第27話
「美味しかったです」
「ごちそうさまでした」
キョーコと梨花が口々に伝える。
「ご来店、ありがとうございました!」
店員の女性は、にこりと笑って梨花の手に下げられた紙袋を見た。
「絵、大事にしてあげてくださいね」
「はいっ」
「またのお越しをお待ちしております!」
元気な店員さんの声に送り出されて、店を後にする。
あの優しい声は、もう聞こえなかった。
◇
メイン通りの歩道を縦一列に歩く。人が多すぎて、横に並んでは進みにくい。
先を歩くキョーコが振り返った。
「梶田っちから連絡きた?」
「あ、さっき電車に乗ったみたいです。電車がつくのがあと15分くらいかなぁ」
梶田からのメッセージを確認しながら、そう答える。
「そっか。晩ごはんにはまだ早いよねぇ」
と、キョーコは腕の時計を見た。
白く細い手首に、ピンクゴールドの華奢な時計がよく似合う。
「お散歩しますか?」
「うんうん。あっちに有名な神社があったよね。せっかくだから、お参りしたいなぁ」
「そっちで待ち合わせでも良いですね。梶田さんにも聞いてみます」
……………………
………………
「ーー入り口のところで待ち合わせで、大丈夫だそうです」
「おっけー!」
スマホをしまって目を上げたら、目の前の店のディスプレイに目が留まった。
「あ、ここだけ寄ってもいいですか? ここの梅干しすごく美味しくてーー!」
「もっちろーん♡」
……………………
………………
「あ、いました! あの、階段のところの、スーツの」
神社の鳥居の端っこで佇んでいる、通話中の梶田を発見した。
「ほっほう。あれが、梶田っちか。お電話中の彼だね?」
と、キョーコ。
「まだ会社の皆は仕事してる時間ですからね」
「梨花ちゃんもいつも定時じゃないもんねぇ。なのに毎日お料理ありがとうねぇ」
と、いいながら、キョーコがハグしてくる。
キョーコの肩のあたりに自分の顔がきて、そういえば今日はいつもより身長差があるなぁと思う梨花である。もともとキョーコは長身であることに加え、今日の足元はウェッジの厚底ソールだからか。
「お掃除も洗濯もしてもらってますし。下ごしらえは前日とか朝にしてますから、全然。それよりキョーコさん、今日けっこう歩いたけど、足大丈夫ですか?」
「だーいじょーぶ! ウエッジはヒールじゃないから! ガンガン走れる! まぁハイヒールでも走るけど、私」
「よかった。まだ少し歩きますからね」
「どんとこいっ」
神社前の交差点まで辿り着いた。
横断歩道の信号は、赤だ。
通話を終えた梶田が、こちらに気づいて手を振っている。
少し気恥ずかしい気持ちで、手を振りかえす。
梶田の近くにいた女性の二人連れが、梨花に不躾な視線を向けたのがわかった。
とたんになんだか恥ずかしくなり、そっとうつむき手を下ろす。
次の瞬間。
パン、と、背中に軽い衝撃が。
「わっ」
「梨花ちゃんに必要なのは、自信だねぇ」
キョーコが、手のひらで梨花の背中をたたいたのだった。
そのまま梨花の肩を抱くようにして、前を向けと言う。
「ほれみろ、いま梶田っちを笑顔にしてるのは、梨花ちゃんだからね」
にこにこと、もう一度手をふる梶田。
(そうだ。私が気にしなきゃいけないのは、知らない人の視線じゃなくて、この先も縁をつないでいたい人たちの気持ちなんだ)
あたらしく知り合えた大切な友人たちに、恥じることのないよう、自分からうつむくのはやめにしよう。
信号が青に変わる。
人波が動き出す。
梨花の心も、少しずつ動き出していた。