第20話
「大家さん、ただいまっ!」
シェアハウスの居間に戻ると、大家さんがくつろいでいた。
「はい、お土産〜」
皆からのお土産は、大家さんサイズのクッション。
丁寧な手仕事の刺繍がすてきな、一点ものだ。
すずらんとグリーンの柄がポイントだ。
ピィ!
大家さんは嬉しそうに体を揺らし、クッションを受け取った。
梨花は言う。
「お守り、効果あったよ。ちゃんと帰してくれた。ありがとう」
ピィ。
ぎゅーっと抱きしめると、照れたように鳴く大家さん。
「今度、おばあちゃんの生まれ育った街に行ってくるね」
梨花が言うと、大家さんが何か考えるそぶりをして、キッチンに歩いて行った。
と思ったら、弁当箱を抱えて戻ってきた。
「梶田さん用のお弁当箱?」
「いいじゃん! 大家さん名案! 梶田っち誘って行ってきなよー!」
「え、えぇえ?」
キョーコは屈託なく笑って言うけれど、梨花にはハードルが高すぎる。
そんな、いきなり旅行なんて誘っても良いのだろうか。
「一人旅も楽しいけどさ、道連れがいた方がもっと楽しいよ〜?」
「部屋を分けたら問題ないよ」
「そうだ、新しい洋服もうすぐできるんで、それ着て行ってくださいよ!」
皆は口々にそう言うけれど。
「いや、そんな、梶田さんにもご都合ってものが」
◇
「今日のお弁当はシチューなんですね」
と、梶田の弾んだ声。
スープジャーに入れたシチューと、バケット。ミニサラダ。今日の献立だ。
「最近、シチューにハマっていて。今日は海老、ブロッコリーとマッシュルーム、玉ねぎ、人参のシチューです」
「うまっ」
「よかったです」
「そういえば再来週、京都に出張に行くことになりまして〜」
梶田の方からそう切り出した。
「ぶっ」
あまりのタイミングの良さに、シチューを吹き出しそうになったけれど、意地と恥じらいで決壊を防いだ。
「梨花さん?! 大丈夫です?」
「だ、大丈夫です」
これもまさか、大家さんのちからなのだろうか。まさかね。
「ち、ちなみに何曜日に…?」
「金曜日なんですけど。せっかくだから直帰扱いにして、一泊して観光してこようかなって。何かお土産、リクエストありますか?」
「ああ〜……。お土産っていうか、なんていうか」
目線の泳ぐ梨花を、不思議そうに見る梶田。
(そんな顔でじっと見ないでください、緊張が)
ぎゅっと目をつぶると、昨夜の皆の声が聞こえた。
そして最後に、コナの声とおばあちゃんの笑顔。
ああ、そうだよね。伝えたいことは、伝えられるうちに。
梶田だって、いつ転勤になるかわからない。
転勤にならなくたって、いつ彼女ができるかわからない。
そうしたら、もう梨花とは、お弁当を食べたりどこかへ出かけたりできなくなる。
それは寂しいと思うから、いまのうちに楽しい思い出をつくりたい。その自分の気持ちを、大切にしたい。
(ひとりでいたくないときは、そばにいるって……あの言葉に、甘えてもいいかな)
梶田の祖母に会った日の帰り道の、夕日と梶田の顔を思い出す。
(よしっ! だめもと!)
「私も金曜日から京都に……有休とってプライベートで行くんですが、よかったら、あっちで合流しませんかっ?」
「そうなんですか?! おひとりで?」
梶田の驚いた声。
さすがに彼の目は見られなくて、梶田がどういう表情をしているのか、梨花には分からない。
「京都駅で少し友人と会う予定はあるんですが、他はひとりで……なので。あ、でももちろん、無理でしたら断ってもらって大丈夫です」
「じゃあ、せっかくなので新幹線も合わせましょうよ! 僕も一人ですし、出発も朝早くはないので」
「そうですよね、急に変なこと言っちゃってごめんなさい……って、え? いいんですか?」
緊張のあまり断られた時のセリフが早口言葉のように口から出たあと、梶田の言葉が脳みそに届いた。
ぽかんとして、思わず梶田の顔を見てしまった。
梶田は笑っていた。嘘のない笑顔で。
「もちろん! すごく楽しみになりました! あ、いや、別に、出張が嫌とか仕事が嫌とか、そういうわけじゃないんだけど」
「ふふ、はい。ーーあ、あと、私のメインの目的地が私のおばあちゃんの生まれ育った町で、今はもう家もないんですが、その場所に行きたくて。そこ、北部の海のほうで、京都市内からはけっこう時間がかかるんです。だから、梶田さんが行きたかった観光地を巡る時間がとれなくなっちゃうかもしれなくて」
梶田が行きたかった場所があるなら、迷惑になるかもしれない。先にデメリットを伝えなければ。
また早口になった梨花だったが、梶田はもっと嬉しそうな顔をした。
「すごい、きっと僕の行ったことのない町ですよね。梨花さんとじゃなければ行けなかっただろうな。なおさら楽しみだなぁ。あ、海の近くってことは、海産物が美味しい?!」
「はい。美味しい海鮮丼のお店、行きましょうか」
「やったー!」
肩の力がふっと抜ける。
(勇気を出して、よかった)
ひとりでも楽しい旅はできるけれど、その土地の食事を美味しいねと笑い合える相手がいるのは、素敵だなと梨花は思った。
子供のように笑う梶田から、なぜだろう、今度は目が離せなかった。
いつもありがとうございます。
「シチュー」の章はこれにておしまいです!
また別の食べ物に続きます。
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読んでいただき、ありがとうございました。




