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第46話

「たこ焼き生地は、コハク、作るの頼むね! ラジオ焼き用の生地はまだ置いておいて。タコと紅生姜は私が切っておくわ」


「わかった、頼む」


 パーカーを脱いで、かわりにエプロンをつけるコハク。

 慣れた手際で、粉を大きなボウルにあけはじめた。


 梨花はうなずいて、自分の作業に入った。


(うん、これでいけるかなーー)


 たこ焼きは、タコのストックが切れたらおしまいにしよう。シンプルに、ソース味のものにしよう。


 ラジオ焼きの味付けはソースではなくて、どて煮のつゆで生地そのものにしっかりと味をつけるのも面白そうだ。


 その場合、ほかの水分は減らして……。


 手は動かしながら、先の段取りを決めていく。


 出店なんて、大学時代の模擬店以来だ。


(ふふ、楽しい)


 なんだか気持ちまで、学生に戻ったみたいでワクワクする。


「こっちはできたぞ、とりあえず」


 コハクの声かけに、梨花は手をとめた。


「じゃあまず、試作品を焼いてみましょうか! コハクは得意? くるくるするの」


「まぁな」


 得意げに鼻を触るコハク。

 利益のためではないとはいえ、店を出すくらいだ、得意なのは本当だろう。


「じゃ、お願いね。切ったものは持っていってくれて大丈夫よ。その間に、私がラジオ焼きの生地をつくるわ」


「わかった」




(ーーふむ)


 生地の塩梅をどうしようか。


 つゆだけだと味が濃くなりすぎるだろうし、粉の溶けもよくないだろう。少しずつ水も足しながら、生地のゆるさを確認してーー。


 目の前のことに集中していると、背中ごしに慌てた声が飛んできた。


「ちょ、ちょちょリカ」


(おや、出会ってから、初めて名前を呼んでくれたぞ?)


 そんなことを考えながら振り返ったら、目に飛び込んだ光景は、それどころじゃなかった。


「えぇーー?!」


 ただよってくる匂いこそ美味しそうだけれど、いかんせん見た目がよろしくない。


 たこ焼き用の鉄板の上には、ぐしゃぐしゃになった無残なーー。


「大丈夫、まだタコは入れてない! 素の生地で練習しようと思ったら……これで……」


 ちょっと待って、聞き捨てならない言葉が。


「練習……。え、たこ焼きの経験は?」


「無いけど?」


 当然のようにしれっと言われて、梨花は頭をかかえた。


(なんで得意って言ったの……!)


「できると思ったんだよ、丸めるのは得意だし……」


 バツが悪そうに、ごしょごしょと呟くコハクである。


「……何を?」


 たこ焼き以外の何をまるめるのだ。


 餅とか?


 と思って聞いた、梨花の考えが浅かった。


「身の程をわきまえずに俺に喧嘩売ってきた低級のようか」


「ストップ」


「は? 聞いたのはそっちだろ」


「ううん、そうなのだけど。思ったのと違うかったっていうかーー。人外の事情は聞かない方が、人間として正解な気がする」


「なんだそれ、ワタリのくせに」


 面白くなさそうにコハクは言うけれど、異世界に暮らしてはいても、梨花は人間だ。そこは間違えないでほしい。


 さて、いまはそれどころではないのだ。


 目の前の問題からひとつひとつ。


 とにかく今わかったことは、たこ焼きを丸く焼けるのはこの店で梨花ひとりということだ。


 遠巻きにちらちらとこちらを伺う、通行人や、まわりの店の店主たち。


 梨花はひとつ深呼吸をして、腹をくくった。


 うん、忙しくなりそうだ。




「ほう! うまいなぁ」

 と、どて煮を売ってくれた大将が言い。


「ねぇ、アタシにもおくれよ」

 と、花魁のような格好をした通りがかりの美人が言う。


「少々お待ちをーー!」

 梨花は、たこ焼きを焼きながら声を張り上げた。


 コハクも頑張ってお会計係をしている。


「とぉ、一人前が8個入りでぇ、それ以上は8個ずつ増えるんでぇ、あ、注文は一回に3人前まで。あ、支払いねーーうん、野菜でも良いよ。じゃあ、これだけもらおうかな。ーーはい、まいど」


 注文を聞いて、対価を受け取り、注文の数だけ木札を渡すスタイルだ。


 出来上がったら、商品と木札を交換する。


 即席だけれど、作ってよかった、木札ちゃん。


「数が違う違わない」などという、無用なトラブルの防止になる。


 いまはたこ焼き一種類だけしか焼いていないし、日本のたこ焼き屋のように味のバリエーションがあるわけでも無い。


 強いて言えばマヨネーズやかつおぶしや青のりの有無だけれど、いまのところ全ての注文が「ぜんぶのってるやつ」で通っていた。


 たこ焼きそのものが物珍しいのか、待ち時間もたこ焼きの焼ける様をじっくりと観察する客たちである。


 ずいぶんと待たせてしまっているにも関わらず、興味津々といったふうに、見ていてくれる。


 正直、人間よりもお行儀が良いかもと思ってしまうのは、大学時代の接客バイトの経験からか。


 しかし、想像以上の、大繁盛だった。


 少し、いや、とても、焦る。


 いや、わかるよ。


 粉物の焼ける匂いって、無条件で空腹を刺激するもの。


 踊るかつおぶしと香ばしいソースの香りは、何人にも抗いがたい魅力があるもの。


 とにかく、どんどん焼いていこう。


 梨花にできるのはそれしか無い。


 あ、でもそろそろ一旦オーダーを止めないと、今注文が入っている分くらいでタコのストックが無くなるかもーー。


 梨花がコハクに声をかけようとしたタイミングで、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。


「リカ!」


「何してるのぉ?」

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