第3話
「お悩みの内容は、聞いても……?」
「あ、大丈夫です。面白い話でも、ないですけど」
ミッションの事はもう、梨花の頭から抜けていた。
単純に、梶田を悩ませる原因が何なのか、がぜん興味が湧いていた。
いつのまにか、梶田の目を見て話せるようになっている事にも気づかず、梨花は言う。
「よかったら、聞かせてください」
ひとつ頷き、梶田は話し出した。
「じゃあ。……桜餅って、美味しいじゃないですか」
「ですね。私も好きです」
梨花は思い出す。
まだ寒い中、お店に並びはじめると、もうすぐ春だなと心が嬉しくなる。
舌にとろけるこしあんも美味しいし、食べ応えのある粒あんも大好きだ。
桜の葉の塩漬けが良いアクセントになって、お茶と一緒だといくつでも食べられる気になってしまう。
「でも、違うんです」
「??」
何が、違うのだろうか。
妄想にトリップしそうになった梨花の意識が、梶田のほうに引きもどされる。
首を傾げて、梶田の言葉を待つ梨花。
梶田はぽつぽつと話す。
「ある人に、桜餅が食べたいって頼まれて」
「はい」
「いろいろなお店のものを買ったんだけど、違うみたいで」
「なるほど。ーー桜餅は、関東風と関西風がありますよね。長命寺と道明寺とも呼びますが」
「はい。ふたつとも、試してみたのですが。こしあんだったり、つぶあんだったり、花の塩漬けがのっているやつ、ピンク色だけじゃなくて、白色のやつも。いろんなお店を巡って、たくさん試して。でも全部、何かが違うみたいで」
謎解きみたいだな、と梨花は思う。
ミステリー小説は好きだ。
真剣に悩む梶田には悪いが、面白そうじゃないか。
まずはひとつひとつ、可能性をつぶしていこう。
「具体的にどこがどう違うか、その方にお聞きになりました?」
困ったように、梶田は微笑う。
「聞きました。でも、要領をえなくって」
「それは……」
つっこんで、聞いていい事なのだろうか。
梨花の迷いを察して、梶田の方から話してくれる。
「祖母なんです。認知症が進んでいるから、意思の疎通が難しい。亡くなった祖父と食べた思い出の話を、ずっとするんです。だから、自分の口で食べられるうちに、食べさせてやりたいなぁって、思って。でも、どの桜餅も美味しいけど違うって、一口しか食べなくて。ありがとうって笑うんだけど、その顔を見てると、こっちが悲しくて」
なるほど。
思っていたよりも、深刻な話だった。
梨花は気を引き締める。
聞いてしまったからには、責任重大だ。
成り行きとはいえ、せっかく関わったのだもの、出来ることがあるならしてみたい。
「具体的なものが分からないんじゃ、作るのも、難しいですもんね……」
はっとしたように梨花の顔をみる梶田。
まじまじと見られると、まだ少し目を逸らしてしまう梨花である。
「少しの好みの違いだったら、手作りの方が寄せられるかなって、思いました」
「そうか、作るって発想はなかったな。さすが、料理のできる人は違いますね」
なるほど、と納得する梶田。
梨花は、慌てて顔の前で両手を振る。
「いえ、そんな事は」
料理ができるなんてレベルには程遠い、下手の横好きであると自分では思っている。
「ううん。このおかずも、本当に、ぜんぶ、美味しいです」
そんな笑顔で褒められると、どうしたら良いのかわからなくなる。
だからだろうか、こんな事を口走ってしまったのは。
「あの」
迷惑かもしれないけれど、でも。
梶田は、喜んでくれるのではないかと思ったのだ。
「よかったら、作りましょうか?」
「え?」
「桜餅。おばあさまの記憶の中のものが、再現できるかは、わからないですけども。試してみても、良いかも。って」