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第7話

 梨花は案内された席について、趣のある店内を見回した。


 角ばったランプのような照明の光が、やわらかく店内を照らす。

 年季の入ったウォールナットの本棚やカウンターは、掃除が行き届いている。


 本棚に並ぶのは、ほとんどが文庫本だった。

 背表紙を順に眺める。海外の有名ミステリーが多いだろうか。

 1人で来たら、ゆっくりと読書するのも楽しそうだ。


 こぢんまりとした店内には、梨花たち以外に客が2組。

 カウンターの常連のようなおばさまは、コーヒーを淹れるマスターと談笑していた。


 オーダーをとってくれた女性は、客のほうをよく見ながらも片付けに掃除にときびきび動いている。


 テーブル席でそれぞれ本を読んでいる女性二人は、友人同士だろうか。姉妹といっても通じそうなくらい、雰囲気が似ていた。


「雰囲気、違います」

 お冷を一口飲んで、梶田が言った。


「え」


 自分の思考が口から漏れ出ていたのかと、一瞬焦る、梨花。


「いつもと、違いますね。今日の、洋服。とっても似合ってます」


 ああ、自分の服の事か。梨花はにっこりと笑って答える。


「あ、ありがとうございます。友人が作ってくれたんです」


 驚いた梶田の眉が、上がる。

「すごいですね」


 頷きながら、顎をさわる。

「そのお友達は、嘉洋さんのことを、よくわかってるんだな」


「自分じゃ選ばない服だから、嬉しかったです。付き合いは浅いんですけど。彼のセンスが凄いんです、きっと」


「彼」 


「? はい」


「あ、いえ。てっきり女性かと」

 そう言って、梶田は頭に手をやった。


「男の子なんです! 女性物もこんなに素敵にデザインできて、すごいですよね」


「ですね……」


 なんだか、梶田の目線が泳いだのは、気のせいだろうか。

 梨花が不思議に思った瞬間に、ホール係の女性がコーヒーとプリンをサーブしてくれた。


「お待たせしました」


 ああ、きっとさっきの梶田はこのプリンに気がとられたのだな。と納得する。

 だって、高さのあるステンレスのデザートカップに乗ってきたプリンは、運ばれる時の揺れなんて意にも介さないくらいしっかりとした佇まいで、なのに可愛いクリームをちょこんと乗せているのだもの。

 誰だって、釘付けになってしまう。


「わあ、美味しそう! 食べましょう」


「はい。……嘉洋さん」


「はい。あ、スプーンどうぞ」


「あ、ありがとうございます。ーーあの、今度、桜餅のお礼に、食事でも」


 真剣な顔で梶田が言うので、律儀で義理堅い人なのだなと梨花は思った。


「このプリンで十分ですよ〜! 材料費だっていただいてます」


「うっ」


「えっ?」


「いえ、美味しそうですね……。気を使わせて、すみません……」


「そんな。プリン、とっても嬉しいです。いただきます!」






「美味しかったー! ごちそうさまでした」


 店を出て歩きながら、ふたりは話していた。


「いえ、本当に、今度何か、お返しさせてくださいね」


「本当に、お気遣いなく!」


「はい……」


「大丈夫ですか?」

 さっきから、何だか元気がない梶田である。考え事でもしているのだろうか。

 梨花の問いに、梶田ははっと顔をあげて手を振った。


「あ、いえ、すみません。ーーそう、祖母の様子が気になりまして」


 梨花は頷く。今日の本題はそれなのだ。

「おばあさま、食べてくださるでしょうか」

 言ってから、慌てて訂正する。この言い方じゃ、食べてくれなかった時に梶田に罪悪感を覚えさせてしまうと思って。


「気にしないでくださいね。もともとダメ元なんですから」


「ありがとうございます。あ、もう着きます」


 梶田が指差したのは、低層マンションのような佇まいの建物だった。


「本当に、会社から近いんですね」


 会社の最寄駅から、20分くらいしか歩いていない。


「それもあって、今の支社に配属希望を出したんです」


「なるほど」

 おばあちゃん思いなのだな。なんだか親近感がわく。

 梨花も、おばあちゃん子だったから。




(かける)さん! 今日も会いに来てくれたのね」


 そう言ったのは、小柄な老婦人だった。

 身綺麗にして、うっすらとお化粧もされている。

 面会用のホールには、4人がけのテーブルがたくさん並んでいた。

 あちこちで、家族との時間を過ごす人たちの姿がみえた。

 梨花たちも、そのように見えているのだろうか。


「こんにちは」

 老婦人を連れてきてくれたスタッフさんが、梶田に一礼して戻っていく。


「初めまして。梶田さんの同僚の嘉洋と申します」


「カヨちゃんね、よろしく。わたしは紅子(べにこ)

 にっこりと笑う、老婦人。


「すみません。名前。ばあちゃんの頭の中の人物になっちゃうんです」

 謝る梶田に、にこりと笑う。


「可愛いあだ名です」


 そして紅子に向き合い、提案した。

「桜餅がお好きだと伺ったので、持ってきました。よかったら、おひとついかがですか?」


「ありがとう」


 たくさんの種類の桜餅の中から、彼女がまずどれを手に取るのか。

 そこから次の糸口を掴めたら良いと、思った。

 最初からうまく行くなんて、思ってもいない。




 彼女が手に取ったのは、白い道明寺タイプの方だった。

「そちらは粒あんです」


「美味しそう。でも、葉っぱが取りづらいのよねぇ」


「葉っぱは食べませんか? じゃあ、取っちゃいましょう」


「ありがとう。美味しいわ」


 にこにこと笑いながらそう言って、皿の上に置かれた桜餅。


 美味しいと笑いながら、二口めは口をつけない。


 梨花は紅子の隣にしゃがんで、ゆっくりと問う。

「紅子さん。じつはいま、桜餅の研究をしていて。よかったら、どんな桜餅が好きか、教えてもらえませんか?」


「そうねぇ、あまりしょっぱくなくて、葉っぱがしっかりして取りやすいのが好きなの。とっても寒い日に、縁側で、あったかいお茶を淹れて食べるのが美味しいのよ。翔さんが、私のために選んでくれたの」


「なるほど。ありがとうございます」






「梶田さん。おばあさまの、昔住まれていたーーご主人がお元気なころに住まれていたお家は、覚えてらっしゃいますか?」


 帰り道で、梨花はそう梶田に問うた。

 寒い日に、縁側で食べるーーその言葉がひっかかっていた。


「ええと、たぶん、普通の昔ながらの家でした。庭があって、垣根越しに山が見えて、冬になるとそこに雪が積もって」


「桜の木はありましたか?」


 梶田はくびをひねる。

「記憶に無いです。雪が降ると、垣根の赤い花とのコントラストが綺麗だなって思ったのは、覚えてるんだけど」


「それです!」


「え?」


 きらきらと目を輝かせる梨花に、梶田は驚く。

「何か、ヒントがありましたか?」


「もう一回、チャレンジさせてください」

 にっこりと笑って、梨花は言う。


「もちろんです」

 こくこくと、梶田は頷き了承する。

 祖母の事に、一生懸命になってくれることが、ありがたい。

 そして何よりも、次の約束ができたことが、嬉しかった。

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