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第93話

 着信音に気づいてすぐ、飛びつくように持ち上げたスマホ。


 今度は梶田からの電話だった。


 ふぅ、と緊張の抜けた息を吐いて、ベッドに腰掛ける。


 風呂上がりで濡れた髪を拭きながら、梨花がスマホを耳にあてると、彼の声が流れてきた。


「まだ寝てなかった?」


「うん」


 窓の外をちらと見る。


 街灯もないこの世界の星空は、本当に綺麗だ。


 東京はまだ雨だろうか。


 そういえば、この世界で雨が降っているのは見たことがない。


「そう。ごめんね、遅くに。いま大丈夫?」


 少し焦ったような声のトーンに、違和感を抱く梨花。


「うん、どうかしたの?」


 違和感の正体はすぐにわかった。


「ばあちゃんが、倒れたんだよね」


「えっ」


 思いがけない事態に、あたまが混乱する。


「紅子さんが?」


 この間会った時は、元気そうに笑っていたのに。


「私、病院に向かおうか」


「大丈夫。気持ちだけもらっとく。いまは、家族しか会えないと思うし。でも、ありがとう」


「うん────」


「それで、俺さ、いまからそっちに向かうから」


「いまからって────始発で?」


 そもそも、新幹線は雨の影響で運休の可能性があるのではなかったか。

 飛行機は飛ぶのだろうか。


「それだと間に合うかわからないから、とりあえず車で。社有車を借りたから」


「車でって、そんな」


 それ以上は言えなかった。

 間に合うかわからない────。その言葉に、梶田の気持ちが表れている。


「バカなこと言ってるよね。でも、いてもたってもいられなくて。広島でも神戸でも大阪でも、少しでも近づいたらそこから新幹線に乗れば」


 ああ、止めても無駄だ。


 気持ちは、痛いほどわかる。


 一目でも会いたい。手遅れになる前に。


 理屈じゃない。動かずにはいられないのだ。


 だから、梨花は電話口にむかって、強くゆっくりと話した。


「わかった、そっちも雨なんでしょう? 本当に気をつけて! ひとつだけお願い。あとで私から電話するから、そしたら次のパーキングにとめて折り返し電話をして。絶対に、折り返して。お願い」


「わかった。でも大丈夫だよ、居眠りとかしないから」


 ああ、そっちの心配かと思ったのか。でも違う。


 梨花には梨花の理由があるのだ。


 動く理由が。


「うん。わかってる。でも、約束ね。絶対に連絡して」




 通話を切って、すぐに着替えた。


 動きやすいパンツスタイル。


 リビングに向かい、ひとりくつろいでいた大家さんを見つけた。


 梨花は駆け寄って、がばっと勢いよく土下座した。


「お願いします! 私を翔太さんの近くに送ってください!」


 ピィ?


 うろたえる大家さん。


 当たり前だ。


 梨花は事情を手短に説明した。


 大家さんはしばらく八の字を描くように部屋の中を歩き回ったあと、くちばしをキッと引き結び、ころがるように勝手口から出ていった。


 何か策があるのだろうか。


 祈るような気持ち────実際、両手を合わせて祈るような体勢で待った。


 数分、だろうか。

 何時間にも感じる数分。


 少しすると、大家さんともうひとりが、勝手口から戻ってきた。


 見覚えのある髪の色だ。きらきらと光る、きれいな白い髪。


「────コハク!」


「まったく、人使いが荒いなぁ」


 そういいながら、タタキのところで律儀に靴を揃えて入ってくるコハク。

 こいつから事情は聞いたよ、と、大家さんのほうを指して言う。


「まっ、梨花の元気そうな顔が見られたから良いけどさ。次に会うのは梨花が死んでからかと思ってたし」


「会えて嬉しい! そして、ごめんね。あつかましいのはわかってる。でも、助けてほしいの」


「まぁ────できなくはないけどさ。相手にはどう説明すんの?」


 すっと細めたコハクの目が、冷徹な光をはなった。


「信じてくれんの? 気味悪がられない? 後始末はどうすんの?」


 それにさ、と、コハクはシェアハウスの天井を見上げてから、個人部屋につながる廊下に視線をうつした。


「勝手なことしたら、容赦なく追い出すだろ、この『家』は」


 ピィ……


 心配そうな大家さんの声。


 梨花はスッと背筋を伸ばした。


 そう、シェアハウスに行き来できるのは、基本的には「住人と、その候補者だけ」。他人を連れ込むなどルールを破った住人は、部屋がなくなってしまうこともある。

 ここを追い出されたら、もう大家さんとも会えなくなるんだ。


 それでも。先に待つ事態がわかっていても、自分の次のアクションは決めている。

 梨花はゆっくりと言葉にした。


「出て行くことになっても、やらなきゃいけないことがあるの。じゃなきゃ、私は一生後悔する」


 コハクは呆れたように、でも少し笑うように、口元をゆるめた。


「────わかった。急ぐんだろ。ついてこい」



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