第29話
ひととおりお参りして神社を後にしたところで、梶田が時計を見て言った。
「あ、そろそろお店も開きますかね」
「じゃあ向かいましょうか」
と、梨花。
「行こう行こう! ここから10分くらいだっけ?」
と、キョーコ。
「ですです」
梨花はスマホで地図を確認して、頷いた。
仙道から教えてもらった、目的のお店までのルートをもう一度確認しながら、梨花はふと、もの思いにふける。
(初めてのお店に、初めてのメンバーと訪れる夜、かぁ)
うん、ちゃんと楽しみだ。
数ヶ月前の梨花だったら、きっと緊張で楽しめなかったであろうシチュエーション。思いがけぬふうに、人は変わるのだなと、実感する。
「あ、ここ曲がります」
石畳の小径に入り込んだ。
「この道幅の狭さが良いよね〜、昔ながらの街って感じ」
きょろきょろとしていたキョーコが、ふと立ち止まって指差した。
「あ、これ、京都っぽいよね。なんだっけ、名前」
建物の壁に設置された、竹で出来た曲がった柵のようなもの。
ああ、これはたしかーー
「犬矢来、ですか」
「いぬやらい」
「犬避けとか、あと雨宿りはご遠慮くださいって意味もあるみたいですよ」
「へー! なるほどね、そういう含みが」
と、キョーコ。
「や、雨宿りは知らなかったな。言われないと気づかないな」
と、梶田もなんだか感心している。
そうこうしている間に、写真で見た店構えが見えてきた。
「あ、ここです」
おおー、と、キョーコが喜ぶ。
「いい感じの町屋だね♡」
「ですよね! お昼に予約の電話はしておいたので」
「さすが、嘉洋さん。ありがとうございます」
「いえいえ」
敷地の入り口から玄関へと、じゃり敷きの小径に点在する飛び石を踏みながら進む。
いつのまにか、日が落ちて薄暗くなってきた。
玄関をぼんやりと照らすオレンジ色の灯り。年季の入った上がりがまちが、それを映してつやつやと光る。
「おこしやすーー」
奥からひょいと出てきたベテランふうの仲居さんが、柔らかな笑顔で迎えてくれる。
「嘉洋です」
「はぁい。嘉洋さまですね。お席のご用意しておりますーー」
靴を脱いであがる。床板がギシ、と音を立てた。
「お履き物はそのままでけっこうでございます。お二階へどうぞーー」
玄関と同じく年季の入った木の階段を登り切ると、正面へ廊下が続き左右には個室の襖が並んでいた。
「こちらのお部屋ですーー」
すぅっと、音もなく襖が引かれた。
案内された和室に一歩入って、三人は声をあげる。
「わぁっ」
「雰囲気ある〜」
「いいですね」
畳の部屋の真ん中には広い円卓。その下は掘り炬燵になっている。
卓の真ん中にはガスのホースが通り、卓上のコンロにつながっている。
部屋の奥には障子、その先には広縁が。
そこに梨花が目を留めた時、偶然にもキョーコが疑問を発した。
「ねーえ、旅館とかにもあるけどさ、この縁側みたいなスペースってなんて言うの?」
「ひろえん、ですかね」
梨花が答えると、仲居さんが準備の手は止めずにこちらを見た。
「お客さん、お若いのによぉ知ってはりますねぇーー」
「えへへ。それほどでも。おばあちゃんに教わりました」
「ええですなぁ。ーーこれからお料理を運びますさかい、どうぞ外の景色でも見とおてくださいねーー」
「はいっ」
荷物を置いて、いそいそと広縁に足を向ける梨花。
「ふっふっふ。2階席にしたのには意味がありまして。運が良ければ、窓から舞妓さんの道ゆく姿が見られるんですっ」
「やだ素敵♡」
「おー、風情がありますね」
窓を少し開け、京都の風を感じながら、三人並んで外を見る。
「次は舞妓体験とかしたいよね! 梨花ちゃん絶対似合うよ」
「絶対似合いますよね」
キョーコがそんな事を言い、梶田まで同意する。
「似合うかはわかりませんがーー! 確かに、ちょっと楽しそう、です」
知らない世界を見てみたい。
そんな欲が、最近はふつふつと湧いてくる。