3-22 仮面とブーツとシンデレラ
【この作品にはあらすじはありません】
舞踏会場に入ってすぐ、今にも泣きそうな少女が目に入った。
足元には折れたヒールと靴が転がっている。
少女の周りには使用人や仮面をつけた青年がいて、彼らの手には色んな靴があった。折れた靴の代わりだろう。少女が靴を見て首を横に振るたび、舞踏会に向けてセットしたのだろう髪が崩れていく。
「あの子、どうしたの?」
私のあとに会場へ入って来た女性が、使用人に少女のことを尋ねた。このとき、耳を塞いでいたら私は知らなくて済んだ。
知らなければ、
気にしなければ、
誰かが何とかしてくれると思えれば、
けれど知ってしまった。
気にしてしまった。
誰かが何とかしてくれそうになかった。
だから、私が何とかしようと思った。
廊下に出て、人目がないことを確認してから履いていたガラスの靴を脱ぎ、舞踏会場に戻った。
少女のもとに歩み寄り――
「履いてみて」
脱いだ靴を差し出す。
首を横に振られたらどうしようかと思っていたけれど、魔法で出来た靴は少女の心を掴んだようで、少女は靴を受け取ってくれた。
私と少女の足のサイズは違う。でも、魔法で出来たガラスの靴は履く人に合わせてサイズを変えてくれる。
だから少女はガラスの靴をすんなり履けた。
「温かい……」
少女が私の足元に視線を向ける。
私が履いていたことがばれたらしい。
周りに聞こえぬよう、少女の耳元に顔を近づけ――
「私の靴ってことは内緒ね」
「替えはあるのですか?」
「ないわ」
「それでは受け取れません」
「それじゃあ気に入らない靴で妥協する? それとも諦めて、一年後の舞踏会を待つ?」
「……」
「初めての舞踏会を妥協したくないから首を横に振ってたのでしょ。初めての舞踏会をヒールが折れて終わりにしたくないから帰らないのでしょ」
「……」
流行り病のせいで毎年開催していた舞踏会が延期になった。三年前、舞踏会に初めて参加するはずだった彼女は病が収束する日を、舞踏会が開催される日を待ったのだ。
彼女が着ているドレスも、折れた靴も三年前に着ていくはずだったものを大事に大事に保管してきた。念願だった舞踏会が開催され、嬉しさからはしゃいでしまったのだろう。身体の成長のせいもあったのだろう。
舞踏会当日、大切にしていた靴のヒールが折れてしまった。
彼女と同じく、参加者の多くにヒールが折れたりするトラブルが相次ぎ、主催者側が用意してあった靴も次々に貸し出され、彼女が代わりの靴を求めたときにはドレスに合わない靴しか残っていなかった。
彼女よりも数年長く生きてきた私は諦めを学んでいて、合わない靴で妥協してしまったと思う。だけど彼女はまだ若い。
彼女の若さで諦めを、妥協を知ってほしかなかった。
「断られると恥をかくんだけど」
敢えて周りにいた使用人たちに聞こえる言った。意味を理解してくれた使用人が、私の言葉に賛同してくれる。私たちの圧に屈する形で、少女は借りると言ってくれた。
彼女が泣きそうになる。
涙でドレスが汚れたらすべて台無しになると思った私は、使用人に頼んで彼女をメイク室に連れて行ってもらう。
残された私が一息つくと、喝采を浴びた。
喝采に対して一礼し、当たり前のことをしたままですと表情で会場の隅に逃げた。
私を追いかけてきた男性からダンスの誘いを受けたものの、踊るより見るほうが好きなのでと嘘をついて断った。
床が冷たい。
裸足の裏の感触を意識するたび、靴を貸してしまったことを後悔してしまう。
踊っている男女から段々と目が逸れていき、下を見る。下を見ると女性たちの靴が視界に入り、これ以上は俯いちゃダメだと自分に言い聞かて姿勢を正すと壁一面の鏡を見た。
よし、涙目になっていない。
笑顔はないけれど、表情も落ち着いている。
「せっかく着てきたのに……」
鏡に写った私は黒のドレスを着ていた。
身体のラインが強調され、肩から胸元まで肌を晒したドレスは若さよりも成熟した女性の美しさをきわ立たせている。
腰まで伸びた黒髪も相まって黒一色。まるで、魔女のよう。
魔女が用意してくれたのだから、魔女のセンスが反映されているのは当然のことで、胸元は出さないでと言えなかった私が悪い。
靴を貸す行動力はあったのに……
踊っている男女に背を向けて鏡を見ていると、私の背後から男性が近づいてくるのが見えた。
銀髪に、青を基調とした軍服姿の彼が私の背後に立ち――
「俺と一曲踊っていただけませんか?」
私は振り返り、一礼してから他の男性と同じ言葉で誘いを断った。断ったのに、他の男性と違って彼は引かなかった。
「鏡越しに見るのが好きなんですか?」
「……騎士様は想像できないと思いますが、平民の私からすると壁一面の鏡を見る機会はほとんどありません。それに、男女が鏡のなかで踊っているのは鏡のなかにもう一つの世界があるみたいで見応えがあります」
「俺の目には、あなた自身を見ていたやうに写ったんですけど」
「……勘違いでは?」
「俺たちの目は観察に秀でてます。戦うため、不審な輩を見つけるため、政治のために。その目が勘違いをしたことはありません」
「……」
ここで沈黙はダメだとわかっていた。
けれど、舞踏会でこんな問答想定していないし、騎士に詰め寄られた経験もないので頭が混乱して言葉が出なくなってしまう。
「気づいていましたか? あなたが会場に入って来たときと、今の背丈が数センチ変っていることに。そのことを踏まえると、あなたが踊らないのは踊れないから。その理由は靴を履いていないからでは?」
「……正解です」
「靴を履かない理由を聞いても?」
「貸した靴には誰でもダンスが出来る魔法が込められていて、あれがないと私は踊れません」
ダンスの経験がない私が舞踏会に出ようと思ったのも、魔女が魔法の靴を用意してくれたから。あの靴以外は履いても意味がない。
「じゃあ、魔法の靴をご用意しましょう」
「えっ?」
彼の手が私の腕をつかみ、引っ張る。
腕を引っ張られた私は彼と一緒に会場を出て、小部屋にやって来た。そこで椅子に座らされ、足のサイズを測られるとすぐに一足のブーツが用意された。
ブーツが出てくるとは思っていなかったので正直がっかりしてしまう。でも、ドレスで隠せるし踊れるならブーツでもいいやと自分を納得させ、それを履く。
「ここで試しに踊っていきましょう」
ブーツの効果を知りたかったので彼の案に応じた。
彼と手を組んで向き合う。
そして彼に手を引かれ、一歩目を踏み出した。
一歩目で違和感を覚え、二歩目で魔法が働いていないと確信。三歩目で彼の足を勢いよく踏んだ。
「ごめんなさい!」
立ち止まろうとするも、彼が手を離さずにリードを続けるので止まれずまた踏んでしまう。
「鍛えてるんで平気です」
「私が平気じゃありません!」
叫びながら、彼の足を踏まないよう足元に集中する。
「これのどこが魔法のブーツなんですか!?」
「魔法のブーツですよ。ただ踊れるようになるとは言ってません」
彼の足をわざと踏んでやろうかと思ったけれど、わざとしなくても踏んでしまった。
「剣術の師範が言ってました。死ぬ気でやればすぐ上達すると」
「それとこれとに何の関係があるんですか!?」
「足を踏まないように頑張れば踊れるようになりますよ」
さっきまでの知的な感じはどこぉ!?





