第5話
「ごちそうさま」
キョーコが、食器をまとめてキッチンに運んでくる。
「おそまつさまでした」
梨花はそれを受け取って、流しに置いた。
キョーコはギャル系の美人である。
明るい茶色の髪はいつもサラサラで、まつ毛がとても長い。
今日は長い髪を無造作にアップして、モコモコした部屋着を着ていた。
「洗い物は私がやるわ。今日は仙道さん、外ご飯の日だから」
いつも、皿洗いを買って出てくれるのは、仙道だった。
「音楽およびその他担当」の彼は、普段はやる事が少ないからと、こまごました仕事を率先してやってくれていたのだ。
「あ、私がやっておきます。煮込んでいる間、暇だから」
「あれ、まだ何か作るの?」
「これから、餡子をつくります。明日お休みなので、朝から桜餅を作るんですけど。これだけ、夜のうちに仕込んでおこうと思って」
たまたま、この週末にふたりとも予定が無かったので、明日、梶田と会う事になっていた。
「俺、あんこ作ってるとこ見たことない。見ても良いです?」
五味もひょこっと顔を出して、覗き込みながら言う。
「いいですよ〜。でも、ほぼほぼ煮込むだけだけど」
ザルに小豆をざらざらと投入しながら、梨花は言う。
「えー! すごい。やったぁ。桜餅、大好き」
キョーコの喜ぶ声がくすぐったい。
「ふふ。たくさん作るので、試食してくださいね。あ、私、作業で遅くなるので、みなさんお風呂はお先にどうぞ」
「いい匂い〜」
「あ、おかえりなさい」
鼻をひくひくさせながら居間に入ってきたのは、仙道だった。
ギターのケースを肩にかけた、髪の長いお兄さん。若く見えるけれど、もうアラフォーだと本人が言っていた。
しょっちゅう髪の色が変わるのだけれど、いまは黒をベースに緑のインナーカラーが入っていた。
「ただいま。この匂いは、おしるこかな?」
「餡子を作っているところです! 甘くて、幸せな匂いですよね〜」
「美味しそうな匂い〜! お腹空いてきちゃった」
濡れた髪をふきながら、パジャマ姿のキョーコもやってきた。
「晩ごはん、あんなに食べてたじゃないっすか。仙道さん、おかえりなさい」
居間でデザインを描いていた五味のツッコミに、キョーコは口を尖らせる。
「別腹よ」
ピィ。
同意の声が、もうひとつ聞こえた。
「大家さんまで」
梨花はくすくすと笑う。
暗い廊下の奥からやってきたのは、このシェアハウスの大家さん。
大きさといい、ふわふわの毛といい、ポメラニアンみたいなシルエットなのだ。
でも黄色くて、ひよこ。
まるでアニメのようにデフォルメされたタイプの、まん丸いひよこだった。
でも、ひよこでは無いらしい。
大家さんは「大家さん」なのだと、この家ではそれが常識となっている。
大家さんは、何やら白い袋を抱えている。
梨花が受け取って中身を見てみると、角餅だった。
照れたようにもじもじする姿が、とても可愛い。
「よし、あんこはたくさんあるし、少しだけおしるこにしましょうか」
梨花の提案に、全員の顔に喜びがともる。
「賛成!」
満場一致で、そういうことになったのだった。
魚焼きグリルの鉄板にアルミホイルを敷いて、角餅を並べた。
お餅を焼いている間に、小鍋にあんこを少しうつして、水で伸ばしながら温める。
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「美味しい〜」
キョーコは本当に美味しそうに食べてくれるから、梨花も嬉しくなる。
「粒あんだけど、おしるこって言うのね。梨花ちゃん、関東だものね」
関西では、粒の残るものはぜんざい、粒のないさらさらのものがおしるこ、だったか。
「そっか。キョーコさん、奈良のかたなんですよね」
梨花は、神奈川の会社に勤めている。
キョーコは、奈良。
皆、ばらばらの地域から、この異世界に帰ってくるのだ。
「面白いよねぇ。普段の生活じゃ、すれ違いもしない距離なのにさ、家に帰れば、一緒に暮らしてるって」
「本当に。今度、奈良の美味しいもの教えてください」
「任せて! とりま柿の葉寿司買ってくるよ」
「鮭のやつが好きです」
そう言ったのは五味だ。
「美味しいですよね〜。私は鯖も好き」
梨花が言うと、五味は頷く。
「いいっすね」
「楽しいね、こういうの。林間学校とか、そういうの思い出す」
仙道の言葉に、大家さんも頷いている。
「梨花ちゃんが来てくれて、楽しい時間が増えたよ。ありがとう」
「そんな、私こそ! ひとりだと、食事の楽しさを忘れてしまっていたから。思い出せたのは、みなさんのおかげです」