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3-11 妖刀 益荒男

妖刀 益荒男 (ようとう ますらお)




東西南北老若男女


お集まりいただきました皆様に


本日お聞きいただきますのは


一人の男の人生を狂わせた妖刀の話か


はたまた一本の妖刀の剣生を狂わせた男の話か


それは蓋を開けて見なけりゃわからない。


一人と一刀の前に立ちはだかるは


時の権力者に魑魅魍魎。


ばったばったとなぎ倒し


妖刀は己の求める鞘に会えるのか


男は己の尊厳を取り戻せるのか


一人と一刀の冒険活劇


いまここに


開幕、か~い~ま~く~


 興奮する武士を前に、行商と思しき男は面倒そうに頭を下げる。

「どうかお許しを。荷を背負っておりますので、突然道を塞がれては躱しようもございません」

 顔を赤く染め上げた武士は、整った顔立ちをした若き行商の胸ぐらを掴む。

「貴様、拙者に非があると申すか!」

 頷きたいところだが、刺激すれば事態が悪化するのは火を見るよりも明らか。

 山と海に挟まれし山陽道を東へと急ぎ、だいぶ日が傾いたところで舞い込んだ災厄。

 すれ違うだけであった筈の武士が、急に行商の道を塞ぐようにぶつかってきたのだ。

 この備前を治める浦上家中の者であろうが、面倒なことこの上ない。片側は海ゆえ見晴らしは良いが、周囲に人の姿は見えなかった。これでは助けも期待できまい。 

 銭か荷が目的か、単なる憂さ晴らしか、どちらにしろ言いなりになるのも馬鹿らしかった。

 どうするかと悩む彼の顔の横を風が通り抜ける。

 瞬間、絡んでいた武士が宙に鼻血をまき散らしながら吹き飛ぶ。

 先程まで武士の顔があった場所には、行商の顔の横から生えた腕より伸びた大きな拳があった。

「小うるさい。銭が欲しいなら欲しいと言えばよかろうが」

 野太い声が頭上から降り注ぎ、行商は慌てて前方に大きく跳び、振り返って身構える。

 他者の気配などなかったのに、いつの間にか体格の良い三十路くらいの男が、もう一方の手でぼさぼさ頭をがしがしと掻いていた。行商も決して背が低いわけではないが、それでも彼より頭二つ分は背が高い。

「貴様、このような真似をしてただで済むと思うのか!」

 倒れた武士がひん曲がった鼻を押さえつつ、男に向かって吠える。

「何を言っておる。儂はお主を助けたのだ。こやつは行商だぞ。通行するのに領主の許可を得ておるに決まっとる。上が許可した者に下が手を出したとあっては、それこそただでは済むまいて。それでも納得がいかぬなら、遠慮なくかかってくると良い。元の顔がわからなくなるまで付き合ってやろう」

 男がそう言って一歩踏み出すと、武士は勢いよく立ち上がり、男と行商を避けるように迂回し、顔を歪めて走り去った。瞬時に敵わぬと悟ったらしい。

「お助け下さりありがとうございます」

 武士の姿が遠ざかると、行商は深く頭を下げ男を観察する。

 体格は立派だが身なりはみすぼらしい。服はぼろ布、草履も履いておらず裸足。浜風に混ざって届く匂いもきつい。

 間違いなく浪人であろう。ただその精悍な顔つきは、人と言うよりも獣を思わせる。

「彼奴のためだ。主君の役にも立てず、こんな所で死んでは浮かばれまい」

 男が顎をさすり、楽しそうに声をあげた。

 行商は目を細めたが、今の言葉には触れず背より荷箱を下ろし、中から草履を取り出すと、彼に差し出す。

夢助(ゆめすけ)と申します。宜しければこちらをお使いください」

 男は草履には手を伸ばさず、腹を押さえて顔をしかめた。

「儂は骨皮(ほねかわ) 躯血(くけつ)じゃ。夢助、心遣いは嬉しいがのう。できれば干し飯かなにかを持ってはおらんか?」

「ああ、これは気がつきませんで」

 夢助は頷き、腰から下げた竹皮の包みを取り、草履と重ねて差し出す。

「おお、これは助かる」

 躯血は満面の笑みで包みだけを受け取り、中の干し飯を美味そうに頬張る。

 夢助は草履を下げ、替わりに水の入った竹筒を躯血に押しつける。

「お守りいただいたお蔭で銭を失わずに済みました。堺への道中、新たに手に入れる当てもございます。どうぞお納めください」

 頬に飯を詰め込んだ躯血は、遠慮なく竹筒を受け取る。

 夢助は微笑し再度頭を下げる。

「骨皮様、申し訳ありませんが、次の宿場町までまだあります。私はこれで」

 踵を返し道のりを急ごうとするが、なぜか躯血が隣を歩き始めた。

「お主、堺に行くと言ったか。儂は京じゃ。京の様子はわかるか? きな臭い話はよう聞くが」

 問われた夢助は歩調を緩めずに答える。

「京へ? 確かに今は治安が悪いですな。野盗だけでなく魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)しているという噂を聞き及びます。何故、京に? 士官でございますか?」

 躯血は水を喉に流し込みながら首を横に振る。

「儂は人に仕える事に向いておらん。用件はこれよ」

 突き出された躯血の左手に夢助は注目する。先程から気にはなっていた。

 武士を殴り飛ばした拳は握られたまま今も開かれていない。そこには柄が握り込まれ、親指と人差し指の付け根には鍔もある。だが本来その先にあるべき刃がない。代わりにそこから伸びるのは銀色の帯。それがだらりと垂れ下がっている。

「これに相応しい鞘を探しておってな」

「帯に鞘でございますか?」

「帯か。そう見えるか」

 苦笑する躯血の目が、急に鋭くなり海岸に向けられる。

「夢助、面倒そうだ。儂の陰に隠れよ」

 突然の言葉に夢助は動揺する事なく、素直に頷く。

「お言葉に甘えさせていただきます」

 夢助が躯血の背後に隠れると、海岸側から街道へ五人の男が駆け足でやって来る。がらの悪そうな男達。野盗であろうか、男の一人が脱力した女を担いでいた。男達は躯血を一瞥するが絡んでくる事なく、街道を横切り山側へと駆けていく。

 躯血の視線が集団の最後尾を行く男の腰に注がれる。なかなかに見事な(こしら)えの刀が差されていた。

 躯血は柄が握られた拳を男に向ける。

「あれならどうじゃ?」

 すると垂れ下がっていた帯が、地面に対し水平に真っ直ぐ伸びた。

「おお!」

 躯血が感嘆の声を漏らし、自身の股間を見やる。

 布が一物に押し上げられ、小山を作りだしていた。

「夢助、馳走になった。儂は野暮用が出来たでな。これで失礼する」

 振り返った躯血は不敵な笑みを浮かべる。

「先程の娘を助けに行くのでございますか?」

 酔狂だと言いたげに夢助が問う。

「娘? いや違う」    

 躯血は再び垂れ下がった帯を肩にかける。

「気にするな。お主には関係あるまい。縁があればまた会おう」

 街道に夢助を残し、彼は男達を追い山へと分け入った。

 夢助は街道を外れた躯血を呼び止める事なく、黙ってその背に一礼し、再び東へと歩き出す。

 獣道のような細き道を、躯血はゆったりとした足取りで男達の後を追う。彼らは木々の間を縫うように移動するが、躯血の目はその姿を捉えて離さない。

 男達はやがて開かれた場所にぽつんと建っていた廃寺へと至る。彼らの住みかだろうか。揃って本堂へと入り扉を閉める。

 遅れて到着した躯血は、焦るでもなく警戒するでもなく本堂の扉の前に立つ。

 辺りは既に暗くなったが、中からは光が漏れていた。

 灯りを用意しているという事は、定期的にここを利用しているのであろう。

 躯血は躊躇う事なく扉を開け放った。

「なんだ、てめえは!」

 気を失ったままの女の服を剥いでいた男が、眉間に皺を寄せ怒鳴る。木製の仏像の前で竹筒に口をつけていた男を除く四人が立ちあがると、短刀を抜き放ち刃を躯血へと向けた。

 彼は「まあ待て」と右手を広げる。

「お前達がその娘に何をしようと構わん。腹は満たしたからな。人助けをする意味もない。儂はお主の腰の物を譲り受けたいだけじゃ」

 悠然と仏像の前で腰を下ろす男を指さす。

 首領らしきその男は、躯血を睨みつけ竹筒を投げ捨て立ちあがる。

「なんだ、てめえは? 落人おちうどか?」

「そんな事はどうでも良い。誤解してくれるなよ。刀をくれと言っておるわけではない。鞘の方を此奴が気に入ってのう。邪魔をせん替わりに譲ってもらえんか?」

 躯血は銀の帯を男達に向けながらぞんざいに頼む。

 首領は忌々しそうに唾を吐き捨てた。

「馬鹿なことを言ってんじゃねえ。なんで俺達が浪人に恵んでやらなきゃなんねえんだ。むしろその銀の帯を置いていきな。そうすりゃ命だけは見逃してやらんこともない」

 首領の言葉に躯血は声を上げて笑う。

「無理じゃな。此奴が儂の手から離れてくれるのは、気に入った鞘に収まった時か儂が死んだ時。お主らでは儂は殺せんよ」

 首領が眉間に皺を寄せる。馬鹿にされたと思ったのだ。片腕を振り上げ前方に勢いよく振り下ろす。

「やっちまえ!」

 首領の声を合図に四人の男達が雄叫びをあげ、床を踏み鳴らし躯血へ襲いかかる。

 躯血は一番に迫る男の顔面に左拳を叩きこみ、二番目の男の手首を右手で捻り上げ、床に転がしつつ短刀を奪い取ると、続く三番目の男に投げつけた。短刀が足に深々と刺さり悲鳴をあげて転がる。

 瞬く間に仲間を失った四番目は慌ててその場に踏みとどまった。その男の腹に躯血の蹴りが突き刺さり、あえなく崩れ落ちる。

 二番目の男が体勢を立て直そうとするが、躯血は振り返る勢いで回し蹴りを首筋に叩き込む。

 仲間たちを苦も無く倒された首領は、舌打ちして刀を抜くと正眼に構えた。

「ごろつきの割にはなかなか様になっておるではないか。どこぞの武家のはみ出し者か?」

「うるせえ!」

 四人をあしらっても息ひとつ乱さずほざく躯血に、首領は罵倒しながらも慎重に間合いを詰める。

「おい、どうやら切り伏せねば惚れた女子は手に入らぬようじゃぞ。(たぎ)るであろう?」

 暢気に帯へと語りかけ、右手も柄に添えると上段に構えた。

 するとなんたることか、躯血の闘志に応えるように、銀の帯が天を貫かんばかりに持ちあがる。

 ばきばきと音を立てその身を固める姿は、既に帯ではない。

 血が通い始めたかのように光沢を放つ、一本の雄々しき刃。

 首領の目が驚愕に見開かれる。

「なんだ、それは!」

妖刀 益荒男(ようとう ますらお)

 股間に富士を作りだした躯血は、犬歯を剥き出し獰猛に笑った。

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[一言]  好きなプロットですね。妖怪もチャンバラも好きな属性です。  作者さんのやりたいことや読者を巻き込んでワイワイやろうというスタンスは素晴らしいと思います。  全体としては、とても考慮して文…
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