第32話
ホテルのロビーで、梨花はガラス越しの街を見ていた。
透き通った青空の、モーニング日和。
なんとなく前髪を直したりして、梶田の到着を待つ。
今日はたくさん歩くので、パンツスタイルだ。
楽ちんだけど少し綺麗めに見える、若草色のテーパードパンツ。
トップスは白のカットソー。
パーカーは昨日と同じだ。
もちろん、五味の用意してくれたものだった。
チェックアウトの時間まで、荷物は部屋においたまま。
貴重品だけを、ハンドバッグに入れて携帯している。
「お待たせしました」
「いえっ」
声に振り返ると、私服姿の梶田が。
梶田は黒のクロップドパンツに白Tシャツ、グレーのカーディガン。
荷物は小さなボディバッグのみ。
カジュアルな私服も似合うなぁと、つい見てしまう。
「おはようございます」
と、言う笑顔がまた爽やかやねー。なんて、心の中ではエセ京都弁のナレーション。
そんな妄想に蓋をして、梨花も立ち上がって挨拶をする。
「おはようございます! じゃあ行きましょう! 梶田さん、朝はパン派です? ご飯派です?」
「うーん。普段はパンだけど、そっちの方が楽だからっていうのが大きいかな。たまには米も食べたくなります」
「ふっふっふ。今日行くのは和食モーニングです!」
「おお、楽しみ」
「え、何だろう、あれ。鬼?」
道を歩きながら、梶田が指差す先にはーー町屋の瓦屋根の上にちょこんと乗る、鬼のような、神のようなもの。
「えっ、あっちにも! えー、おもしろーい! 昨日は気がつきませんでした」
「瓦と同じ色だけど、素材も同じなのかな?!」
年甲斐もなくはしゃいでいると、近くの町屋の扉がカラリと開いた。
「お兄さんたち、観光の人?」
そう言って出てきたのは、若いお姉さんだった。まだ開店前みたいだけれど、どうやら雑貨屋さんのような店構え。ここの店員さんだろうか。
「あっ、はい!」
「ふふっ。急にごめんねぇ。楽しそうな声が聞こえたから。あれは『しょうき』さんいうてねぇ、大切な守り神さんなんよーー。いろんな種類があるから、探して見て回るのも楽しいよぉ」
「へぇー! そうします! ありがとうございます」
「うちの店、9時には開くから。よかったら、また見てってねぇ」
しっかりと宣伝して、ひらひらと手を振ったお姉さんはお店の中に戻っていった。
「ぜひ! ーーあ、いいですか?」
つい、即答してしまったけれど。梶田に聞くと、にっこり笑顔で頷いてくれた。
「もちろん」
こういう出会いがあるから、街歩きっておもしろい。
しばらく、『しょうき』さんを探しながら歩いた。
夜とは違う、起きたばかりの京都の町。
ほとんどのお店が閉まっている中、のれんを出している店があった。
「あ、ここです!」
木造町屋の小さな入り口には、立て看板が置いてある。
丁寧に描かれたメニューと、おばんざいの文字。
のれんをくぐると、お出汁とごはんの匂いがふわりと体をつつんでくれた。
「うわ〜。もう、この時点で期待値やばいな」
「ですです」
「いらっしゃいませーー」
迎えてくれたのは、和服に割烹着の綺麗なひと。
女将だろうか。
「あ、2名、いいですか?」
「はぁい、カウンターへどうぞーー」
案内された席に、並んで腰を下ろす。
調理場を囲むL字のカウンターと、4人がけのテーブルが4つ。
すでに2組、先客がいた。
仲の良さそうな老夫婦と、梨花たちと同じ観光客だろうか、旅行雑誌を楽しそうに眺める学生風の女の子2人組。
壁には手書きのメニューが並んでいた。こっちのメニューは、夜用のアラカルトだろうか。
「おこしははじめてですかーー?」
「はい」
「では、モーニングの説明をさせてもらいますねぇ」
と、女将はラミネートされたモーニングメニューを、梨花と梶田のの真ん中に。
どうやら、ご飯、お味噌汁、お漬物、メインのおかず、そして小鉢のおばんざいが3種。そして飲み物。というセットらしい。
女将が順に説明してくれる。
「ご飯、お味噌汁は3回までおかわり無料ですーー。お漬物は食べ放題やけど、セルフですんでーーあのショーケースに小鉢が並んでいますので、お好きなものを食べられる量だけ出してくださいねぇ。
メインのおかずはひとつ選んでもらうんやけど、今日は『たけのこと鰆の炊いたん』、『銀ひらすの西京焼き』ですーー。あとはおばんざい3種。これはお任せで付いてきますーー追加で他のもっていう場合は、別料金になりますぅ」
(どうしよう。選べない……!)
と、顔に書いてあったのだろう。
女将はにっこりと笑って、梨花たちに言う。
「ゆっくり選んでくださいねぇ。あ、お飲み物は、煎茶、ほうじ茶、玄米茶からお選びできます。玉露はまた別料金になりますさかい。ーーそれでは、お決まりになられたころにお伺いしますねぇ」
モーニングのお店は、モデルすら無く……私の「こんな店近所に欲しいな」っていう妄想です。
実際あったらめっちゃ通います。