕に複数箇所もある歯型や赤い斑点。


 犯行時刻は夕方、スーパーに入店し夜ご飯を物色している時に、彼女から付けられたのである。仕事帰りのサラリーマンや主婦が大勢いる衆人環境の中でつけられたのだ!


「まだシンプルに噛みつくだけならよかったんだ。引きはがしつつ周りにペコペコするだけでよかったんだ」

「それはそれでダサいよ」

「おま、あろうことか吸い付いてきやがって!ぶちゅちゅち~なんてえげつない音出しやがって」

「……」

「なあアルゼ。お前がコスパの良い暴食の悪魔だってのはこの一週間でわかってる」


 アルゼという悪魔は、紆余曲折あってスグルと暮らしている。身分も高く、爵位すら持っている。彼女の一族は暴食の悪魔であるとも、彼女と知り合ったときに聞いていた。


 だが暴食と言われるような、苛烈な食事をとろうとしない。一日三食ともにしているが、スグルより食べないどころか、一般的な女性より食べる量が少ないことが最近の生活から判明してはいるのだが。


「頼むから合間合間に噛みついたり吸い付くのやめてくれよ……」

「スグル、これはね」


 キリっとした、表情で見つめられる。どんな答えが飛び出てくるか警戒してると。その端正な顔をそっと反らし。


「……ゆるして、ほしいな」

「よし、ビンタな」


 アルゼに反抗的な目つきを無視しつつ、携帯を取り出す。先ほどの騒動があったので急いでスーパーから出てきてしまっていた為、食べ物を買えていない。


 このような苛烈な身体接触は一度や二度ではなく、在宅ワークで働いてるときにもやってくるのでどうにかしてほしい。


「はぁ、とりあえず何か食べないとな。腹の減りが異常にはやいからな……がっつりと行きたい気分だし」


 そういいながら外食にしようとお店を検索し始める。スグル的にはうどん屋で食費を浮かしつつ多く食べることを考えていたが。


 ついついと、服を引っぱられる感覚。アルゼに顔を向けると鞄から漁ってきたのか、何かしらの紙切れを渡される。



「株主優待券、しかも、しゃぶしゃぶ食べ放題のじゃねえか!!」

「実家の執事に渡された。ついさっき」

「ついさっきっていつよ」

「スグルが肩落として外にでって、追従しようとしたら渡された」

「つまり、近くにいて都合よく渡されたのかよ」


 彼女の実家は非常に資産も持っているので、定期的にこのような援助を受けることがある。ただ、一回激しく断ったことも相まってか、スグルの意識が彼女から離れた瞬間を見計らって今回のような券や現金を貰うこと多いのである。


「背に腹は代えられないし、行くぜしゃぶしゃぶ!」

「いーえー」


 二人して気合を入れ、食べ放題へと旅立った。




 しゃぶしゃぶは肉料理である。肉を薄切りにし、鍋に入っている出汁湯につけゆらゆらと泳がせた後、取り上げ、受け皿に入れた調味料に浸し口に運ぶ。


 それだけで美味い、革命のような料理だ。


 店に入り、すぐさま席に備え付けられたタブレットから、肉を数種類頼みはや数分。調味料は店に備え付けてある、ゴマダレとポン酢。なくなってもすぐ頼めることもあり。どっぷりとたれをつけて口に運ぶ。泣きっ面に蜂ならぬ、空きっ腹に肉は。感嘆の声が心身から漏れ出るほどに旨い。


「アルゼももっと食いな。旨いぜ」

「ん、食べてる。んまんま」


 アルゼもスグルの目の前の席に座りつつ、物言わぬ顔で、箸を動かす。豚ロースの薄切りの一人前をつかみ取り。鍋にたまったお出汁に投入。出汁はお金をプラスして追加できる「極み出汁」だ。香りがよく。ゴマダレやポン酢にくぐらせても濃い味に負けない旨味をもっている。


 彼女の動きを見てるだけでも腹が減ってくる、その動きに追随した。


 鍋にじゅぽん、と投入された肉は桃色から肌色に早変わりし、掬い上げてポン酢にくぐらせる。さらさらとまとわりつくポン酢の色味が食欲をそそる。柑橘の匂いが鼻孔をくすぐりそのまま口内へ一口。美味い。勢いのまま注文しておいた白米を掻っ込む。これをする白米の甘みが増幅されさらに旨い。


 そんな中、悪魔がポツリと呟いた。


「おいしい……あ、メニューの画像も美味しそう」

「いいか、齧るなよ。無機物とはなんなのか思い出してくれ」


 綺麗な瞳がタブレット端末を見やる。アルゼ、やるときはやる女である。


「しない、今まで触った人の思念を吸い取るだけ……まっっず!!」

「アルコール消毒って悪魔に効くんだな」


 悪魔がしょんぼりしながら、肉を一枚とり鍋に潜らせる。


 人間と変わらない所作をしているが彼女が使ったのは悪魔の力だ。


 暴食の悪魔には何でも食べる特性のため、人の思いや歴史を。蓄積されて育ってきたものを食べれる能力がある。彼女のはそこまで力はなく、アルコール消毒しか読み取れなかったが。


 思念を食べるだけなら造作もない悪魔というのを。忘れないようにしなければ。


「しかし、暴食の悪魔なのにそんな食ってないよな。皿はほぼ俺が食ったのが積みあがってるし」

「ん、ベリー美味な物食べてるから意外とお腹いっぱい」

「ベリー美味」


 意味が分かりづらい単語が出たが、食べているということかと納得し、箸を進めるスグルであった。




 悪魔が人間に惚れる逸話は信じたことがなかった。暴食の悪魔なのも相まって、無垢で現実的ではない伝説だと。


 立場もあったアルゼはそう思っていた。


 今思うと、逸話は全てこうなるという教訓だと、実感したのはスグルと出会ってからだ。


(彼の所作、好きだなぁ……)


 密かに暮らし、一部の人間にしか知られていない悪魔という存在。それは社会の上位層とも繋がりがあり。彼を見つけたのはそう言った層との会合帰りで。


 何の気なしに飲食店の窓ガラスから彼を見つけた時に、口に食器を持っていく動作。飲料時の嚥下。食べ物を嚙み砕く頬の動き。神がかり的に整った動作が、たまらなく好きになったのだ。



「スグル、お米。頬についてる」

「おおぅ、どこついてる?」

「大丈夫、私がとる」

「安心できない大丈夫やめねえか……頼む」


 こちらに差し出される顔。ゆっくりと手を伸ばしていき頬についてるご飯粒をとった――――瞬間に彼の思念をばれないように吸い取った。


 吸い取る思念によって、味は様々だが。彼から吸い取ると至福の味だ。無造作に吸い取って今まで気にもしなかった総摂取量を逐一気にし、もっと食べたいと思いつつ彼を気にしながら、ちょびっとずつ吸い取る。


 少量にも関わらず、満腹感を得られるので効率もいいのだ。


 こんな感じで彼と暮らして数週間、暴食の栄養源は今井スグルで占められている。


 ちなみに腕に嚙みついた件は、長時間接種できなかった空腹感から、衝動的に吸い取ってしまったのが原因である。


「ん、取れた。美味しい」

「おいしいってなんだよ……まあいいやありがとな」


 こうやって暮らし始めて数か月。スグルに一目惚れした悪魔は、ひたすらに彼の思いを吸い取って過ごしている。


 止まらない、もっともっとと。暴食の本能が囁くのを常日頃から聞く毎日。


「スグル、薬味頼む?」

「お、ありがと。初めてなのに薬味頼むなんて偉い美食家だな」

「むんっ」

「胸張ってえらいねえ」

「むふんむふふん」

「何言ってんの」


 思わず変なテンションになってしまったので適当に誤魔化す。


「平服せよ、スグルは私の物」

「はったおすぞ」


 ちなみに、何故スグルより先に薬味を注文できたか、それは先ほど吸い取った時に、今井スグルの考えを読み取っただけである。


「ふっひっひっひ……」

「なにそれ」

「自己顕示欲が満たされた声」

「すごい醜い声だな……」


 店の個室で二人っきり、いつもはアパートの一室でどこにも行かないから。アルゼにとっては簡単な旅行気分で結構楽しく、彼から通して食べるのが好きで好きで、胸とお腹がいっぱいになる。


 彼女にとって今井スグルから接種するのは心身共に一体になった気分になるから。


 ああ、次はどこの食べ放題で私腹を満たそうか。


 暴食の悪魔は欲望のままに思案するのであった。


 そして


「店長!!!食べ放題の肉がもうありません……!!60分ずっと男が食い続けてますあのカップル!!」

「次からはお引き取りいただこう……!出禁だ……!!」


 彼が原価を崩壊させる勢いで食べる暴食野郎になってるのも、暴食の悪魔が原因である。


 これは、たくさんの食べ放題から出禁を食らいながら、悪魔がスグルの思念を盗み食いしてるのがバレるまでの話である。

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