第24話
市場ーー商店街には専門店がたくさん集まっていて、お腹が空いていなくても、つい買い過ぎてしまいそうだ。
海鮮はもちろん、乾き物や京野菜。
お豆腐に湯葉にお麩……
(京都といえば生麩も……! 他の地域じゃ、お正月以外はあまり見かけないよね。これは買っておきたい……! 保冷バッグも買って、保冷剤があれば、夜までなんとかなるかな? 麩饅頭も! あ、お味噌! はっ、お漬物も買わないと!)
素敵なものが多すぎて、目移りどころの騒ぎじゃない。
脳内が忙しすぎて、楽しいパニックだ。
「ああ、ナマモノ買えないのが悔やまれるー!」
梨花の心の声が漏れていたらしい。
「本当、さっきのサワラ食べたかったなー」
と、キョーコから応答があった。
「おじさんおすすめだけあって、肉厚でしたね。サワラの押し寿司作りたくなりました」
「何それ、帰ったら作って!」
「了解です!」
ーーはっ!
梨花の脳に天啓が降りてきた。
「き、キョーコさん、私、とんでもないことに気づいてしまいました……!」
自らの発見の重大さに手を震わせながら、ごくり、と、生唾を飲み込む梨花。
キョーコもつられて、真剣な顔になる。
「ナマモノは、まとめ買いしてクール便で送って貰えば良いのでは……?!」
幸い、シェアハウスの冷蔵庫はかなり大きい。
はっと、キョーコの顔にもひらめきが灯る。
「そうね……! さすがに家までは届けてもらえないから、営業所受け取りになるけど……! あ、じゃあ、奈良に送りなよ。私、職場の近くに営業所あるの知ってるから。そこに送ろう。梨花ちゃんの方に送っちゃうと、関東だしさ、配送料が高いでしょう?」
「なるほど……! すみません、よろしくお願いします!」
「そうと決まれば、真剣に吟味するぞー!」
「はいっ!」
………………
…………
「とっっっても、楽しかったですー!」
(近くにも欲しいなぁ。こんな商店街。今度、少し足をのばして探してみよう)
スーパーとはまた違う活気と、店主たちとのやりとりが楽しかった。
思い切って、築地なんかも行ってみたいな。
そう思うと同時に、ぽんっ、と、梶田の顔が思い浮かんだ。
誰に対しての言い訳なのかーー他意はないけど、と、ひとり心の中で呟く。
そうそう、梶田さん、海鮮丼、好きって言っていたし……。
「よし! 無事魚も手配できたし、そろそろお茶にしよっか」
キョーコの声に、意識が現実に戻ってくる。
「はっ! そうだった! お茶する場所を探していたんでした! あ、あのカフェ、良さそうじゃないですか?」
梨花が指差したお店は、ヨーロッパの田舎にありそうなレンガ作りの可愛らしい建物だった。
ちょうど、女性の二人客が出てきたところ。
ツタの意匠の門扉を開けると、アプローチの左右には枕木で囲った花壇が。
様々な植物があちこちに植えてあるように見えて、引きでみると淡く優しい色合いの花とグリーンで統一してある。
メニューの描かれた看板をじっくりと見て、キョーコが顔を輝かせる。
「いいね……! 抹茶も良いけど、京都って美味しいケーキのあるカフェが多いイメージ」
梨花は看板の文字を見て、はっとする。
「あ、ここ、仙道さんの作ってくれたリストでも名前みました! 読みを教えてもらったから、覚えてる!」
「間違いないじゃーん♡ いこいこ!」
キョーコに手を引かれて、ウォールナットのドアをくぐる梨花。
カランカランと、ドアの上で音がした。
ーーいらっしゃい
と、おっとりとした優しげな女性の声が聞こえた。梨花の背中のほうから。
(あ、後ろに店員さんがいらっしゃったのかな?)
「ふたりーー」
なんですけど、と、言いかけて止まる。
振り返った先には人のいないアプローチ、その先には閉じた門扉と賑やかな雑踏。
「あ、あれ?」
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「ふたりです! お席いけますかー?」
「はい! こちらへどうぞーー」
店の中から、ハキハキとした女性の店員とキョーコのやりとりが聞こえてくる。
「梨花ちゃん? どうかした?」
「あ、いえーー」
「2階席だって!」
「階段、気をつけてくださいね!」
「ありがとう、ございます」
ショートヘアの店員さんの声は少し高く、よく通る声で、先ほど聞こえた声とは全然違う。
(違うお店の人の声、だったのかな?)
きっと、そうだろう。うん。
「わ、見て梨花ちゃん! インテリアも素敵だよー」
先に行くキョーコが振り返って笑う。
2階席に続く階段の壁には可愛らしい水彩画がいくつも飾られていて、梨花の意識はすぐにそちらに持って行かれた。
※ 本作に登場するお店等はすべてフィクションでございます。




