第30話
お待たせいたしました……!(やっとすき焼き登場。というかすき焼きしかない)
「お待たせいたしましたーー」
仲居さんが流れるように運び込む大きなお盆の上には、卵、お野菜、そしてお肉……!
「わぁい♡」
キョーコの目が輝く。
「いや、実は移動が多くてお昼食べ損ねて。お腹空きました」
梶田も嬉しそうだ。
「楽しみですねっ」
梨花も、そそと席に着く。
「最初は、こちらで焼いていきますのでーー。よかったら、卵を溶いてお待ちくださいねーー」
言われたとおり、卵を割ってかきまぜる。
梨花は、ゆるく混ぜる程度で止めるのが好きだ。
仲居さんが慣れた手さばきで、熱した鉄鍋にザラメを入れる。
そして大きなお肉を3枚、鍋に並べた。
「みなさんご観光ですかーー?」
「はいっ! ここふたりは神奈川で」
「私は奈良から〜」
「京都で待ち合わせ、ええですねぇ。ーー関西には神戸牛、近江牛と美味しいお肉はようけありますけど、京都のお肉も美味しいですからねーー」
仲居さんの言葉に、ごくりと唾を飲む。
うん。とっても美味しそう。
「楽しみですっ」
ロースだろうか。サシの入った、立派なお肉。
ジューっという音と、和牛の脂の美味しい匂いがたちのぼる。
梨花の期待値に反応するように、小さく小さくお腹が鳴った。
小さすぎて、お肉に夢中のふたりには聞こえていない……はずだ。
「焼き過ぎると、かとおなりますさかいに、軽う焼くくらいでーー」
サッと肉を裏返し、まだピンク色が残るくらいで割下を少し入れる。
さらにジューッと言う強い音と、ますます食欲に訴える甘じょっぱい匂い。
割下にお肉を絡めるように焼いてーー
「これくらいでどおですか?」
「完璧ですっ」
食い気味に言ってしまった。恥ずかしい。
「ふふ。えぇお顔してくれはるわぁ。はい、どうぞーー」
と、一枚ずつ、お皿にサーブしてくれる。
「まず最初は、お肉だけで、味わってくださいねーー」
そう言って鉄鍋に割下を追加し、野菜やお豆腐を入れていく仲居さん。
そのかたわらーー
「いただきます!」
子供のように、3人の声がそろう。
まずは、ひとくち。
大きなお肉を箸で持ち上げて、かぶりつく。
絡んだ卵のとろりとしたまろやかさと、お肉にしっかりと染みたザラメと割下のお味。
うん。
タイムリープして、この食べ方を発見した人にお礼をいいたい。
「ん〜〜♡」
「やばい、噛まなくてもトロけるっ!」
「サシがしっかりしてるのに、脂がしつこくないですね。脂そのものが上品に甘い。肉の旨みもガツンとくる」
「梶田さん、食レポできるよね」
「思いました。さすが営業の星」
「星て。ウケる。似合う」
キョーコが涙を浮かべて笑う。
「やめてください……同期が面白がって広めたんですよ、それ……」
「でも本当、コミュ力高いです。尊敬してます」
「ありがとうございます……」
「はい、あとはお好きなタイミングでお肉を入れてくださいねぇーー」
そう言って、仲居さんは空いたお盆を持って下がった。
「いやー、さすが仙道さん。いいお店知ってるわぁ♡」
「あ、仙道さんも同じシェアハウスにいた人でーー」
「へぇ。いつか会ってみたいですね。いまはどちらに?」
「神戸らしいです」
「今日はお仕事入っちゃってたんだよねー。中華街も行きたいわぁ」
ふむ。
「キョーコさん、中華は何が好きです?」
「小籠包♡」
「よし、今度作ってみます」
「やったー!」
窓から入る涼しい風が、すき焼きで熱った頬に気持ちいい。
梶田とキョーコがいてくれてよかった。
好きな人と、好きな人と、美味しいもの。
おかげで、すき焼きの夜はとっても楽しい。
(ん? 好きな人?)
自分の心の中の独白に、思わずつっこみを入れてしまった。
(ち、ちがうの、どっちも大好きな友人っていうあれでーー)
「……は、どっちが好きですか?」
「ふぇっ?」
梶田の真面目な顔とセリフに、梨花の喉から変な声がでた。
ああだめだ、妄想の中にとんでしまうと、人の話を聞かなくなる、悪い癖。
仕事中は気をつけているのだけれど、今日は楽しくて気を抜きすぎた。
キョーコが、もう一度説明してくれる。
「たまねぎ。シャキッと残る感じか、くたくた染み染みか、どっちが好き? って」
なんだ。玉ねぎの話か。
「あ、ああーーくたくた派です」
「だよねぇ♡」
「梨花さんもかぁ。3人、意見が揃いましたね」
「じゃあ、もうちょっと煮よう。そして、その間にお肉入れよーう♡」
……………………
………………
「ご飯と香の物、お持ちしましたーー」
と、仲居さんがおひつに入ったお米と、お漬物を運んできてくれた。
「あと水物がありますのでね。良いときにおっしゃってくださいね」
「はーい!」
もはや幼稚園児のような受け答えしか出てこない。
やはり美味しい物を前にすると、語彙がなくなる梨花である。
美味しいお肉、しみしみのお野菜、しらたき、とうふ、それらを優しくつつみこむ卵。
そして何にでも合うご飯と、濃くなった口をさっぱりの国へと誘ってくれるお漬物。
ああ、幸せだ。
しかし梨花には、まだ大事なミッションが残っている。
それを、ふたりに伝えねば。
「みなさん。すき焼きの〆といえばなんでしょうか?」
「んー? うちはうどん入れてたなぁ」
と、キョーコ。
「わが家は最初からご飯と一緒に食べちゃってたんで、〆とか無かったなぁ」
と、梶田。
「うどんも美味しい。最初からご飯も良き。でも、今日はこれで〆てほしいですっ」
と、梨花はおひつからご飯をおかわりした。
少なめに、一杯目の半分くらい。
そしてそこにーー。
お肉と野菜の旨み、そして割下の味がたっぷり溶けこんだ、溶き卵をかけるのだ。
「すき焼き卵かけご飯ですっ」
「梨花ちゃんっ……」
「天才ですか」
「え、何でいままでしなかったんだろ」
「今です。やりましょう」
梨花の真似をしてくれるキョーコと梶田を、見守りながら満足な気分に浸る。
美味しいものは、皆と共有して味わったら、もっと美味しいのだ。
考え事は棚に上げて、いまはただ、舌鼓をうとうじゃないか。




