第21話
「あ、窓際に座ります? 大きい荷物、あげとくんで、こっちにください」
「ありがとうございます」
お言葉に甘えて、窓際の席に腰を下ろす。
ふたりぶんの荷物を荷物棚に上げている梶田を、ちらりと見る。今日は仕事なので、ダークグレーのスーツだ。
梨花は上が黒のポンチ素材、スカートが赤みがかったオレンジのタフタ素材の切り替えワンピース。動きやすいけどカジュアルすぎない、五味の新作である。
まだ朝晩は肌寒いから、と、羽織る用にベージュのパーカーももらった。スリムなつくりが、やぼったくならなくて素敵だなぁと思う。フードの裏地が白のーー目が細かく柔らかい、メッシュ素材になっている。
(「今年はメッシュ流行ります!」って五味さん言ってたけど、自分じゃ絶対に冒険しない。いつもと違うお洋服を着るのも、楽しいな)
「旅行、久しぶりです」
そう言って、手元の鞄からペットボトルを2本取り出し、ひとつを梶田に渡した。
「僕も。ありがとう」
受け取ってから、照れくさそうに笑う梶田。
「あ、僕は出張でした。仕事忘れてたら、課長に怒られるな〜」
「ふふ、がんばってください。今日は、私は市内で友人と会ってますね。晩ごはん、よかったら梶田さんもご一緒しませんか? もし、取引先との会食とかが、なければ」
「ぜひ! お友達に会えるのも楽しみだなぁ」
キョーコとは、「以前」シェアハウスで一緒に暮らしていたという設定で、口裏を合わせてきた。
(本当は、嘘なんてつきたくないけど。仕方ないよね……)
一緒に暮らしています。生活圏は神奈川と奈良だけど。なんて。とてもじゃないけど、言えない。
◇
「じゃ、僕、地下鉄に乗り換えなので! また後ほど」
「はい! 後ほど」
梶田を見送った後、地下街のカフェに入った。
コーヒーを飲みながら、キョーコの到着を待つ。
今朝、行ってきますと別れてから、数時間しか経ってないのに。
数時間かけて移動してきたこの地で、初めての待ち合わせをしているという、この不思議。
(思えば、「外」のキョーコさんに会うのは初めてなんだ)
「お待たせ〜! 京都駅久々で、迷っちゃった〜!」
「キョーコさん!」
「うふふ、朝ぶりね」
「朝ぶりですね」
外で見るキョーコはまた一層、魅力的だった。
本人は気がついていなさそうだけれど、ちらちらと周囲の視線を集めていた。
(家にいると慣れちゃってたけど、やっぱりキョーコさん、モデルさんみたい)
襟の大きな白シャツに、透け感のある薄手のカーディガンを羽織り、ふんわりとしたシルエットのパンツは足首で裾が絞ってある。キョーコだからオシャレに見えるけれど、梨花が着たらもんぺに見えるんだろうなぁとしみじみ思う。
以前の梨花なら、自分との違いに萎縮したかもしれない。でもいまは、自分が一緒にいて心地よい相手が増えたことを、嬉しく思うだけだ。
(成長、したのかなぁ)
「さ、どうしよっか。とりあえず移動する?!」
キョーコが言うので、梨花は生徒のように手をあげた。
「ですね。私、行きたいお店があるんです!」
「よし、行こう行こう!」
◇
地下鉄ののりばに向かいながら、キョーコに提案をする。
「昔、おばあちゃんに連れて行ってもらった洋食屋さんが忘れられなくて。ランチ、そこでも良いですか?」
「もっちろーん! 楽しみ♡」
「変わってない……」
梨花は感動に目を輝かせた。
細かいところはきっと変わっているはずなのだけれど、その一軒家のレストランは梨花の記憶とぴったり合った。
おばあちゃんに、梨花の誕生日に連れてきてもらった、レストラン。
ちょっとおめかしをしてくるような店内の落ち着いた雰囲気が、特別感があってわくわくした。
お料理ももちろん美味しいのだけど、プリンがまた絶品なのだ。
梨花のプリン好きのルーツはここだと言っていいくらい、大好きなプリンだった。
年季の入った木の扉を開くと、カランカランと懐かしい音。
「いらっしゃいませ。2名さまですか?」
柔らかい笑顔の女性と、食欲をそそるデミグラスソースの匂いが迎えてくれる。
「はい。予約はしていないんですが……」
見渡した店内は平日の昼前にも関わらずほぼ満席で、カウンターの席がふたつだけ空いていた。
「大丈夫ですよ。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
「よかったね」
「はい」
こそこそっと囁きあって、梨花とキョーコは渡されたメニューと睨めっこする。
「どうしよう、梨花ちゃん。どれも美味しそうすぎる」
「何で迷ってます?」
「うー、カレーとぉ、ヒレカツサンドとぉ、エビフライ……」
「よし、全部行っちゃいましょう! 私とハーフで」
「いいの?」
「私も食べたいんで! あと、プリンはマストですっ」




