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第39話

「梨花さん梨花さん、見て見て」


 ささやくような梶田の声に、ちらっと顔を上げる。

 彼は梨花ではなく、窓の方を向いていた。


 視線の先を追って見る。

 窓際に座っていた女の子が、小さなスプーンで茶碗蒸しを美味しそうに食べていた。


「茶碗蒸しもいっちゃう?」

 いたずらっぽく笑う梶田。


 さっきの事は気にもしていなさそうで、梨花はほっと胸を撫で下ろした。


「いっちゃいましょうかーー!」


 そんなわけでいそいそと茶碗蒸しを追加注文して、ゆっくりお茶を飲む。


 梨花は店の中を見渡すそぶりをしながら、刺身を頬張る梶田の顔を盗み見た。


 梨花の気持ちを、迷惑がるような人ではないと思う。


 でもだからこそ、気持ちを伝えてしまったら、彼は梨花の気持ちに真剣に向き合ってくれるのだろう。


 そしてその結果、いまの関係が続けられなくなることだってーー。


 きゅっと、胸の下が少し痛んだ。


(やめよう、考えても答えなんて想像でしかない。今この瞬間が、勿体ない)


 とりあえず今は、目の前の海鮮丼に集中せねば。


 美味しいものを美味しく食べてこそ、人生は輝くのだ。


 と、おばあちゃんも言っていたし。


(あ、そうだ)


 おばあちゃんのオーダーを思い出して、梨花は店員を呼んで、こそっと聞いてみた。


「…………って、ありますか?」


 ポニーテールの女性はにっこり笑って頷いた。

「おっ、通ですねぇ、お客さん! ラッキーですよ、今日はちょうど仕込んであります!」


「え、何なに?」

 興味津々の梶田。

「届いてからのお楽しみです」

 そう言って、少しじらす梨花。


「えー、気になるなぁ」


 そうこうしているうちに、秘密のオーダー品がやってきた。


「はぁい、裏メニューの卵黄のにんにく醤油漬けです!」


 小皿に乗った、オレンジ色の、まるで宝石のような美味しい子。

 梶田の目が輝くのを、梨花は満足した気分で見やる。


「おばあちゃんおすすめの味変アイテムです!」

「神だね、おばあちゃん」

 と、梶田は手を合わせ拝んでいる。


「茶碗蒸しも。お待たせしました! 器熱くなっておりますので、お気をつけて召し上がりくださいね」




「んまー! にんにく醤油漬けってすごいね、何にでも合いそう」

「トロとの組み合わせがまた最強でしょ?」

「うん。おばあちゃんさまさま」

「ふふ。きっと喜んでます」


「海老もぷりっぷり! いや〜やばいな」

 茶碗蒸しを冷まし冷まし食べながら、梶田が唸った。


「海老、好きですか?」

「大好き!!」

「本当に好きなんですね」

 梶田の勢いに笑ってしまう。


 よし、覚えておこうと、梨花は頭の中のメモに刻む。

 美味しいものを食べる、梶田の嬉しそうな顔を見るのが好きだ。

 目を逸らそうが、どうやらそれが真実らしい。




「美味しかったー! お腹パンパン」

「おやつは無理ですね」

「とか言って、別腹でしょ?」

「ばれましたか」

 そんな事を話しながら店を出て、車に戻る。


「もう、回りたいところは大丈夫?」

 カーナビを触りながら、梶田が聞く。

「はいっ」

「新幹線の時間もあるしね。強行軍だったけど、時間に余裕もって戻ろうか」


「運転、お疲れじゃないですか?」

 梨花の問いに、きょとんとした顔をしたあと、にっこりと笑う梶田。

「大丈夫だよー! ここだけの話、自分の運転じゃないと酔いやすいタイプだから、むしろ運転したい」

 そう言ってから、慌てて言い足す。

「あっ、ドライブは大好きだからね、心配しないでね。自分で運転してれば酔わないわけだし。あれ、俺、同じこと言ってるな」


「珍しいですよね」

「ん?」

「梶田さんが、俺って言うの」

「あっ。言ってた?」

「はい。いつも会社では僕だから、俺って言うのはプライベートっぽい感じがしますね」

「あ、いや、会社っていうか、うん」

「?」

 なんだか歯切れが悪い。聞かない方が良い話題だったろうか。


「なんかちょっと、いい人ぶりたかったって言うか。うわ、口に出すとキモいな俺」

 と、ハンドルにつっぷして、頭を抱えてしまった。

 思った事を言っただけで、そんなふうに悩ませるつもりじゃなかったのに。


「私はいいと思いますよ? 何だか、仕事の同僚からプライベートの友達になれた感じがして、嬉しいです」

 フォローっぽくなってしまったけれど、まごうことなき梨花の本音である。


「そう? そっか……。友達か……。いや、嬉しいよ! じゃあ、『俺』、解禁しようかな」

「ですです」




 高速に乗って、思い出の場所に別れを告げる。

 もう姿は見えないけれど、縁のつながった()()()のことを思いながら、流れる景色を見送った。



 ……………………

 ………………

 …………



 京都市内に戻り、レンタカーを返却した。

 あとは帰るだけ……なのだけれど。


(あーー)


 朝、目をつけていたお店が開いているのを発見して、梨花は梶田に声をかけた。


「梶田さん、ちょっと寄りたいところが」

「ん? いいよー。順調に戻ってこれたしね、時間なら余ってる」

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