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第58話

「えっーー」


 梨花は、しまった、と思った。

 

 戸惑いを隠せない梶田の声に、我にかえった。


 こんな人目のあるお店の中で、言うつもりじゃなかったのに。


 ふたりともモーニングを食べ終えているのが、せめてもの救いか。


 もう、いつでも席を立てる。


 気まずくなったって、大丈夫だ。いや、大丈夫ではないのだけれど。


「ちょっとーーごめん、不意打ちすぎて、びっくりして」


 ごめん、という梶田の言葉に、梨花の肩がぴくりと反応した。


(間違えた。困らせちゃった。綿貫くんはすごいな、あんなにまっすぐ気持ちを伝えてくれた)


 それに引き換え、梶田の目も見られない梨花の体たらくよ。


 穴があったら入りたい。


 しかし勘のいい梶田は、間髪あけずにフォローをくれる。


「あああ、ごめんってそういう意味じゃなくて! えっとね、俺も梨花さんの事が好きだなと思ってたんだけどーー」


(そうですよね、梶田さんは私の事なんて友達としかーーって、え?)


 ちょっと意味がわからなくて、逆に冷静になれた。


 梨花が顔を上げると、今度は梶田が下を向いてーー机に突っ伏していた。


「無理だ、いま、顔見れない」

 と、唸っている。


「無理……」

 梨花がおうむ返しに呟くと、


「いやだから、違うくて。待って」

 と、慌てて顔を上げる梶田である。


 その顔は耳まで真っ赤で、梨花は胸の辺りがきゅうと詰まるのを感じた。




「とりあえず、場所ーー変えようか」


 梶田が伝票を手にそう言うので、梨花も同意して鞄を持った。


 淡々と会計を済ませて、店の外に出る。


 少し前を歩く梶田の耳は、まだ少し赤い。


 梨花は話題の糸口を探すけれど、何を言っても上滑りしそうで、結局は口をつぐんだ。

 いい歳をした大人でも、慣れていない事態には弱いのだ。


「この近くに、昔ながらの喫茶店があってーー」


 と、梶田が歩きながら、通りの奥を指差した。


「シフォンケーキとコーヒーが美味しいよ」


「いいですね」


 その味と香りを堪能できる余裕が梨花にあるかどうかは、置いておいて。


「マスターも……いい意味で無関心っていうか、ほっといてくれるから」


 あ、やっぱりさっきの話の続きはするんですね。

 なんて、思ってしまう。言い出しっぺのくせにね。


(しっかりしろ、梨花)


 皆の応援を思い出せ。


 何より、自分自身が、梶田のいる未来を欲したはずなのだ。


 梨花がもんもんと脳内会議をしていると、


「あの、確認なんだけど」


 と、梶田が疑問を噛み砕くようにゆっくりと、聞いてきた。


「梨花さんの言う、好きっていうのは、俺の思う感じのやつで、良いのかな」


 なんだか歯切れが悪い梶田である。

 梨花もよく知っている、この感じ。相手に勘違いされないように、言葉を選び選び話す、この感じ。


「つまり、その」


 ゆっくり小さく息を吐いて、梶田は思い切ったように口を開いた。

「俺は、梨花さんを彼女として扱って良いのかな」


「え?」

 と梨花が聞き返すと、


「え?」

 と梶田も驚いた顔をした。


 彼女。かのじょ。カノジョ。

 脳内を駆け抜けたその言葉に、やっと理解が追いついた。

 そうか、両思いのその先か……。


「あ、そこまで具体的に考えていませんでした……」

 うっかりそう言ってから、正直は美徳ではないぞ、梨花。と自問する。


「えええ?!」

 梶田の驚きように、慌ててしまう梨花。


 そりゃそうだ。この流れでそれはない。


「ちょっと……考えさせてください」


(しまった。また言葉のチョイスを間違えた。現実感がなくて気持ちが追いつかないというだけなのに)


「えっとーーですね、なんというか」

 口を開けば開くほど空回りしそうで、言葉が続かない。


「ちょ、ちょっと待って。落ちついて。落ちつこう、俺も」

 梶田がおもむろに深呼吸などし始めるので、梨花の緊張も少しほぐれた。


「できればなんだけど」

 と、前置きする梶田。

 その顔はいつもの落ち着いた笑顔で。


「ひとりで考えて結論を出すんじゃなくて、話そう、俺と。きっと梨花さんが思ってるより、俺は梨花さんの事が大切だから。つまんないすれ違いで、失いたくない。話そう」


 梨花はぱちぱちと瞬きをした。


 言葉はしっかりと耳から脳に伝えられているはずなのに、理解が追いつかない。


 これは現実だろうか。

 焦って空回る梨花に、呆れるどころか、こんなにも優しく。


「甘いものでも食べながらさ」


 ああ、この人を好きになってよかった。

 梶田の笑顔を見て、あらためてそう思う。


「はい。焦ってしまって。ごめんなさい。よろしくお願いします」


「うん、行こう。俺もーー……聞きたいことがあったし。いいかな?」


「? はい」


「ああ、その前に。大事な事を忘れてた」


 コホンと、ひとつ咳払いをして、梶田はまっすぐに梨花を見た。


「好きです。俺と付き合ってください」


 そう言ってすぐに、両手を顔の前で振りながら、食い気味に言葉を被せてくる。


「返事は! あとで良いから。俺からも言葉にして伝えたかっただけだから。……もらいっぱなしじゃ、なくて」


「はい」


 なんだろう、梶田の優しさが渋滞している。


 梨花は笑って頷いた。


 お返しできる答えなんてひとつしかないのだけれど、梶田の言うように、ゆっくりと話をしてからが良いなと思ったのだ。

 この関係に、新しく名前をつけるのは。



         

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