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第91話

 家族会議ならぬ、シェアハウス会議。


 梨花の召集に、皆ダイニングに集まってくれた。


 キョーコに仙道、五味。


 もちろん、大家さんも。


 梶田とのいきさつを説明して、梨花は机に額がつくくらいお辞儀した。


「というわけでして。お引越しはまだ先ですが。半年以内には、あちらに行くことになると思います」


「おめでとう!」


 皆そう言って、拍手までしてくれる。

 梨花は思わず手を振って、つけくわえた。


「いや、プロポーズも何もまだなんですけど! みなさんには、先に────話しておきたくて」


 あっぷあっぷしながら話す梨花を、キョーコがそっと抱きしめた。

「うん。話してくれて、ありがとうね」


「そんな顔しないでください。嬉しい報告なんすから」と、五味。


「どうしよう、娘を嫁に出す気分」と、仙道。目頭を押さえるふりまで。


「お前にはやらんとか冗談でも言わないでよ、仙道さん」

「わかる? キョーコちゃん。一回言ってみたいよね」


「みなさん、ありがとうございます」ほんわかしたやりとりに、梨花もくすくすと笑ってしまう。




「便乗するわけじゃないけどさ」


 と、キョーコが少し真面目な顔に戻る。


「私も先のことを真面目に考えるよ」


 そう言って、梨花の手を握った。梨花も、きゅ、と手を握り返す。


「はい。また連絡くださいね。私も、します」


「まぁ私たちはなんだかんだ会えるしね。問題は────」


 と、キョーコが目線をやった先に座っているのは、

 だばー。と、涙ちょちょぎれの大家さん。

 ふわふわの丸い肩を震わせている。


「大家さん」


 大家さんは羽毛から取り出したお守りを、梨花にぎゅっと渡してきた。どこにいても迷わず帰ってこれるというご利益つきの、大家さんのお守り。


 辛かったら、いつでも戻ってこいよ。


 そんなふうに言われたように思えて、梨花は大家さんのことを抱き上げて頬ずりした。


「大家さん、大好き」


 ピィ……!






 夜。


 なんだか寝付けずに、ひとり甘酒をあたためて飲んでいると、仙道がダイニングにやってきた。


「梨花ちゃん。どしたの、寝られない?」


「はい。ここで過ごすのもあと少しなのかなって思うと、なんだか寂しくて。あっ、甘酒、まだあるけど、どうですか?」


「ありがとう。自分でよそうよ。この小鍋?」


「はい」




 仙道は甘酒を持って、梨花の向かいに腰掛けた。


「仙道さんは? 曲作りですか?」


「うん、あと少しアレンジしちゃいたくて」


「お疲れ様です」


「────さっきの話。ここは居心地が良いけどさ、中継地みたいなもんだから。皆もさみしいけど、梨花ちゃんの旅立ちを喜んでるよ」


「中継地かぁ。そうですよね」


 生きていれば別れはつきものだ。

 皆それぞれの道を選んで進むのだから。


「梨花ちゃん、最近、いい顔してるよ。ここにきた意味がきっとあったんだよ。俺たちとしてもそれは誇らしい」


「仙道さん」


「また福岡に行くときはライブ誘うね。キョーコちゃんも、これたら一緒に行くし」


「はい」


 甘酒と仙道の言葉で、お腹も胸もあたたかい。

 いまならすっと眠れそうだ。


 甘酒を飲み切って、「じゃあもうひと頑張りするかな」と仙道が立ち上がった。

「ごちそうさま。梨花ちゃんは早くお休みね」


「はい。お休みなさい」






 翌日────


 会社帰りに、紅子のところを訪れた。

 梶田も来る頻度が落ちることを心配していたから。

 彼の代わりにはなれないけれど、できることはしたかった。

 何より、梨花自身が紅子に会いたかった。


「紅子さん。しばらく翔太さんが遠くに行くから、かわりに私が会いに来ますね」


 梨花が来ると、紅子は友達を見つけた時のように可愛らしく笑ってくれる。

「カヨちゃん、ありがとう。カヨちゃんのお料理、大好きなの」


「リクエストはありますか?」

 今日のお土産はパウンドケーキだったから、次はご飯系が良いかな。


「栗ご飯が食べたいわ」


 子供のように手を合わせて笑う紅子に、梨花も笑い返す。


「了解しました」






 そのまた翌日────


「梨花ちゃん、飲みに行こう」


 沙月が梨花のデスクにやってきたのは昼下がりのことだった。

 ちょうどいい。沙月ともゆっくり話したかった。


「はい、今日いけます」


「よっしゃ! じゃあとでね。今日は残業無さそう?」


「大丈夫です」


「了解」






 沙月が連れていってくれたのは、静かなマスターのいるバーだった。


 カウンターには梨花と沙月、奥のテーブルには2組ほどの客がいる。


「やっぱり、会社、辞めるの?」


 カクテルグラスを口からはなして、沙月が言った。


「まだ誰にも言ってないのに」

 と、梨花は笑ってしまう。


 沙月の勘の良さは、一級品だ。


「最近、新しい子にもどんどん重要な会議に参加させてるでしょ。後任の根回し始めてるのかなって。直感」


「さすがです」


「もうさ、梶田くんと一緒に赴任しちゃえば」


 正直、それも考えた。会社に希望を出せば、おそらく考慮してくれるくらいの実績は残している。

 でも、それを選ばなかったのは梨花自身だ。


「新しく立ち上げる支社は基本現地採用ですから。個人的な理由では……。私は1から働く場所を探します」


「そっか」


「それに私、わがままになってみようと思って。自分のしたい働き方をよく考えてから、次に繋げようかなって」


「それはわがままとは言わないわ。ほら、これも食べなさい」


 と、沙月はカラスミとオリーブの並んだ皿を梨花によこした。


「自分の人生なんだから」


 マスター、おかわり! と、沙月がグラスをさしだす。

 マスターは黙って頷き、グラスをひく。


「この年になったらさ、1年や2年なんてあっという間だから。だからこそ、大事に生きたいわよね」


 沙月の前に、スッと新しいグラスが置かれる。


 その横に、パテの塗ってあるバケットが。


「ラム肉のパテ。サービスです」


「ありがと、マスター」「ありがとうございます」


「ラムって縁起が良いのよね」ふふっと笑って、沙月がグラスを傾けた。


「梨花ちゃんの新しい一歩に、乾杯」






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