第18話
「すごい!」
眼下に広がるのは、エメラルドグリーンとターコイズブルーの入り混じる遠浅の海。
「カヨはここがお気に入りだったよ。海の色は全然違うって言ってたけど、潮の匂いが故郷を思い出すんだって言ってた」
潮風を気持ちよさそうに受けながら、コナが言う。
「海……ちょっと寄っても良いですか?」
「もちろん」
「海、久しぶりだなぁ」
と、仙道。
「俺ら、なかなか行かないですもんね。しかもこんな沖縄みたいな海」
伸びをしながら、五味も言う。
梨花は、裸足になって、波打ち際を歩く。足元に運ばれてきた、二枚貝の片われを拾った。
白とオレンジが混ざった、タイダイ柄の貝殻。
「持って帰る?」
キョーコの声に、照れ笑いで振り返る。
「貝殻あつめ。昔、おばあちゃんと一緒にしたなぁって、思って。もうすぐお墓参りに行く予定だったので、お土産に」
「おばあちゃまは、いつ?」
「ちょうど一年ほど前です。突然のことで」
「そう……辛かったね」
「おばあちゃん、世界中のポストカードを集めるのが趣味で。いつか一緒に、海外旅行に行こうって、言ってたんだけど。叶わないまま」
「そっか」
「だからせめて、こっちの空気を感じてほしくて」
「きっと今も、梨花ちゃんと一緒にこの海を見てるよ」
「だといいなぁ」
「リカー! キョーコー! そろそろ街に帰ろっか。帰りはゴンドラにのっちゃおう!」
遠くでコナが呼ぶ。
「はいっ!」
「いまいくー!」
ふたりは返事をして、波打ち際に別れを告げた。
ゴンドラでの帰路は楽しかった。
「水路から見る街って、こんな感じなんですね……!」
水路に直に接する建物というのが、まず珍しくて、梨花は子供のようにはしゃいでしまった。
いまは引き潮の時間帯なのだろうか。建物の壁、緑色に苔むした部分が水面より上に見えている。
それぞれの建物には大きな入り口がついていて、この水路が人だけではなく、物資の運搬に使われている事がよく実感できる。
途中、建物の窓に毛布をかけて干している部屋があって、風が吹いたら落ちて濡れてしまわないのだろうかと、ひやひやしながら見てしまった。
時々、窓から手を振ってくれる人がいた。
少し照れながら手を振りかえす。
五味は景色よりもゴンドラの意匠に夢中だった。
あっちから持ってきたらしいノートに、気に入った意匠を書き写していた。
仙道はいつのまにか買っていた、小さな笛で、聞いたことのないメロディを奏でていた。聞いたことはないはずなのに、どこか懐かしくて、美しい曲だった。
「即興だよ。この街の雰囲気で吹いてみた」
さすが音楽を本業にしている人はすごいなと、梨花は感心しきりだった。
コナは仙道の笛を気に入ったようで、にこにこしながら聴き入っていた。
建物の間を、橋の下を、くぐりぬけてゴンドラは最初に降り立った街についた。
「いや〜、よかった!」
キョーコがゴンドラを降りてそう言った。
「とっても楽しい時間でした」
「まだまだ、これからお店をのぞくよ〜」
コナがそう言って、先導して歩き出す。
「あ、革製品のお店! みたいっす」
と、五味。
「いいね〜。俺も小物見たいな」
と、仙道。
「よしよし、いいお店があるよ、ついてきて!」
街を満喫した一行は、コナの店に戻ってきた。
「コナちゃん、俺たちまで案内してもらってありがとう」
仙道が言うと、五味も興奮冷めやらぬ様子で言う。
「めちゃくちゃ満喫しました。楽しかったっす。今度、俺の街の名物も梨花さんに託しますね」
はいはいと、キョーコが手をあげる。
「私も! 柿の葉寿司もってくるー! 美味しいのよ〜」
「どういたしまして、楽しみにしてる」
「今日は、本当にありがとうございました」
梨花も、コナに礼を言う。
「夢みたいでした。ーー私、住んでいる国以外の場所に、行ったことがなかったから」
照れたように頬をかきながら、コナが言う。
「いいよー! 喜んでもらって、私も嬉しい。湯呑み、ちゃんと直しておくね」
ねぇ、と、思い出したようにコナは梨花の顔を見た。
「梨花、私たちは、どこへでもいけるんだよ」
受け売りだけどね、と言って、へへと笑うコナ。
「カヨが言ってた。行けない理由を作っているのは自分だって。本気出したらどこへでも行けるんだって」
懐かしむように、噛みしめるように、コナは言う。
「でも、行かない理由が自分にとって大切なものならば、行かないっていう選択も、それはそれは素敵なことなんだって」
「……はいっ」
「いい言葉だね。会ってみたかったな、カヨさん」
キョーコが梨花の肩をそっと抱く。
「……私もです」
梨花は目頭がじわりと熱くなるのを感じながら、カヨも見ただろう空を見上げた。




