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第45話

「トラブルって?」


「材料が、足りない」


 彼の言葉に、梨花は、ふむ、と考え込んだ。


 冷蔵庫の材料を計画的に使い切ったときの、高揚感が好きだ。


 あるもので工夫して、思いがけず美味しいものを生み出すのが、楽しい。


 彼のお願いは、梨花の料理心を刺激するには十分だった。


 腕まくりしながら、梨花は聞いた。


「わかった。とりあえず何を作る予定だったのか、いま何が使えるのか、教えてくれる?」


 至極当然のことを聞いたはずなのだが、彼はぱちくりと目を瞬かせたあと、少しうつむいてぽそっと言った。


「……き」


 うん、声が小さすぎる。


 周囲の喧騒もあり、彼の言葉は梨花の耳にまで到達しない。


「ん?」


 梨花が聞き返すと、


「たこ焼き」


 と、ボリュームを上げて言いなおした。


 白い頬が、うっすらと色を帯びている。


 そんなに、恥ずかしそうに言わなくても。


 堂々と胸を張れる、夜店の定番だと思うけれど。


「たこ焼きね、了解ーー。えっとーー、ごめん、名前を教えてもらっても良い? 私は梨花よ」


「コハク」

 ぶっきらぼうな言い方にもなれてきた。


「よろしく、コハク。で、生地は作れる?」


「ああ。こっちに。でも、タコが、足りない。馴染みの魚屋が休みで。他の店にも買いに行ったけど、量が見つからなくて。とりあえず、あった分は買ったんだけど」


 しょんぼりとレジ袋をのぞく姿は、まるでお使いに失敗した小学生みたいだなと思ったけれど、口にしたら怒られそうだ。梨花はそっと心の中だけでとどめおいた。


「そうねぇーー」


 梨花は出店の中を遠慮なくのぞき、あるものを確かめていく。


 たこ焼き粉よし、天かすよし、紅生姜よし。

 かつおぶしも青のりもソースもある。


 日本の食品会社の製品は、こちらの世界にもずいぶんと馴染んでいるようだ。


「問題は具、だけなのね。とりあえず、いまある分はタコを使ったら良いし、あとはーー」


 梨花には、心当たりがあった。キョロキョロと、あたりを見回す。


(さっき、たしかーーあった!)


「ねぇ、ちょっと一緒にきて!」


 コハクの手を引いて、もときた道を少し戻る。


 コハクは意外にも嫌がらずに、おとなしくついてきた。


 相変わらずの仏頂面ではあるけれど。




 梨花が立ち止まったのは、よその出店の前。

 

 ねじり鉢巻の恰幅の良い大将が、出店の奥で大きな鍋を混ぜていた。


 近くで嗅ぐ、かぐわしい匂いに確信を得る梨花。


 その出店の横で、双子だろうか、同じ顔の狐目の少女たちが向き合って、お互いの身だしなみを整えていた。


 まだ売り子の準備は出来ていなさそうだったけれど、梨花は大将に直接交渉をする。


「これ、ちょっとだけ売ってもらえませんか? とっても美味しそうな匂いがするから、気になって。ーー不躾なお願いで申し訳ないのですが、お味見させてもらって、もし私の探しているものだったら、この器にいっぱい売ってほしいのです」


 と、梨花はコハクの出店から持ってきたボウルをさし出した。


 巨躯を揺らして、大将が答えてくれる。


「らっしゃい! いいよぉ、何かに使うのかい? おや、お嬢ちゃん、人間だねぇ。お目が高い! これは人間も食べて大丈夫な自信作だからね!」


 なんだかとても嬉しそうな反応をいただき、ほっとする梨花。

 そして大将の言葉に、ひとつの確信を得る。


 この祭りに並ぶ出店のひとたちは、一見普通の人間のような見てくれをしているけれど、きっと普通のひとではない。


 コハクがおそらく、そうであるように。


 しかしこんなにも好意的に受け入れてくれているのだ、必要以上に警戒する必要も無さそうだ。


 梨花は本題に意識を戻して、交渉する。


「たこ焼きの具にしたくてーーあっちのお店で出す物なのですが。もし、差し支えなければ」


「おっ、面白そうだねぇ。いいよぉ、いいよぉ。どれ、まずは食べてみてさ」


 大きな銀スプーンで鍋の中身をひとすくい。それを大将から渡される。


 梨花はふーふーと冷ましてから、ぱくりと一口でいただいた。


 赤味噌の濃厚な味と風味が口の中に広がる。


 牛すじはしっかりと下ごしらえがされているのだろう、一切の臭みもない。


 柔らかくトロトロになるまで煮込まれたそれは、口の中でほろりと解ける。


 一緒に煮込まれたこんにゃくのぷりぷりとした歯応えが、また美味しい。


 すごい。想像以上に美味しいぞ、これは。


 企業秘密だろうけれど、レシピを教えてほしいくらいだ。


「んっ! 美味しい! これですこれ! ぜひ使わせてください! もちろん、お代とは別に、売り上げの一部をお納めしますのでーー」


 コハクの意見を聞く前に言ってしまったけれど、こちらの商品を使う上でそれは必要だと思った。


 利益の横取りのような真似は、トラブルの種だ。


 しかし大将は、がははと大きな笑い声をあげ、梨花の杞憂を吹き飛ばすように、うちわのような手をひらひらと振った。


「いいよ、いいよぉ! 嬢ちゃんは、この世界のモンじゃないだろう? この祭りのことを知っているかい? ここにいる皆は、お金のためにやっているんじゃないんだ。人の真似をして、お金や物で名目上の物物交換はしているけどね。本来の目的は、皆で集まり飲み食いすることそのものなんだ。皆でよく飲みよく食べよく笑う。そしたら溜まった澱は消えて気分もさっぱり晴れて、良い気が舞い込むからね。祭りを盛り上げてくれるなら、何でも大歓迎だよぉ。それと」


 にやりと笑って、大将が言った。


「おいらの料理がどんなふうに化けたのか、あとで食べさせてくれるかい?」


「もちろん! 皆さんもよかったら、ぜひ!」


 興味津々と覗き込む双子の少女にも、梨花は声をかけた。


 少女たちは嬉しそうに、手を取り合ってぴょこぴょこと跳ねる。




 大将に礼を言って、ボウルいっぱいのどて煮を持ち帰る。

 商品の対価としてのお代は、コハクが払っていた。梨花の見慣れないお金だった。


「そうか、タコじゃなくても良いのか」


 神妙な顔をしたコハクが、ボソッと言う。


「原点に帰りましょう」


 梨花はにっこりと笑って言う。


「たこ焼きのもととなったお料理に、すじ肉を具にしたラジオ焼きっていうものがありましてーー。これから作るのは、言うならば、どて煮のラジオ焼きです!」

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