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第76話

「おっ。出てくれてありがとう」


 ピコンと音がして、キョーコの顔が、小さく画面のすみっこにあらわれた。

 画面の中の透也は無防備に顔をほころばせている。

 ステージの上で見る彼とは別人みたいだ。


「……こんばんは」

 キョーコが口を袖で隠したまま言うと、透也も色の薄い髪を揺らして、礼儀正しくおじぎをした。

「こんばんは」


 なんだか気恥ずかしい。透也に文句の一つも言ってやりたい気分になった。

「いきなり、やめてよ」


「ごめんね。声聞きたいなぁと思ったら、顔が見たくなっちゃった」


 画面の向こうで、頬杖をつきながら、首をかしげる。

 自分の顔が、キョーコの好みなのだと知っての所業だろうか。

 天然なのかわざとなのか、いまだにつかめないのが透也という存在なのだ。

 ────だから、怖い。


 そんなキョーコの内心などおかまいなく、透也はにこにこと続ける。


「あとはほら、連絡の許可をいただいたのでね。善は急げって事で」


「だからっていきなりビデオ通話って。ない」


 他人との距離感がバグってはいないか。


「そう?」


 心外だというふうに目を開いて、大真面目な顔で透也は言う。


「大丈夫、キョーコちゃんはどこのアングルからでもいつ何時も可愛い」


 ふぅ────。と、キョーコはため息をついた。

 半分は────半分以上は、照れ隠しのそれだけれど。

「透也さんさ、そろそろ、うさんくさいよ」


「詐欺師っぽい?」


「〆日前の、ドンペリ入れさせたいホストっぽい」


「まじか、つれー」


 倒れるように、透也が画面から半分消えた。

 お腹を抱えて爆笑しているようだ。


「ねえ。笑いすぎ」


「やー、つくづく俺ホストとか向いてないのになと思ってさ。お世辞とか言えないし。好きなやつとしか絡みたくないし。仕事だろうか嫌なもんは嫌だし」


 よっこいしょ、と画面の中に戻ってきた。


「そうだ、本題に入って良い? 今度、そっちで花火あるでしょ。どう? 俺と行かない?」


「いいけど……こっちまで来るの? 電車激混みだと思うよ。帰るの大変じゃない?」


「いいけどっていった?! やった! 終電近くまで飲んで帰るよ。そしたら多少は人もはけるでしょ。あっ、キョーコちゃんはちゃんと良き時間に送っていくからね」


「遠いよ」


「1時間くらいだよ。通勤だってよくある話じゃん」


「そうだけど」


「ね、せっかくだから早めに集まって、金魚見に行こうよ」


「……わかった」


「やりぃ」

 本当に嬉しそうに笑う。

 子供のような笑顔を、ひきだしているのは自分なのだと。


 いつぞや梨花にかけた言葉が脳裏をよぎって、キョーコは熱くなった耳を手で隠した。


「じゃ、じゃあね。近づいてきたら詳細決めましょう。もう寝るから」


「おけ。ありがとね。おやすみ」


「おやすみなさい」




 切った後、しばらくベッドにつっぷしていた。


 動いていないのに、消費カロリーが半端ない。


「そういえば、五味っちが作ってくれてる浴衣、もうそろそろできるはず……」


 ひとりごとに、心の中で弁明する。


 他意はないのだ、と。


 せっかく作ってもらうのだから、夏らしいイベントに来ていきたいだけなのだ。


 そう、それだけ。


 キョーコは前髪をクリップで留め直して、いそいそとスケジュールアプリを開いた。

 


          ◇




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