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第6話

「よし」

 キッチンに並んだ桜餅たちをながめて、梨花は満足げに頷いた。


 白玉粉と薄力粉を使った生地で、くるりと餡子を巻いた、長命寺。

 もち米からできた道明寺粉を使った、まんまるの道明寺。


 それぞれ、中身は粒あんとこしあんの2パターンずつ。

 合計4パターンを作ってみた。


 今日は梶田の友人として、一緒におばあさまに桜餅を届けて、その反応を見る予定になっている。


「朝からすごいね〜」


 あくびを噛み殺しながら、キョーコが起きてきた。

 冷蔵庫から牛乳を出し、ガラスのコップに注ぐ。


「美味しそう♡」


「みなさんの分も、ちゃんとありますからね」


 平たいタッパーに桜餅を詰めながら、梨花は言う。


「ん〜。桜の葉の香りって良いよね。梨花ちゃんは、葉っぱも食べるタイプ?」


「そうですね、お花も食べちゃいます。葉っぱがしっかりしていたら、スジだけ残すかな?」


「わかる〜」


 思い出した、というふうに、キョーコが言う。


「そういえば、京都であんこの入ってない桜餅を食べた事があるわ」


「へぇ! いいことを聞きました」


 まだ時間もあるし、少し生地が残っているから、それも作ってみよう。

 少し、生地自体に甘さを足して……。


 



 

「じゃあ、残りは食べてもらって大丈夫です!」

 気づいたら、良い時間になっていた。

 よそ行きの格好に着替えて、鞄と保冷バッグを持つ。


「わーい♡ いってらっしゃい」

 お茶を淹れながら、キョーコが手を振る。


「あ、梨花ちゃん」

 ソファーで楽譜に何か書き込んでいた仙道が、梨花を呼び止める。


「その服、五味っちのでしょ? さすが、似合ってるよ」


「我ながら、良い仕事をしました」

 頷く、五味。


「うんうん、可愛い」

 ニッカリと笑う、キョーコ。


 梨花は嬉しさに少し頬をそめて、自分の服装を見下ろした。


 五味の作ってくれたシャツに、ソフトツイードの桜色のスカート。

 似合っていると言ってもらえて、とても嬉しい。

 洋服で心が躍る感覚は、いつぶりだろうか。


「ありがとうございます。行ってきます!」






 バスに揺られて、会社の最寄駅までやってきた。

 待ち合わせはここだけれど、今日は休日出勤ではない。

 誰かと待ち合わせするなんて、いつぶりだろう。


 しかも冷静になると、相手はあの梶田だ。


「話しやすくて、親近感がわいていたけど。本当はアイドルみたいな存在なのよね」

 ひとり呟く。

 会社の中での話とはいえ。自分とは遠い存在だと思っていた。

 まさか自分とふたりで出かけるなんて、数日前までは想像もしていなかったのだ。


 急に恥ずかしくなってきて、緊張が背中からじわじわと広がる。

 

「お待たせしました」


「はい、いえ!」


 いやいや、どっちだ。

 突然の後ろからの声に、びっくりして変な声が出てしまった。

 恥ずかしい。


「大丈夫です」


「今日は本当に、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げる梶田。

「ご厚意に甘えてしまったけど、迷惑じゃなかったかなって、あとから思って」

 大きな体を小さくして言う姿が、いたずらをしかられたレトリーバーのようだ。


「いえ! 昔、祖母と作った事を思い出したりして。楽しかったです。ーーおばあさまは、いまはホームに入られているんですよね?」


「はい。なので、面会の時間が決まっていて。まだ少し時間があるので、よかったらお茶でもどうですか?」

 

 左腕の時計を見ながら、梶田が提案する。


「近くに、行ってみたかったカフェがあって。プリンが名物らしくて」


「プリン!」


 弾むような声が出て、すぐに恥ずかしくなる。

 なんだか今日は、調子が狂って仕方ない。


 ははっと笑った梶田。嫌味のない笑いだった。


「嘉洋さん、食べ物に目がないですよね。あの時も……いや、何でもないです」


「?」


 何だろうと問い返しかけた梨花だったが、そうだ、と続けて話す梶田の勢いにのまれ、言葉を飲み込む。


「プリン、かためとやわらかめだと、どっちが好きですか?」


「そうですねぇ。最近多いとろけるタイプも美味しいけど、昔ながらのどっしりしたプリンが好きです」


 スプーンで弾いたくらいじゃ崩れない、ずっしりとした蒸しプリン。

 卵の味がしっかりしていて、ほんのりとバニラの香りもして、どこか懐かしいプリンが最上だと思う。

 そっとささやかなクリームが添えてあったら、もう言う事はない。


 梶田が、屈託のない笑顔で言う。


「よかった。俺もです。そのカフェも、しっかり派に好評らしくて……」


 スマホを取り出し、地図アプリを見る梶田。


 そういえば、何か聞こうと思ったけれど、何だったっけ?

 プリンの事で頭がいっぱいで、忘れてしまった。


「こっちです」


「あ、はい!」


 梶田の半歩後ろを、梨花はついて歩く。

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