第74話
「コナの言う通り!」
力みすぎてこぶしを握る梨花に、ふふっと笑うキョーコ。
「ありがと、ふたりとも」
紅茶のカップをおいて、キョーコが横長の窓の外をのぞきみた。
「なんか今日、賑やかだね」
ぱあっと、コナの顔がほころぶ。
「ああ、いまは花市の期間で────」
言葉の途中で一瞬、止まったかと思うと、コナはにんまりとして尻尾をふった。
「ねぇ、せっかくだからさ、パーッと美味しいもの、食べに行かない?」
◇
テーマパークみたいだ、と梨花は思った。
コハクたちの夜市より、洋風のお祭り。
イタリアのような街並みもあいまって、外国にきた気分だ。
まぁ、日本でないことは確かなのだけれど。
もともと並ぶ店の他にも、たくさんの出店があつまり、橋や大通りは色とりどりに着飾った獣人たちで賑わう。
キョーコと梨花は、コナに借りたローブの上から、申し訳程度にスカーフを巻いて、黒い姿に色を足した。
「花市って、お祭りなの?」
「んー。もともとは一年の豊穣を祈るお祭りかな? みんなで花を売り買いして、花みたいに着飾って、みのりの神様に、こっちだよー、こっちにきてよー、ってアピールして招くのよ。ま、いまじゃ花以外もたくさん売るし、半分くらいどんちゃん騒ぎの名目だけどね」
さくっと言うコナの話に、梨花はふふっと笑った。
「どこの世界も似たものね」
「楽しんだら勝ちだよね。あっ! これ! おすすめ」
コナが指差したのは、半透明の丸い冷菓のようなものだった。
「いらっしゃい! どう、おひとつ?」
つり目の売り子美女が、小さな紙皿に人数分を並べてくれる。
「じゃあ、その三つもらうね」
と、コナ。
「まいどっ」
「冷たくて美味しいよぉ」
コナがグルメ番組のタレントのようにゆっくりと指でつまみあげ、大きなひとくちでパクリと食べた。
「ん〜〜〜♡」
多くを語らなくても、その顔を見たら感想はわかる。
「夏の和菓子みたいな見た目だね」
「美味しそう。そして綺麗です」
「それ」
梨花もつまみあげて光に透かしたら、空の青と重なって、内側でキラキラと光が踊る。
思い切って口に含む。ひやりとした柔らかい感触。
噛むと、とろりと甘いシロップがでてきた。
上品な甘さが、好ましい。
「つるっとして、のどごしなめらかだね」
キョーコも幸せそうにほおを触っている。
「外側の生地、くずもちみたいです」
「確かに。いや、美味しいわ」
そんなふたりを、満足そうに見るコナであった。
「じゃあ次はご飯系行こうかなぁ! 食べてから行きたいところがあるんだ」
◇
「いやー、美味しかったね」
「中のやつ、パッタイに似てましたね」
「そうそう、エスニックな感じだった!」
「へぇ? そっちにも似たのがあるの?」
「今度作ってくるね」
「わーい♡」
女三人、話ははずむ。
コナおすすめのホットスナックは、穀物でできたクレープ生地のようなものに、パッタイに似た麺料理を挟んだものだった。
具沢山で、とても美味しかった。
「こっちの炭酸ドリンクって、微炭酸だけど、果汁がガツンときていいね」
「濃厚でしたね、しぼりたて新鮮だし」
そう、屋台のドリンクもとても美味しいのだ。
目の前で絞ってくれる果物ジュースに、少し炭酸を足したもの。
オレンジに似た果物だけれど、サイズは小ぶりなスイカくらいだった。
「あの果物、お土産にほしいです」
「大家さんたちのお土産にしようか」
「それいいアイデア」
そんなことを話しながら、大家さんだったら、食べた後の種から畑で育てちゃいそうだなと、淡い期待を寄せてみる。
「ここだよー!」
コナが振り返って指をさした。
少し高くなったステージの上にはまだ誰もいないけれど、まわりにはちらほらと人が集まり始めていた。
「ステージとかあるんだ」
「誰が出るの?」
「ふっふっふ。私の推しだね」
そう言って胸をはるコナ。尻尾は忙しく動いている。
「音楽系?」
「そっ。歌と楽器ね」
「へー! 楽しみだな」
「どこが見やすいですかねぇ」
梨花がきょろきょろしていると、コナが着いて来てと歩きだした。
「おすすめは後ろのほう! 少し高くなってて、全体が見渡せるよ。本当、かっこいいよ。ずっと見てられるんだよ」
「わかる」
キョーコがそっとコナの手を取って握った。
「永遠に続いてくれても良いのに、楽しい時間はあっという間なのよね」