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第73話

「キョーコ! 久しぶりだね」


 コナの店に通じる隠し階段を登ったところで、木箱を運んでいたコナが振り向いた。


「コナちゃん、久しぶり! 急に人数増えてごめんね。お邪魔します!」


「いいよー! 会いたかったもん」


 キョーコに続いて、梨花が階段を登り切る。


「こんにちは! これ、いつもの」

 紙袋をコナに差し出す。

 中身はもちろん、シチューの入ったタッパーだ。


「いつもありがとう、梨花!」


 革のグローブを外し、紙袋を受け取るコナ。

 くんくんと、紙袋のなかに顔をつっこんで匂いをかぐコナである。ふさふさの耳がぴょこぴょこと動く。


「んー、嬉しい♡」


 いそいそとお土産をキッチンのほうにしまってから、「ねぇ」とコナは梨花に向き直った。


「梨花は、その後うまくいったんでしょう?」


「え、わかる?」


「顔が幸せって書いてあるもん」


 にししと、コナが笑うので、梨花は思わず口元を隠してしまった。

 そんなに、だだ漏れなのだろうか。


「お、おかげさまで────」


「よかったよー!」




「キョーコは────迷ってるニオイがする」


「コ、コナちゃん! さ、さすがの嗅覚……!」


「キョーコさん、そうなんですか?」


「いや、なんていうか、話せば長いんだけど────」


「ふふふ、時間はいっぱいあるのだよ。よし、紅茶を淹れるからちょっとだけ待ってね。とっておきのを淹れちゃうよ」


「ありがとう」

「ありがとう、コナちゃん」



          ◇



 シチューとは別に持ってきたクッキーと、コナが出してくれた紅茶とスコーン。

 3人娘はテーブルを囲んで、恋の話に花を咲かせる。


 ────と、それにしては神妙な顔で、キョーコが話を終えて一息ついた。


「透也さん?! そうだったんですかぁ……!」

 梨花が驚きの声をあげると、黙っててごめんねと、キョーコが言った。


「いえ! 全然!」

(透也さん、全然、そんな話、してなかったな。気を使ってたのかな。美男美女で迫力が倍増……お似合いすぎる……けど、それだけじゃだめなのよね)


 大事なのはお互いの気持ちが寄り添うことだ。


「楽しそうな相手だってだけで、飛び込める年じゃないのよね、もう」

 と、キョーコは長いまつ毛を伏せた。


「いつか、彼らは東京に行くでしょう? 私は私でこっちにいる理由があるの。遠恋は無理」


「そっかぁ……わかるな、やっぱり好きな人とは会いたい時に会える距離が良い」

 コナがうんうんと頷いている。


「そうなのよね」と、キョーコはテーブルにつっぷした。

「どっぷりハマってしまった後にダメになるのを想像したら、もう無理」


「キョーコさん……!」

 梨花はぎゅっと、キョーコの手を握った。


「私、キョーコさんに自信が足りないって言ってもらってから、前向きになれたんです。キョーコさんこそ、たとえ遠距離だろうと唯一無二の存在なんだって自信持ってください! もし、透也さんとのこの先を考えてみる気があるんだったら、ですけど。始まる前に諦めるのは、もったいないです。それを、私はキョーコさんから教わりました」


 しまった、感情のまま、まくしたててしまった。

 そう簡単に切り替えられないからこそ、悩んでいるのだろうに。


「あっ、ごめんなさい、つい勝手なこと────」


 我にかえった梨花の手を、キョーコがそっと握り返す。

「ありがとう」


 ふぅ、とため息をついて、キョーコはひとくち紅茶を飲んだ。


「あと、実は問題がもうひとつあってね」


 ふたりの顔を交互に見て、キョーコは切り出した。


「これは透也くんにも仙道さんにも言ってないのだけど────、私と付き合うと、不幸になるのよ」


 コナと梨花は、驚き顔を見合わせた。



          ◇



「私と付き合う人、ことごとく運が悪くなっていって……」


「ええ? 偶然じゃなく?」


「コナの言う通りです! そんな、不幸だなんて」


 キョーコと付き合えることがもはや幸運ではないかと、梨花などは思うのだけれど。

 美しくて強くて優しくて、完璧に見えていたキョーコの思いがけない悩みを聞いて、梨花は何か力になりたいと思った。




「……落ちたのよ」


「え?」

「崖から?」


 コナの発想はさすがというか、獣人のそれである。

「崖とかではないんだけど」と前置きして、キョーコはいつもより静かな声で話し出した。


「大学受験も、就活も、それぞれ当時の彼はうまくいかなくて、私だけが第一希望に合格して……。新生活が始まっても、なんだかお互いギクシャクして、だんだん付き合いもうまくいかなくなって、ってパターン」


 困ったように笑うキョーコ。こんな表情は見たことがなくて、梨花の胸はきゅっと縮んだ。


「そういう────合否の絡むイベントがない時は、うまくいくんだけどね。透也くんなんてさ、これから売れていく途中じゃない? 私の謎不幸が発動したら、と思うと」


「な、なるほど……」

「事情はわかった。でもそれ、相手は知らないんだよね?」

 と、コナ。


「うん」


「もしその謎不幸発動がなかったら、遠距離の不安はあれど、キョーコは彼の事を真剣に良いなと思ってるように聞こえるのだけど」


「……うん」


「それ、キョーコの気持ちを彼が知らないまま、シャットアウトするのは、相手に失礼だよ」




いつも読んでいただき、ありがとうございます!


キョーコの意外な悩みと、ピシッとアドバイスをくれるしっかり者のコナちゃん。


異世界女子会のターン、次回に続く! でございます。

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