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第49話

 森に入ると、コハクの姿も、お祭りの音も、嘘のようにたち消えてしまった。


 台車をひくダチョウは軽やかに、木々の間を抜ける。


 荷台は驚くほどサスペンションが効いていて、乗り心地は自動車並みだ。


 やはり、梨花の理解の及ばない力で動いているのだろうなと、心の中で納得する。


 隣の大家さんはというと、ずいぶんとリラックスした様子で、鼻歌を歌っている。


 梨花は心地よい揺れに身を任せながら、つい、と、木々の隙間から空を見上げた。


 この大きい月とも、お別れだ。




「わっ」


 驚いて、思わず声が出てしまった。


 あっさり森を抜けたと思ったら、見慣れた景色が広がっていたのだ。


 こちらの月は、地球で見るそれと同じくらいのサイズ。


 だけれど、今日はこちらも満月だった。


 雲はなく、月明かりがとても明るい。


 そんな夜の景色の中。


 ひらけた土地にぽつんとたつ、ログハウス風の一軒家。


 その姿を目にした瞬間に、安堵の気持ちが生まれる。


 いつの間にかここが、安らげるわが家になっていたのだなと実感する。




「ただいま!」


 ピィ


 扉を開けると、キョーコの声が返ってきた。


「おかえり〜!」


 パタパタと走ってくるスリッパの音。


 モコモコしたパーカーとショートパンツのルームウェアに身を包んだキョーコが、大きな目をさらに開いた。


「おおっ?! すごいね?!」


 梨花たちの後ろにある荷物の山に、気がついたようだ。


 ダチョウはいつの間にか、姿を消していた。


(お礼、いいそびれちゃったな)


 予定外の梨花を乗せて、重くはなかったのだろうか。




 ピィ


 と、誇らしげに胸を張る大家さん。


 梨花が、かわりに説明をする。


「大家さんの戦利品です。お土産、かな?」


 ピィ!


 梨花の言葉に、うむ、と頷く大家さん。


「わー♡ お土産たくさんだ、ありがとう大家さん♡」


 キョーコに抱き上げられて、大家さんは照れたように身動ぎした。




「やばいっすね、うまそー」


 肩にかけたタオルで髪を拭きながら、五味も出てきた。

 上下黒のスウェット姿だ。


「えっ、何なに、すごいんだけど」


 と、遅れてきたのは仙道。


 家の中からではなく、梨花たちの後ろから現れた。

 今、ちょうど帰ってきたらしい。


「とりあえず食べ物を、キッチンに運びましょうか?」


 そう、梨花が問いかけると、


 ピィ!


 頼む。というふうに、大家さんが頷く。



          ◇



 梨花はさっそく、大家さんに託された食べ物たちを検めていく。


 しじみは砂抜きをして、明日の朝、しじみ汁にしよう。


 日持ちするもの、しないものに分けて、保存の仕方を工夫しよう。


 それにしても、たくさんだ。


 美味しそうな和菓子、たくさんのお野菜、果物、魚やお肉。


 お団子にお酒ーー屋台のごちそうーー


 一緒に食べ物を並べながら、キョーコが梨花に目配せをした。


「ねぇ、梨花ちゃん? これはーー」


 我が意を得たりと、梨花も頷く。


「ですねーー」


 ピィ!


 大家さんも、お見通しなようだ。


 美味しい食べ物、そしてお酒、お団子ときたらーー


「お月見しましょう!」


「いえーい♡」


 ピィ!


 夜はまだ、始まったばかりだ。




 皆で協力して、月明かりの下に、特大のレジャーシートを広げた。


 真ん中に、ちゃぶ台を置いて、大家さんの戦利品をいっぱいに広げる。


 焼きおにぎり、唐揚げ、焼きそば。


 お寿司に、ローストビーフ(……たぶんビーフ)もあった。


 梨花がさっと作ったおつまみはというと。


 クラッカーのクリームチーズ&スモークサーモンのせ。


 トマトとバジルのブルスケッタ、ガーリックを効かせて。


 ゆで卵を半分に切って、取り出した黄身にタルタルソースといぶりがっこを和えて戻して、その上にイクラをのせたもの。


 そしてそして、お酒におちょこ、お月見団子に、紫蘇ジュースーー




「えっ、この紫蘇ジュースうまっ」


 五味がひとくちのんで、感嘆の声をあげる。


 梨花は胸を張って、得意げに答えた。


「ふふ、おばあちゃん直伝のレシピですよー。こっそり仕込んでいたものを、炭酸で割りました!」


「すげー」


 気に入ってもらえて、梨花も嬉しい。


「おつまみも美味しいよ、ありがとう、梨花ちゃん」


 そう言う仙道は、白ワインを持っていた。


「お口にあってよかったです」


「とくにこのいぶりがっこ! タルタルと合うね〜。ワインが進むよ」


「ローストビーフも美味しいよー♡」


 皆で集まって、食べて飲んで、笑って話して。


(お祭りの続き、みたいだなぁ)


 紫蘇ジュースを片手に、梨花がくつろいでいると、大家さんがにこにこしながら、白い包みを渡してきた。


「え、私にですか?」


 ピィピィ


 こくこくと頷く大家さん。


「わぁ、ありがとうございます。なにかなーー」


 受け取って、包みを開ける。


 中から出てきたのはーー、『縁結びの飴』。


「ぶっ」


 危なかった、口の中が空っぽで助かった。

 思わず、吹き出してしまった。


「あ、ありがとうございます」


 大家さんはぽんぽんと優しく梨花の背中を叩いて、追加のお酒を持ってきたキョーコのほうに歩いて行った。


 またしても、背中を押されてしまったようだ。


(……告白、かぁ)


 百階段から飛び降りるのは得意だけれど、人の心に飛び込むのは、怖いなあ。


 でも、いつまでも待っているだけの自分で良いとは、梨花自身も思ってはいない。


(……あれ?)


 よく見ると、飴のパッケージには「出雲」の字。


 ああ、そうだ、沙月にお土産リクエストをしないとだった。


「出雲そば、お願いします……っと」


 スマホを取り出し、忘れないうちに、メッセージを送る。


 それにしてもーー。


 もしやと思い、梨花は荷台の荷物を確認した。


 食べ物以外の荷物はまだ、乗ったままだったから。


 風変わりなかぶりものや、置き物。


 懐かしいお土産風のステッカー。


 よく見たら、有名な神社のお札も混ざっている。うん、あちらの地方の。


(そうか、あの場所はーーあのお祭りはーー)


 人間の生活する場所とは、また違う次元なのだろうけれども。


 知らぬ間に、梨花は沙月よりも一足早く、出雲に行っていた、らしい。




 外袋をあけて、そっとひとつ、取り出した。


 白い薄紙をほどくと、黄金色の飴がすがたをあらわす。


 梨花はそれを口に放り込んで、ころころと舐めた。


「……甘い」




 おばあちゃんとコハクは、お互いにどんな想いを持っていたのだろう。


 自分が恋していると自覚したからって、他の人の過去の気持ちまで、恋愛フィルターにあてはめる気はないのだけれど。


 無数に枝分かれした選択肢の中で、自分が選んで歩いた道を、おばあちゃんは後悔しなかっただろうか。


(どう思う?)


 答えが返ってくるはずもない相手に、問いかける。


 まるい月は黙ったままで、きらきらと光っていた。

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